52話
「それで、先程の話なのですが…。」
「あ、そうでしたね。今から話すことは他言無用。信じるか信じないかはあなた次第です。」
「そ、そんなに大変な話ですか?」
「はい。心して聞いてください。」
そして、ザンバラと知り合ったことからロシャスが調べたことサブレ子爵に関わることを大まかに話した。
すると、アザレ殿は少し神妙な顔つきになった。
「……思い当たる節でもあるのですか?」
「あ、いや。思い当たる節というほどでもないですが、私の知らない人や少し裏に繋がりのありそうな雰囲気の人が屋敷に出入りするのを何度か見たものですから……。」
「もし、あなたがその目でサブレ子爵のやっていることを見る勇気があるのならばその現場を押さえる際についてきますか?」
「……よろしいのですか?」
「えぇ、あなたには真実を知る義務があると思っておりますので。」
「では、ぜひ連れて行ってもらいたい。よろしくお願いします。」
「かしこまりました。それではサブレ子爵へはこちらから返事を出しておきますので、あなたはここで身を隠していてください。いつ動きがあるかわかりませんから。」
「……わかりました。」
アザレとの話はこれで終わった。
あとはサブレ子爵へと手紙を出すことと、王女様からの手紙と領主との話し合いだな。
…………多忙だ。
夕方、約束通りアンドレさんが屋敷を訪れ、手紙を持ってきてくれた。
無茶はするなという伝言付きで。
王女様の心配を心に留めておこう。
「ロシャス、これサブレ子爵の屋敷に届けてもらえないかな?」
「かしこまりました、すぐ行ってまいります。」
そう言って、ロシャスはすぐにサブレ子爵の元へと手紙を届けに行った。
手紙の内容は、面会の拒否と色々と知ってるぞ的なことを匂わせる内容だ。
そんなこと書いておけば、その手紙を公にはできないだろうし、不敬罪にもならないだろう。
「ただいま、戻りました。」
「うわ、はやっ!」
本当にあっという間にロシャスが帰ってきた。
「すんなり渡せた?」
「えぇ、すぐにサブレ子爵の手元へと届いたと思いますよ。ちゃんとスミスカンパニーからと伝えたので門番も走って中へと持って行きましたから。」
よし、これでそのうちなんらかの行動を起こしてくるだろう。
▽▽▽▽▽
「……舐めた真似を!」
手紙を受け取り中を確認したサブレ子爵は怒りに震えていた。
「あの無能はどこへ行ったのだ!!」
そして役目を果たさず、戻っても来ないアザレに対し、激昂する。
アザレが屋敷に戻っていたらひどい目に遭わされ、事実を確認しにいくどころではなかっただろう。
「しかも、この内容からすると、あやつらはわしのやっていることに勘付いている可能性が大きい。早急に潰さねばなるまい。」
サブレ子爵は早速タローをおびき寄せ、店自体を潰す算段を立てる。
翌日、部下の中でも汚れ仕事をしているものを呼び寄せ、タローを誘き出すための餌として女子供をさらう命令を下し、店へと向かわせる。
そして、他の商店の代表も集めスミスカンパニーを潰したあと手に入る商品、奴隷として売る従業員についての話し合いが行われることとなった。
タローから受け取った手紙を読み怒り狂ったが、よく考えれば全てを自分のものにするチャンスだと開き直り、笑いが込み上げて仕方のない子爵。
自分が危機に晒されることなど微塵も考えていなかった。
▽▽▽▽▽
翌朝、開店準備をしていたら騒ぎが起こった。
俺が店の前に出ると、現れた黒ずくめの集団にメイ、マーヤ、ジーナが捕まっているのである。
「なっ!!」
焦ってはみるものの、捕まっている3人に焦った様子がまったくない。
むしろ楽しそうに笑っている。メイなんかこっちに向かって手を振っている。
そして黒ずくめの1人がこちらへ手紙のような物を飛ばして、3人を連れて消えていった。
「え?ねえ。あの3人ってなんであんなに楽しそうだったの?」
「それはもちろん、わざと捕まるように言っておいたからです。でなければ、いくら不意打ちでも我々が易々と捕まるわけありません。」
で、ですよねぇ。捕まるわけないよねぇ。でも捕まってたってことはそういうことなのか。
でも、あんな幼い2人と美人を囮にするなんて、ロシャスさん外道!!
