38話
探索を初めて数日が経過した。
「広すぎるわ、こりゃ。」
予想以上に山脈、渓谷、森が広く複雑で、探索は順調に進まない。
どこを進んでいるのかもわからなくなってしまうので、少しずつ地図のようなものを作りながら進むことにし始めたことが、さらに探索のスピードを落とさせた。
「一旦休憩しましょう。」
ライエの提案され、一度休憩することにする。
「これは流石に時間がかかりすぎるなあ。」
「そうですね。まだオルじいの小屋周辺しか調べられていません。」
「トーマたちはオルじいの案内で材料とか集めてもらってるだけだからとくに周囲のことは気にしていないだろうしなぁ。」
目的の物を決めて移動するだけなら移動も早くなるが、調べながら進むとなるとそうもいかない。
「ラナの俊足を思い知ったよ。」
以前オルじいの小屋からドラゴンのいるところまで猛スピードで走ってくれたラナが異次元の速さだということを実感した。
オルじいのところからドラゴンのところまでノンストップ往復1日なんてものすごいスピードだ。
まぁ、あの時は空を駆けていたから直線で障害物もなかったが。
「やっぱり先にダンジョン都市行こうか。」
「その方がよいかもしれません。」
探索はダンジョン都市に着いてからでもいいだろう。
ライエも同意してくれたことだし。
今度探索進めるときは先にラナに乗せてもらい、空を飛んでもらって空からの地図を描いて順番に進めるのもありかもしれない。
「トーマたちは引き続き素材集めしてもらって、詳細な探索はダンジョン都市についてからにしよう。」
ところで、ふと思ったのだが、オルじいは魔物なのだろうか、獣人なのだろうか。
「ライエはオルじいのような種族をなんていうか知ってる?」
「オルじいの種族というと、ケンタウロスですか?」
「ケンタウロスというか、もっと大きな括り。例えば、人間は髪の毛や肌の色が違っても人族だろ?獣人は獣の耳や尻尾がある、狐、猫、犬でも獣人。そんな括りだとどうなるのかなって。獣人なのか魔物なのか。」
普通に言葉を喋れるケンタウロス族は獣人に部類されるのか?
「なるほど、そういうことですか。その括りで考えるならば半魔獣と言われていると思います。」
「半魔獣?」
「はい、獣人のなり損ない、魔物と人のハーフなど、人の言葉を喋る魔物として忌み嫌われていることが多いと思います。」
半魔獣か…。あんなに温厚そうなのに、見た目だけでそんなに嫌われるのか?
魔物と違って対話もできるというのに、愚かなもんだ。
「そっか。オルじいたちも大変だったんだな。」
あれだけ森のこと、山脈や渓谷に詳しいから、俺からしたら森の賢者みたいな位置付けだがな。
ん、森の賢者。なかなかいい響きだ。じいさんだし、ケンタウロスってちょっとそれっぽい。
「…タロー様どうしたんですか?何か楽しいことでも?」
おっと、自分のナイスなネーミングににやけてしまっていたようだ。
ま、森の賢者なんてネーミング、その辺に転がってる本とかに出てきそうだが。
それにしてもライエは普段のちょっと抜けた感じからは想像できないが、意外にも博識だ。
「さぁ、今日はもう帰ろうか。」
「いつもより早いですがよろしいのですか?」
「うん、ダンジョン都市への旅を再開しなきゃいけないからその準備しないと。」
たいして準備などないが。
休憩中に飲んでいたお茶のセットとクッキーを片付け、オルじいの小屋から屋敷へと戻る。
「タロー様、ちょうどよかった。相談したいことが…。」
屋敷へ入ると、戻っていたトーマに声をかけられた。
なにか問題が発生したのだろうか。
「相談?なに?」
「実は今日素材集めと冒険者ギルドの依頼を終えてギルドへ報告に戻った時なのですが…。」
嫌な予感。
「依頼完了の報告をしているとギルド長から呼ばれまして、ランクアップの受験をしろと。」
なんだ、そんなことか。
「いいじゃないか!受験してみたらどう?それとも何か嫌なことが?」
「いえ、ランクアップすることも目的にしていたので、それ自体は喜ばしいですが、一応タロー様に確認をと思いまして。」
「フリックは?」
「僕は冒険者としてこんなに仕事が出来ること、こんなに早くランクアップできることが夢のようです。ただただ嬉しいです。」
