56話
「タロー様、ど、どういうことでしょうか?な、なぜですか!?」
3人を代表してか、アランが質問をしてくる。両脇で2人もうんうんと頷き、質問への同意を示す。
「理由か………んー、理由はとくになし?」
唖然とする3人。
「タロー様は3人を信頼して任せると言っているのです、よいではないですか。」
おぉ、ロシャスさんナイスフォロー。
「で、でも自信が……。」
うむ、タニヤの言うことはよくわかる。
「やらないうちから自信がないって言うのはさ、失敗を恐れているだけだと思うんだ。」
3人は首をかしげる。
「失敗することを想像するから自信がないように思うだけで、成功する想像をしたらやれる自信しか出ないはずだろ?」
傾げた首が、少し戻る。
3人の息の揃った動きが少し面白い。
「失敗するか成功するか、それはやってみなければわからない結果だ。それに誰しもが失敗するための努力はしないと思うんだよ。」
首の位置が元に戻り、真剣な顔つきになった。
「それとも3人は失敗するための努力をするつもりなのか?」
ブンブンと横に首を振る。
これまた息がぴったりの3人である。
「であれば、大丈夫だろ。やらないうちからネガティブな想像をしてもいいことはない。いや、悪い想定をしてそれの対応をあらかじめ考えておくのは大切なことだけどね。
だが、今のラビオスの店は既に軌道に乗っており、3人がどう販売するかで何かが変わるようなことは起こりえないと思う。
「もし、うまくいかなくてもそれは3人の責任ではない。ここのスミスカンパニーみんなの責任であり、責任者である俺の責任だ。だから恐れることなくチャレンジして欲しい。」
もし、勇者や国が店に襲撃をしてきたところで簡単にねじ伏せる事の出来る実力を持つ3人であるから、暴力での攻撃を防ぐことは容易だ。
それに、ラビオスでは領主である侯爵様とのコネクションもでき、サブレ子爵が捕縛されたことで無茶なことをしてくる奴もいないだろう。
冒険者も多く、需要の多いラビオスは店の経営としてはとてもやりやすい環境が整っていると思う。
「それに任せるといっても手伝わないわけじゃない。屋敷にすぐ連絡も取れるわけだし、ただ3人を中心としてやって欲しいと思ってるだけだから。気楽に考えてくれていいと思うよ。どう?やってくれる?」
自信がないのはみんな同じだ。やる前から自信満々なのもそれはそれでおかしいことだし、さっきも言ったが、失敗することを恐れるから自信がないと思うだけのはずだ。
「わかりました。やらせてください!」
アランが先ほどの絶叫したときとは打って変わってキリッとした顔で答えてくれた。
これで、ラビオスの店はアランたち3人に任せられるだろう。
▽▽▽▽▽
「それで、なぜ3人にラビオスの店を任せることに?」
「ん?理由か………。」
リビングで寛いでいたらロシャスから声をかけられた。
「理由は特にないんだ。ただ、あの3人って仲良しだろ?一緒に育ってきたからかわからないけど、息もピッタリだし。」
首を振るのだって全く同じ動きをしていた程だ。
「だから、3人で一緒の目的を持って何かをやることで生きる気力というか、人生の楽しみというか、そんな感じのもの得ることができるかなあと。」
今の3人が特につまらなそうにしているとかそういうわけでは決してないが、今よりも自分の生活に充実感を持てる気がするってだけだ。
「孤児院育ちだし、最低限以下の物を与えられるだけでひもじい生活から脱却したんだから、今度は自分たちでなにかを掴み取ることができれば幸いかな。」
「それにしては過保護ですな。」
「あはは、やっぱりか?」
「そりゃそうです。あれだけ整った状態から任せられるのですから。しかし、同じ目的を持って頑張るという気持ちができただけでも3人にとって今までにない経験でしょう。そしてそれがなによりもの幸せなことです。既に掴み取っているようなもんですよ。」
うん、そうかもしれない。手厳しいが、優しさを感じる。なかなかいいこと言うぜ、ロシャスさん。
きっとこれからもさらなる良いお店にしていってくれることだろう。
▽▽▽▽▽
その翌日ザンバラたちは早速店に顔を出した。
「来るの早かったですね。説得とかなんかして時間かかるかなあと思ってましたが。」
「いやいや、あの条件で断る人などいないさ。これからもよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。では早速……。」
