16話
屋敷に入ると中は見違えるように綺麗になっていた。
1日でこんなに綺麗になるのだろうか。
「タロー様、おかえりなさい。今、突然現れませんでしたか?」
玄関から入るとロシャスがすぐに出迎えてくれた。指摘も鋭い。
「……あはは、ただいま。まあ気にすんな!」
と、誤魔化す。
「それにしてもすごい綺麗になったね」
「えぇ、3人もよく働いてくれて助かりました。それでも最低限の掃除しか済んでいませんよ。まだ、手を出してない部屋も多数あります」
「いやいや、充分だよ。ありがとう」
「それにしても結構遅くなりましたな。リサーチの成果はありましたか?」
「うん、かなりいい成果だった。その辺りは食事の時にでも話そう。もう食べれる?」
「はい、準備は出来ております。食堂へ向かいましょう」
キッチンの横にある、食堂へ向かう。ここもなかなかの広さだ。
リーシャ、シロ、クロはメイド服を着て、食事の配膳をしていた。
なんとも素敵な光景である。
「3人ともよく似合ってる」
「あ、おかえりなさいませご主人様」
「「おかえりなさい!」」
くはっ!!
おかえりなさいませ、ご主人様いただきました!
顔がにやける。
「タロー様、変な顔してないで席に座ってください。今日の料理はリーシャが作りましたよ」
ロシャスやい! 最近扱いがぞんざいじゃないかい?
ロシャスに言われるまま席に着く。
いつもより少し豪華だ。料理の名前も材料もまったくわからないが美味しそうである。
「うん、美味しそうだ。みんな席に着いたようだし、早速食べよう。いただきます」
「いただきます……?」
あ、そうか。この世界にはそんな言葉ないんだった。いつも一人で呟いてただけだったが、今日はいただきますにも気合いが入ってしまった。
ロシャスはいつもオレが言ってたのを聞いていたのか、あまり不思議に思ってはいないようだが、3人は首を傾げている。
「俺の故郷ではご飯を食べ始めるときに、食事をいただけることに感謝してこの言葉を言うんだ。大地の恵み、命を頂く、料理に使った材料の生産者、料理を作ってくれた人。色んなことに感謝して食事をいただくという気持ちを込めて」
「そういう意味の言葉だったのですね。それならば私もこれからは食事の前には言うようにしましょう。それではいただきます」
「「「いただきます」」」
ロシャスに続いて3人もいただきますを唱えて食事を始める。みな、俺の様子を見て、見よう見まねでちゃんと手も合わせている。
リーシャたちは既に何も言わずともちゃんと席に着き、同じテーブルで同じメニューを食べている。ようやく慣れ始めたようだ。みなで食べる食事はやはり美味しい。そして、リーシャの料理スキルは伊達ではないようである。
ロシャスが作る料理も美味しかったが、リーシャの料理の方が断然うまい。
なにが違うのかと問われても説明はできないし、陳腐な言葉しか出てこないが、とても美味しい。
「すごく美味しいよ、リーシャ。料理スキルでこんなにも味が変わるんだな。一流の料理人としてやっていけるんじゃないか?」
「いえいえ、そんな……私のような獣人が作った料理なんて食べてくれる人いません。タロー様くらいです。でも喜んでいただけてとても光栄です」
なんてことだ……こんなところにも獣人差別の影響が。こんな美味しい料理を作れるのに。
「人族って馬鹿なのかなあ?こんな美味しい料理作れる人材を蔑ろにして、損しているよ。それにしても料理スキルを持つ人ってのはやっぱ違うもんなの?」
「一般的な人よりも料理の才能に恵まれ、様々な素材の調理法、料理を理解し、作れるのが料理スキルです。やはり素材の生かし方などが違うのかもしれませんね」
ロシャスが料理スキルを簡単に解説してくれた。たしかに、ロシャスの言うことも一理あるが、それだけではなく、知識、技術などとは違う、なにか特別な力がスキルによって働いているような気がする。そうでないと、スキルを持ってない人が頑張って知識を手に入れればスキル持ちと変わらない気がする。それとも本などが一般的ではないこの世界で、知識を手に入れることは難しく、そのような知識を少しでも自力で手に入れることができるような人がスキルに目覚めるのか。実際、シロとクロにも料理スキルがある。
考えていても結論は出そうにないな……。
「これからもリーシャの料理楽しみにしてるよ」
そう言うと、リーシャはパッと明るい笑顔を見せてくれた。
なんとも美しく可憐な表情だ。惚れてしまいそうだ。
「それは、さておき、明日からのことなんだけど」
「なにをさておいたのですか?」
ロシャスのツッコミが鋭いよ! くそう!
