27話
ダンジョン攻略と材料の収集がひとまず終わった。
シルクモスも見つけるのはかなり苦労したが、なんとか成虫を1匹と繭を2つ確保できた。
それから、俺についているじいちゃんの加護が、俺の所属しているパーティーメンバーにも作用することがわかった。
個人差はあるようだが、ステータスの上昇値が普通の獲得経験値増加スキルだけの時より、1.5倍〜2倍ほどの差があるように感じられた。
あとは店の準備だけだと思って軽く考えていたが、それからが大変だった。
新しく9人もの住人が一気に増えたので商売の準備や屋敷の整備を急ピッチですすめることにしたのだが、それが思いの外大変だったのだ。
ざっとこれまでの経緯を話すことにする。
まず、地下の部屋は広かったので、2部屋に仕切り、手前の部屋を倉庫として利用し、商店の在庫を保管することにした。
奥の部屋は隠し部屋のようにして、一見、倉庫しかないように見えるようなっている。その奥の部屋を空間魔法や時空魔法、錬金魔法など様々な魔法を駆使して、森の様な状態にする。太陽や月のサイクルまで再現できてしまったから、まさにチートである。そこに畑を作って、薬草など薬や石鹸などに使える物を植えて育てている。
これからは外の森へと採取に行かなくてもここで用が足りることになるだろう。
そしてシルクモスの繁殖地なども作った。驚くことにシルクモスはオスメスがなく、繁殖は1匹でできる様だ。しかも繁殖サイクルも月に一度と多いが、一度卵を産むと親は死んでしまう。短い人生だ。量産はできないが、これから先シルクモスの生糸に困ることはなくなりそうである。
他にもデーモンスパイダーやコットンフラワーも森の奥深くで少しだけ見つかった。それもこの地下の森で増やす予定だ。
この世界では甘味を見かけないと思ったら、砂糖がないことがわかった。塩はそれなりに売られているし、日常的に生活にも使われている。しかし砂糖はそもそもないし、甘味としては蜂蜜が使われるのが一般的なようだ。まだサトウキビの様な植物は見かけていないので、見つかったら砂糖作りとしてみたい。
蜂蜜はキラービーの巣から取れるようだが、キラービーを大量に相手にしなくてはならないし、ひとつの巣から極少量しか採取できないので貴重なようだ。そもそもキラービーはランクCという意外にも高ランクに分類される魔物であった。
俺はキラービーの女王、要するにその巣の女王蜂のようなやつをテイムして連れ帰り、養蜂することにした。畑で花も育てるし、森にも花はあるので、養蜂するのにも草花を栽培し実をつけるにも都合がいい。
畑はフランクさんたちを中心として準備が進められている。薬草などの他にも食事で使う野菜なども植えられ、順調に育っている。フランクさん曰く、普通の畑で育てるよりもかなり品質の良い物が育っているようだ。
あとは森に入るドアの脇に小屋を建てて、そこで裁縫や、薬作り、石鹸作りなどが行えるようにしてある。小屋は長屋の様に作ってあるので部屋数にはかなり余裕を持たせてある。これから先にもなにかに利用できることだろう。
シルクモスを探しに森に入ったとき、かなり森の深くまで行ったのだが、深くには高ランクの魔物も結構でるようで、ランクの高い冒険者でもあまり近づかないようだ。とくに名称などがある危険地帯に指定されたりしてるわけではないようだが、レッドオーガやワイバーン、ロックドラゴン、メタルリザードなどがいた。それらの素材の採取もできたのが幸運であった。
メタルリザードの外被はミスリルなどのレア鉱石には負けるが鋼よりは遥かに性能のいい武器に加工できるし、ワイバーンや、レッドオーガは鎧などの防具にも使える。
なにより、ロックドラゴンのスキルに硬化があったのだが、それをラスタに覚えさせることができたのがよかった。体の一部を硬化させることによって、ラスタにも物理攻撃の手段ができたのだ。攻撃のバリエーションが増えたのは上々だ。
…と、いろんなことをやっていたらなんと、半年もかかってしまった。しかし、畑やシルクモスなどは生育中だが、環境は整えれたし、販売する予定の薬品関係や、石鹸類はある程度の在庫を確保できている。
そもそもこれだけのことを半年でやっているのがおかしいのである。
おじいちゃん、タローは異世界でも元気です。
