54話
「なっ!?」
3人が消えたと同時にロシャスたちも部屋へと突入し、サブレ子爵の取り巻きを取り押さえる。
……ちゃっかりマーヤ達3人も手伝っている。
「ラビオスが領主、メイナード侯爵家護衛騎士隊隊長ビルだ!大人しくしろ!」
突入に伴い、声を上げたビルさんを見てサブレ子爵がわかりやすいほど狼狽している。
「なっ……なぜ。」
「サブレ子爵、ここでの言動全てを聞かせてもらった。大人しく捕まってもらうぞ。」
「我は子爵ぞ!触るでない!」
突入してきた警備兵に掴まれたことに抵抗をする子爵。
「我々は侯爵直々の命令で動いている。問答無用だ!言い訳は牢に入ってからいくらでも聞いてやる。」
この現場を押さえられてはさすがの子爵もすぐには言葉が出ないようだ。ビルさんの言葉を聞いて大人しく連行されて行く。
「他のものは部屋を隅々まで調べろ!」
ビルさんはテキパキと指示出し、現場をおさめる。
「アザレ……いや、メッツ殿。その目でしっかりと見ていただけましたか?」
俺は、未だに外套を被り、部屋の隅で様子を伺っていたメッツ・アザレに声をかけた。
「……はい。父が大変申し訳ありませんでした。これほどの事を……何も知らなかったとは言え、そんなことは言い訳にもなりませんね。むしろ知らなかった事が私の罪でしょう。」
「隠していたのだから仕方ないとも思いますけどね。これからの頑張り次第ではないですか?」
「いえ、ここまでのことをしてたとなれば、一族郎党打ち首、良くて奴隷落ちでしょう。」
そこまでなのか……。
2人の間に沈黙がおちる。
深く考えずに軽はずみな発言をしてしまったなぁ。
しかし、子爵家を継ぐのがメッツ殿ならいい貴族になると思うのだが。
一度侯爵に話してみる必要がありそうだ。
ビルさんたちが屋敷を一通り調べた結果、法外な取引や、国外への奴隷の販売についての書類なども出てきたので、確実な証拠としても十分な成果が得れたようだ。
「今日のことについても話したいので、後日一度侯爵家に来て頂いてもよろしいですか?」
「はい、わかりました。日程は……?」
「お店の方に使いを出しますので、その時に。」
ビルさんたちは証拠品と罪人を連れ、去って行った。今日のところはこれで解散だ。
メッツ殿も軽く頭を下げて歩いて帰って行った。現場を見て、考えることも多いだろう……見せるべきではなかったかなとも思うけど、知る義務があるとも思った。
「3人ともお疲れ様、怪我とかない?」
「はい、もちろんです。簡単なお仕事でした。」
人質を簡単な仕事としてこなせるジーナは一体何者なのだろうか……。
あ、こんなジーナになったのも俺のせいか。
俺たちも家に帰って何事もなかったかのようにその日を終え、それからもいつもと同じように楽しく毎日を過ごしていた。あれだけの事件が起きたら、普通もう少し事件の余韻のようなものがあってもいい気がするが、みんなにとっては気にかけるようなことでもなかったらしい。
ザンバラたちにはもう大丈夫だという旨を伝え、すでにあの廃墟の地下から出て、元の生活していた家へと戻っている。しばらくは体を休めてゆっくりと過ごすそうだ。
▽▽▽▽▽
2日後、侯爵家から呼び出されたため、俺はライエとともに侯爵家へと向かっていた。
「ついてこなくても大丈夫だったんだよ?休んだらいいのに。」
「いえ、タロー様の身に何か起こってからでは遅いのです。貴族というのは恐ろしい者たちなのですから。……特に政略結婚などの標的にされてはたまったもんではありません。」
「え?最後なんて?聞こえなかった。」
「……いえ、なんでもありません。」
ライエは侯爵家へ招かれたから行ってくると言ったらついてきた。
夕食に招待され、その時にサブレ子爵についての話をするのだろう。
心配してくれるのはありがたいが、ライエも疲れているのだから休めばいいのに。
「こんばんは、侯爵様に招かれて来たタローと言います。」
「話は伺っております。すぐご案内いたします。」
侯爵家の屋敷に着くと、門兵は以前よりも丁寧な対応をしてくれた。
さすがは侯爵家といったところか、兵士への教育も素晴らしい。
「おぉ、よく来たな。すぐ食事にしよう。」
屋敷の中を執事の人について行くと、食堂のようなところへ通され、そこではすでに侯爵様が待っていた。
「お待たせしてしまったようで。1人連れがいるのですがよろしいですか?」
「あぁ、構わんよ。それにしても、そこまで身なりが整って高貴な雰囲気を纏った獣人も珍しいもんだな。どこかいいとこの出の獣人か?それともお主のところで雇ってると者は皆その様に身なりを整えておるのか?」
