37話
街道から外れ、10日ほど森を奥へと進むと、たしかに山脈のようなものが見えてきた。
「かなり高い山だなぁ。」
「こんな大きな山々があるとは思いませんでした。」
今一緒にいるのはリーシャだ。
たしかにこの大きさが森の外から見えないのは驚きだ。
原因として考えられるのは雲のような霧のようなものがかかっていることと、流石に遠くて見えないことか。
ちなみに、馬車では進めない道が増えてきたので、すでに馬車移動をやめてラナの背中に乗ることにしている。
夜は家に帰って寝ているし、もはや旅でもなんでもない気がしてきた。
「ラナってこういうところにいたの?」
「【いえ、ここは瘴気が濃いので私には生活が辛いです。】」
「え、今は?大丈夫?」
「【数週間生活するとか、その程度のことならば問題はありませんので大丈夫です。】」
よかったよかった。無理させているのかと思った。
ところで瘴気とはなんぞ。
「ご主人様、たしかにこのあたりの魔物は強いですね。」
このあたりの魔物はダンジョンで戦ったミノタウルスのような強さの魔物がほとんどだ。このランクの魔物と連戦になるのならたしかにSランクパーティーでも大変だろう。
「お、ワイバーンじゃないか?」
山脈に近づくと、ワイバーンの群れやハーピーの群れもたくさん見かけるようになる。
1匹2匹なら対応できるだろうが、こんなのがうじゃうじゃいるなんてたまったもんじゃないだろうな。
▽▽▽▽▽
それからも数日渓谷沿いにセレブロ中心地と思われる方へと向かっていく。
しかし、進めど進めど、進んでいるのかわからなくなるほど奥深い森と山が広がる。
「ん?あれ小屋だよなぁ。」
「ほんとだー。誰かいるかな?」
今日はシロが一緒に来ている。
こんな渓谷の片隅にに小屋があるとは。一体なんのために誰が?
「ちょっと行ってみようか。」
「はーい!」
小屋へと近づくと、誰かが生活しているのがわかる。しかし、しばらく放置されているのか、最近は物が動かされたりした様子がない。
だが、索敵には小屋の中に微弱な反応がひとつある。
コンコン
「誰かいますかー?いますよねー?」
「…誰じゃ。人間か?」
おっ。反応あり。
「入っていいですか?」
「ふっ。ついに狩られる時がきたか。それもまた運命。入るがよい。」
なんか不吉なこと呟いているが中へと入ることにした。
「あっ!」
「あー!ラナと一緒…?」
シロはラナと一緒と言うが明らかに違う。馬の体に人間の上半身。ケンタウロスだ。
しかし、体はやせ細り髪はすでに真っ白な白髪になっている。
ラナも一緒にされたらさすがに怒るんじゃないか?
「人間か。久しく見たこともないが。この命取りに来たか。」
「いやいや、たまたま小屋を見かけて訪ねただけです。」
「こんなところまでこれる人間が今でもいることに驚きだな。そんなやつがわしの命を取ることが目的ではないと?」
「えぇ。まったく興味ないですね。命を奪うことで利益になることあるんですか?」
そんなに殺されたいのかこのじいさん。
「……お主なにも知らぬのか?ケンタウロスの心臓から長寿、子宝、若返りの薬が作れる。他にも色々な物が作れると聞くぞ?」
あぁ、たしかにそうだ。
だが俺には代用できる素材があり、しかもそれよりも効果が高い物が作れるので利益にならない。
「他にもケンタウロスの脳を食べると頭が良くなるとか言ってるやつもおったなぁ。森の賢者として知られるケンタウロスを仕留め、その脳を得ることで頭脳明晰になるという話じゃ。実際になるかどうかは知らぬがな。」
そんなことまで…馬鹿な貴族とかが欲しがりそうだ。
見た目は子供、頭脳はケンタウロス!ってか?