ちなみに店の名前は「スミスカンパニー」という名前で商人ギルドで登録しておいたし、冒険者ギルドでも「クランスミス」としてクラン登録しておいた。
名前に意味はない。なんとなくである。と、言うよりも適当である。
そして、明日が待ちに待った開店の日だ。
「みんな、半年お疲れさん。ぶっ通しで色々な準備を進めたから大変だったと思うけど、明日からはたぶん暇だから休み休み頑張ろう!」
「え?暇なのですか?」
フリックがきょとんとした声を出した。
「うん、たぶん暇。」
「なぜですか?」
「だって、こんなところに店あること知ってる人なんてほとんどいないよ?親方達くらいなもんだよ。」
「た、たしかに…。」
「薬品関係は冒険者たちが使って評判良ければそのうち冒険者や騎士たちメインでいろんな人が買いに来てくれるようになるだろうけど、石鹸は今の風呂事情じゃ、貴族くらいしか買わないだろうからねえ。」
「でも、今まではなるべく貴族の人たちに関わらないように…と言いますか、そもそも、ギルドなどいろんなところから目をつけられないように行動してきましたよね?買いに来ますか?」
リーシャはさすがによくわかっている。なるべく目立たないように、目をつけられないように静かに行動してきたのだ。
「うん、だから暇になるってことだよ。貴族なんてめんどくさいのに目をつけられたらたまったもんじゃないからね。」
「でも、せっかくの石鹸が売れませんよ?」
今度はナタリーだ。
「いいんだよ。石鹸の良さは絶対の自信があるから、この店のことをわかってくれるちゃんとした人間が買いに来てくれるようになればそれで。そのうちそういう客が来るようになるさ。貴族でもあまりに横暴な態度で来た時はこっちも毅然とした態度で構えていればいいさ。」
みんな真剣な顔でうなずいている。
「と、言うことで明日からは薬品関係、石鹸類、あとは魔物の素材の販売と依頼の受注をメインで店を開きます!よろしく!」
「はい!」
みんないい返事をしてくれる。いい人たちに恵まれた。
この半年でみんな強くなった。勇者5人いてもメイにも勝てないだろう。しかし、普段は隠蔽スキルの使用と自重を徹底してるのでただの一般人にしか見えない。
スミスカンパニー総勢14人と1匹はかなり異常な組織となってしまった。少々やりすぎた感は否めない。まぁ、後悔はしていないが。
そんなこんなで開店準備をして、あとは開店するだけという状態でその日を終える。
明日は開店初日ということで、来る人はほとんどいないだろうし、王都には限られた人しか知り合いがいないので、開店を知る人ですら少数であろう。
しかし、俺は秘策を用意してあるのだ。
開店から100名までは日本でよく見る使い切りの固形石鹸のような小さな石鹸を配ることにしている。それを試した人や、その話を聞いた人が買いに来てくれることを狙っている。本来石鹸は風呂でなくても手を洗うだけでも使えるし、清潔な食事などをするのには大切なことだ。食事を作る人は匂いのない石鹸を使った方がいいだろうけど。とにかく、魔法や魔法薬で病が簡単に治ってしまうこの世界でも、その魔法や薬による治療が簡単に受けられない一般的な人に手洗いうがいの重要性をわかってもらえれば1番嬉しい。石鹸が高価になる原因を排除できているし、安く作れるので、販売価格も普通の石鹸よりも安く設定している。なるべくいろんな人が買えるようにした。
買い占めもさせないようにもしてある。スーパーでよく見かけるお一人様お2つまで制度である。高価でなければ手を洗うだけでも使いやすいし、貴族が風呂に入る時にしか使わないという意識さえなくなれば市場は拡大していくだろう。
その為の布石としてのミニ石鹸の配布である。
そこまでやってしまえば嫌でも目立つこともあるだろうがそこは腹をくくるしかない。
翌日、みんな揃いの服を着て準備を済ませる。
制服は男は黒のパンツに白いシャツ、それに蝶ネクタイ。女の子は黒の膝下程のスカートに白いシャツ、そして首元か頭に赤いスカーフを巻くスタイルだ。素材は普通の物だがナタリーに作ってもらった。制服を着ることで店員の区別もつく。
今日は開店なので全員で仕事をするが、これからは客足を見てシフト制のようにすればいいだろう。
さて、準備もできたところで、いざ開店だ。