42話
「あ、タロー様おかえりなさい!」
「ただいま。メイは休憩中?」
家に入ると、奥からメイがやってきた。
「今お客さんあんまりいないし、みんな店出てても暇だったから、母さんに夕食用に畑の野菜取ってきてって頼まれて行ってきたところです。」
「そうなのか、ご苦労様。あ、ちょうどいいや、この2人をお風呂に案内して入り方教えてあげてくれる?」
「誰ですかー?」
「新しい仲間だよ。」
「わかりました!お姉ちゃんたちこっち着いてきてー!」
タニヤとサリナをメイに任せて、俺はリビングへと向かう。
2人とも突然の風呂宣言に何が起きてるのかわからないといったような感じだったが、メイに手を引かれアランの方をチラチラと振り返りながらも連れていかれた。
「悪いんだけど、少しここで待っててくれる?」
アランに声をかけて、リビングのソファに座ってもらう。
最初の頃のリーシャたちと同じではじめはソファに座ろうとはしなかったが、無理矢理座らせておく。
俺はというと、2階の空き部屋のベットにミーシャを寝かせ、治癒魔法をかける。
魔法のおかげで毒の症状はすぐに消え、ミーシャも落ち着き、眠りについた。
だいぶ体力も消耗していることだろうし、しばらくは寝かしながら様子見だな。
「お待た…せ?」
下へ降り、リビングに入ると、ソファで、背筋をピンと伸ばし、真っ青な顔で固まって座っているアランがいた。
その正面にはジェフとアンドレさんだ。
「おい、坊主、どこから来た?」
ジェフが質問しているが、アランは呼吸すら忘れているかのように微動だにしない。
「おいおい、お前みたいなこわーい顔なんか見てたら答えられるもんも答えられないってやつだよ。」
アンドレさんがジェフに言う。
「何言ってんだ、あんたの顔が怖くて動けないんだろ?」
今度はジェフがアンドレさんに言う。
……こいつら仲良しか。
「……2人ともだろ?何やってんの2人とも。」
「お、若!帰ってたんですか?」
「タロー!邪魔してるぜ!」
「また手合わせしてたの?よく飽きないねぇ。」
ほんとよくやるよ。
「ジェフのやつが休みの時は暇があればここに来てる気がするな!」
わはははと笑ってるアンドレさんを見るとこの国が心配になる。
「それで、若。この坊主はいったい誰なんですか?」
「今日から仲間が4人増えたから仲良くしてね。」
「タローはまた奴隷増やしたのか?4人ってことは、あと3人いるわけだが……。」
「2人はメイに頼んで風呂に行ってもらってる。もう1人は上のベットで休んでるよ。」
「2人は女ということだな。上で寝てるのは……?」
「ドワーフの女性。」
「つまり3人の女が増えたということだな。これはマリア様に報告しなければなるまい。俺は急いで帰る!ジェフよ、また今度な!」
それだけ言って、風の如く立ち去るアンドレさん。
何の報告がいるってんだよ。
「……なんだったんだ。まあいいや。ジェフは今から汗流すところだったんだろ?もうすぐ、メイたちが出てくると思うからそしたらついでにアランも連れて行ってよ。」
「了解した!」
その言葉を聞いたアランは青くなっていた顔からさらに血の気が引き、もはや真っ白だ。いつ倒れてもおかしくない。
そんな様子を苦笑しながら見守る。
3人は終始緊張したままだったが、夕食にみんなが集まり、とりあえず自己紹介を済ませ、明日から店の手伝いをしてもらいながら仕事を覚えてもらうことを伝える。
食事も喉を通らないかなあと思ったが、よほど美味しかったのか、一口食べてからはパクパクと無言で食べ続けていた。
「まだ色々と準備ができてないから、今日だけはとりあえずこの部屋で寝てくれるかなあ?」
「はい、ありがとうございます。」
寝る前には少しは緊張が解けたのか、少しずつ会話ができるようになっていた。
他の部屋の片付け…と言っても大した準備はないが、換気したり、ベットなどを運んだりしていないので、今日はベットが二つ置いたままにしてあった部屋に3人で寝てもらう。布団はナタリーに作ってもらったやつの余りがあったのでそれを渡した。
▽▽▽▽▽
「ロシャス、拠点になりそうな家あった?」
「えぇ、良さそうなところが一つありましたので、仮契約という形で押さえてあります。明日タロー様ともう一度見に行くことにしてありますが、大丈夫ですか?」
「お、それはよかった。じゃあ明日見に行くことにしよう。」
さすがロシャスである。完璧に仕事をこなす男だ。
「ちなみにどんな家?」
「もともとなにか商売をしていた家らしく、そのまま店舗として活用できるかと。」
