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28話






「タロー、開店おめでとう!」


「あ、親方!ありがとうございます!これ、来てくれた人100人まで無料で配ってるんでニーヤさんにあげてください。」


一番最初に来たのは親方だった。


「ん?風呂がねえから使えねぇぞ?」


「手を洗う時だけでも使えますから。」


「ほう、なるほどな。ニーヤもおまえんとこの石鹸の香りが忘れられないってうるさかったからありがたくいただいてくな。」


そのあと中を軽く回って、切り傷や擦り傷用に作った塗り薬を勧めたらそれを買っていってくれた。


次に来たのは意外にもサリーさんだった。


「サリーさん、お久しぶりです。」


「お久しぶりです。やっと開店したんですね。商店の登録してからなかなか開店しないので少し心配してたんですよ。」


「あー、すみません。色々準備に手間取ってしまって。これ、来てくれた人に配ってるんでよかったら使ってください。」


心配してくれていい人だ。


「これはなにかしら?」


「石鹸の小さい物です。試してみてください。」


「あら、嬉しいわ。早速今日の夜使ってみます。」


おや、サリーさんの家にはお風呂があるのか?


「サリーさんの家にはお風呂がついているのですか?」


「いえいえ。ギルドの寮についてるのです。商人として身だしなみは大切ですからね。」


そうなのか。さすが商人ギルド。


「せっかくなんで、ゆっくり見ていってください。」


サリーさんの後は、通りがかった数人が見ていってくれただけで、予想通りの暇さだった。

しかし、次の日がやばかった。


「ご主人様〜!」


ジーナが家に飛び込んでくる。


「どうした?なんかあったのか?」


「お店の前に人がいっぱいです!」


えぇ?こんな朝はやくから何事だ?


「なにかあったんでしょうか?」


リーシャが心配そうに聞いてくる。


「んー?わからん!」


「私が見て来ましょう。」


ロシャスが店に向かう。その後ろにジェフもついていった。紳士なロシャスと見た目が一番厳ついから護衛っぽく見えるジェフが揃って歩くとなんか様になる。悔しい。


ロシャスたちはすぐに戻って来た。


「どうだった?」


「どうやら、サリーさんの同僚やその知り合いたちが、サリーさんの使った石鹸を求めて朝からやって来たようですね。」


なるほど。寮の風呂であの石鹸を使えば目立つか。周りにいた人がその石鹸の出所を求めるのは自然なことかもしれない。さらに商人となれば、尚更流行り廃りのようなことに機敏なのだろう。


「ま、こっちはいつも通り商売をするだけだな。」


「では、開店の準備をしてまいります。」


トーマが率先して動いてくれた。こいつの言葉遣いとか所作ってジェフよりよっぽど騎士っぽい。


その後準備を済ませ、開店すると女性客がなだれ込むように石鹸の置いてあるコーナーへ群がっていく。


石鹸は1人2つまでと説明しても、とくに批判の声が上がることなく売れていった。たぶんほとんどが商人ギルドの関係者かその知り合いなのだろう。こちらを困らせるようなことはなにもなかった。


お昼近くになると、サリーさんが再びやって来た。


「タローさん、すみません。あの石鹸があまりにもいい香りで使い心地が良かったもので、その時お風呂にいた人からあっという間に広まってしまいました。」


「いえいえ、こちらとしてはサリーさんのおかげで売れ行きが好調でありがたいくらいですよ。やはり、女性はこういうものには敏感なのですね。」


「敏感とかそのようなレベルではありませんよ。あの石鹸の質と香りには本当に驚きました。商人ギルドでもあんなもの見たことありません。いったいどこで…商人に不躾なことを聞きましたね。」


