36話
「お待たせいたしました。」
門の外で待っていたギルド職員にロシャスが頭を下げる。
「申し訳ございませんが、タロー様は先ほど行商へと出てしまいましたので、しばらく戻る予定がございません。かわりに用件だけは聞いてもかまいませんか?」
「そうだったのか……。私には判断しかねる。一度ギルドへ一緒に来てもらっても構わないだろうか?」
「えぇ、かまいません。それでは参りましょう。」
ロシャスはギルド職員とともにギルド職員乗って来た馬車でギルドへと向かっていった。
コンコン
「ギルド長、タローさんはご不在だったので、一応代理の執事の方を連れてまいりましたが、通してよろしいでしょうか?」
「あぁ、通してくれ。」
ギルド職員はギルド長の部屋へとロシャスを通した。
「良く来てくれた、座ってくれ。おい、お茶を出してくれ。」
「失礼します。」
職員は一度部屋を退室し、お茶を持って再び現れる。
お茶を2セット並べたところで、一礼して部屋を出ていった。
「タローはどこへ?」
「タロー様は先ほど行商へと出られました。しばらくは戻られないでしょう。私は、なにか急な用事かもしれないと思って代わりに参った次第です。」
「そうか。お前はタローの執事なのか?」
「えぇ、だいたいそのようなものかと。」
「…はっきりしないなぁ。まぁいい。単刀直入に聞く。あいつは何者だ?」
「ただの商人でございます。」
表情を一切変えることなく淡々と答える。
「んなわけねぇだろ。あんな動きする奴が商人だと言い張るのか?」
「サガン様にはタロー様が動いたように見えたと?」
動いたとは言い切らずに質問を質問で返す。
「いや、なにも見えなかったというのが本音だ。だが、あの決闘の時ヌガーはほとんどなにが起きたかも分からぬまま首を切られている。」
「えぇ。」
「しかもあれは刃物による切り口だった。魔法の痕跡も見つからない。つまりあいつはあの異様な形をした剣でヌガーの首を切ったことになる。それがどういうことかわかるだろ?」
「えぇ、まぁ、想像はできますね。いく通りかの方法は。」
「はぁ、まだ認めねえのか。俺の想像通りならば、奴は俺やアンドレが認識できない速さで切り込んで元の位置に戻っていたことになる。俺やアンドレが認識もできないほどの速さなど想像すらできないがな。」
「なるほど、そういうわけですか。ですが、私にもその辺りに関してはわかりかねますので。」
実際はあの場にいたロシャスやリーシャ、シロもクロにもタローの動きは認識できていた。
しかし、それを簡単に語るほどロシャスも口は軽くない。なによりも忠誠を尽くしているタローの情報を、信頼に足るか分からぬ人に伝えることなど微塵も考えていなかった。
「…そうかよ。しかし、なんにしてもあいつの実力はすでにFランクなんかではないというのが俺の見解なわけだ。」
「つまり?」
「あの時は冒険者ギルドに登録なぞしてるとも思ってなかったが、しているとなれば話は別だ。ランクアップをしてもらいたい。」
「ランクアップの条件は満たしているのですか?」
「今のところはEランクの条件は満たしている。だが、そんなのは関係なく俺の独断でとりあえずはDまで上がってもらいたい。」
「試験などはよろしいのですか?」
「Dランクに上がるのに試験があるから、それを形だけでも受験して欲しいわけだ。手続きがややこしくなるからな。」
「つまり今回の要請はその試験を受験しろということですか?」
「あぁ、そういうことになるな。本来ならAランクでもおかしくはないのだろう。実際ヌガーの実力は戦闘力だけみればBランクを超える。他にもいろいろな要件が必要だから簡単にランクアップとはいかないのが現実だが。」
「他の要件とは?」
「依頼達成数、護衛依頼の達成率や、依頼主からの評価、礼節など細かいことがいろいろある。要は実力とともに人間としても信頼できるかどうかということだ。」
「なるほど。礼節などはどう判断するのですか?」
「簡単な試験もあるが、だいたいは常の依頼主に対する態度や評価などできまる。」
「そういえば、指名依頼というものはどのランクから受けることになるのでしたかね?」
「指名依頼はCランクからある。まぁ、実際はギルドを通さない直接的な依頼で指名依頼のようなことをすることもあるが、トラブルの元だから原則はギルドを通すことになっている。」
「ふむ。」
タローは冒険者ギルドをただの身分証としか考えていないことを考えると指名依頼などはきっと避けるだろうと予測される。
「どうだ?受けてくれそうか?」
「どうでしょうね。タロー様は極度のめんどくさがりですので。煩わしさが増えることにはなるべく近づかないようにしている節がありますから。」
「ちっ。そこをなんとか説得してくれよ。」
