58話
「相変わらずの賑わいだ。」
俺は久々に王都の冒険者ギルドへと顔を出していた。時間にしてお昼の手前頃という感じだろうか。
昼間から酒を飲む者、資料を借りて真剣に調べものをする者、情報交換をしにくる者、パーティーの参加を呼びかける者…様々な人で賑わっていた。
「気がついた時に依頼を受けないとうっかり更新忘れそうだもんな。」
更新という申請はないものの、定期的に依頼をこなしておかないと冒険者カードを剥奪されてしまう。
違反をして剥奪されるわけではないので剥奪されたところでお金払えば再登録してもらえるが、それはそれでもったいない気がする。
これからも旅を続けてく上で身分証は必須なので、冒険者カードは失いたくない。
朝一番の喧騒から落ち着きを取り戻したとは思うが、やはり人が集まればそれなりの賑わいはある。
そんな中、俺はいつも通り依頼の貼られている壁へと向かい、依頼ボードの依頼を見る。
「よく考えたら俺ってまだFランクだから大した依頼は受けられないか。」
「私もランクアップしてないのでFランクのままです。Eランクまでの依頼しか受けられませんね。」
今日はリーシャと一緒に来ている。リーシャたちも定期的に依頼を受けないと俺と同じように更新できないのでこの際一緒に行く事にした。と、いうよりロシャスに一人で行くなと言われた。
……なぜだ。
うん、心配なんだな、きっと心配なんだ、主人だしな!
ロシャスもクロとシロと後日いっしょに依頼を受けるそうだ。
「タロー様、どうしますか?」
「ゴブリンとかでいっか。」
「では、常時依頼ですので、そのまま行きましょう。」
久々のゴブリン討伐依頼だ。
ゴブリンの死体ならマジックバックに入ってるんじゃないか?と思ったが、ラスタにあげてしまったことを思い出した。
ちゃんと討伐しに行くこととしよう。
▽▽▽▽▽
「なんかやけにゴブリンさんに出会う回数が多くない?」
俺たちは王都から少し歩いたところにある森へと来ていた。
「そうですね……いつもよりもゴブリンの数が多い気がします。」
いつもならもう少しグレイウルフやスライム、コボルトとも出会ってもおかしくはないが、今日はゴブリンばかりに出会う。
なにか起こる兆候だろうか……?
「もう少し奥まで調べてみよう。」
頷くリーシャを確認して、俺はゴブリンの数が多い方へと歩みを進める。
「なんか、すげー沢山いるところある。」
「……いますね。」
索敵に反応があったのはいい200を超えるだろうゴブリンの集団がいる場所だ。
リーシャの索敵でもその反応が確認できたようだ。
とりあえずほっておいても厄介ごとしか起きない気がするので反応がある方へと向かう。
「くそ!なんでこんなにたくさんいるんだ!」
「文句言ってても仕方ないだろ!とりあえず撤退だ!早くしろ!」
「おい、荷物持ち!ちゃんと荷物持ってこいよ!急げ!」
どうやら、人もいるようだ。
ゴブリンに追いかけられていたのか、周りには5匹分のゴブリンの死体が転がっていた。
「遅い!まともに荷物持ちもできねぇのか!」
「す、すみまぜん。」
「おい、もういい、こいつ囮にして行くぞ!荷物だけ貰え!」
「え、いや、僕も……」
「お前はここでゴブリン足止めしとけ!」
少年は二人組の男の片割れに荷物を奪われ蹴飛ばされる。
「ぐっ……。」
「ったく、荷物持ちでもなんでもやるっていうからそんな顔でも雇ったっていうのにただの足手纏いじゃねぇか。」
「だからやめとけって言ったんだ。こんな気色悪い顔してるやつ雇うだけでも気分が悪いのによ。」
「てか、こいつがゴブリン連れて来てんじゃねぇか?」
「そうかもしれねぇな。こいつもゴブリンみたいなもんだ。討伐するか?」
「ギャハハ、それはいい。まあでも後々めんどくさいことになるからやめとけ。」
殺す気だったら出るところだがとりあえずその心配はなさそうだから少し様子を見るか。
「またゴブリンに囲まれる前に行くぞ。」
「おう、そうだな。っとその前に……おりゃ!」
「うっ……!」
どうやら少年の足を折ったらしい。ボキッという音ともに少年が苦悶の声を上げる。
本格的に少年を囮にして逃げるようだ。
「これでしばらくは動けないだろう。ったく結局荷物全部持たなきゃなんねえとはなあ。」
「あ、それは僕の剣……」
「うるせぇよ。」
ドガっ!
