33話
かなり遅くなってしまって申し訳ありません。ごめんなさい。
「それでは始め!!」
アンドレさんが開始の合図をしたと同時に俺は全速力でヌガーに向かう。なるべく見られないようにするために、認識できないようなスピードで行こうという作戦だ。
目にも留まらぬ速さというやつ。
まあ、それでもアンドレさんには多少バレるかも。闇魔法で認識を鈍らせつつ、魔力で身体能力をあげ、ヌガーの首を刎ね元の位置に戻る。
「さ、帰ろうか。」
俺はさっさと後ろを振り向き、みんなに声をかける。
ヌガーが凶悪犯だったので、割り切って戦えたのはよかった。
「貴様!なにをしているのだ!まだ始まったばかりだぞ!ヌガー、さっさと始末してしまえ!」
まだヌガーが倒れてないのから気づいてないのか。
……あ、倒れ始めた。
「なっ!」
バタっと倒れ、首と胴体が離れる。
こちら側のみんな以外は全員唖然としている。
「アンドレさん、俺の勝ちでいいですよね?」
「あ、あぁ。いや、ちょっと待て。念のため確かめなければならない。」
首が離れて確かめるもなにもないだろうが一応確かめるらしい。
「これは刃物で切られている。傷口に魔力の痕跡もない。あの変わった剣で切られているようだ。死亡は確実。」
何か色々見てるなぁ。
アンドレさん自身が気になるだけじゃないか?
「勝者タロー!」
やっとの勝利宣言。
「あ、そうだ。白金貨1000枚ください。」
「い、いったいなにが…。なにか姑息な真似をしたに決まっている!!」
「ガウン男爵、それはないようです。それに立ち会いした私が証人です。遺恨は残さぬようにと申し上げたはずですが?」
「ぬぐぐ…。」
ぐぬぬじゃなくてぬぐぐなのな。
心底悔しそうな顔しているが、渋々白金貨1000枚を出す。
こんな金額出したら、いくら貴族でもかなりの痛手だろうな。用意できてしまうのがさすが貴族といったところか。
また絡まれてもめんどくさいからさっさと退散する。
ギルド長もいたし色々聞かれるとややこしい。
「おいおい、タロー!」
あ、アンドレさん忘れてた。
「ったく、置いてくなよな。」
「あはは、すんません。アンドレさん、立ち会いありがとうございました。話は店でいいですか?その辺の店に入ってもいいですが。」
「いや、タローの店まで行こう。他に話したいこともできた。」
えぇー。増やすなよー。え?俺のせいだって?たぶんそうだよなぁ。
その後はたわいもない話をしながら自分の店まで戻る。
「ただいま。奥の部屋使うね。」
みんなに声をかけて、前に王女様が来た時のようにバックルームへと入る。もちろんアンドレさんも付いてきている。
「とりあえず座っててください。お茶とクッキー出しますから。」
「お、ありがてぇ!クッキー食いたかったんだ。」
そうだと思ってましたとも。
お茶とクッキーを出した一口ずつ食べたところでアンドレさんから話を振られた。
「今日来た目的はポーションの発注だ。この前のポーションの品質が団長にも気に入られてな。」
「なるほど。どれくらいですか?」
「中級程度が月に100本、それから上級があれば欲しいのだが。」
「上級も数を言っていただければ準備できますよ?」
「ほんとか?それはすごいなぁ。では、月に15本。魔力、体力それぞれその数を毎月頼みたい。」
「わかりました。魔力、体力の中級ポーションを月に各100本、上級が月に各15本ですね。」
「あぁ、それで頼む。」
大口の取引先ができた。安定した収入があるのはうれしいことだ。しかし、さっき白金貨1000枚ももらったし、使い切れる気がしない。
ま、あるにこしたことはないが。
「それでもう一つ。さっきの決闘はなんだ?」
「なんだと言われましても…。」
その時だ、アンドレさんが突然剣を抜き俺めがけて突き出す。
「いきなりどうしたんですか?」
「ちっ。少しも驚かねえのか。反対に俺はかなりビビってるがな。」
現状、俺に向け突き出された剣はリーシャが鞘から少し刀身を出した状態に止められて、アンドレさんの首元にはライエが刀を寸前で止めて突き立てている。
リーシャはその技どこで覚えたのだろう。
「2人とも下がって。」
リーシャもライエも俺の後ろに控える。
「いったいどうなってんだ。俺も強さには自信あるつもりだったんだがな。」
「まぁ、そんなときもありますよ。」
