49話
そんなこんなでザンバラに食事を届けたり、サブレ子爵本人や彼の経営してる商店へと軽く探りを入れたりしながら数日が過ぎた。
「タロー様、明日は100階層のボス攻略をする予定ですが、タロー様も参りますか?」
「お、ついに100階層のボスか。ちょっと見に行こうかな!」
ライエの提案に乗り、明日はダンジョンへと向かうことにする。攻略も早いもんだ。
翌日、ダンジョンへ入り、最短ルートで100階層のボス部屋へたどり着いた。
「なにが出るかなぁ〜。」
呑気にわくわくピクニック気分である。
「ミーシャたちはもうダンジョンや魔物には慣れた?」
「はい、まだまだ先輩方には遠く及びませんが、少しは戦えるようになりました。」
まぁ、さすがに慣れるか。ダンジョンを100階層も踏破してるんだしな。
ミーシャは少しは戦えると謙遜しているが、他の皆が異常なだけで、ミーシャ、アラン、タニヤ、サリナも既に勇者の実力を優に超えている。でなければこんなところまでこんなに涼しい顔でいれるわけがない。
「じゃ、ボス部屋を楽しもうではないか。」
その言葉で、ライエとジェフがボス部屋の扉を開ける。
「……ヒュドラだ。」
ジェフが呟く。
部屋にいたのは、9つの首を持つ大蛇、ヒュドラである。
これはあれだな、首を切り落としても復活してきたり、石化させられたり、毒をくらったりと非常に厄介なやつ。
「これって今まで出現したことあるの?」
「かなり昔の文献に出現が確認されたとありました。その時はちょうど勇者がこの世界にいる時代で、その時出現したヒュドラは国の騎士と高ランク冒険者、それに加えて勇者で迎え撃ちなんとか撃退することはできたと聞きます。」
「それだけの戦力を投入して倒せてないのかよ。」
「しかも目の前にいるあいつよりも小さかったはず。記録されていた大きさよりもふた回りほど大きいです。」
これより小さいやつを撃退するので精一杯ってことはかなりの強敵なんじゃないか?いや、まぁ目の前にいるヒュドラもかなり高いけど。以前セレブロで討伐したレッドドラゴンより大きい。
それにしてもジェフはもと騎士なだけあってこういうことはよく知っている。
普段の態度からは考えられないが。
「その撃退したやつは一体どこへ行ったのだろうか。」
「さぁ。そこまでは。ただ、目の前にいるやつではないでしょうね。ここダンジョンですし。」
ですよねぇ。しかもかなり前の話っぽいし。
大方、セレブロから出てきた幼体のヒュドラとかだろうなぁ。
セレブロの奥へ行けば行くほど、どえらい魔物が出てきそうである。
「ま、とりあえずみんなファイトだ!」
傍観を決め込む。
そんな俺を全く気にすることなく、皆はヒュドラに向かっていった。
とりあえず休憩しようと、部屋の隅へと行き、岩に腰掛けたその時だった。
ズウゥゥーン
部屋に響き渡るその轟音に後ろを振り返るとヒュドラがズタボロになって倒れていた。
「……え?」
……早すぎではないだろうか。
強敵なんだよね?国が総力あげて対抗して追い払ったやつより大きいんだよね?
なにかがおかしい。きっと夢だ。
みんなはそんなことまったく気にした様子もなく、にこやかに談笑している。
あ、サリナがこっちに向かって手を振っている。
とりあえず休憩を諦め、皆の元へと向かうことにした。
「あ、タロー様。このヒュドラ、素材としてかなり高価だと思いますが、あまり流通はさせられないでしょうね。」
素材の心配かい。
俺はこの8人で既に一国以上の戦力だということの方がよっぽど心配なのだが。
「まぁ、俺たちで使う分には問題ないからダンジョンに吸収される前に回収しておこう。」
それから宝箱の中身を回収して、奥の扉開ける。
「お?」
扉の向こうは、階段ではなく、遺跡のような……神殿とも思えるような空間が広がっていた。
中へと入り奥へと進むと、玉座のような物とその隣に台座があり、そこに以前王都のダンジョンで見たダンジョンコアより大きくて強く光り輝くコアが置かれていた。
どうやらここのダンジョンはこの100階が最下層のようだ。
ところで、なぜこんなところに玉座などあるのだろうか。
「うわー、すごい!」
アランが玉座へ駆け寄り、ぴょんといった感じで腰掛ける。
「【ダンジョンを踏破し者よ。玉座に座する者をこのダンジョンの管理者として認めるか?】」
え?なんだこれ?