またも腹部へと蹴りを喰らい、嘔吐する少年。
「ガハッ……うっ……」
「汚ねぇ。そんな醜い顔に生まれたことを恨むんだな。」
「せいぜい、死ぬ前に俺たちの役に立ちやがれ。」
そう言って、足を折られ、腹部へ蹴りを喰らい、立ち上がることすらできない少年から、身ぐるみ剥いだ男2人組は去って行った。
「……タロー様、あの2人を追う許可をください。」
「ダメだよ。ほっとけばいい。」
「なぜですか!」
「リーシャ、俺たちには彼らを殺す力はあるのは確かだ。だけど、殺しても君の鬱憤が晴らされるだけだろ?」
うつむき、悔しそうにするリーシャ。
「それに俺は人を殺すための力を持って欲しいわけじゃない。誰かを守るために……救う為に力を使って欲しいと思っている……。」
俺は少年の方を見ながら言うとリーシャはハッと顔を上げた。
「目の前に先にやることがあると思わないか?」
今度は力強くうなづいてくれた。
「ゴブリン数体が近づいています。タロー様は少年の元へお願いします。」
そう言って、走り出すリーシャは少年の横を通り過ぎ、少年の後ろから迫り来るゴブリンを討伐し始める。
「少年、大丈夫ですか?」
「あ、あなだは……こごはゴブリンがだくざんいます……逃げでくだざい。」
確かに少年は醜い顔と言える状態であった。
鼻は削げ落とされたようになく、肌は薬品をかけたのか、火傷なのか……とりあえずひどい状態である。
こんな状態で生まれてくるわけもない。誰かにやられたのは明確だろう。
「逃げてもいいんですけど、そしたらあなたは死んでしまいますよ。あなたはここで死んでもいいと?」
「……だ。だめだ。妹を1人にずるわげにはいがない。」
ほう、妹がいるのか。
「タロー様。とりあえずこの周辺のゴブリンは討伐しました。ですが根源を叩かないとキリがないですね……。」
「……はぁ。やっぱりやるしかないか。」
ゴブリン200を2人で相手するのはただただめんどくさい。
「とりあえず、ヒール。」
少年を動ける程度まで回復しておく。
いきなりのヒールに驚きを隠せない少年。
「今、君には2つの選択肢がある。このままゴブリンから逃げながら森を抜ける。もう1つは僕たちについてくる。」
「あ、あの回復のお礼は…お、れ、金なくて……。」
「それは気まぐれだからいいんだ。それでどっちにする?ついてくるならそれなりに覚悟してもらわないといけないし、後戻りはできない。」
「……。行く。少しでもお礼がしだい。ゴブリン相手で役に立づがわからないけど、連れて行ってぐれ……ぐださい。」
ゴクッと唾を飲み込んだあと、決意した表情だ。
たぶん、覚悟と後戻りのことをゴブリンとの死闘かなにかと思っているのだろう。
だが、実際はゴブリン相手に戦う俺たちの姿を見たからにはそれなりの約束をしてもらわないといけないという覚悟だ。
「……まぁ、いいか。じゃあついてきて。あまり離れないでね。」
「それでは先導します。」
リーシャが前を歩き、その後ろを2人でついて行く。
時折現れるゴブリンはことごとくリーシャに葬られる。俺は死体を拾うだけだ。ラスタ用に。
「そういえば、ラスタってものすごい量の魔物とかいろんなもの食べさせてきたけど、現状の最大の大きさってどれくらいなんだろ。」
「そう言われてみると見たことありませんね。いつもタロー様の頭に乗るサイズに保たれていますから。」
「……俺の頭に乗る為だよね、それ。」
「ふふ、たぶんそうですよ。ラスタはタロー様のことが好きですから。」
そんなに重くもないからいいけどさ。
ただ、身長が伸び悩んだらラスタのせいだと思う!
「あ、あの…お姉ざんはづ、づよいのですね。2人とも、ゴブリンの集団はごわぐないの?」
まぁ、相手はゴブリンだしな。数の暴力はあるにしろ、さすがに力量差がありすぎる。魔法も使えるリーシャではゴブリンの集団でも相手にならないだろう。
「油断はしないけど、怖くはないね。」
そんなに緊張感ないように見えるだろうか……見えるわな。緊張はしてないし。
「タロー様、あの洞窟。」
リーシャが指差す方を見ると、ゴブリンが出入りする洞窟がある。
索敵の反応からしてもあれがゴブリンの巣か何かなのだろう。
「洞窟か……都合がいいのか悪いのか」
「どうしますか?」
「逃げられてもめんどくさいし、洞窟の中にいる奴らくらいはなんとか纏めて叩きたい。」
何かいい方法はないか……。
「中を火魔法で攻撃しますか?」
それもいいけど、煙モクモクしてえらいことなりそうだし、ゴブリン大騒ぎしそうだし……。
やっぱり、アドルカスの時みたいに睡眠魔法で……その後に200匹も首落とすの大変だよなぁ。
「うーん……。」
ん〜……睡眠はダメ。麻痺も同じ。毒は………いけるか?