ギルド長のこの男は、高圧的で乱暴な語り口調の割には相手を無理矢理どうにかしようとはしないところだけはロシャスの中で高評価であった。
ランクアップの件も勝手にランクアップするわけではなく、一応は本人に確認してくるあたり、人情が伺える。
「報告だけはしておきます。」
「ところでおめえ、俺の名前知ってたんだな。」
報告しかしないとも取れるロシャスの言葉に未だ不満げではあったが、とりあえずはそれでもいいかと、話題転換する。
「えぇ、決闘の時にアンドレさんが言っておりましたので。」
「あぁ、あの時か。そう言われてみればそうだな。おまえの名前は?」
「おっと、大変失礼いたしました。私はタロー様にお仕えしております、ロシャスと申します、以後お見知り置きを。」
「ロシャスか…。この話はタロー以外は話さないように頼む。そしてなんとか説得してくれ。それからは色々ごまかしながらさらなるランクアップをしてもらいたい。もちろん、本当に実力があるかも見極める。」
「なぜそこまでするのですか?」
「現状Bランク以上の高ランクの冒険者が多くはないからな。高ランクに受けてもらいたい仕事はそのランクに相応しい危険度がつきまとう。つまりちゃんと実力のあるやつにその仕事を任せたいってことだ。」
理由としては至極真っ当。そして冒険者の無駄死にを防ぐための努力だったとわかり、ロシャスは素直に感心した。
「たしかに、少し背伸びしてランクが上の物を受けて死んでしまっては元も子もない話です。」
「あぁ、人手が足りなくて無理にお願いするというリスクも減るってわけだ。」
「そんなに滞っているのですか?」
「今はなんとか回せてるという状況だな。しかし、魔王の復活の話も聞く。ここから数年は色々騒がしくなりそうだから、実力のあるやつにはそれ相応のランクにいて欲しいというわけだ。」
「わかりました、伝えておきましょう。」
ギルド長との話をして終え、屋敷へと足を向ける。
▽▽▽▽▽
「ただいま戻りました。」
「お、戻ってきたか。ありがとな。」
「いえ、これくらいかまいませんよ。」
「話はなんだった?」
タローは早速ギルドでの話を聞くことにした。
「タロー様のランクアップに関することでした。」
「やっぱりか。」
「とりあえずはDランクの試験を受けて欲しいとのことです。」
お、すぐにAランクに上がれとかではないんだな。
てっきり無茶苦茶言ってくるかと思ったが、意外と慎重派らしい。
「いつまでに受けろとか言ってた?」
「いえ、とくには。ですが早めにという感じで、その後も実力を見極めてからなるべくはやくランクアップしていってもらうというような感じでしたな。」
まぁ実力を見極めきれてないといった感じか。でも、相応の実力はあると判断されてる雰囲気だ。
「まぁ、必要になったらランクアップすればいいか。フリックやトーマは暇な時に依頼受けたりしてランクアップしてもいいからな。」
「よろしいのですか?」
フリックが驚き顔で聞いてくる。
「うん、別にいいよ。そしたらクランとしても名前が売れるし、直接クランに依頼くるかもしれないしな。」
「それはそうですね。でも今は以前のように冒険者に憧れているという感情も薄れて、この生活でやっている様々なことが楽しいので必要な時だけ依頼を受けることにします。」
たしかに今の実力ならもはやSランクも簡単に超えているだろうからな。
「それならそれでいいさ。」
「私もとくに冒険者という職にこだわりはありませんので、必要なときに依頼を受けるなりなんなりいたします。冒険者としてではなくても、同じようなことはここでもやれていますしね。」
うん、トーマの言う通りだ。実質自分でやりたいことのために冒険者のようなことしているようなもんだ。
ま、それが商売になればいいと思って素材の受注販売もすることにしたのだが。今のところ注文はない。というか、そんなことをしてることも知られていないだろう。
今はまだ素材が手に入る場所があまりないからちょうどいいといえばいいのだが。
「とりあえず予定通り明日から行商へ行くよ。」
普通に行けばダンジョン都市のラビオスまでは2週間程かかるみたいだから途中の村や町も見るとしてラビオスまでは1ヶ月の予定だ。
なにかあればゲートの扉から呼んでもらう手筈になっているので大丈夫だろう。
▽▽▽▽▽
翌日の朝はやく、無事に王都を出発することができた。
「ラナ、今日から頼むよ。」
「【はい、お任せください。】」
馬車の乗り心地は最高である。長旅になっても問題はないだろう。
「ご主人様、今回の旅は街道沿いを行くのですか?」
今は旅の同行としてライエが一緒にいる。
「うん、その予定だけど、どこか寄りたいところでもあるの?」
「いえ、とくに寄りたいというわけではないですが、少し遠回りをすれば…えーっと、名前を忘れましたが、大きな渓谷があるはずです。そこには高ランクの魔物が多くいて人が近づかないほどだと言われています。」