「えぇ、概ね。身だしなみには気をつけてはいます。」
と、いうより、みんなにはちゃんとした物を着ていてほしいだけだが。あとは各々好きなような服を着ている。仕事中は制服だし、作業するときとかはメイド服になったりはしてるが。
「ほう、そうなのか。まぁ、立ち話もなんだ、食べながら話そうではないか。」
席に着き、運ばれて来た食事を頂きながら、たわいもない会話をする。
侯爵様はライエを見て拒絶する素振りすら見せることはなかった。食事も同じテーブルで取らせてもらえたし、獣人に対する差別的意識は持っていないのだろう。まぁ、客人だからという理由もあるのかもしれないが。
「それで、サブレ子爵のことだが、見つかった書類やらなんやらを調べた段階では打ち首は免れぬだろうな。サブレ子爵家の者は奴隷落ちすることだろう。まぁ、正式な判断は王都に連行されてからだが。」
食後のお茶を飲んでいるときにサブレ子爵の話となった。ここからはビルさんも顔を出し一緒に話をする。
「つまり、子爵家は取り潰しになると言うことですか?」
「実質はそう言うことになる。」
「侯爵様はメッツ・アザレという男性をご存知ですか?」
「あぁ、サブレ子爵の倅だろう?知っておるよ。」
「私の目には彼はとてもいい人間に映るのですが……。」
「あぁ、彼は周りの人間にも評判がいいようだし、今回の件に関わった様子もない。聞き取りにも誠実に対応している。惜しいものだよ。」
「それで、提案なのですが……。」
「……提案?」
「私にも彼が奴隷や打ち首になるのは惜しいと思えるのです。ですから、なんとか彼を救いたい。」
「しかし、これほどの罪となると難しいぞ?」
「一族が罰を受けるといっても、親戚にまではその刑は及ばないのではないですか?」
「あぁ、直系だけだ。」
「現在、彼は都合よく親戚の姓を名乗っております。それを利用して子爵家の存続に……と。」
「……そうか。名前のままメッツ・アザレをサブレ子爵の親戚筋の人間とすることで刑を逃れさせ、後にサブレ子爵を襲名させる……ということか?」
「えぇ。できないですかね?」
「……難しいが、可能だな。」
「彼は今回のことを自分の家の問題というだけで関わりがないにも関わらず一番責任を感じています。ですから、その提案を受け入れないという可能性もあります。しかし、その気持ちがあるだけで彼にとっては十分な罰になっているように思うのです。その気持ちを持ち続けることが彼にとっての罰になり得るのではないかと。」
「……ふむ。そうだな。その気持ちを持った上でしっかりと貴族としての責務を果たしてもらう、いい考えかもしれぬ。よし、可能な限りそのように取り計ろう。」
よかった……。メッツ殿のこれからの人生に少し光が射した。あとは彼次第だ。
彼ならばきっといい貴族になってくれることだろう。
その後も取り巻きの商人や護衛をしていた男たちの処遇、サブレ子爵の経営していた店の今後について話を聞いた。
「ところで、そちらの方は黄金の戦姫殿では?」
途中から会話に参加していたビルさんは、話がひと段落ついたところでライエについて尋ねてきた。
「そうなの?」
笑ってライエに尋ねる。
「いえ、違います。」
真顔で否定したんだが……。
お前のことだよ、ライエさん。
「あはは、二つ名は本人の知らないところで呼ばれることが多いですからね。最近Aランクに上がったという話を聞きましたよ?」
「え?ライエってAランクになったの?」
「はい、少し前に……。」
「そうだったのか、おめでとう。」
顔を少し赤らめ、そっぽを向きながらも照れを隠せていないライエはかわいいやつだ。
「なんだ、ビルはその子のこと知っていたのか?」
侯爵様がビルさんに尋ねる。
「えぇ、最近話題の冒険者の1人ですから。クランスミス……あぁ、そうか、タロー様のスミスカンパニーとの繋がりがあるわけですね。だから今日も護衛として来てたわけですか。」
うむ、まぁまぁ違うがだいたいそんな感じだな。
「いえ、ちが……むごっ!」
ライエが余計なことを言いそうだったので、とりあえず口を塞いでおく。
奴隷ですとかいったら説明がめんどくさいことこの上ない。
なにやら訴えるような視線を向けてくるが無視だ無視。
「かなり腕が立つという噂ですよ。その美しさから獣人にも関わらず言いよる男性は多数。その全てをことごとく撃沈させるという金髪の獣人冒険者。」
なんの腕が立っているのかわかったもんじゃないな。
だが、笑えて仕方がない。
「ライエ、いつもなにしてるの……。」
本当に笑えて仕方がない。
前に新人だと思って良くしてくれた3人組冒険者も同じようなことを言っていたので、余計に笑えてしまう。