しかし、ケンタウロスの脳にその効能はないはずだ。
「そんなもの必要ありません。他にも方法がありますからね。」
「なんだと?お主は長寿や若返りの方法が他にあると申すか。」
「ありますね。」
実際、ここから少し奥にいったところにいるドラゴンから心臓と血液さえいただければ、エリクサーの材料は全て揃う。
この道中には珍しい薬草なども沢山あったので集めていたらエリクサーの材料も残すところドラゴンの心臓と血液のみとなった。
「お主のような者がおれば、わしの一族も滅ばずに済んだことだろうな。」
「え?もうケンタウロスって他にいないのですか?」
「あぁ、ワシが最後の1人だ。遥か昔、ケンタウロスから取れる素材を狙った多くの冒険者などに追われ、数を減らしたケンタウロスの一族はこの渓谷へ逃げ延びた。しかし、ここの生活は弱者には厳しい。戦う力のないもの、弱い者から次々と命を落としていき、結局今残っているのはワシだけだ。」
まじかよ。かなり重い話きいちゃったけど。
「そんな過去が…。」
「ワシももう長くはない。沼に住まうポイズンフロッグの毒にやられてしまったからな。いつからか、呪いも受けていたようだ。もはや立ち上がることもできはせぬ。」
たしかにステータスを覗くと、状態が毒や麻痺、呪いと表示されている。
これは毒消しだけでは解毒が間に合いそうにないな。
「じゃ、またあとで来ますね。」
「…は?なに?」
ケンタウロスのじいさんはポカンとした顔だ。
「またあとで来るってことですよ、ちょっと待っててください。」
そう言って小屋を出る。まだ喋れるから1日くらいはもつだろう。
とにかく急いで目的の場所へと向かう。
▽▽▽▽▽
「お、いたいた。でけー!」
「でけー!」
シロが真似した。変な口調は正さないと悪影響かも。
目の前にはドラゴンが2体。赤い皮膚に強大な体躯、鋭い牙に眼光。レッドドラゴンだ。
こちらを睨み咆哮を放っている。
レッドドラゴンはセレブロでも比較的浅い位置を縄張りにしているようだ。
と、いうことはセレブロ社会においてこいつはまだ弱っちい方なのかもしれない。
ステータス的にも1匹ならSランクパーティーが何組も合同で頑張れば倒せるんじゃないか?くらいである。
「シロ、1匹ずつな。」
「はーい!いってきます!」
お互い、目の前にいるドラゴンへ向かっていく。
俺は今の刀では皮膚を貫通しそうになかったので、脳天をぶん殴ることにした。
ずどーん
「……。」
……一発で沈んだ。
「う、うそだろ?なぁ、起きてくれよ。その目を開けて、冗談だよって!いつもみたいに笑ってくれよ!!」
半目を開いて伸びたドラゴンを前にして始まる1人小芝居。
ちょっと自分のステータスが怖い。
シロは器用に動き回りながら比較的柔らかそうな腹や、足の裏などいやらしい攻撃を繰り返している。
最終的に痛みで我を忘れ暴れながら大口を開けたところに、口の中から雷魔法を突っ込んで、全身感電でドラゴンは倒れた。
「シロお疲れ。マジックバックに入れて戻るよ。」
ドラゴン2頭をマジックバックへ入れケンタウロスの小屋へと戻る。
今使っているマジックバックはシルクモスの糸を使ってナタリーに作ってもらったカバンに俺が魔法を付与している。もう収納制限は無限大だ。
もちろん解体機能も搭載しているので、ドラゴンの死体もマジックバックへ入れた時点で解体は完了している。とても便利である。
小屋まではかなり急いでラナに走ってもらって往復1日程度だ。
しかも空を駆けてだ。空を走る。なんてロマンだろうか。
実際はものすごいスピードだったので、ラナが魔法でシールドを作ってくれなかったら吹っ飛ばされていただろう。
「おじいさん生きてるかー?」
「…本当に戻ってきたのだな。なにをしに戻ってきたんだ?」
「まあまあ、これ飲んでみてよ。」
ラナの背中で移動しながら作ったエリクサーを取り出す。
てか、ドラゴンの心臓がものすごくでかくてびっくりです。もう一生分のエリクサーが作れる気がする。
「ん?なんだこれは。まぁ、水分取るのも久しぶりだ、ありがたくいただくよ。」
飲んだ瞬間じいさんはすごい顔をしたが、体はほんのり光り輝いた。
「なんじゃこれ。不味くて死ぬかと思ったぞ!」
そう言いながら勢いよく立ち上がる。
よほどまずかったようだ。
あ、そういえばポーションも味を飲みやすく改良する予定だったのを忘れていた。
早急に対応しなければ。成功すれば売り上げがまた伸びることだろう。
「立てましたね。」
とりあえず今は目の前のじいさんだ。
「ん?あ。」
さすがに自分でも驚いているようだ。
「うん、状態の異常は全部治ってるし、あとは体力を取り戻すだけだ。」
「よかったね!」
シロもいい笑顔である。
「な、なにが起きたのだ…。」
「なにが起きたかは置いといて治ったということですよ。」
ところでよく考えれば俺の治癒魔法でも治ったよな。きっと。
まぁ、呪いもあったから治癒魔法以外も使わないといけなかったが。
その点エリクサーは呪いも含め、全異常状態の回復や若返り、長寿、いろんなことが望める。
まさに霊薬だ。
エリクサーを作るついでってことでちょうどよかっただろう。
未だに驚きから回復できないおじいさんをほって置いて、シロと一緒に部屋を簡単に掃除してご飯の準備をする。
