31話
「ただいま!」
「おかえりなさい。ダンジョンの方での売れ行きはどうでしたか?」
ロシャスが出迎えてくれた。こちらもちょうど店仕舞いしてるところだ。
「クロとジーナのおかげでかなり調子よく売れたよ。明日からはもう少し販売量を増やしてもいいかもしれない。」
「それはよかったですね。明日から少し量を増やして準備しておきます。」
「うん、ありがとう。」
それから片付けを手伝い、みんなで屋敷へと戻る。
今や料理スキルのおかげで女性たちは誰が作っても一定以上のレベルの料理が食べられるようになった。かなりの絶品だ。
「今日のスープはどうですか?」
「うん、おいしいね。でも、なんかいつもより野菜のうまみがよく出ている気がするし、野菜自体も味が濃くて甘みもうまみもある気がする。」
マーヤの問いに答える。
「今日は地下の畑から取れた野菜を使ってみたんです。」
「え?もう収穫できるくらいに育ったの?」
「はい。かなり環境がいいようです。成長は早いですし、野菜自体の品質も今まで見たことも食べたこともないようなものでした。」
たしかにいつも食べる野菜に比べて格段に味がいい気はした。
「地下で育てるからあまりいいものは育たないかもしれないと思ったけど、嬉しい誤算だね。」
「タロー様の作った空間の環境でまずいものができるわけありませんよ!」
フランクも機嫌が良さそうだ。
「いやいや、フランク達の農家としての腕のおかげだろう。助かるよ。」
「もったいなきお言葉です。これからも精一杯働きます。」
フランクたちがいなかったら畑などこんなにうまくはいかなかっただろう。
それにしても本当に環境がいいだけなのだろうか。
オレが作り出した擬似空間だし、悪天候になることはないだろうから環境がいいのはわかるが、なにか他の要因もあるのかもしれないなあ。
環境がいいだけで、収穫時期がこんなに早くなることはないだろうし。
「畑仕事に人は増やした方がいいかな?」
「いえ、今の食卓を賄う程度でしたら問題ありません。みんなも手伝ってくれますし。」
そうか、ならよかった。
理由はどうあれ、おいしい食材が手に入るなら嬉しい限りだ。これからも色々な野菜を期待しよう。
「ジェフにぃ、アンドレっておじちゃんが訓練参加してもいいって言ってたよ!」
「クロちゃん!それは本当かい?」
おいおい、なんか変な話してる一角があるぞ。クロが余計なことをジェフに教えてるようだ。
「うん、ご主人様に言ってたよ!」
「若っ!本当ですか?」
「本当だけどダメだからな。」
「なぜですか!」
ジェフがかなりガックリした表情をしている。
それはもう絶望的な顔だ。
訓練できないだけでそんなに悲しいのだろうか。
「まだレベルの低い兵士の訓練に参加したらうまく隠せたとしてもアンドレさんには実力バレそうだからだ。それにあのアンドレさんのことだからジェフが行ったらすぐ模擬戦しようって話になりそうだし。」
「願ってもない!」
「アンドレさんなんかと戦ったらそれこそ実力がバレるだろ。なんかジェフとアンドレさんって歯止めきかなくなりそうだし。」
まさに「がーん」という音が出ていそうな程の表情だ。
絶対2人はだんだん本気になってく。
ジェフが負けることはないだろうがアンドレさんが本気で戦って歯が立たない男がこんなところに居ては目立ってしょうがない。
それよりも気になるのはジェフってクロにジェフにぃって呼ばれてるのか。
くすくす、なんか笑える。
ま、なんにしても仲良きことは美しきかなである。
それからしばらくはダンジョンへ販売へ行く組と商店で販売する組と2組に別れて商品を売っていった。