「大丈夫ですよ。3人とも怪我させられるようなら抵抗していいと言ってありますので。」
……心を読むのはやめてほしい。
「なんかステルスビートルから情報が入ったの?」
「えぇ、女子供を拐えと命令していたので、都合良いように表の掃除を3人に任せておりました。」
「それを、好都合と見て攫っていったと。それでここからは?」
「この後はタロー様を呼び寄せ店の権利かもしくは味付きポーションなどの秘密を聞いたところでタロー様を処分してスミスカンパニー丸ごと奪って終わりでしょう。」
「……俺は殺されるのか。」
一応、がっくりと項垂れてみる。
「さて、次の行動に移りましょう。」
「おーい。ロシャスなんかフォローとかないの?」
「タロー様が殺されるわけがありません。殺す方がいたら見てみたいですな。まったく想像できませんが。」
ホッホッホと笑いながら答えるロシャスを見て、俺は信頼されてるのか化け物扱いされてるのかわからなくなる。
「タロー様手紙の確認を。」
「華麗なスルー。……どれどれ、ふむふむ。夜、指定の時間に指定の場所へ来いとな。」
「なるほど、この場所はいつも秘密裏に会合が行われてる場所ですな。ちょうど良いではないですか。」
「え?え?え?計画が雑すぎない?こんなんで従うと思ってるの?騎士とかに知らされて一緒に行かれたら終わりじゃない?」
「そうならないように、騎士や警備兵などに報せれば連絡が行くようになっているのでしょう。連絡が来たら人質を殺すか、そのまま連れていって奴隷として売るかわかりませんが、どちらかを選択して逃げるのでしょう。」
「でもこの手紙が……。」
「それ、もう燃えて消えますよ?ほら。」
ロシャスが目線手紙に向けた時ちょっと手紙から火がではじめたところだった。
「え?あちっ!あちーー!なんだいきなり!」
「開封して時間が経つと燃えるように魔法が付与されていましたので。」
「そういうの先に言ってくれるー?」
手紙を持っていた手をブンブン振ったりふーふーっと息をかけながらロシャスを睨む。
「まったく不用心なもんですな。」
素知らぬふりである。
「まぁこれで証拠もなにもなく暗躍できるってことか。ま、手紙に名前が書いてあるわけでもなかったし、うまく切り抜けれるんだろうな。」
「そういうことですな。あちら側もちょうどよく商人たちが集まったところへご招待してくれるようですし都合がいい。それでは領主の館へ向かいましょうか。」
そうしようか。と言いながらひとまず店へと戻り、領主の館へ向かう準備をする。
はぁ、3人は大丈夫だろうか?普通に考えればまったく問題ないだろうが、やはり何か起こる可能性も捨てきれないわけで……心の中で申し訳ないと謝罪しながら、帰ってきたら褒美をやらねばと心に書き留める。
ジェフとか連れてってくれればもう少し気が楽だったんだけどなぁとまったくもって無責任なことを考えるタローであった。
▽▽▽▽▽
「ロシャスさんやい。」
「なんでしょうか?」
「ここの領主ってどんな人なの?」
「すでに老齢ですが、武闘派貴族として有名な方です。私兵も鍛え抜かれた優秀な騎士が多いと聞きます。」
「ふーん。協力してくれるかなぁ。」
体育会系か……暑苦しいのは苦手だなあと、元も子もないようなことを考えながら馬車を走らせる。
曲がった事が大嫌いくらいの誠実な人だと助かるが。
「ところで先ほど頂いたこれは?」
「ふふふ、ザンバラがダンジョンで手に入れたと言ってた物を参考にナタリーに作ってもらった外套だよ。隠蔽を付与してある。」
「ほう。それはどのような効果が?索敵から逃れるのですか?」
「もちろんそれもある。それに加え、存在自体を隠蔽することに成功した。魔力はもちろん、熱や匂いも隠せる。」
本当は透明化みたいなの狙ったんだけど隠蔽だけではそこまでは無理なようだ。まだまだ工夫の余地がある。
「そこまで高性能なのですか…またしてもとんでもないものを作りましたね。それを使って呼び出された場所へと潜むわけですな。」
頷き、肯定を示す。さすがロシャス察しがよろしい。
しかし、今回はそれほど高性能ではないのではないか?実際ザンバラも同じような物を持っているわけだし…匂いとか熱とかまで隠せるかはわからないけども。
