46話
「とりあえず、なにか注文しましょう。僕はお茶だけで。あなたはお腹すいているのでしょう?なんでも好きなもの食べてください。僕のこと怪しいと思うかもしれませんが、遠慮はいりません。いくら怪しかろうと、ここで食べなければ近いうちに動けなくなり、死んでしまいます。怪しんで食べなくても死ぬのならば騙されたと思って食べた方が利口ですよ。作るのはここの店の店主ですし、毒を盛る危険性も極めて低いのですから。」
ゲッソリとした顔を見て、食事を勧める。きっとまともな食事をしていないのだろう。
「…いいのか?」
「はい、構いません。そもそもあなたを害する理由が僕にはありませんし、あなたのことなにも知りませんから。」
男は遠慮がちに食事を頼んだが、その3倍の量を注文しておいた。
これだけあれば腹いっぱい食えるだろう。
「それでは、食事が来るまでに簡単に話を聞きましょうか。あ、僕の名前はタローです。どうぞよろしく。」
「……俺はザンバラという。」
「それで、あなたは何を隠していたのですか?人ですか?人ですよね?」
いきなりだが、核心を突かせてもらう。
実はこのザンバラという男が現れた事、会話中に「自分達」と、複数人いることを匂わせていたことなどから、ザンバラに襲われた場所で、周囲を注意深く探ったのだ。
すると、襲われた場所から少し離れたところに微かにだが人の反応があった。それも3、4人ほどはいただろう。
俺の言葉にザンバラは目を見開き驚きを露わにした。
「……なぜ。なぜわかった。俺のマジックアイテムを使って索敵スキルでも見つからないはずなのに。」
おぉ、そんなマジックアイテムがあるのか。すごく便利じゃないか。
だから反応がいつもより弱かったんだなぁ。でも俺の索敵レベルでは流石に隠蔽しきれていなかったようだ。
「まぁ、勘ってやつです。それでなぜ匿っているのですか?」
「俺はCランク冒険者だ。出身は田舎の村なんだが、冒険者に憧れてこのダンジョン都市へと来た。」
「ふむ、よくある話ですね。」
「あぁ、よくある話だ。ある時、村で年の離れた妹のように可愛がっていた子が俺の元を訪ねてきた。自分も冒険者になるために村を出てきたとな。それもそいつの幼馴染まで一緒にだ。」
「ザンバラさんを追いかけてきたのですか?」
「いや、昔から活発な子だったから、ただ単に冒険者に憧れていたのだろう。2人で有名な冒険者になるんだと意気込んでいたよ。その時俺は結婚して3歳の子供もいたしな。」
「結婚は関係ないと思いますが……まぁ話が逸れちゃうので続きをお願いします。」
もし、ザンバラさんを追いかけてきたのであれば、結婚して子供がいたことにショックを受けなかったのだろうか。
ま、想像の話だが。
「その時、その2人に冒険者のノウハウを教えてくれと頼まれて、教えることにしたんだ。」
「ふむふむ、いいですねぇ。」
「まずは装備を整えることから始めようと言ったら、2人とも装備は完璧だと言うんだ。村にいる頃にそんなに金が貯まるわけでもないだろうし、一体どうやって金を工面したのか不思議だった。とりあえず必要なものは立て替えてやるしかないなと思っていたからな。」
「まぁ、多少の装備はないと、危険極まりないですしね。」
全く何も装備せずにゴブリンに立ち向かっていたやつとは思えない言葉である。
「装備があるならいいかと、その時は深く考えなかったんだが、翌日2人の装備を見て驚いたんだ。」
「なぜですか?」
「立派に駆け出し冒険者としての装備を身につけていたからだ。剣に盾、革鎧。安物ではあるだろうが、最初に身に付けるものとしては充分な装備だと思った。」
「謎ですねぇ。そんなものどうやって手に入れたのでしょうか。お金があったのですか?」
もはや探偵気分である。
「…その時に俺も同じような疑問を持てばよかったのかもしれない。」
「つまりその装備に問題が?」
「あぁ。どうやらその装備はこの街では大きい方に部類される商店で買ったようなんだ。しかも、支払いは少しずつ返してくれればいいからと。」
「大きい商店なんでしょう?それくらい余裕があって、駆け出し冒険者に優しいということではないのですか?」
「俺も初めはそう思ったさ。俺は冒険者仲間に教えてもらった商店で必要なものを揃えていたからそこの商店を利用したことがなかった。だからなんの疑問も抱かずに装備も適正価格だろうし、すぐに支払いを終えれるだろうと思っていた。」
「その言い方からすると、違うのですか。」
「あぁ。まずおかしかったことは、2人の装備していた剣が3回目の依頼をしていたときに折れたことだ。」
「早くないですか?」
「早すぎる。いくら粗悪品であってもあんなにすぐ折れることはないだろう。仕方ないから新しい剣を買おうと提案すると、装備を買った商店が折れたり刃こぼれしたりしたときはいつでも持ってきなさいと言っていたからと言って、その日の依頼を終えた後、2人はその商店へ向かっていったんだ。」