もちろんジェフはダンジョンへ行かせていない。タイミングよくアンドレさんに会ったら面倒極まりない。
ダンジョンの方もすこしずつ評判になっていったようで、最終日には客引きをしなくても完売するほどになった。
「これでだいぶスミスカンパニーの認知度も上がったんじゃないか?」
「えぇ、たしかに上がったでしょうね。」
夜、ロシャスとお茶を飲みながら話す。
「品質が落ちない限りは街外れでも客足も多少は伸びるだろうな。」
「今まで買っていた商店などの売り上げが落ちますので、それが私たちの店のせいだと分かれば逆恨みする商店も出てくる可能性はありますが…。」
「それはたしかにあるよなあ。ちゃんと営業努力とか、品質の向上に努めるとかそういうことで頑張ってくれるところばかりならいいけど。」
「そうもいかないでしょうね。」
そうもいかないよね、やっぱり。
難癖つけられても困るんだけどなぁ。
いや、たしかにちょっとズルか。俺の能力が異常なせいだもんな。
でも、誠実な商売してるようなところとはあまり差が出ないような値段とか品質とかにしてある。ちゃんとした商売してる人にとっては今までと変わらない商売ができるはずだ。
値段が同じでも少し品質がいいとか、その程度にしてあるはずだし。わざわざこんな街外れまで買いに来るほどの価値があると思ってくれた人しか来ないだろう。ダンジョン近くで販売したことで、この値段でこの品質を買えるとわかった冒険者は今まで行ってた店がかなり高額で販売してたことを知れば、その店を離れ少しでも安く品質の良い物を求めて情報を集めたり、スミスカンパニーへ買いに来たりするようになるだろう。ぼったくってた店からは客がはけていくことにはなる。まあ、そんな商売してれば遅かれ早かれ潰れていただろうが。
「ま、そのへんはその時にうまく対処していくしないな。」
「そうですねえ。」
「中級程度のポーションが品質も値段もいいことも売りの1つだけど、スミスカンパニーの1番の売りは上級クラスの薬品関係を安定供給できるところだと思うんだよね。」
「たしかに、タロー様の作った薬品類はなかなか手に入らないレベルの物ですからね。」
「上級ポーションとかも売ってはいるけど、数はあまりないだろうからね。それにそこら辺の上級ポーションよりはいい効果が出ると思うし、これからは色んな材料手に入れて少しずつ希少な薬を用意できるってのも売りにしていきたいね。」
「それはいいですね。それならば競争相手も逆恨みのしようがありません。」
「ラスタが一気に大量に作れるのは本当助かるよなぁ。」
「えぇ、優秀なスライムですね。こんなスライムはどこを探しても見つけることはできないでしょう。」
そりゃ見つからないだろうな。俺がかなりスキル与えてるからこそできるわけだし。
それにラスタは賢い。
「店も落ち着いてきたし、みんなも順番に休暇が取れる程になってきたからそろそろ旅を再開しようかな。」
「王都での滞在は予想以上に長くなりましたからな。」
「そうだよなあ。拠点を作るつもりではいたけどここまでやるとは自分でも思ってなかった。」
「ですが、これは明らかに異常なペースですよ。こんな早い段階で店を持つことができるとは思っていませんでした。」
「それはオレもだ。」
自分で言っていて笑えてきた。
「旅に出るのであれば馬車の購入をした方がよろしいのではないですか?」
「あ、すっかり忘れてた。買おうと思ってたんだった。」
「忘れていると思ってました。」
くっ…言い返す言葉ない。
サリーさんに紹介してもらって近いうちに買いに行くことした。
「そういえば最近はあれ来ないの?」
「あれですか?あれ…もともと来ないですが…男ですので…。」
おい、やめろ。
変なこと想像すんな!