辺りを見回しても人の気配はない。皆も突然のことに動揺しているようだ。
声の主人も見つからないし、頭の中に直接語りかけてくるような言葉だ。
「なんだこれ。ジェフなにか知ってる?」
「いや、こんな現象聞いたことありません……。」
ふむ。どうやら初めての体験のようだ。
「とりあえず椅子から降りこっち来て。」
「…ぁ、あっ!はい!」
1番動揺していたのはアランだ。
そりゃ、いきなり管理者とか言われたら驚くか。
アランは椅子から飛び跳ねるよう降りて、こちらへ戻って来た。
「俺の予想だと、ダンジョンは基本的にダンジョンコアが管理者として機能する。でも、ある程度の大きさへと成長したダンジョンはコア以外にも管理者を求めるようになるという感じかな。」
「なぜ、管理者を必要とするのですか?」
タニヤがいい質問をしてくる。
「それは……さっぱりわからん!!ま、予想だから。とりあえず、管理者になるには踏破した人の承認が必要なようだし、アランが玉座から降りた今の状態なら、今までと同じようにダンジョンコアが管理してる状態になっているだろう。」
「だ、大丈夫ですかね?」
アランが心配そうに尋ねる。
「……ダメだったら、アラン……君がここを管理するしかない。短い間だったが、ありがとう。」
「そ、そんなーー!!」
絶望に顔を染めるアラン。非常に面白い。
「ま、大丈夫だろ。あのあとなんの言葉も聞こえないし、誰も承認してないから。」
心配な顔つきは変わらないが、多少は絶望から回復している。
「ここのダンジョンを管理する気もないし、コアは触らずにこのままにしておくから、そろそろ帰るよ。」
そう言って、玉座のさらに奥にある扉へ皆で向かう。
扉の向こう側は小部屋になっていて、魔法陣が設置されており、いつも通りワープで地上まで帰る仕組みだ。
そのあとはなんの問題もなく魔法陣も発動し、無事に地上へと出ることができた。ちなみに地上へ戻って来て1番安堵しているのはもちろんアランである。
それにしても、ダンジョンの謎が一つ増えたなぁ。
これに関して、俺はある仮説を立てていた。
仮説の大筋としては、ダンジョンの規模が小さいうちはダンジョンコアがダンジョンを管理する。
ダンジョンを成長させるために魔物や人の死体などを吸収している。
コアの成長限界まで育つと、ダンジョンは成長を止め、死体の吸収や魔物の発生は今まで通りするが、成長のために吸収するわけではないので、絶対値が減らずにダンジョン内に存在する魔物の数が増え、外にあふれてくることがある。これが所謂スタンビート。
ダンジョンが大きくなり過ぎると、魔物の発生速度や量を制御するのがコアだけでは難しくなり、外部に知識や補助を求め玉座が出現。最初に踏破した者からその権利が与えられるというところだろうか。
この仮説が事実に近ければ、大きいダンジョンは踏破して管理されれば有意義にも危険にもなり得る。
ちゃんと利用すれば利益だらけの宝箱だ。
問題は管理者になった場合、玉座から動けないのか、それとも管理者として認められればあとは自由に生活できるのか、そのあたりが謎ではある。
さて、とりあえずそんな疑問は頭の片隅ほったらかして、明日からはセレブロの探索の再開だ。
ちなみにダンジョン都市における1番有意義な収穫は結界魔法のスキルの入ったオーブだろう。
結界石が見つかることからきっと結界に関係するスキルはあると思っていたが、魔法スキルだったとは意外だった。
しかし、こんなに便利な物は使わない手はないので、早速スキルを取得しレベルを上げた。他にも欲しい人にはスキルを与えることにしてある。
この結界魔法のおかげで結界石を作ることも、屋敷に結界を仕掛けることもできたし、王女様に上げたネックレスに付与した結界もこの魔法スキルのおかげだ。
俺が知らなかっただけで、結界魔法自体は広く知られていて、多くはないが、結界魔法を使える人もいるらしい。それに国としても結界魔法の使い手は騎士団や魔法兵団へと引き込みたいようだ。
結界魔法が使える人がいれば戦局は変わるし、王族とかからしてみれば身の回りの危険に対する対策の1つとして引き込みたくなる気持ちはわかる。
それにしても良い魔法をゲットしたと思う。とても便利だ。
これからも色々な便利なスキルが手に入ることを願う。
「と、いうことで明日からはセレブロの探索を再開したいと思います。オルじいがたまに出歩いて土地勘を広げてくれているから、しばらくはオルじいに案内を頼もう。」