まずは適当に武器や防具を選んでもらい、ミーシャに個人に合うように微調整してもらった。
素材はそれほどいいものを使ってるわけではないが、そんじょそこらな武器防具よりもかなり質の良いものである自信はある。
「これほどの物……本当にもらっていいのか?」
「えぇ、構いませんよ。素材は初心者が身に付けててもおかしくない物ですし。鍛治師の腕は保証します。」
それと……と言って俺はスキルのオーブをトップにあしらったネックレスを5つ取り出した。
「これは…?」
「これは結界魔法を付与したアクセサリーです。不意打ちの即死対策に使えるかと思って揃えておきました。御守りがわりにどうぞ。」
ザンバラはとても大事そうに受け取ってカバンへとしまう。
ザンバラにはその辺にあるダンジョから見つかるマジックバックをあげた。もともとも持っていた物は金を工面するために売ってしまったと言っていたので、1つくらいあれば便利であろう。
ちなみに今あげたアクセサリーだが、実際に結界魔法が付与されているのはオーブを支える台座の部分に使っているミスリルであり、スキルのオーブには獲得経験値増加が付与してある。
スキルのオーブにはスキル以外に、スキルの効果自体を付与できるとボカで入った魔法具の店主が言っていた言葉を思い出して作ってみたのだ。
そもそも、スキルのオーブに入っているスキルを自分の物として身につけることは誰でもできる。
しかし、空になったスキルのオーブへスキルを入れることができるのはスキルオペレーターを持つ俺だけだ。
本来の空のスキルのオーブの使い方は耐性を付与したり、魔法スキルの魔法を付与したりしてスキルでなくても耐性や魔法を使用するために使う。
つまり、獲得経験値増加スキルもそのスキルの効果をオーブに付与することができればスキルではなくてもその効果を得られるのではないかと、思って作ってみたのだ。
昨日のアクセサリー作りの一環として作って、使用した事がまだないので、実際の効果はどれほどあるのかわからない。
だが、予想が正しければ効果はあるはずだと思い、ステータス値に補正が得られるレベル5相当を付与してある。
ザンバラたちは奴隷ではないので、スキルをいじるという行為は避けたい。
しかし、知り合いが死ぬのも嫌だし、スミスカンパニーと関わりがあるというだけで、恨みを持つ者から狙われる可能性もあるので、何か少しでも対策をしたいと思って作ったのがこれだ。
オーブは1つがビー玉ほどの透明な球体で、ネックレスにすると少し邪魔になるかもしれないと思ったが、他にいいアイデアも浮かばず、とりあえずはネックレスにしてある。使ってくれたら御の字といったところだろう。まぁ、ビー玉程度の大きさならアクセサリーとしても変ではないだろう。
ザンバラの奥さんと子供の分も獲得経験値増加はいらないかもしれないが、結界はあって損はないと思い作っておいた。
大事そうに受け取ってくれたのできっと使ってくれることだろう。
必要な道具などもだいたい揃ったところで、アランたちに店の従業員としての仕事を軽く説明させ、今日のところは帰ってもらった。
明日から仕事に出てくれるようだし、早く慣れてくれるといい。
獲得経験値増加といえば、最近自分のステータスのチェックしていなかった。あとでチェックを……
「タロー様、タロー様。」
なんてことを考えていたら、店の奥からナタリーが呼んでいた。
「どうした?」
「王女様がみえております。戻ってきてください。」
げっ。また来たのか。
「あ、やべ!!」
「ど、どうしたんですか?」
「お礼しようと思ってたの忘れてた〜。」
盛大にこうべを垂れうなだれる。
しかたない、お礼も言わないといけないし、会うことにしよう。
リビングへと向かうといつもの3人がいつものように待っているかと思ったが、今回は様子が違った。
「お待たせしました。おうじょ…」
「マリアです。お久しぶりですね、タロー。」
ぐぬぬぬぬぬ。
「お久しぶりです、マリア様。今日はなんだかいつもより警戒が緩いですね?」
そう、いつもならば、ソファへ王女様が座り、じいやとアンドレさんは後ろで立っていたのだが、今回はなぜか王女様の隣にじいやが座り、斜め向かいの椅子にアンドレさんが座っているのだ。
しかも、みんなしてちゃんとお茶とお菓子を楽しんでいる。
なにが起きた……!?