「それはいいじゃないか!」
「2階建で、2階は住居として使えます。一階の半分はキッチンや風呂なども小さいながらにありますし、リビングもありますのでとてもよいと思いました。少々古いのが目につきましたが、家の中は少し改装すれば綺麗になると思います。」
「探してた物件がそのまま見つかったような家だ。もう見なくてもいい気がしてきた。」
「どのみち契約にはタロー様が立ち会わなければなりませんし、一度見たらいいと思いますよ。」
いやはや、本当にいい物件を見つけてくれたようだ。見るのが楽しみになってきた。
明日の楽しみもあることだし、さっさと寝ることにしよう。
▽▽▽▽▽
「なぁ、俺たちなんかものすごいところに買われてしまった気がするんけど、2人ともどう思った?」
「…うん。お風呂は入れてもらえたし、ご飯はすごく美味しかった。」
俺の問いかけに最初に答えたのはタニヤだ。
俺、アランとタニヤ、サリナは小さい頃に親に捨てられ孤児院で育てられた。
親の顔も知らずに育ってきたのだ。
「生きてるうちにお風呂に入れるなんて思わなかった。それにあんな美味しいごはんがあること知らなかった。」
サリナの言う通り、孤児院では固いパンと味のないスープしか食べたことがなかったから今日のようなごはんを食べれることが夢のようだった。
「俺たち生きてるよな?死ぬ前に変な夢見てるわけじゃないよな。」
「あんなに美味しいごはんを食べれるなら夢でもいいかもなぁ。」
「でも、想像したこともないような美味しい味だった。あんなの夢でも食べられない。未知の味。」
確かに。タニヤの言うように夢でもいいけど、あんなおいしいものは夢でも想像できる自信がない。
「それにみんないい人だったね。優しかった。あんなに優しくされたの初めてだよ。」
「みんな幸せそうだった。やっぱり孤児院で育った人間と普通の人は違う。」
「……サリナ聞いてなかったのか?タロー様以外はみんなタロー様の奴隷だよ?」
サリナがこれでもかと言うくらい目を見開き、俺の言葉に驚いている。
「…本当に?」
「あぁ、本当だよ。」
「サリナちゃんはご飯食べるのに夢中だったもんね。」
クスクスと笑うタニヤ。
「……恥ずかしい。でも今まで見かけた奴隷はみんな辛そうな人が多いのに、ここのみんなはすごく幸せそう。」
「本当にそうだよなぁ。それに2人が風呂に入ってる時に来ていた男の人はジェフさんとすごく仲が良さそうに話していたんだ。」
「それがどうかしたの?」
タニヤの疑問は最もだ。
「その人、ジェフさんと仲良く話していたんだよ?奴隷の身分であるジェフさんと。しかもジェフさんが風呂に入ってるときに教えてくれたんだけど、その人この国の近衛騎士の隊長の1人だって言うんだ。」
今度は2人とも驚いている。
奴隷が喋ること…とくにプライドの高い貴族なんかは奴隷と仲良く話しをすることなんてありえないだろう。
「タロー様も奴隷みんなに優しい。みんなもタロー様と仲がいい。獣人も人も全く関係なく同じように過ごしてる。ちゃんと敬ってるけど、家族みたい。」
本当にサリナの言う通りだ。
獣人がまったく差別されていなかった。
むしろタロー様に頭や耳を撫でられたりして可愛がられて見えた。
それに女性の奴隷は獣人族も人族も今まで見たことがないほど綺麗で美しかった。
「それにタロー様が食事のときに話してたこと聞いた?やりたいことがあれば言ってくれれば出来る限りやれるように協力する。奴隷解放がしたければしてあげるって。」
タニヤはタロー様が最後に言った言葉を思い返し、口にする。
「その言葉は本当なのかな?」
俺は本当なのかと口にしつつも、どこか言った通りにしてくれるのだろうなと信じてしまっている部分がある。
「…私は出来る限りタロー様の力になりたい。まだ今日という一日しか過ごしてないけど、あの人きっと信じてもいい人だと思う。それに一日だけだったとしても、こんなに幸せな日を過ごさせてくれたことに報いたい。」
サリナが今まで見せたことのないような真剣な眼差しで自分の意思を示した。
「私も今は何かしたいとかわからないし、ここでいろんなことを教えてもらいたい。きっと他では考えられないような人生が送れる気がするの。」
タニヤも孤児院で見たことのないような笑顔で言う。
「…そうだな。俺もタロー様の力にはなりたい。孤児として育てられた俺になんの偏見ももたずに接してくれるみんなにも恩返しがしたい。」