「なら問題ないな。ランクアップしたらいいさ。」
「「ありがとうございます!」」
「で、試験はすぐなの?」
「いつでも受験できるということなので明日にでも受けてきます。それで、受験内容が護衛依頼なので、数日素材集めができなくなってしまいまして……。」
「あぁ、そんなことは気にしなくて構わないよ。色々な素材も集まりだしてるし、今急ぐことでもないしね。もともとどんな素材がセレブロで手に入るかの調査も含めたようなものだから焦ってはいないから気にしないで。それにしてもDランクのランクアップ試験が護衛依頼とは。」
「いえ、Cランクです。」
「え?」
「Cランクのランクアップ試験です。」
「…まじ?」
「…はい。」
「2人ともまだFランクだよね?試験があるわけだし、サガンさんが直接話したことも考えて一個飛んでDランクかと思ったらCランク?」
「はい。Dランクの試験は指定の魔物の討伐依頼ですが、その魔物に相当する魔物を素材として売ってしまったことがこの話の始まりなのです…。」
「あぁー、つまり現状ランク相当じゃないと目をつけられたわけか。」
「はい、それにクランスミスに所属してるということで…。」
なるほど、オレがランクアップしてねえからこの2人をさせようってか。
Dランクのランクアップ試験レベルの魔物の素材も売っているから実力も充分と判断されたわけだな。
「つまりクランスミスに所属してるし、買取に出す素材から実力も充分と判断されて、その素材を確認したことでDランクのランクアップ試験の討伐依頼を完遂したことにする気か。」
「はい、ギルド長の特権でDランクの試験はそれで合格してくれるようです。そして特別にCランクのランクアップ試験の受験を勧められました。」
Cランクの依頼も失敗しないだろうと見込んでそんなことするわけだな。
失敗してもDランクにとどまるだけで、Dランク程度の魔物は狩れるから問題ないと。
「わかった。ま、クランスミスとしても名前が売れるかもしれないし、ちょちょいっとCランクになってきたらいいさ。」
「わかりました、タロー様に恥をかかさぬよう努めてまいります。」
「いやいや、適度にね、適度に。」
真剣な表情になってる2人を見ると不安だ。
2人とも本来の実力出したら勇者でもゴブリン扱いだ。そんな実力がバレないことを祈る。
「あと、もう一つ相談があるのですが…。」
今度はフリックが話し始めた。
「ん、なに?」
「実はオルじいに勧められてテイムしたい魔物がいるのです。」
「オルじいの勧め?」
「はい、ラピートという魔物らしいのですが、俊敏性、耐久性、機動力に優れた魔物のようで、セレブロで素材集めをする際、移動が早くなるだろうと。」
「なるほど、それはいいね。オレも興味あるし、ちょっとオルじいのところで話を聞こう。」
ラピートという魔物について詳しく話を聞こうと、地下の森にいるオルじいのところへと向かう。
「オルじいいるかい?」
「これはタロー様。どうしたのですか?」
「ラピートって魔物のことを詳しく聞きたくて。」
「なるほど。2人から話を聞いたわけですね。」
オルじいがラピートの姿を簡単な絵で説明してくれた。
見た目はラプトルを思わせる姿だ。某恐竜映画を思い出させる。
「非常に機動力に優れ、疲れ知らずですので移動には有効かと。」
「危険性というか、その魔物の性格はどんな感じ?」
「非常に温厚です。食事も草や木の実を主食としています。」
思ったのとかけ離れた生態であった。
「しかし、仲間意識は強いので、自分が仲間と認めている者や自分達の子供に危害を加えようとしたときには相手を地の果てまで追い回すと言われるほどです。セレブロで生きていける程度に戦闘能力も優れております。」
こ、こわい。
ラピート怖い。
「でも、テイムして仲間だと認められればかなり優秀な相棒になりそうだね。」
俺も欲しいがラナがいるからな。
「じゃあ、これからはセレブロ探索にはラピートを導入しよう。テイムは2人に任せる。」
「よろしいのですか?」
トーマが慌てて聞いてくる。
「え、構わないよ。メインで探索するのは2人だしね。」
そう言って、2人にテイムスキルを授けておく。もちろんLv10だ。