「ははは、出所は秘密です。」


サリーさんはわかってますと言ったようにうなずく。


「私も今日は一つ購入してもよろしいですか?」


「えぇ、香りも何種類か用意してますので、選んでください。」


石鹸コーナーへ案内していく。


「昨日の香り以外にもあるのですね…これは石鹸の値段ですか?」


「えぇ、そうですよ。」


「安すぎませんか?」


「他の商店からするとそうかもしれませんね。」


「この香り、この質、そしてこの値段。他の商店から石鹸は無くなってしまいそうですね。この質ならもっと高くてもいいのではないですか?」


「いえ、一般の人にも買っていただくにはこれくらいがギリギリだと思います。風呂で使わなくても手を洗うだけでも使い道はありますから。」


「そういうことですか。今まででは考えられないことですね。」


しみじみと考えながら石鹸を眺めているサリーさんにシャンプーを進めてみる。


「こちらは髪の毛を洗うための液体石鹸です。お世話になってますし、1セット差し上げますので、よかったらこれも使ってみてください。」


「よろしいのですか?」


「はい、ぜひ使ってください。」


サリーさんが使えばさらに買う人は増えるだろう。シャンプーとコンディショナーの使い方を説明する。


「ここで働いてる人は皆いい香りですし、髪の毛も綺麗な理由はこれを使ってるおかげなのですか?」


「そういうことです。」


それを聞いて俄然興味が湧いたようだ。サリーさんもやはり乙女である。


上機嫌で帰っていくサリーさんを見送ってお昼ご飯を食べることにした。お昼ご飯は交代で取っている。


お昼から戻ると、なにやら店が騒がしい。


「あなたがここの責任者かしら?どうして獣人が店内にいるの?目障りですし、臭いですからさっさと捨てて来なさい。」


と、ロシャスに言っている。

面白そうだからひとまずロシャスの後ろで聞いていることにした。


「あなた様はどちら様ですか?」


「私を知らなくって?一体どんな世間知らずですの?」


「と、言われましても、知らないですな。」


「なんてふざけた人なのかしら?不敬罪で処罰されたいのかしら?」


「私の会話に不敬な点がございましたらお教え願いたいですな。名前も知らないマダム。」


「貴様!無礼だぞ!この方はバナル男爵の御婦人であらせられる!この平民風情が!」


ふくよかな体に贅沢の限りを尽くしたような宝飾品を散りばめている女性の横に控えていた護衛らしき男が吠える。


くっくっくっ。笑いが堪えられない。


「あなた、なにを笑っているのかしら?」


やべ。見つかった。


「これは、失礼しましたバナル夫人。私がこのスミスカンパニーの代表のタローと申します。」


「あなたが?まあ誰でもいいわ、さっさと獣人を追い出して石鹸をあるだけよこしなさい。」


どこぞの貴族が来たかと思えば石鹸がほしくて来たのか。情報が回るのが早いな。


「申し訳ございません、それは出来かねます。」


「なぜ?」


「石鹸はお一人様お2つまでとさせていただいております。そしてなにより、当商会では獣人差別、もとい人種差別をする方には一切の販売をしないことにしておりますゆえ、お引き取りください。」


「あなたなにを言ってるの?私が欲しいと言ってるのだから黙って渡しなさい。」


「出来かねます。」


その時だ、業を煮やした護衛が剣を抜き、俺に向かって振り下ろす。


しかし、振り下ろしたはずの刀身は粉々に砕け落ちていく。

護衛もなにが起こったかわからずに唖然とした顔だ。


「もしや、人殺しをなさるおつもりですか?あなたがいることで客が数人店を出て行きました。これは明らかな営業妨害。終いには人殺しをしようとなさるとは。貴族はそこまでしても許されるのですか?」


「貴族なのだから当たり前でしょ?」


先ほどの護衛の剣はトーマとジェフの認知できないほどのスピードで繰り出された剣技によって粉々に砕かれた。それに気づくことのできない護衛を連れ、貴族というだけでここまで傲慢になれるのだろうか。