こんな風に思ったことなど今まで一度もなかった。まだ一日しか接していないみんなに恩返ししたいなど、馬鹿らしいこと言っているかもしれないが、なぜか心からそう思った。初めて生きてる実感を感じた。生きていてよかったと思えた。そんな日だった。
「明日から頑張ろう。」
辛いことも3人で乗り越えてきた。明日から何があっても大丈夫だろう。きっと乗り越えられる。
今まで触れたことのないような肌触りとふっくらとしたボリュームの布団に包まれながら眠りについた。
▽▽▽▽▽
「……。あ、あれ、こここは……?」
「お、起きた?」
朝、パンのお粥みたいなものを持ってミーシャの様子を見に行くと、ちょうどミーシャが目を覚まし、体を起こそうとしていた。
「体はまだうまく動かないだろうから、無理しないで。」
「……私はいったい……。」
「奴隷商に売られていたのは覚えている?その奴隷商人の人に紹介してもらって君を引き取ったんだ。」
「……で、でも私は毒に……あれ?」
「毒はもう治ってるよ。体はまだ万全じゃないから少しずつね。とりあえず消化のいい食事を持ってきたから食べてみて。栄養は満点のはずだ!」
リーシャが作ってくれたのだから栄養満点じゃないわけがない。
痛みがなく、まだ動かしづらいがしっかりと動く体を確かめ、本当に毒が消えていることを実感したようで、驚きの表情とともに戸惑いも見られる。
「ほら、とりあえず食べなよ。」
「……ありがとうございます。」
器を受け取り、粥を口に運ぶ。
「……おいしい。」
「うんうん、そうだろそうだろ。」
俺が作ったわけでもないのに得意げである。
しかし、ミーシャは美味しいと言って食べ続けながら涙を流し始めた。
「どうしたんだ?」
「私生きてる。生きてる。私だけ生き残ってしまった…。」
粥を食べることで本当に生きていることを実感し、涙を流したのか。
「それは家族のことを言ってるのかい?」
その問いに頷く。
親父さんや家族は水に混入された毒のせいで死に、自分だけ生き残った。ドマルさんは親父さんのことしか言ってなかったけど、よく考えれば親父さん1人なわけないよな。家族も一緒に暮らしていたんだろうからきっと他の家族もみんな犠牲になってしまったのだろう。
家族は皆死に、1人取り残されるのはとてもつらいことだよな。
「毒を治して君を生き永らえさせたのは俺だ。俺は俺のために君の毒を治療した。ミーシャの力で俺の手助けをしてほしいと思ってそうしたんだ。だけど、もし君が死にたいと願うならその願い叶えよう。死んで家族の元へ行きたいと願うのなら自分を押し殺し君の手助けをするよ。」
ミーシャは泣き止み、しっかりと俺の言葉に耳を傾けてくれている。
「選ぶのは自分自身だ。俺は奴隷を奴隷として扱わない。1人の人として接していくつもりだ。だから自分の人生、この先の道を自分で選んでくれ。どの道を選んでも俺はミーシャの選んだ道を否定しない。協力することを約束しよう。いつでも俺はお前の味方だ。しっかりと考えて結論を出してほしい。」
俺の気持ちを伝え終わると、ミーシャはすぐに口を開いた。
「私は生きたい、みんなの分も。お父さんの仕事を……技術を無駄にしない。私が受け継ぐ。生き残ったということはそうするべきだと思う。いえ、そうしたいの。」
先程の泣顔から打って変わり、真剣な表情に決意の篭った瞳。とても美しい。
「そうか。そう言ってくれてよかったよ。」
「命を助けていただきありがとうございました……」
「あ、自己紹介がまだだったね。俺はタローよろしくね。」
「はい。これからよろしくお願いします、タロー様。本当にありがとうございます。」
頭をさげ、感謝の意を伝えてくれた。
殺してほしいと言われなくてよかった。
この子を殺すことは、さすがの俺でもさすがに気がひける。
助けた事に自己満足じゃない部分が存在するだけで俺の気持ちも救われる。
「まだ体は万全じゃないから、しっかり休んで。喉が乾いたら水置いておくから飲んで。あとこれも飲んでもいいから。」
水と体力回復ポーションを置いておく。果物の味がついているのでジュース感覚で飲めて体力も回復するしちょうどいいだろう。
食べ終わった器を持って部屋を出る。
それにしても、リーシャとミーシャ…似ている。間違えたら恐ろしいことになりそうだ…気をつけよう。
さっきの会話から、ミーシャは鍛冶ができるようなので、武器作りに期待だ。
武器なども含めこれからの鍛冶に大いに活躍してくれることだろう。とても楽しみである。
そんなことを考えながら、ミーシャのいる部屋を後にする。