みんなが作ってくれた弁当をまだ食べていなかったので食べることにしたのだ。
「おじいさん、とりあえずここ座って一緒にどうですか?」
「…あ、あぁ。」
「どうぞ。」
弁当を少しとりわけ差し出す。
「う、うまい!!」
お、再起動したようだ。
みんなが作るご飯がいちばんの回復薬かもしれない。
「まだありますから、どうぞ食べてください。」
それからもくもくと弁当を食べ、一息つく。
「先程、すまなかった。助けていただき感謝する。」
「いえ、ついでのようなもんですから。」
エリクサーの性能テストもできたし。
ひどい扱いである。
「先程の薬はなんだったのだ?」
「エリクサーですよ。」
ぶふぉっ!と口に含んでいたお茶を吹きだすじいさん。汚い。
「な、な、なっ!そ、そんな高価なものを…なんてことを…。」
「まぁ気にしないでください。たくさんありますし。」
「…たくさんあるだと?エリクサーが?そ、そんなバカな…。」
「本当なんです。まぁ、誰かに漏れるとめんどくさいことになるんで、秘密にしといてくださいね。」
「あ、あぁ。わかった。しかし、なんとお礼をしたら…。」
「いや、別にお礼はいらないですが、よかったらこの辺に住む魔物のこととか色々教えてもらえませんか?」
「そんなことでいいのか?」
「えぇ、そういう情報は貴重ですからね。」
「そんなことでよければ知ってる限り教えよう。伊達に長くは生きておらぬ。魔物のことならなんでも答えられるはずだ。」
お、いい情報源と仲良くなれたようだ。素材集めなどにはこれほど助かることはないだろう。
「もしここで住むのに限界があるのなら俺の知ってるところ来ますか?人は基本的に立ち入らないですし、自然の豊かさは保証しますよ。」
「そんなところが存在するのか?体力的にもここで生活するのは限界を感じていたのだ。そんなところがあるのならば是非移住させていただきたい。」
よし、地下の森の住人をゲット。
あそこならじいさんでも安心して暮らせるだろう。
早速必要な物をまとめ、外へと出る。
「ラナ、一旦帰ることにするよ、ケンタウロスのじいさん連れてくから。」
「【はい、かしこまりました。】」
「そ、その方は?ただの馬ですか?」
お、じいさん鋭い。
「ラナ、姿見せてあげて。」
ラナは光に包まれ本来のペガサスの姿が現れる。
「お…おぉ、ペガサス様…。」
じいさんは前足を折り、頭を下げる。
「もしやペガサスって信仰の対象とか?」
「ペガサス様は私たちケンタウロスにとっては神と同義です。」
なるほどな。そういうことになるのか。
しばらくラナがドヤ顔していた気がしたがさっさとさっきの黒馬の姿に戻ってもらう。
「あなた様はペガサス様さえ従えてしまわれるのですか。」
「いやまあ、なんかたまたまね、仲良くしてくれてる。」
「そういえば、自己紹介がまだでしたな。わしはケンタウロスのオルガダともうします。この度は救っていただきありがとうございました。」
「俺はタロー。これからもよろしく頼むよ。」
お互い自己紹介を済ませたところでゲートで屋敷の地下の森へと出る。
ゲートや地下の森を説明したが、オルガダは終始唖然としていた。
聞いていたのかわからない。
「ここはとても落ち着く森ですな。自然界ではこうもいかないでしょう。」
みんなの紹介も終え、ここで生活する実感が湧いてきたのだろうか。唖然としていた時から回復してやっと落ち着きを取り戻している。
「ここでは基本的に自由にしてくれて構わないよ。外に出なければ騒ぎにもならないだろうし。言ってくれれば行きたいところへは連れて行けるからその時は言ってくれ。」
地下の森での色々な仕事も手伝ってくれるようだし、知識はもちろんだが、人手という面でも助かる。
セレブロの探索は時間がかかりそうなので、手分けして少しずつ進めて行くことにし、もう少し探索したところで本来の目的であるダンジョン都市へと向かうことにした。
オルじいが毒に侵される原因となったポイズンフロッグの毒はこの世で一番強い毒ということなので、そういうものも含めいろいろな素材を確保することにした。一番強力な毒がカエルの毒というのがなんとなく納得できないが、それは仕方ないことだ。
素材の確保はトーマとフリックを中心として、オルじいに色々聴きながら集めてもらうことにしてある。
オルじいには今までの経験や豊富な知識に加え、薬師と錬金術、鑑定のスキルを与えてあるので、薬などに必要な素材がわかるようになった。オルじいが長い間生活していたセレブロの記憶とすり合わせれば、どこに必要な素材や魔物がいるのかわかるので、かなり素材集めの効率が上がる。
渓谷にあるオルじいの隠れ小屋にゲート機能付きの扉を設置してあるのでセレブロへの行き来も簡単になりさらに効率は上がるだろう。
ちなみに、オルじいはセレブロで生活していただけあり、かなりレベルもステータスも高いほうだったので、獲得経験値増加スキルだけ与えて、あとはトーマたちと行動しているうちに強くなるだろう。
トーマとフリックにはついでに冒険者ギルドの依頼も受けるようにいってあるので、セレブロでの素材集めをしながらそのうちランクアップもしていくことだろう。
方針が大体決まってオルじいも生活に慣れてきたところで再びセレブロの探索へと戻ることにした。