「どんな時だよ。この王国でも戦闘力だけなら団長の次に強いはずなんだが。それなのに不意打ちを完璧に防がれるし、逆に反応できない速さで俺は殺されるところだった。」
「珍しいこともあったもんですねぇ。」
「ちっ。とぼけやがって。さっきの決闘だってお前が一瞬ブレたと思ったら振り返って帰ろうとしてるし。相手は死んでるし。わけがわからなかったぜ。」
おぉ、さすがのアンドレさんでも認識できなかったか。でも動いたことはわかったんだな。さすがだ。
「あの執事のような男も俺が手合わせしようとした男も只者ではないと思ってたが、この2人よりも強いのか?」
「んー、ロシャスは強いですね。ジェフよりはリーシャの方が強いでしょう。その次にシロとクロで他は今のところ大体同じような強さではないですかね?」
正確に言えばジェフ、ライエ、トーマ、フリック、フランク、ジーナ、ナタリー、マーヤ、メイの順で強いとは思うが。
「まじかよ。小さい嬢ちゃん達以外はみんな俺より強いってことかよ。」
「小さい嬢ちゃんたちも含めてですね。」
うなだれたと思ったらその一言でこっちを向き直し、「嘘だろ?」といった感じで目を見開き口をパクパクしている。
「ここじゃ、俺が1番弱いのか。」
「頼みますから誰にも話さないでくださいね。」
「さすがに言えないな。こんなの一国家よりも強いだろ。」
「まあ、お茶とクッキーで元気出してください。」
しばらく黙ってお茶とクッキーを楽しんで…楽しんでいるのかわからないが、黙々と食べている。
「初めてタローにあった日に王女様の言ってたことがようやく理解できたよ。」
「え?なんか言ってたんですか?」
「彼は心優しい青年ですが、決して怒らせてはいけません。敵対したらその先は敵対した相手の滅びしか待っていない…彼はそれだけの力を持っていると、そんな予感がするのです。私からしたら命の恩人でもあり、とてもいい方ですから敵対などしませんがね。むしろもっとお近づきになりたいくらいです。彼を気に入らないというだけでちょっかいを出す無鉄砲な人は出るかもしれませんが、完全に敵対する前にこちらでも何か処理をするように努めなさい。彼が気にせず好きなように行動するだけで、私達に大きな利益をもたらしてくれるはずです。と、言われていたんだ。」
おい、言わなくてもいいことまで言ってる気がするぞ。お近づきってなんだよ。
それにしても滅びか。怖い男だな、その彼って男は。うん。ってこえーよ!ほんとにこえーよ!俺そんなにこえーのか?
しかし、よく的を射ていると言わざるを得ないかもしれない。
やはりあの王女は侮れない。
「王女様にも内緒でお願いします。」
「…はぁ、わかった。まあ、あの王女様のことだから気づいてはいるんだろうがな。」
たしかにそうだが、どれほどの力量かまではわかっていないだろうからな。
「まったく。どうやったらこんなに強いやつばかりが集まるんだよ。」
「あはは、企業秘密です。」
「俺なんかまったく手も足も出ないんだろうな。多少は強さに自信があったが、その自信も砂塵のごとく崩れ去ったぜ。」
「まあまあ、持ち帰り用にクッキー包んでありますから元気出してください。」
「よし、元気でた!これからも訓練により一層の力を入れることにする!」
切り替えが早すぎるだろ。
しかもきっかけがクッキーって。
「ところで、2番隊隊長なのになぜ王女様の護衛を?たしか第三王女ですよね?お兄さんかお姉さんかわかりませんが上にもいるのでしょう?」
「あぁ、上に第一王子と第二王子がいる。だが、第三王女が1番まともで心優しい方なのだ。俺はまだ隊長なんて地位じゃなかった頃にあの方に救われてな。あの方に忠誠を尽くしている。隊長なんて地位についちまったから専属というわけにはいかなくなったが、なるべくあの方の護衛に回れるようにしているんだ。」
過去に色々あったようだ。
「王位継承権はお兄さんの方が上ですよね?」
「今のところは生まれた順番で継承権があるな。だが、第三王女は色々と優秀が故に2人の兄から疎まれているんだ。自分達の継承権が危うくなるからな。」
「つまり命が狙われていると?」
「ま、簡単に言えばそういうことだ。兄2人を後押ししてる貴族からもちょっかいをかけられることが増えた。」
あ、もしかして盗賊に襲われたのもこれの関係か?