「……なんか一気にうさんくさくなってきましたけど。」
「次の日再び2人に会うと、剣は真新しい物へと変わっていたので、ちゃんと新しい物へと代えてくれたのだろうと思ったよ。」
「お?ちゃんと対応してくれたのですか?」
「いや、その2週間後に今回の事の発端がある。」
「つ、ついに事件が!」
話がやっと本題になってきたというところで、食事が運ばれてきた。
ザンバラは今にも涎が垂れそうで、皿に穴が開くんじゃないかというほど運ばれてきた食事に目を奪われている。
「……先に食べましょうか。」
「……すまない。」
それだけ言って食事を始める。
よほど腹を空かせていたのか、物凄い勢いで食べる。
「……どうしたんですか?」
しかし、ふとザンバラさんを見ると、急に食事をとる手を止め、何か考えるのように俯く。
「……俺だけこんな食事を。」
あー、4人のことを考えていたのか。
話の流れからいくと、おそらく奥さんと子供と2人の駆け出し冒険者だろう。
「後で他の4人の分も持ち帰りできるように頼んでおきますから、今は食べてください。」
顔を上げ、驚きの表情を作るが、すぐに頭を下げてお礼を言う。
「すまない。恩にきる。」
それだけ言うと再び食事を開始する。
俺はその間に店員を呼び、4人で食べても充分な量の食事を頼んでおく。
一通り食べ終わり、少し落ち着いたところで、話の続きを促す。
「それで2週間後になにが?」
「2週間後に血相を変えて2人が俺の元へと来たんだ。金を貸してくれないかと。俺はとりあえずなにがあったのかを聞いた。これでもCランクの冒険者だ。多少の蓄えはあるし、それでなんとかなるだろうと思ってな。」
「それでなんとかならなかったと?」
「あぁ。2人は装備の支払いを遅らせてもらうことで装備を揃えた。そして剣が折れたから新しいものを追加で購入するという形でさらに契約をしたらしいんだ。それも2本目の剣はかなり良い物らしい。」
「良い物と言いますと?」
「ミスリルを含んだ剣だ。これなら簡単に折れないからと。折れてしまった剣の値段はここから引いて安くしておくと言われたらしい。」
「……それって大して安くならなくないですか?」
「あぁ、なるはずない。しかも安くしておくと言われただけで、その新しい剣はいくらなのか聞いてなく、最初の装備と同じように、分割での支払いでいいからと。」
「完全に武具の値段の相場を知らない駆け出し狙ったものですね。」
「その通りだ。だから2週間後……購入した日からちょうど一ヶ月後に請求された支払いに2人は驚愕したようだ。」
「いくらですか?」
「…大金貨1枚。」
「は?そもそもミスリルの剣ってそんなに高いのですか?」
「あぁ、ミスリルの剣なら大金貨でも白金貨でもおかしくはないだろう。しかし、ミスリルを含んだ剣だ。どれくらい含まれているのかもわからない。それに極め付けはそれが分割での支払いだと言うことだ。」
「え?分割の一回分が大金貨1枚?」
「あぁ。それが後50回。」
「あぁー。完全にやられてますね。」
「タチが悪いのは、ちゃんと契約書にサインさせているところだ。武器の種類、性能については言及されてなく、ただミスリルを含む剣としか書かれてない。それを分割で買うことを了承してもらっているというだけの契約書だ。値段すら書かれていなかった。」
「あちゃぁー。手の出しようがないですね。」
「最初のうちはなんとか助けるために月々の支払いをオレが立て替えていた。あの2人にいきなり大金貨1枚をひと月で稼げなんて無理な話だしな。しかし、俺でもさすがに月に大金貨2枚と自分の生活費などをやり繰りするのは難しかった。貯蓄を崩してもすぐに限界がきた。」
「そりゃそうですよね。」
「こんな無茶な契約でも契約は契約。契約違反は奴隷落ちということになっていたから、奴隷商に売られることはすぐに決定した。しかし、俺が2人の代わりに支払いをしていることを知ったのか、奴隷商から2人の借金の肩代わりを持ちかけられたんだ。」
「え、それはつまり?」
「2人を奴隷として売らない代わりに俺が2人を買ったことにして、装備の借金を奴隷商が立て替え、商店に返す。その代金を俺は奴隷商へと返していくということだ。」
「なるほど。」
「その契約書にすぐサインしたさ。2人が奴隷となることが防げるならあとは地道に借金を返していくだけだと。」
「そこにまた何か落とし穴が?」
「あぁ。奴隷商が立て替えたのは装備の代金ではなく、商店からの奴隷としての売り渡し価格だ。つまり、2人は形式上奴隷として高額で売られ、その売り渡し価格が立て替えた借金となったわけだ。」
「つまり、奴隷商は商店から奴隷として2人を買って、奴隷商の買い取り価格がザンバラさんの借金となったのですね。」
「そういうことだ。その価格が1人白金貨100枚。50回払い。つまり一月に白金貨4枚だ。こんなの返せるわけがない。」
おいおい、王女様と同じ価格なんだが。
まさか2人は王女様!?