「アンドレが、ここでは警戒する必要もないし、無駄だと言うので、それならば一層のこと皆でお茶しましょうって。」
うちは喫茶店かい!
「あははは、そうですか。」
アンドレめ、自分もクッキー食いたかっただけじゃなのか?
少し睨むようにアンドレさんを見るとギクッと一瞬肩を震わせた気がした。目も合わせないし。だけど、手はクッキーへ伸びている。
「それで、今日は……?」
「今日はサブレ子爵のことについて聞きたくてやってきました。」
「その節は大変お世話になりました。マリア様のお手紙のおかげで、領主様とお話ができ、早急な対応をして頂けました。すぐにお礼をしようと思っていたのですが……」
「えぇ、それは構わないのです。こちらとしても当然のことをしたまで。」
うんうん、ありがたや。
「ですが!」
で、ですが!?
「私が手紙を書き、サブレ子爵の捕縛の連絡が来るまでに2週間もかからないほどです。おかしいと思いませんか?」
はて?なにがおかしいのだろうか?
首をひねり考える。
考えて考えて……冷や汗が止まらなくなる。
「お気付きになりましたか?王都とラビオスは馬車で2週間ほどかかります。早馬でも約1週間と少しはかかるでしょう。」
そうであった。
うっかり失念しておりました。
「私が手紙を書いてサブレ子爵の捕縛の連絡が来るまでに2週間。これがどれほど異常なのかお分かりですか?」
ブンブンと首を縦に振ることしか今の俺にはできない。
「一体どんな方法を使ったのかわかりませんが、このことを誰かが知ればあなたを疑い、秘密を探ろうとする者が出てきます。」
ブンブン
「それはあなたにとって望ましくないことなのでしょう?」
ブンブン
おっしゃる通りでございます。
「あなたは優秀に見えてどこか抜けているのです。」
ブンブン
お言葉もありません。むしろ抜けてしかおりません。
「今後は注意なさった方がよろしくてよ?」
ブンブン
男とはなんとも非力な生き物だ。
「本当にわかっているのかしら。」
「はい、ご忠告感謝します。」
秘密を探るわけでもなく、注意だけをしにわざわざ来てくれたのだろうか。
いい人である。
「構わないわ。このネックレスのお礼でもあるし。」
おおう。ネックレスあげといてよかったー!
「それともう一つ、勇者が召喚されたわ。」
「……え?今なんと?」
「だから、勇者がこの国に召喚されたと言っているのです。」
「すまんが、お茶のおかわりをもらえるか?」
アンドレさんは呑気にお茶のおかわりを頼んでいる。
「あ、俺もついでに入れて欲しいなぁ。」
俺もお茶を頂こう。
えっと、それでなんの話でしたかしら?
「それで、なんの話でしたっけ?」
「……。」
睨まれている。我は睨まれてる。
蛇に睨まれた蛙というのはこのような気持ちなのだろうか。
蛙のガマちゃんに激しく同情せざるを得ない。
美人の顔で睨まれるというのは恐ろしいものだ。
だが!!悪くない。
「……えっと。」
「この国に勇者が召喚されました。」
何度聞いても事実は変わらないのだなぁ。
リビングに静寂が流れる。
ただし、アンドレさんがクッキーを食べる、ボリボリという音だけを残して。