53話
「王女様より遣わされし客人よ、待たせたな。」
お茶を二口ほど口につけたところで、メイナード侯爵が部屋へ入って来た。
年齢は60にさしかかるというところだろうか。ロシャスとそんなに変わらない年だろう。
しかし、その鍛え抜かれた筋骨隆々な肉体は年齢を感じさせず、現役の戦士であることを物語っている。
もう少し待たされるかと思ったが意外とすぐに対応してくれたようだ。
「こちらこそ、突然の訪問大変申し訳ございません。なにぶん急を要するもので…。」
「いや、構わん。大体のことは王女様の手紙で理解した。儂はガドレス・メイナードだ。」
「スミスカンパニー代表のタローと申します。以後お見知り置きを。」
お互い簡単に自己紹介を済ます。
「それで?細かいことは省いて本題に入ろう。サブレ子爵のことでよいのだろうか?」
「えぇ。サブレ子爵が裏で暗躍していることについて、ご報告と対応のお願いに参りました。」
「だいたいは手紙にあったか、もう一度説明願おうか。」
俺はザンバラに会ったことからロシャスが調べたことを事細かに説明する。
すると、侯爵の表情が厳しい物へと変わっていった。
「あやつに後ろ暗い噂があったのは確かだ。何度か陳情を受けたこともあった。しかし、なにぶん証拠が掴めず、私兵を用いて独自に調査しても一向に尻尾をつかませることがない。」
侯爵はやれやれといった感じで一つ息を吐く。
嘘だろ?あんなにわかりやすいことしてるのにそんなに証拠をあつめられないもんなのか?
でも、商人として接しているからこそ漬け込む隙を見出せたというのもあるか……。
「しかし、犯行内容は儂が想像していたよりもはるかに酷いもののようだな。商人同士の小競り合い、嫌がらせ程度かと思っていたが……。」
さすがにサブレ子爵のやっていることに関しては許し難いことではあるようだ。
あまり大変なこととは思っていなかったようで、捜査も簡単にしかしていなかったのだろう。
「して、その情報というのはいかように集めたのだ?」
「それは、秘密です。」
「話せぬと申すか?」
「話せません。商人にとって情報というのは何よりも大切なことですから。それに、あなた方にこの情報をタダで提供するだけでも十分利益があるのではないですか?」
元を辿れば、あなた方貴族の……国の失態なのですからと。
そう言うと、さすがのご老体も怒り心頭の様子だ。
殺気を滾らせ、護衛2人も含め、いつ俺に斬りかかってもよいと、そんな雰囲気である。
あー、怖い怖い。
「お主、それは国を冒涜する発言とは思わぬのか?」
「いえ、まさか。この程度が国を冒涜する発言だとしたら平民はみな黙して生活するしかないでしょうね。ただ、民にも国にも損となる存在の摘発に助言しただけですので。国の規則、面子を思っての助言です。それが迷惑というのでしたらこちらで勝手に処理いたします。そもそも、民の意見を少しもお聞きにならない貴族が居たとしたら、それはもはや独裁の権化、金と欲にしか目のないただの肉の塊でしょう。民の生活を圧迫するだけの害虫です。」
おっと、これはさすがに言い過ぎたか。
目をつけられたら、なんかされる前に国から逃げよ。
「そこまで言うか。貴族である儂を前にして。」
「貴族であるあなたに言わなければ意味のないことです。」
「……ふははははは!!お主本当に商人か?それもまだ成人を超えたばかりとは思えぬな。」
え、なんか急に笑い出したけども。
だが、俺も最近そう思う……激しく同意。
「よもや、この殺気を感じぬ程鈍感ではあるまい?」
「さすがにそこまでぶつけられれば鈍感な私でも気づきます。」
「その殺気をわかっていながら、少しも動じぬとはなぁ。普通はビビって声も出せぬぞ。」
え?そうなの?
助けを求めてロシャスの方を向くが、ロシャスは目すら合わせない。
ひどい。
「そっちの執事も只者ではなさそうだ。王女様が目をかけるだけあるな。」
王女様に目をかけられてんの?目をつけられてるのかと思ってたけど。
「で、情報はあるがこのままでは手を出せぬがどうする?」
「私は今人質を取られております、仲間を3人。その人質を返して欲しければ、今晩、指定の時間、指定の場所に来いとのことです。その場所がサブレ子爵の秘密裏に会合が行われている場所でもあり、今日の夜、主だったメンバーが集まることになってる場所でもありますので……」
「そこへ強襲と。」
「はい。」
「その現場を抑えれば何よりもの証拠であるのは間違いない。だが、悟られぬか?今まで見つかっていないことから考えても警備も裏工作も手薄ではないと思うが。」
「それに関しては考えがございます。ですので、人員を数名お借りしたく。」
「ふむ、ならばこいつを連れて行け。」
メイナード侯爵は後ろに立っていた護衛の1人を指す。
「侯爵家護衛隊隊長のビルです。」
「腕は立つ、頭もキレる、うまく使ってやれ。あとは人選や細かいことはこいつに任せる、必要なことは言ってくれ。」
「ありがとうございます。」
すんなり人を貸してくれたな。
「しかしお主、人質が取られておってよくそんなに余裕でおれるのう。」
いやいや、内心ヒヤヒヤですから。
後にロシャスに聞いたら、「タロー様に相談すれば絶対に止めると思ったので」とのこと。そりゃ止めるでしょ!