「笑わないでください、タロー様!しつこい男が多くて困ってるのです。」
ライエさんはプンプンしていらっしゃる。
「ほう、そんなに腕が立つのか。そんな風には見えぬがなぁ。人は見かけによらぬものだ。」
侯爵様の言う通りである。
この世界はステータス次第で能力が変わる。つまり、外見では人の強さなどは判断できない。普通に見える人や子供でも筋骨隆々の男性よりも強いこともあるということだ。
鑑定があるから多少は判断できるが、なかったら恐ろしいことこの上ない。
「クランスミスというのは規模は大きいのか?」
「いえ、そこまでは。メインで活動してるのは5人程度かと。他にも頼りになる人ばかりですが。」
「であれば、なにか依頼をするときにはクランスミスを頼ろうではないか。冒険者ギルドを通せばよいのだろ?」
「直接スミスカンパニーにいらしてもらっても大丈夫ですよ。うちは信頼できる人からしか依頼を受けませんので、ギルドへ依頼されてからも面談という形で直接取引相手と話すことにしていますので。」
「ほう。つまり儂は今のところ信頼に足ると判断されたわけか?」
「もちろんですよ。依頼を受けることを決めてからギルドへの報告もしますので。」
「それはよかった。お主は貴族だろうと気に入らねば簡単に断りそうだからなぁ。その方が手間が省けるわけだ。」
確かに断るけども。困ることではないが、2回しか会っていないのにそこまで見抜かれるとはなぁ。
「そういえばタロー様、スミスカンパニーといえば最近話題のポーションを取り扱っている店なのですよね?味があるという話ですが……。」
「なぬ?そんな物を扱っておるのか?味があるポーション?不味くはないのか?」
「飲み物のように飲めるという噂ですよ。」
「タローよ、それは本当か?そんな物が存在するのか?」
ビルさんと侯爵様が盛り上がってる。
「えぇ、本当です。そもそも、サブレ子爵と揉める原因になったのもその商品です。」
「ふむ。サブレ子爵は目の前の欲に目が眩んで身を滅ぼしたわけか。して、そのポーションはいくらで売っているのだ?さぞ高値で売れるだろう?」
「いえ、普通のポーションと同じ値段で売っています。1人当たりの販売数は制限させてもらっていますがね。」
「な、なに!?」
「それは本当ですかタロー様!」
侯爵様とビルさんの食いつきが尋常ではない。
やはり、それほどまでに珍しいのか。
「よかったら試してみますか?」
俺は常に持ち歩いているサコッシュ程度の大きさのマジックバックからポーションを20本ずつ出す。
「一体何本出てくるのだ…。それはマジックバックなのだろうが、予想以上に入りそうだな。」
「えぇ、たくさん入る物が手に入ったので。とりあえず、これは差し上げますのでよかったら使ってみてください。」
その辺で売っているマジックバックの性能が低いことを忘れるところだったが、このくらいならばさほど珍しい容量でもないだろう。
「おぉ、こんなに貰ってもよいのか?」
「えぇ、今回は突然の事に急に対応していただきましたので、お礼も込めて。」
王女様の力添えがあったにしろ、急なことに快く対応してくれたことは本当に感謝だ。
「あと、これは石鹸です。そしてこれがお茶と…あと、お菓子と飴を。どれもスミスカンパニーで販売しているオススメの品です。使ってみてください。」
そして、使用してみて良ければ是非ご贔屓にという言葉を忘れない。
出したのは、花などで香りづけをしたいつもの石鹸に、リーシャたちが配合してくれて作ったハーブティーのようなお茶、そしてハチミツのクッキーと飴だ。
「おぉぉぉぉ、こんなによいのか?本当によいのか?貰うぞ?遠慮なく貰ってしまうぞ?」
出したものを興奮気味に見る侯爵様。意外とお茶目な一面もあるようだ。
「こ、侯爵様、これ物凄く美味しいですよ!」
クッキーを口にしたビルさんが侯爵様に告げる。
「おい、ビル。お主なぜ儂より先に食べておるのだ!」
威圧するような物言いだが、そこにどこかイタズラ少年のような雰囲気を感じる。
それがわかっているのか、ビルさんもどこ吹く風である。
「ぬおー!なんて贅沢な味なのだ。は、はちみつをこれほど使ってよいのかー!!」
飴を口に含んだ侯爵様が興奮し始めた。
「しっとりとした口当りと鼻に抜ける芳醇なハチミツの香り。これは……悪魔の食べ物か。」
いや違うから…。
ビルさんまでおかしなことを言い出した。
なんか、2人ともイメージが崩壊しつつあるのだが…。
甘味の魅力はとてつもない破壊力だった。
その後も石鹸を試したりお茶を入れて飲んだり、ついにはポーションまで飲み始めて、終始興奮気味な2人であった。