「冗談はさておき、最近はめっきり来なくなりましたね。ご婦人もさすがに諦めたのかも知れません。」
わざと言ってたのかよ!なんかいつもロシャスに踊らされてる気がする。
「さすがに毎度毎度刺客を送り返されりゃ諦めるか。なに婦人だっけ?」
「バナル男爵婦人です。他に手があればなにかしてくるかもしれませんが、もうないと言っていいでしょうね。」
「そもそもあの人が使用人とかに買いに来させれば済む話だからね。」
「冷静になって馬鹿馬鹿しいことをしていると気付いてくれるといいですが。」
気づかないからあんな横暴なのかもしれないが。
とりあえずおさまったなら一件落着だ。めんどくさいから貴族とはあまり揉めたくないが自分の意思を曲げるつもりもないし、守るべきものは守る。どんな強大な相手が敵になってもその意思は貫き通したい。
「俺がいない時になんかちょっかい出すやつら来た時はうまいこと対応頼む。」
「お任せください。他の皆もうまく対処してくれるでしょう。」
たしかに。なんだかんだでうまいこと色々こなしてくれるし、心配しなくても大丈夫だろうな。
「今日はそろそろおやすみになられては?後ろも大変なことになっておりますよ。」
後ろを振り返ると、ライエが立ったままよだれを垂らしながら寝ていた。
「器用なやつだなぁ。そこまでしないでさっさと部屋で寝ればいいのに。」
「律儀な子ではないですか。」
「まぁねぇ。俺は自分勝手に治したくて治してしまったわけだし、なんか無理させてんのかなって思っちゃうこともあるよ。」
「ほう、タロー様にもそんな一面がおありになるのですなぁ。」
「あるんだよ、俺にも一応。」
「みんな感謝してるかと思いますよ。」
「そうだといいけどな。今まで十分辛い思いをして来たのだから、俺の手の届く範囲は救ってあげたいよ。」
「素晴らしいお考えだと思いますよ。」
自分にはじいちゃんにもらった力がある。力があるなら力を必要としている人のために使っていきたい。不毛な思いをしている人が少しでも減っていくなら嬉しいことだ。
「タロー様のおかげで今や私も魔族最強になってしまいました。」
「嫌だったか?」
「いえ、力があることはいいことです。力の使い方さえ間違えなければこれ以上ありがたいことはないでしょう。」
「そうだな。ちゃんとした考えを持って優しい人でないと力を与えることはできないよな。俺が何か間違ったことをしそうになったら止めてくれよ?」
「私には到底タロー様をお止めになることなどできはしませんが、みんなと力を合わせて精一杯のことはしましょう。私が間違った時もどうかよろしくお願いします。」
「ははは、ロシャスが間違うことなんてなさそうだけどなあ。まぁそのときは任せておけ。」
「ありがとうございます。」
いい男だ。
「魔族の領に帰ろうとは思わないのか?」
「えぇ、一度は追われた身です。今戻っても要らぬ混乱を招くだけでしょう。それに今はここが私の居場所ですから。」
ありがたいことを言ってくれる。
「いつまでも居てくれよ。行きたいところができるまで。」
「えぇ、ここ以上に環境がよいところも楽しいところもなかなかないでしょうから長居いたしますよ。」
ロシャスも心から微笑んでいるようだ。居心地が悪いと思われなくてよかった。
みんなにも出来る限りのびのびと生活してほしい。
「それじゃ、そろそろ寝るよ。」
「ライエは私が運んでおきましょう。」
「いや、上に行くついでに連れてくよ。ロシャスは今からカップ洗うんだろ?」
「そうですか。それではお願いします。」
寝ているライエを抱きかかえ、寝室へと向かう。
「…んむ。んー?」
階段を登っている最中、どうやらライエが目を覚ましたようだ。
「お、起きたか?もうすぐ部屋に着くから。」
「ご、ご主人様。申し訳ありません!」
顔を赤らめ俯く。
「かまわないよ。でも毎日疲れてるんだからさっさと寝ていいんだからな?」
「す、すみません…タロー様、下ろしてはいただけないのですか?」
「ついでだからこのままで。」
今の状態は俺がライエを所謂お姫様だっこしている状態である。
「お、重くないですか?」
「全然。大丈夫だよ。」
「そ、その…は、初めてなので優しくしてください。覚悟は出来ております!」
なんか勘違いしてるようだ。本当に天然やろうである。
「ライエのベッドに運ぶから安心してください。」
ライエがなぜか口を開けてショックを受けているがほっておく。
その後しっかりとライエのベッドへと寝かして俺は自分の部屋へ戻り眠りについた。