とても心配である。
「3人のこと信じておりますので。」
と、言っておく。
「人質を信じるというのもまた奇妙なことだな。まぁいい、急いで行動した方がよいだろう。あとはビルに任せる。この件が片付いたらゆっくりと話そうではないか。」
侯爵は立ち上がり、部屋を出る。残ったのはビルさんと俺とロシャスの3人だ。
「今日はよろしく頼む。役目、しっかりと果たす所存だ。」
「なんかアンドレさんと違ってしっかりした人だ。」
「ん?アンドレをご存知か?」
「あ、やべ、口に出てた。」
すっかり気が緩んでたようだ。ロシャスにやれやれって顔されるし。
騎士といえばアンドレさんってイメージがついてしまっている今日この頃。どうにかしたいものだ。
「アンドレさんとはちょっと面識が。そのツテもあって王女様にお手紙をお願いしたのです。」
「なるほど。あいつと俺は訓練兵時代の同期でな、互いに切磋琢磨したものだ。俺はメイナード侯爵に引き抜かれたが、あやつは近衛騎士として王都に残った。なにやら王女様に恩義もあったようだし。」
ほう、そんな関係があったのか。
なんともアンドレさんとはタイプの違う人だ。
ビルさんはどちらかというと爽やかイケメンが歳を重ねた感じのクールなイメージだ。
アンドレさんの野性味溢れる漢気な熱いイメージとは対照的である。
それから今後の計画を話し、打ち合わせを行っていく。
ビルさんと警備兵2人とロシャスで例の外套を被り近くで待機し、サブレ子爵と俺のやり取りを聞いてもらう。
侵入する際にできるだけ、警備に当たっている者を排除できればなお良い。
そのあと、タイミングを見計らってその場へと突入して、それと同時に魔法を打ち上げ、それを合図に周りを取り囲むように配置した警備兵も突入という形だ。
「これだけの計画なら万が一もないでしょう。」
「ふむ。この外套があるおかげでかなり楽ができるな。素晴らしい物だ。」
「運良く手に入りましたので。商人をしているとそういう珍しい物も手に入れるチャンスが多いですからね。」
と、当たり障りのないことを答えておく。
「タロー様そろそろお時間です。」
「お、もうそんな時間か。では、みなさん後ほど。」
馬車へと戻り、馬車の中からこっそりとゲートで店へと戻る。そこからサブレ子爵に呼び出された場所へと1人で向かう手筈だ。
ロシャス達はその馬車をそのまま利用し、現地まで向かってもらう。ありきたりのオンボロ馬車なので怪しまれることもないだろう。近づいてから警戒されるのは仕方ないのでそこはロシャスたちにうまくやってもらう。
▽▽▽▽▽
「お前、ここに何か用か?」
「呼び出されてきたんですけど…あ、スミスカンパニーのタローと言います。」
ザンバラが隠れている地下のある家からほど近い、廃墟の並ぶ寂れた一角の小さな古びた屋敷へと来た。
ザンバラはよくこの近くに隠れてたな。危ない危ない。
その屋敷の前に立つ強面の筋肉質なお兄さんに質問され答える。
「お前がか?……まぁいい中へ入れ。まっすぐ歩くと部屋に出る。」
言われた通り中へ入り、薄暗い廊下をまっすぐと歩くと、すぐに広めの部屋に出た。
「お主がスミスカンパニーの代表か?」
部屋へ入ると、テーブルの向こう側に小太りのおじさんが座っていた。彼がサブレ子爵であろう。
テーブルの両脇には椅子が並べられているが、今は誰も座っておらず、サブレ子爵の後ろに数名の人が立っている。
「えぇ、スミスカンパニー代表のタローと申します。」
「こんな若造がオンボロ商店の店主とはなぁ。」
くっくっくっと笑いをこぼす子爵。
部屋の隅にはジーナとマーヤとメイが地面に座らされている。怪我も汚れも特にないので、乱暴に扱われてはいないのだろう。
3人とも奴隷として売れば高くなりそうだしな。その辺はちゃんと考えているようだ。
「わかってはいるかもしれぬが、儂はサブレ子爵である。今日はなんのために呼び出したかわかっておるよなぁ?」
その時、俺の後ろの扉の向こうに4人の気配を感じた。ロシャスたちも潜入に成功したようだ。これで準備は万端である。
「3人を返してもらうためですが?」
外套の効果があるにもかかわらず、少しだけ気配を察知できたのはやはり桁外れのステータスのおかげだろうなぁ。
「ふふふふ、ふはははは!返してもらえると思っておるのか。そうかそうか、まぁ、お主の返答次第ではそれもあるかもしれぬな。」
3人の様子を見ようと目を向けると、メイがまたしてもこちらに向かって手を振っている。よく見るとジーナなんて口をモゴモゴしてるような気さえする。
……え?みんな後ろで手縛られてるんだよね?捕まってるんだよね?