みんなを集めて明日からの方針を告げる。ラピートのテイムも終わっているので、行動スピードも上がり、探索効率も上がっていくはずだ。
オルじいはみながダンジョンへ行ってる間に、自分の訓練を兼ねてセレブロに出かけていた。前よりもかなり行動範囲が広がったようで、なんか興奮して目を輝かせていた。楽しそうでなによりである。オルじいもセレブロの浅いところならば余裕をもって単独で出歩けるところまで成長している。
簡単に方針を告げ、解散すると、ロシャスに呼び止められた。
「タロー様、少しお話が。」
2人でキッチンに向かい、ロシャスがお茶を入れてくれたので飲みながら話すことにした。
「それで、話って?」
「サブレ子爵のことです。」
あ、忘れてた。
「……忘れておりましたね?」
「い、いや、覚えていたとも。ばっちりさ!」
「……ふぅ。それで子爵ですが、ザンバラに聞いた通り、商人たちとの繋がりが確認できました。ラビオスの中だけでも、ザンバラたちが嵌められた商店と奴隷商の他に数店舗繋がりのある商店があるようです。」
「ラビオスだけでもそんなに店舗展開してるのか。それなのにあんなわかりやすい方法で嵌めてバレないもんなのかね?」
「そこは貴族ですから、うまくやっているのではないですか?とくにラビオスは子爵が拠点としている街の一つのようですし。」
「そういうもんか。それで?」
「冒険者になりたての若い者を狙ったあのやり口ですが、どうやら他にも何件か同じやり方で奴隷に落とされているようです。」
「おいおい、そんなに派手にやってるのか?」
「周囲にバレぬよう、うまくやってはいるようです。狙われてるのはこの街に来たばかりの新人ばかり、まだ知り合いも少ないですから、相談ができる人がいないような者、そしていなくなってもあまり疑問を持たれない者ばかりです。下調べも入念のようですな。」
それを調べ上げているロシャスが謎である。
一体どうやって調べてんのこの人。
「その新人にうまく付け入り、親しみを持ってもらうってことか。装備も後払いで揃えてくれて、色々とアドバイスなんかしたら、新人冒険者ならかなり信用してくれそうだもんなぁ。」
「まさしくそういうことでしょうね。そして、奴隷に落とされた新人冒険者は他国へと運ばれ売られるようです。この国で足がつかないようにしてるみたいですね。」
それって足つかないの?
え?足つかないのになんでロシャスさんはわかっちゃうわけ?
摩訶不思議。
「証拠が出るかどうかはわからないけど、サブレ子爵とその商人たちは完全に黒ってことだね。」
「そういうことですな。」
「あとはそれをどう暴くかってことか。」
なかなか良い案が思いつかない。
強いて言えば契約書にミスリルを使った剣と書かれていることだろうか。
本当にミスリルを少しでも含む剣を出されたらそれでツッコメなくなってしまうが…。
あとは裏帳簿のようなものがあればいいのだが……。脱税してるとかそういうやつ。
「しばらくは引き続き探りながら様子見るしかないか。」
「そうですな。流石に屋敷内部を探るのはバレた時のリスクが高いですから、もう少し煮詰まったから、もしくは最終手段ですな。」
……ロシャスのスペックが意味不明。
やろうと思えばやれるんかい。
なにかいい方法はないだろうか……。
「ところで、店の周りを嗅ぎまわってるのは?」
「あぁ、実はあれもサブレ子爵の手の者でした。大方味付きポーションのことでも探っているのでしょう。」
「まじか…それも子爵のとこかよ。めんどくさいことにならなきゃいいけど。」
「痺れを切らした子爵の方から接触してくる可能性はありますね。」
えぇー。やだなぁ。
大人しくしていてもらいたいところだ。
「探るって言ってもポーションに味付けただけだろう?」
「タロー様……お気付きではないかもしれませんが、ポーションに味をつけるのは非常に困難なのですよ……でなければ今まで販売されていないわけがありません。」
「……た、たしかに。」
「売れ行きを確かめるとともに、製造法や、仕入先を調べるつもりなのではないですか?」
「な、なるほど……。」
「なんの情報も掴めていないかと思いますがね。ここで作ってもいませんし、仕入れてもいませんから。」
それもそうだよなあ。
無駄な調査ご苦労様です!
それにしてもそっちの問題もサブレ子爵となると話がややこしくなりそうである。