小振りの忍刀のようなものをメタルリザードの外被でつくり、全員に持たせている。


みんなに仕事中も護身用に剣を持たせといてよかった。危ない危ない、死ぬとこだった。


「あなたは自分が危険に晒される可能性を考えないのですか?」


「ふん、そんなことありえないわ。貴族の私になにができるっていうの?」


「あなたとその護衛、そして見ている人全て消してしまえばここにあなたがいて殺された証拠はなにもなくなる。そういうことを考えたことは?」


少し、威圧を込めて脅してみる。


「そ、そんなことありえるはずがない。」


こりゃだめだな。まあ、しかたないからお帰り願おう。


「そうですか、残念です。」


ヒプノティックフォッグをバナル夫人と護衛の周りに発生させる。久しぶりの睡眠魔法だ。


「おや?どうされましたか?体調が優れないようですね。馬車までお手伝いしましょう。」


あからさまな一人芝居である。


ジェフとトーマ、ロシャスに手伝ってもらって、2人を表に停めてある馬車まで運び、御者の男に体調が悪くなったようだから家に帰ると言っていたと伝え、発進させる。


うちの従業員には全耐性があるので睡眠魔法など、これくらいはなんてことない。周りの客には被害が及ばないように範囲も狭めてある。


「これから嫌がらせとか来そうですね。」


トーマが呟く。


「やっぱりそう思う?まあ、これからそういうことは増えるだろう。こんな感じで適当に対処してくれればいいよ。」


その日以降、呼んでもいない男達が夜な夜な屋敷や店に忍び込んで来ようとしてくるのをすべて未然に捕まえて、俺のお手製自白剤を飲ませ、雇い主がバナル夫人までたどり着けば、気絶させて男爵の屋敷に放置して、昼間に店に嫌がらせをしてくる奴はリーシャたちが追い返している。ここの店員には嫌がらせは通じないという宣伝にもなるだろう。

まぁ、大した苦労もないし対処に困ることもないので好きにさせておくことにしてある。そのうち諦めてくれることを願う。


サリーさんにシャンプー類を渡した次の日にはまた前回と同じように朝には店の前にシャンプー類を買い求める人が並んでいた。朝早くから来すぎではないだろうか。

しかし、おかげで石鹸類の販売は順調だし、一般市民にも少しずつ受け入れてもらえているのではないだろうか。

薬品関係や素材の売買はまだまだ売れ行きが良くないが、ちらほら売れてはいるし、そのうちもっと売れるようになるだろう。


「タロー様、本当に頂いてもよろしいのですか?」


「うん、働いてる人に対価を与えるのは当然のことだろう?今までは時々渡す程度しかしてこなかったけど店もできて休みも取れるようになってきたからこれからは一月に一度は給料を渡そうと思います!」


リーシャは給料を本当にもらっていいのかと聞いて来たのだ。

今までは買い物に行く時にあげるくらいしかしてなかった。これからは給料という形で渡せばみんなも好きな物を買ったり、もっと自由に使うことができるだろう。

みんな奴隷だから受け取れないと言ったが、働いた者に身分の差は関係ないと言い聞かせた。それでもロシャスやサリーさんに相談して最初に渡そうとした給料よりはかなり安くしたのだ。サリーさんには普通の従業員でもそこまではもらえないと言われたし、奴隷という立場上あまり与え過ぎるのもよくないと言われた。そもそも労働力などのために金を払って購入しているのだから働かなくてはならないということだそうだ。確かにそれも一理あると思ったので給料は安くした。それでも生活に必要な物はなんでも揃っているし買ってあげられるので、給料は個人個人の趣味のような物くらいにしか使わないと思うから大丈夫だろう。


そんなこんなで少しずつだが、商売もうまくいき始めたときだった。開店から2週間も経たないくらいのできごとだ。

すっかり忘れていたが、ここは王都なのだ。そして俺は王都を避けて通ろうと思っていたのだ。その理由を皆さんは覚えているだろうか。自分でも全くと言っていいほど頭から抜けていた、あの人の存在が。


「こちらにタローという男性はいますでしょうか?」


「はい、少々お待ちください。」


メイが誰かの対応をしているかと思ったら俺を呼びに来た。



「ご主人様、綺麗な人がご主人様を探しに来たよ。」


「え?誰だ?まあ、とりあえず行くか。」


そしてメイについてその人の元へ向かう。


「お久しぶりです、タロー様。」


「げっ。王女様。」


王女マリア様のご来店だ。








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