50話
「……この無能が!!」
「も、申し訳ございません!!」
ラビオスのとある屋敷……サブレ子爵の屋敷で、いつぞやと同じようなやり取りが行われていた。
「仕入先が分からぬだと?ならば一体どうやってあの量のポーションを売っているのだ!」
サブレ子爵の経営する商店でのポーション販売はほぼ売れない状況にまで迫られていた。そのポーションの販売数下落とともに、客足も伸び悩み、その商店で取り扱っている薬品関係も売れ悩むという悪循環である。
サブレ子爵の経営する商店で販売するポーションの売れ行きがどの商店よりも真っ先に伸び悩むのは、もともとの販売価格が高いからということもある。
他の店のポーションよりも効果があるという売り文句で少し高い値段設定をして販売していたがために、味付きポーションでほぼ同等の効果が得られるというインパクトに客が流れたのは必然のことだろう。実際、サブレ子爵の店で取り扱うポーションの効果は他の物と大差なく、店が雇っている冒険者などがサクラとなり噂を流して、その評判を聞いた人が買っているだけで、店自体の信用は浅かった。
ベテラン冒険者ともなればポーションの効果に大差がないことはすぐにバレるだろう。その違いが分かる者からすれば店に足が向かなくなるのは当たり前である。
「し、しかし、調査している間、一度も仕入れた様子がありません。」
「小さい商店なのだろう?一体どこにそれほどの在庫があるというのだ!」
ゲートの存在など考えもしない限り、王都の屋敷とラビオスのスミスカンパニーが繋がっていることは想像することもないだろう。スミスカンパニーはほぼ全ての商品をその屋敷で製造できているので、仕入れもなにもないのだ。
「わ、わかりません。」
「本当に使えぬやつだ。仕方ない…スミスカンパニーとやらを傘下に収めるしかないか。さすれば丸々私の物となる。」
「で、できますでしょうか?」
「私がそんなこともできぬと思うておるのか?貴族に逆らうやつなどそうはおらぬだろう?」
貴族が故の傲慢な自信である。
「ふむ、最初からそうすればよかったな。とんだ遠回りをしたものだ。まぁ、よい。スミスカンパニーとやらの代表をここへ呼べ。好条件で加えてやれば文句はないだろう。」
はっはっはっと笑いながら、すでに自分の物となったかのような満足感に浸るサブレ子爵であった。
部下はそんなサブレ子爵を見つつ、指示通りスミスカンパニーの代表の者を呼ぶために部屋を後にした。
▽▽▽▽▽
サブレ子爵の部下がスミスカンパニーのラビオス店へと着き、店に入った瞬間、その部下は蛇に睨まれた蛙のごとく背筋に寒気を感じ身動きを取れなくなる。
たった一瞬……ほんの一瞬のことだったが、部下にとっては永遠に感じるほど長く、生きた心地がしなかった。
スミスカンパニーの皆は、タローやロシャスから店を嗅ぎまわる者に気をつけるよう言われていたため、店の偵察に来るサブレ子爵の部下や怪しい挙動をする者の顔や魔力の気配などを覚えており、近くに来れば即座に反応、警戒する体制が出来ていた。
そのため、サブレ子爵の部下が店に入った瞬間、店員皆がそちらに視線を向けるという異様な雰囲気が一瞬のことではあるが店内を支配したのである。
「……て、店長はいるだろうか?」
止まらぬ冷や汗に構いもせず、自分に与えられた使命を全うすべく、近くにいた店員らしき幼い少女に声をかける。
「おじさんだれー?店長ってなにー?」
声をかけた相手はメイである。
メイにとってタローはご主人様であり、タロー様である。店長という認識はなかったようだ。
「メイ、あっちを手伝っておいて。失礼しました。店長は現在不在ですが、何か御用でしょうか?」
メイに奥を手伝わせ、代わって声をかけたのはメイの母親のマーヤである。
「こちらこそ失礼しました。私はサブレ子爵に代わり店長にお会いしたく参上しました、アザレと申します。店長はいつおかえりなるのですか?」
「……アザレ?もしかして、サブレ子爵の血縁の方かしら?店長は暫く帰らないかもしれないし、帰ってくるかもしれないし……なんとも言えないですね……申し訳ございません。」
「えぇ、サブレ子爵の息子です。そうですか、お戻りになられたら一度お会いしたく……いえ、父上が面会を求めておりして……。」
「なるほど。帰ったら伝えておきますので、また後日来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです。よろしくお願いします。」
サブレ子爵が小間使いのように働かせていた部下は彼の息子だった。
あの貴族からこの人の良さそうな男が生まれてくるとは誰しもが考えなかっただろう。
事実、この男は使用人や町の者にも評判がよく、人柄の良さが伺えるのである。
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一方その頃タローといえば…