って、そんなわけない。
「それってどう考えても商店と奴隷商はグルですよね?」
「…あぁ。払えないと思って姿をくらましたら、商店か奴隷商が雇った冒険者のようなやつらがすぐに俺たちを探し始めた。その冒険者のようなやつらにバレないように後をつけたり、探ったりしたら2つの店は繋がりがあることがわかった。それも2つの店ともサブレ子爵へと繋がったんだ。」
「つまり元締めはサブレ子爵ってことか。」
「そうなる。サブレ子爵はいくつもの店を経営している。そのうちの2つだったようだ。」
ザンバラって有能なのか?よくバレずにサブレ子爵まで辿り着けたな。
それにしても、碌でもないやつだなぁ、そのハ○サブレ。
おっと。
そっちのサブレはかなりの良い物だ。おいしい。
同じにしてもらっては困る。
まったく困ったもんだぜ。
「それは人には話せないわけですね。下手したら不敬罪で捕まります。」
「あぁ。だから身を隠すしかなかったんだ。」
「街を出るという選択肢は?」
「ダメだ。兵にはすでに情報が回っている。借金を踏み倒した者として確認され次第捕まる。」
さすが貴族だ。手が早い。
これは他にも犠牲になった冒険者がいそうだなぁ。
知識も経験も浅く冒険者になりたての若者は格好の標的だ。
「こんなの犯罪だと思うのですが?」
「バックに貴族がついてるからなぁ。どこかに助けを求めても新人冒険者が助けを求められるところは限られる。そこでうまく揉み消されているのだろう。それに契約書があるから、いくら法外だろうが簡単には犯罪にならない。」
契約書か…厄介なことこの上ない。
「話を聞く限りでは今のところ手の出しようがありませんね。まぁもともと話を聞くだけで助けになるつもりはなかったですが。」
「あぁ、わかっている。話を聞いてもらえただけで、肩の荷が少し降りた気がするよ。それに食事までもらった。ありがとう。」
「えぇ。借金返したところで解決しなさそうですしね。しばらくは食事を届けますよ。」
「……え?」
「だから、なにか解決の糸口が見つかるまでは食事を届けると。」
「…いや、だがしかし…。」
流石にここまで話を聞いてしまってはほっておけないだろう。
サブレ子爵ムカつくし。
「なにがどうなるかはわかりません。解決する保証もありません。とりあえずは食事の援助だけです。しばらく隠れながら生き延びてください。」
「……あぁ。」
泣く、ザンバラ。
「え、ちょ。」
「すまねぇ。ありがとう。ありがとうございます。」
しばらくは涙を流していた。
「落ち着きましたか?俺のすることはあまり気にせず、生きることを考えてください。とくにお子さんはまだ小さい。成長盛りの大事な時ですから。」
ザンバラは頷き、再びお礼を述べる。
まぁなんとかならなかったら地下の森へご招待するしかないかなぁ。
ゲートがあるから他の街へ逃げることもできる。
ザンバラたちを逃がすだけならなんとでもできるが、根源を断たなければこれからも被害者増える一方である。
なんとかできればいいが。
「それではまた明日食事を持って来ますので。」
「場所はここでいいのか?」
「いえ、ザンバラさんたちのところまで運びますのでご心配なく。あ、でも僕が来れるかわからないので……。」
「場所わかるのか?」
「はい、わかります。勘です。」
何か聞かれる前に勘ということにしておく。無理があるが、深くは聞いてこないだろう。
「タロー様以外に来るというのは…。」
なぜか俺の格が上がった…。
様づけである…。
「……え?あ、誰が来るかはわかりませんが、これと同じ剣を持っている人が来るようにします。これ持っていてください。この剣を見せるように言いつけておきますので。」
みなに普段から身につけさせている忍刀のようなものと同じ物をザンバラに渡しておく。これを見せてもらい同じか確かめれば確認できるだろう。
なにか、スミスカンパニーとわかるものを作ろうかなあ。そうすればこのような事態も楽なのだが。
まぁ今はしかたない。
「あ、あと、例のミスリルの剣ですが、まだあったら、食事を持っていった者へ渡して欲しいのですが……。」
「わかった。まだ隠れているところに置いてあるので渡します。」
それからザンバラは隠れているみなの元へと向かい消えていった。