ほう。そんなところが。
「つまり、未開の地というわけか。」
「はい、そういうことです。なにか面白い発見があるかと思いまして。」
たしかにあるかもしれない。面白そうである。
「よし、そっちを経由して行くことにしよう。」
渓谷ということは周りは山などに囲まれているのだろうし、なかなか人が近づかないというなら俺らにとっては好都合である。
それに薬の材料なども豊富そうだ。
旅が始まっていきなり楽しみが増えて滑り出しは順調である。
その後しばらくは街道沿いに進み、小さな村などで少し休憩をしつつ3日くらい進んだ。
「ロシャス、オレ大渓谷行ってみたいんだけど、どう?」
今日は渓谷のことを聞きたかったので、ロシャスに同行してもらっている。
「セレブロ大渓谷のことですか?」
「そんな名前なの?近い?」
御者台に2人で座り景色を眺めながら会話する。
「近くはないですが、遠くもないですね。この大陸の中心に山脈があり、そこにある渓谷は山脈を四等分するかのように走っております。
「結構な広さあるってこと?」
「大陸の4分の1はあの山脈の範囲と言われていますが、実際のところはわかりません。その渓谷が通過できれば大陸を横断するのも簡単だと言われていますが、魔物の強さがあまりにも脅威過ぎて通過すること叶わず、未開の地となってます。」
「なるほど。つまり、その中心の山脈を通れば大陸の反対側の国にもかなり時間短縮して行けるということか。」
大陸の4分の1くらいとかどうやって計測したのかまったくわからないが、相当な広さを持っていそうだ。大陸の大きさもわからないが。
「その渓谷の入り口の一つがこの国のもう少し進んだ街道を外れ、森を進んで行くと現れると言われています。」
「もしかして今まで探索してた森もその山脈の一部?」
「はい、山脈の裾野が広がったのが森となっています。ですのでこの大陸中心方面の森ならば奥へ奥へと進むとどこからでも山脈へと辿り着けます。大渓谷の入り口と言われる場所はこの大陸に4箇所あってそのひとつがここの近くということです。だだし、今現在森を抜けて山脈へとたどり着くことができるのはSランクパーティーくらいだとは思います。」
なるほど、だんだん大陸の概要がわかってきた。
それにしても魔物が脅威な割には結構情報がある。
「情報があるってことは誰かがたどり着いてるんだよね?」
「昔の勇者と当時のSランクパーティーが調査したという話です。それでも山脈があること、渓谷と思われる入り口が4つあること。その入り口が対象の位置にあることくらいしかわからなかったそうですが。」
本当に未開の地のようだ。
「今は誰の領地でもないんだよね?」
「はい。セレブロ渓谷…正確にはその中心全体をセレブロと言って、大渓谷をセレブロ大渓谷、山脈をセレブロ山脈と呼ぶことが多いかと思いますが、そのセレブロ全体が誰の支配地域でもないはずです。」
「なるほどな。つまりトレジャー精神がくすぐられるね!」
「やはりそうなりますか……。ちなみに魔王はその山脈から降りてきた魔物の王とされています。セレブロ方面から現れた魔王が森にいる魔物を引き連れて人里を襲うというのが今のところの認識のようです。」
「でも魔王って勇者とかその時に支援した騎士とか冒険者に討伐されてるんだよね?」
「はい。」
山脈にもたどり着けない勇者に倒される魔王は本当にセレブロに出現しているのだろうか。それが事実だとしたら山脈にいる魔物は全て魔王以上となってしまう。
魔物が強いのは疑いようのない事実だとして、魔王ってのはセレブロとは関係ない気がするなぁ。
「その辺ちょっとわからないことあるけど、今は置いておくとして、その魔王ってどこに現れるかわからないんだよね?」
「はい。ですから、魔王出現の兆候が現れた地域へと勇者や同盟国の騎士、冒険者などが協力しに集結するのです。」
「兆候が出てから時間があるってこと?」
「今までの2回の魔王出現時には出現の兆候が現れてから約半年の猶予がありましたので、セレブロを挟んで反対側の国でもさすがに間に合うということです。」
なんと都合のいい話だろうか。魔王なんか準備でもすんのかなあ?
「獣人の国とか魔族領は襲われてないの?」
「セレブロを中心とした周りの国は全て人族です。今のところセレブロ方面から魔王が現れているので、人族だけが魔王に対抗するという状況になっています。」
なるほど、そういうことか。
もしかしたら勇者召喚するのは一国だけではないかもしれないなぁ。
「とりあえず森の奥へと進んで大渓谷とやらを見てみながらダンジョン都市へ向かうことにしよう。」
そのまま数日進んだところから街道を外れ、森の奥へと進むことにした。