マーヤとジーナはちゃんと手が後ろに回っている。足首と手首のところにロープのような物が見えたのでてっきり縛ってるのかと思ったが違うのだろうか………
ギョッとしてしまったのが顔に出ていたのか、サブレ子爵の取り巻き数人がメイたちの方へ振り向こうとしたその時、マーヤが慌ててメイの手を掴み後ろへ回していた。
ははぁ〜ん、縛られたフリしてるのか、わかっちゃったぞ。なるほどなるほど。
ジーナも取り巻きがそちらに目を向ける前にゴックンとして、口を動かすのを止めている。
何かと思えば、あいつは誰も見てないの確認して、ポケットからクッキー出して食ってやがる。
え?再び確認だが、捕まってるんだよね?ね?
ポケットからクッキーだ。
ポケットの中身はビスケットではない。
クッキーである。
あの3人は本当に人質なのだろうか。
縄抜けもできて、人質のフリしておやつタイムとは……。呑気なもんだ。
優秀すぎるのも考えもんか?
「それで、どうなのだ?返答は?」
あ、やべ。メイ達のことに気を取られてなんの話をしてたのか聞いてなかった……。
「あ、あー、えー、っと。もう一度整理させてもらっても?」
「……お主、バカなのか?」
「はい、バカなのです。なので、どうかもう一度よろしくお願いします。」
「……味付きポーションの製造者との取引を儂に譲れと言っておる。めんどくさいから、店ごと儂に売ってもよいぞ?そうすれば、あの3人は逃してやろう。どうだ?悪くない話だろ?」
「なるほど。そのようにして今までもいい商品の販売権を取得してきたわけですか。たいした努力もせずに。挙げ句の果てには新人冒険者を嵌めて奴隷に落とすことまで?」
「……やはり知っておったか。」
バレてないと思ってるのがすごいというか、バレないようにやれてるのがすごいというか……。
「ふん、騙されるやつが悪いのだ。若い奴隷はいい値段で売れる。特に女はな!借金で奴隷落ちする冒険者などよくある話だ。大して違いはなかろう?」
大違いだろうに。
「その言葉を聞いて、その3人が無事に逃げられるとは思えないのですが。」
「安心しろ。ちゃんと逃してやる。ここから出てからのことは知らぬがな。」
ニヤリと歪んだ顔がなんとも醜い。
逃してすぐ捕まえるつもりなのがわからないやつがいるのだろうか。
「まぁ、味付きポーションについて話す気はありませんけどね。話したところで作ることも手に入れることもできないでしょう。大人しくスミスカンパニーから購入してください。」
もう買うこともできないだろうが。
「ふはは、見捨てるか。女を見捨てるか!お主らは見捨てられたぞ?薄情な男だなぁ。愉快愉快。」
いやいや、どこが愉快なのか。
「ところで、お主よもや自分が助かるとは思うていなかろうな?」
「助けてくれないのですか?人質も諦めたのに?」
助けてくれるわけないだろうけど、一応言質を取らなければね。
「お気楽な考えだな。ここまで知って返すわけなかろう。お主はここで死ぬのだよ。」
そんなことわかっているさ。わからないと思っていることがすごいわな。
「さてさて、こやつらは1人ずついたぶりながら殺すか……いや、これほど上質な女ならこのまま奴隷として売るのがいいか。よし!治癒魔法で治る程度まで痛めつけろ。」
サブレ子爵の指示を受けて裏方担当っぽい男が3人に近づいていく。
「お主の下した判断のせいで痛めつけられる姿をよく見ておくがよい。」
その言葉で皆が3人に視線を集める。
俺はその隙に3人に向かってこっちにおいでと、手招きをする。
「ロシャス!!」
男たちが手を伸ばしたその瞬間、3人は目にも留まらぬ速さでこちら側へとやってくる。
それを見て、俺はロシャスへと声をかけた。