「……ミーシャそれはほんとか?嘘じゃない?見間違えでもない?」
「うん、ここはいろんな鉱石があります。こんなこと信じられない……普通は鉱脈に沿って見つかるはずなのに……こんなにたくさんの種類の鉱石が一箇所で見つかるなんて…」
タローはその日、セレブロを奥まで進む探索組として、探索に参加していた。
今日はミーシャと共に行動していたのだが、かなり奥へ来たところで山脈に入る洞窟のようなところを見つけ、そこへ入ると、ミーシャが突然歓喜し洞窟の壁や床を叩き、拳大の石を手に取っては叫んでいたので、事情を聞いていたところである。
その説明によると、そこには鉄や銅、銀をはじめ、ミスリル、ダマスカス鋼、オリハルコン、ヒヒイロカネ、アダマンタイトまであるというのだ。まさに鉱石の宝石箱。貴重な鉱石は少量のようだが、採掘を続ければかなりの量が確保できるというのがミーシャの見解だ。
「ドワーフであるミーシャが狂喜乱舞するわけか……。」
俺なら、気まぐれで鑑定でもしない限り見つけることすらできなかったな。
ドワーフが故か、ミーシャの努力が故か…ミーシャがいたからこそすぐに気づき見つけることができたわけである。
店でサブレ子爵から接触があったことなど知る由もなく、喜び狂うミーシャとともに喜び騒ぎ踊っていたのである。
とりあえず必要そうな鉱石の採掘を開始し、その場で製錬。それを、ある程度の量がたまるまで繰り返し行う。鑑定と鍛治スキル、錬金スキルがあるので簡単な作業だ。
「これで、かなり良い武器をみんなに作ってあげれるな!」
「これだけあれば、この世で1番いい武器を作ることだってできますよ!私はタロー様に買われて幸せです!」
嬉しいことを言ってくれる。
これだけの材料はどこへ行っても見かけることはできないだろう。
そもそも、オリハルコンとかってこの世界でほとんど見つかってないみたいなことを誰かが言ってた気がするし。
鉱石の宝石箱に興奮して気づくのに遅れたが、どえらいところを見つけてしまった気がする。
「わかってるとは思うけど、スミスカンパニーのみんな以外には話しちゃダメだよ。」
「はい、わかってます。こんなこと話してしまったら世の中が大騒ぎになってしまいますし、世界中のドワーフがここを求めて、セレブロへと押し寄せてくるでしょう。」
「……それはそれで恐ろしい。」
「ここまでは辿り着けないと思いますけどね。」
「世界の鍛治師が危険に晒される。ドワーフ族の存続のためにも口外できないな。」
ま、実際は依頼を受けた冒険者が来ることになるのだろうが、ドワーフたちは自分で行くとかいいそうだよなぁ。どのみち辿り着くことはないだろう。
それにどこぞのがめつい貴族や国王の耳になんて入ってしまったら、その国や貴族に命令された騎士や冒険者達が無駄な犠牲者を出すことになる。
絶対に内緒だこれ。
「ところで、なんかものすごくお腹が空いたんだけど、結構時間たったかな?」
「えぇ、そろそろ採掘始めて丸3日になるところでしょうか。」
「…………え?ほんまでっか?嘘でっしゃろ??冗談きついで、ほんま。」
エセ関西人の登場であった。
「本当です。私はたまにマジックバックに入れていた食料を食べながら作業してましたので大したことありませんが、タロー様は夢中になりすぎて、食事も取っていないのではないですか?」
「え、取ってないけど……え?食べてたの?」
「もちろん食べてました!」
笑顔で答えるミーシャが眩しい。
3日もぶっ通しで作業した事実を認めた瞬間、空腹と睡魔が襲ってきた。
食べてもいないし、寝てもいない……一体どれほど集中していたのだろうか。
……ただの馬鹿である。
「ミーシャ……俺限界。」
現実を認めた瞬間、体から力が抜ける。
「タ、タロー様!」
慌てるミーシャを傍目にタローは意識を失った。
▽▽▽▽▽
「あれ?ここは……家か?」
「タロー様、お目覚めになられたのですね。」
声のする方を見るとライエが心配そうな顔でこちらを見ていた。
あの日セレブロで倒れた俺は、ミーシャとラナによって屋敷まで運ばれ、自室のベッドへと寝かされたらしい。
寝てから1日半が経った頃ようやく目が覚めたようだ。
「うん、よく寝た。」
率直な感想である。
「ふふふ、本当によく寝ておられましたよ。食事の準備をしてまいりますのでしばしお待ちください。」
そう言い残し、ライエは部屋を出て行った。
部屋に戻ってきたライエから、食事を受け取り、食事を済ませながら寝ている間の話を聞いてみた。
「えぇ、タロー様とミーシャが3日も戻らないのでみな心配しておりました。帰ってきたらタロー様は気を失っていましたし、大慌てですよ。」
「それは済まなかった……。」
「しかし、ミーシャが空腹と睡眠不足で倒れたと言った瞬間みんな大笑いです。」
……え、ひどくない?