「そういえば、サブレ子爵に領主の館に向かったことは伝わってないの?」
「伝わったところで、協力してくれるとは思わないでしょう。協力を得られなかったフリをしておけばやり過ごせるかと。保険のために一応警戒はしておりますが、今の所尾行されている様子はありませんな。こんなにすぐに動くとは思っていなかったのでは?」
「子爵って自信満々って感じだもんなぁ。そもそも俺がこの馬車に乗ってるとも思っていないか。」
この馬車はあらかじめロシャスが用意しておいてくれたオンボロ馬車である。
店から少し離れたところに停めておいたので、スミスカンパニーとはまったく関係ない物として認識されているだろう。
そこへ先ほどの外套を被った状態で裏口から向かったのである。サブレ子爵の手先も店から出たとは思っていないだろう。
ちなみに御者をしているのは同じく外套を被ったアザレだ。先に待機していてもらっていた。
「では、領主との話し合いがうまくいけば、協力してくれる兵はこの馬車で共に目的地へと向かい、この外套を使って待機。人数は3人ってところでしょうか?」
「そんなところだなぁ。俺は別行動して単独で目的地へと向かう。なんやかんやとサブレ子爵達と話してる間にロシャス達は潜入してもらって、ロシャスたちの突入と同時に他の兵へと連絡。身柄確保をしてもらうと。」
「誰でも思いつきそうな計画ですなあ。」
うるさいよ。それだけ単純なんだ、相手が。
「お二方、着きます。」
前方で御者をしているアザレから声がかかった。
ところで、アザレはサブレになってしまうのだから、メッツ殿と呼んだ方がよいのではないだろうか。
まぁ、この話は後だな。
「止まれ!ここはラビオス領主、メイナード侯爵家である!なに用か!」
おぉ。ビシッとしてる。
「王女様より急ぎのお手紙をお届けに参った次第でございます。加えて、我が主人タロー様も、メイナード侯爵にお目通り願えればと。」
おぉぉ!ロシャスが立派だ。
「お主らが王女様より書簡を?……怪しいが、王家の紋章に間違いはないようだ。確認を取る。暫し待たれよ。」
門に立つ2人の兵のうち1人が手紙を持って走って行く。
屋敷の門に兵が立ってるというのはそれだけで高貴な人の住む屋敷だとわかる。
「俺の屋敷にもやはり門兵を2人立たせるべきか……。」
「人員の無駄です。」
バッサリである。
確かに無駄だけども!
結界も張ったし?中にいる人みんな凄腕だし?たしかに無駄だけども。
ロシャスの言葉にタローの心はすでに瀕死じょうたいであった。
そんなアホなことを考えていたら、屋敷の中へと走っていった門兵の片割れが戻ってきた。後ろには執事のような人も付いてきている。
「ロシャス、本物が来たぞ。あれが本物の執事ってやつだ!」
その言葉を受け、こちらへ歩いてくる執事を見るなりロシャスが殺気を迸らせる。
……俺に向けてだけ。
「冗談でございます。そのような矮小な括りにカテゴライズされるような存在だとは思ってはおりませんので。」
本当に冗談なのだろうか……恐ろしい。
たしかにロシャスは執事という括りには収まらない器であることは確かだ。
でも、自分で言っちゃうんだな。
「領主様がお会いになるとのことだ。中へ案内する。」
門兵に言われ、門の中へと進むと執事が優雅に一礼をした後軽く挨拶をして先導して屋敷へと誘ってくれる。
「ここでしばらくお待ちください。ただいまお茶を持ってまいります。」
武闘派と聞いていたので、どこか無骨な内装を想像していた俺だが、その予想をあっさりと覆され、入った瞬間目に入る様子は、派手過ぎず、しかししっかりと貴族の屋敷としての存在感をアピールするような煌びやかさを持ち合わせた、素直に感嘆するものであった。
よくよく考えたら貴族の屋敷に入るのは初めてのことだったので、好奇心が刺激されあちらこちらと目線を動かし、屋敷の様子を楽しんでいた。
ロシャスには呆れられたが、こればかりは仕方のないことだろう。好奇心を抑え込むのはなかなか難しいことだ。
執事の男性に案内されたのはまさに応接間と言った感じの部屋で、そこでソファに座りメイナード侯爵を待つ。
もちろん座っているのもお茶を出されたのも俺だけで、ロシャスは後ろで控えるように立っている。
この辺卒なくこなすところはさすがだなぁ。