「「ありがとうございます。」」
2人して頭を下げてくるが、やれること、やりたいことは自由にできる方がいいしな。
「2人とも無理しないように楽しんでやってくれ。やりたくなかったらやらなくてもいいし、やりたいことがあるなら言ってくれればできるだけそれに協力するよ。」
「とんでもありません、今はなにをやっていても楽しいです。日々新しい発見や行ったことのない場所へいける毎日。楽しくて仕方ありません。」
いいこと言ってくれるぜ。
「それがタロー様の助けに少しでもなっているなら尚嬉しいかぎりです。」
……泣いてもいいだろうか。
「ありがとう。これからもよろしく頼む。」
それだけ言って先に屋敷へと戻る。
ちょっと感動してウルっとしたのはここだけの話。
翌日、2人と軽く会話をして送り出す。
ラピートのテイムはランクアップが終わってから行うことにしたようだ。
無事にランクアップして帰ってくることを願おう。
「さて、俺もダンジョン都市ラビオスへの旅を再開しようかな。」
そんなことを言いつつリビングのソファーから立ち上がろうとしたそのとき。
「ご主人様少しよろしいですか?」
マーヤが声をかけてきた。
「お、おう。どうした?」
「実は、タロー様がおっしゃっていた方法で木の樹液を集め加熱凝縮させた物が少しだけ貯まりましたので、味見をというのと、蜂蜜が安定して採取できるようになりまして、在庫がかなり貯まりました。」
「よし、ひとまずメープルシロップからだ。」
マーヤが持ってきていた小さな瓶に入れてあるメープルシロップをひと匙程度舐めてみる。
「…これだ!これだよ!なんて至福の味なんだ。」
「……喜んで頂けて幸いです。」
喜び過ぎたのか、マーヤが若干ひいている。
「外の森よりもよっぽど木の生育が速いですが、まだ生育途中のものばかりですので、少量ずつしか採れません。しかし、ここの家で食べる分には必要分採れるかと思います。」
ありがたい。メープルシロップ万歳。
「ありがとう、今はそれで十分だ。それで、蜂蜜の方だけど、とりあえず一番小さい瓶に詰めて簡単にリボンとかで飾ったら少量を商品として売り出そう。あとはマーヤやリーシャが協力して蜂蜜入りのお菓子やドロップを作って商品になるか考えていこう。」
だんだんと、スミスカンパニーで売る商品も増えてきている。
「お菓子作りは任せてください。どこにある食べ物よりも美味しいものを作ってみせます。」
「うん、ありがとう。楽しみにしてる。」
甘い物は人を幸せにすると思う。
美味しいものができてくることに期待することにする。
あ、そうだ。
「俺からも相談なんだが。」
「はい、なんでしょう。」
「ポーションってまずいよね?」
「はい、とてもまずいです。」
「あれの味を変えられないかと思って。例えば、蜂蜜を使ったり、ハーブや、果物で味に変化をつけれたらもっと飲みやすくなると思うんだが…。」
「たしかにそうですね。」
「できると思う?」
「難しいですが、料理スキルのレベルも高いおかげか出来る気がしますね。」
お、やはり味に関係するのは料理スキルが関係してくるのかもしれない。
「じゃあ、時間かかってもいいから少しずつ色々試してみてもらえるかな?失敗はいくらでもしていいし、味は大衆ウケが良ければなんでもいいから。」
「かしこまりました、試してみます。新たな試み、心躍りますね。」
料理好きな人が新しい料理にチャレンジするような感覚だろうか?
表情からもワクワクしていることが伝わる。
「まぁ、あまり無理はしないでね。店が暇な時とかにやってくれればいいからさ。店番は店番専門で人を雇ってもいいし、人手が足りなければ言って。」
「はい、心遣いありがとうございます。今のところ仕事に支障が出るほどではありませんし、楽しくやれておりますので大丈夫です。また人が足りないと感じた時には相談させてください。」
……なんかみんないい人過ぎる。
俺の心が一番汚れているのではないだろうか。
「それでは早速色々と試したいことがありますので、失礼します。」
そう言ってマーヤは足早に去っていった。
いい人たちに囲まれて幸せである。
ここまでの生活が順調なのも皆のおかげだと改めて感じさせられた。