毒を効率よく洞窟内に充満させるにはやっぱりガスのような気体にするのがいいだろう。
そう考えると……ポイズンフロッグから採取した毒使うか……。まだ大量にあるし、気体になれば強力と言っても原液ほどではないだろう。
あとはその毒に侵された洞窟内をどうするかだが……。
方法は……光魔法か。なんとかなりそうだな。
「よし、決めた。とりあえず準備するから少し待って。」
毒と鍋のような物を準備して、小枝を集める。
「行こうか。リーシャは洞窟へと戻ってくるゴブリンたちの対処をお願い。」
「はい、わかりました。」
俺は洞窟の入り口にほど近いところへと行き、集めた小枝に火をつけて、鍋を火にかける準備をする。
「少年はこの結界の中に入って動かないでね。」
少年が毒を吸ってしまう可能性もゼロではないし、ゴブリンが近づいた時の対応がめんどくさいので、少年の周りに結界を張る。
「よし、準備完了。火魔法で火をつけて…うん、予想通りちゃんと気体になる。これを風魔法で洞窟内へ送る、と。」
風魔法を操り、鍋から上がる気体を逃さず洞窟内へと送る。この微妙な魔法のコントロールって本来は難しいのかもしれないなぁ。
俺は地球での記憶があるからか、イメージで色々と賄えてる感じがする。
魔力操作とでも言うのか、魔力をコントロールすることが魔法を扱う上で重要なポイントのようだ。
威力、範囲、方向……様々なことが魔力をコントロールすることで加減できる。
俺は風魔法を操りながら索敵で様子を窺うことにした。
「反応が消えていく。成功だな。」
ゴブリンの反応がどんどん減っていく。ちゃんとポイズンフロッグ毒の影響を受け、命を落としているようだ。
「大方討伐し終えたかな。まだ1つ反応があるけど。」
俺は毒発生キットを片付け、洞窟内へ向かう。
「ピュリフィケイション。」
その場を浄化する光魔法だ。
放った魔法は光の波となり、洞窟内を浄化していく。
しばらくして、あらかたは浄化できたようなので、洞窟内へと歩みを進める。
浄化できてないところがあればその都度浄化すればいいだろう。
「…ゴ、ゴブリンが山のようだ。」
ゴブリンが地面に大量に倒れている。
それをアイテムバックにしまいながら奥へと進む。
「キリがない…リーシャ呼ぼう。こんなことならラスタ連れてくればよかった。」
ゴブリンの袋詰めに飽き飽きし、一旦外へ出てリーシャを呼び手伝ってもらうことにした。
2人で一生懸命ゴブリンをマジックバックへ詰めていく。
大方のゴブリンは片付け、残るは一番奥の大部屋のようになった空間だけだ。
ここに未だに反応が残っている。
「ところでこれって全部片付ける必要あったのかなぁ。」
「魔物は長く死体を放置するとアンデットになる可能性があります。数匹であれば他の魔物の餌になるだけですが、ここまで大量ですと、食べきれずに残る物も出てくるはず……そうするとアンデットになる可能性が出てきますので。」
なるほど。それはそれでめんどくさくなるもんな。
ゴブリンと言っても、ゴブリンナイトやゴブリンメイジ、ホブゴブリンなどの上位種もいたので、アンデットになったらなったで大変だろう。
「うわ、でかっ。」
話しながら奥へと進むと、その空間にはゴブリンたちに囲まれるように、見たことない大きさのゴブリンが倒れていた。
「これは…ゴブリンキングですね。ここを気付かずに放置していればもっと数を増やして村や町を襲っていたかもしれません。」
「え?そんなことあるの?」
「はい。有名な話ですが、魔物はその種の支配力を持つ上位種が現れた時、群れを成して人里を襲うことがあります。ですから、その兆候が現れた時はすぐに冒険者ギルドと国に報告。そして調査が行われます。」
「……大ごとやないか。」
「解決しちゃいましたね!」
ニコッと花が咲いたかのような笑顔を見せてくれるリーシャを見たら、ゴブリン騒動のことなど、どうでもよくなる。
「じゃ、こいつももう虫の息だけど、さっさと解決しますか。」
ゴブリンキングの前と進み、刀を抜く。
「運が無かったと思ってくれ。」
ご愁傷様と、倒れて虫の息のゴブリンキングの首をはねてマジックバックへとしまい、このゴブリンの洞窟をあとにする。
ゴブリンキングまで死に追いやる毒……ポイズンフロッグの毒は本当に強力なようだ。
ガスにして吸ったからというのもあるかもしれないが、その威力は本物だ。
オルじいはよく生きてたなぁ。
そんなことを考えながら洞窟を出て、森に向けて歩みを進める。