殺されなかったのは盗賊側が欲を出してさらに金を出させようとしたのかもしれない。本当に間一髪のところだったようだ。
「そうですか。僕もあの方に王位が継承されれば国はいい発展を遂げると思いますがね。」
「そう思うか?」
「えぇ。ただ、今までの慣習を改革するのは簡単なことではありませんし、反発も増えることでしょう。周りに信頼できる仲間が多数必要でしょうね。」
「それはそうだな。なかなか苦難の道に変わりはない。今のような下積み時代にどれだけ信頼を得れるか。」
「それでも始めなければ何も変わりませんから。」
「そこなんだ!いいこと言うぜタロー!」
「死んでしまってはなにもできませんからちゃんと守ってやってくださいよ。」
「あぁ、わかっているさ。」
「あ、色々バレたんで、話すんですが…。」
「ん?なんだ?」
「前にダンジョンで言ってた冒険者殺しのグループのことなんですけど…。」
「…まさか。」
「あはは、襲われたんで始末しちゃいました。」
「…まじかよ。なんてこった。」
両手で頭を抱えている。
「すんません。」
「はぁ、まぁいい。襲われたってことは完全に黒だしな。そいつらのことを気にかけなくて良くなっただけ肩の荷が下りた気がするよ。上に報告はできねぇがな。」
ほんとごめんて、アンドレさん。
うなだれたり元気出したり意外と忙しい人である。
「まぁ、また訓練付き合ってくれよ。」
「えぇ、うちの庭ででしたらジェフあたりに声かけて自由にやってください。ジェフもアンドレさんとは手合わせしたいと言ってましたしね。」
「ほんとか!ありがたい!やっぱり強いやつとやるのはいい訓練になるからな!」
「くれぐれも他の人には内緒にしてくださいよ?」
「あぁ、もちろんだ。」
本当に喜んだり落ち込んだり忙しい人だ。こんな人が2番隊隊長で大丈夫なのだろうか。
「そういえば、王国騎士団って何番隊まであるんですか?」
「4番隊までだな。1、2番は基本的に近衛騎士で、要人警護がメインだ。3番4番は警邏や巡回などがメインで、あとは街ごとに常駐の騎士もいる。」
「なるほど。他の街は常駐の騎士がメインなのですか?」
「いや、常駐の騎士は数が少ない。メインで活動するのはそこの領主の私兵だ。」
おぉ、さすが貴族。私兵とか持ってるんだな。
「前から気になっていたのだが、そのスライムはテイムしてるのか?」
「えぇ、ラスタといいます。かわいいやつですよ。」
「【かわいいやつですよー!】」
ラスタはオレの頭の上で元気にプルプルと震えてかわいいアピールしている。
「お前ほどの奴がスライムをテイムしてるとはなぁ。何か特別なスライムなのか?」
「まぁ、色々器用ですし、アンドレさんよりは強いですよ。」
「う、うそだろ?」
「ちょっと戦ってみますか?」
ごくっと唾を飲み込みうなずく。
アンドレさんとラスタを連れて庭へ出る。
「ラスタ、怪我させちゃだめだよ?」
「【はーい。】」
「それじゃ、アンドレさんいつでもどうぞ。」
ラスタとアンドレさんが向き合い、緊張した空気が流れる。
「せいーっ!」
アンドレさんはラスタへ向けて剣を横薙ぎに振るう。
ラスタはそれを危なげなく避け、器用に刀身へと着地している。
「あれ?どこ行った?」
「剣の上ですよ。」
振り抜いたときに見失ったようで、振り抜いた格好のまますっとぼけたことを言っている。
「まじかよ。」
それからもラスタは危なげなく全ての攻撃を避け、アンドレさんの攻撃がラスタに触れることはなかった。終いにはアンドレさん頭の上へと綺麗に着地した。
そこでさすがのアンドレさんも諦めたようだった。
「なんてスライムだよ。」
「ははは、強いでしょ?」
「【強いよー!】」
「強いなんてもんじゃねぇ。そもそもスライムはゆっくり動く魔物だろ?なんだよこいつのスピードは。」
アンドレさんもラスタのスピードには翻弄されるようだ。
ラスタのステータスはすでに常人では感知できないほどの敏捷性などを備えている。簡単には捉えられないだろう。
「ラスタの普通のスピードですね。」
「お前の周りはこれが普通なのかよ。今日は何回心折られるんだ。」
息を切らしながら仰向けに倒れた状態で恨み言をのたまう。
「まぁそういう日もありますって。」
「あってたまるかっての。」
アンドレさんが落ち着いたところで、店のバックルームへ戻る。
「そういえば、ポーションの納品はどうすれば?」
「毎月騎士の誰かが取りに来ることになると思う。そいつに渡してくれれば大丈夫だろう。」
なるほど、そういうことなら楽ちんだ。
「料金もそのとき支払うようになると思うから頼む。」
「わかりました。団長殿にもよろしくお伝えください。秘密以外は。」
そんなこんなで雑談も終わったところで、アンドレさんは嬉しそうにお茶とクッキーを持って帰っていった。
アンドレさんには色々バレてしまったが、まあ大丈夫だろう。
王女とアンドレさんは信用できると直感的に感じる。
まあ深く関わると国の関係に巻き込まれそうだから嫌だが。
まあ、今日もなんとなく無事に一日を終えられる。