クスクスと可笑しそうに話すライエは本当に楽しそうである。
「なんか変わったことはあった?」
「いえ、特には……あ、サブレ子爵の方から接触があったようです。詳しくはマーヤとロシャスさんから話があると思いますけど。」
「そうか。じゃあ2人の手が空いたら呼んでくれるかな?俺はもう一眠りするよ。」
ライエが持って来てくれた食事をすっかり綺麗に食べ切り、また眠るという。
ここへきてタローのぐーたらが本性を現した。
「タロー様。タロー様。」
「……ん?」
「起きてください。お話がございます。」
「ん、ロシャスか。ちょっと寝すぎたかな。起きるか。」
体を起こし、手を上で組み伸びをする。
「えぇ、寝すぎです。」
思わずズッコけた。
「……あ、あたりがきついじゃないか。まぁいいや、それで話ってのサブレ子爵の事?」
「はい、そうです。まずはマーヤから。」
すると、ロシャスと一緒に来ていたマーヤが前に出てきた。
「おはよう、マーヤ。」
「おはようございます、ご主人様。それで、サブレ子爵のことですが、数日前にサブレ子爵の使いの者がタロー様に面会を求めて店に来ました。」
「何か揉めた?」
「いえ、特には何も。タロー様が帰ってくるのはいつになるかわからないから後日また来てくださいと申しておきました。本当に帰ってこなかった時は少し焦りましたが……。」
「……あはは、ごめんごめん。」
「いつ帰ってくるかわからないと伝えておきましたのでそれはそれでちょうど良かったと言えばちょうどよかったんですけどね。」
クスッと笑う感じで俺をおちょくる。
果たして俺は皆の主人なのだろうか……いや、これは愛されている証拠である。うん、そうである。
「ですが、その使いの者は毎日のように店に顔を出しておりました。」
「やば、怒らせちゃったかな?」
「いえ、その方は温厚な方のようで特に文句言うことなく、顔を出し、タロー様がいるかどうか聞くだけで帰って行きましたよ。あ、毎日何かひとつは買い物をしていきますので、とても律儀な方です。」
「おや?サブレ子爵の使いとは思えない行動だ。」
「えぇ、その方はアザレと言う名のようで、実はサブレ子爵の息子さんらしいです。」
「……本当か?全く思ってた人物像と違うのだが。」
「私も初めて会った時は信じられませんでしたが、ロシャスさんにも調べていただきましたし、息子であることは間違いないようです。」
「そうか。それはなんとも……。」
蛙の子は蛙ではないということだ。
「店に来る時も特に騒ぎを起こすわけでもありませんし、人当たりも良さそうでしたよ。ただ、サブレ子爵からははやくタロー様を連れて来いと言われてるようで、少し心苦しいところではありましたが。」
「……いや、ほんとね、ごめんて。ほんと、まじごめん。」
「アザレという者ですが、サブレ子爵からは無能と罵られ、小間使いのように働かされているようですが、屋敷の使用人や町の者からの信頼は厚く、優しい人として認識されていますな。」
ロシャスの調査結果なら間違いないだろう。
ということは、サブレ子爵の裏の仕事はアザレには知らされていないかもしれないなぁ。何も知らずに表面上のことだけ手伝わされているのかもしれない。
「サブレ子爵はともかく、アザレとは会って話してみる価値はありそうだ。」
「では、次アザレさんが訪問した際に面会するということでよろしいですか?」
「うん、そうしてくれ。」
「かしこまりました。それでは私はこれで失礼します。」
「ありがとう、マーヤ。」
マーヤはニコッと笑い一礼して退室して行った。
「まぁ、次はと言っても流れからして明日も来るだろうな。」
「えぇそうでしょうね。」
さて、つぎはロシャスの話だ。