「まあまあ。あまり細かいことは気にしないとして。今日ギルドで聞いてきた話をみんなにもしよう」
冒険者ギルドの受付嬢に聞いた、この周辺の魔物の出現、分布や、ダンジョンのことなどを話す。
「しばらくは、掃除もしないといけないし、少し計画を変えて一日置き訓練と掃除をしていこうと思うんだがどうだろうか?」
みな一様に頷き同意を示してくれる。
「で、早速明日は冒険の日にしようと思う。朝必要な武器や防具を買って、自分に合う武器などを探す方針で行こう。それから良い物を買えば良いと思うし」
「それでは明日は鍛冶屋のあとダンジョンという流れですか?」
ロシャスが聞いてくる。
「いや、明日は森へ行こう。ダンジョンよりも魔物に遭遇する頻度が少し低いし、見せたいものがある」
「なるほど、わかりました」
訓練、掃除、訓練、掃除、休日って感じのサイクルでいいだろう。ところでこの世界の暦だが、曜日感覚というものはなく、一日24時間、ひと月30日、一年12ヶ月でほぼ地球と同じような感覚だ。
「よし、では風呂に入る! 待望のお風呂です!」
そう言うと、リーシャとシロ、クロの3人がなぜか強張ったような表情となった。
理由がわからないが、深刻なことではなさそうだし、とりあえず風呂に入ろうと思い、風呂場に向かう。その後をなぜか3人が付いてくる。
「ん? どうした?」
「……湯浴みのお手伝いを」
なるほど。だから緊張した顔したのか。奴隷の仕事にそういうことをさせる人もいるのだろう。奴隷として仕事した期間は短いと言ってたからもしかして初めてやることに緊張しているのかもしれない。
「いや、そういうのはいいよ、一人で入るから」
「し、しかし!」
「大丈夫だよ。気にしないで」
それだけいうと風呂場へと向かう足を再び動かす。3人は納得したのかしてないのかはわからないが、とりあえずついてはこないから大丈夫であろう。
「さすがは、ロシャス。抜け目ない!」
服を脱ぎ、風呂へ入ると、湯船にはしっかりお湯が張ってあった。なんとこの風呂場は水をお湯に変える魔道具を通してシャワーのようなものまである。立派な風呂だ。
シャワーを使って体を洗い、湯船に入る。
「ふぅ。やっぱり風呂は気持ちいいなあ。ただ、石鹸が不満だ」
ロシャスはちゃんと石鹸も買って置いておいてくれたが、匂いもよくないし、汚れも落ちづらい。シャンプーとしても使うようだが、髪がゴワゴワする。日本の石鹸事情に慣れてしまっているとやはり辛いものがある。
ロシャスと話していてわかったが、石鹸の材料となる植物から少量の石鹸しか作れなくて、とても高級になっているようだ。高級品でこの品質はいただけない。
早急に石鹸関係の研究をしたいところだ。しばらくは訓練に付き合いながら薬師スキルのおかげでわかる植物や木の実などの知識を駆使して良さそうな物を集めて石鹸の試作をすることにしよう。うちの3人娘のためにも!
訓練と掃除が落ち着いたら商店を開いて、しばらくは商品のラインナップとして石鹸と体力回復薬などの薬関係をメインで販売していこう。そのあとは人員増やして色々やりたいなあ。
「あかん。考え事してたら調子乗って長湯してしまった。のぼせそう。出よ」
風呂を出て、リビングへ行くと、4人がお茶を飲んでまったりしていた。
「遅くなってごめん、ロシャスも3人も順番に入っちゃいなよ」
「え? 私たちも入っていいのですか?」
「え? 入らないの?」
「普通は奴隷がお風呂に入ることなどありえません」
「うちではありえます! ロシャスを見習いなさい! さっさと入りに行ったではないか!」
ロシャス慣れすぎではないかってくらいだ。ここまで心を許してくれていると思えばいいのかもしれないが、こちらとしても心地はいいが! なんか! くそう! 全くのためらいなく風呂行きやがった!
うんうん、わかってるよ、3人が入りやすいように、自分が実践してるってことだよな、わかってるわかってる。ええやつや。そういうことにしときましょ!
「シロもクロも風呂入りたいだろ?」
「入ったことない……」
クロがおずおずといった感じで答えた。
「お、そうなの? さっぱりするからロシャスが出たらリーシャと一緒に入りな」
「「うん!」」
2人はいい笑顔でうなずいた。リーシャはまだドギマギしているが、そのうち慣れるだろう。そんなリーシャに俺の分のお茶も頼んで、ロシャスが風呂から出るまでの間にスキルを上げてしまうことにした。
「明日から、訓練するにあたって、3人にはスキルを覚えてもらおうかと思う」
お茶を一口飲み、スキルのオーブを出しながら伝える。リーシャは「こんなにスキルのオーブが……」と唖然としているが。
武器関連のスキルは武器を選んでからでも遅くないだろう。ということで、出したのはスライムから奪った魔法系統のスキルと、獲得経験値増加と、隠蔽である。
「治癒魔法と獲得経験値増加と隠蔽は全員覚えてもらおうかと思ってるから、スキルのオーブからスキル覚えてみて」
まずはリーシャが治癒魔法の入ったオーブを握り、魔力を込める。
するとオーブの中でわずかに光っていた光がなくなる。鑑定してみるとしっかりスキルを習得できていた。
「あ、しまった。スキルって自分のじゃなくても熟練度いじれるのか?」
やってみたが、さすがに無理なようだ。失敗したなあ。コツコツあげてくしかないか。
「んー……シロ、ちょっとオーブ置いて」
自分の治癒魔法をLv10丸々シロに与えるイメージをしてみる。
「お? できたか?」
自分のスキル欄には治癒魔法がなくなり、シロのスキル欄に治癒魔法Lv.10が追加されていた。
ということは、オレがスキルを覚えてLv10まで上げてからスキルオペレーターを使って相手にあげた方がいいな。
それがわかったので、リーシャの治癒魔法を一度自分に奪い取ってLv10まで上げてまたリーシャに追加する。これも問題なくできた。治癒魔法と隠蔽を3人が獲得したところでロシャスがリビングへ来た。
「面白そうなことしてますね」
「お、早かったな。ちょうどいいからロシャスも座ってくれ」
ロシャスはもともとあるスキルを奪い取ってLv10にして返すと言ったことを繰り返す。そこで気づいた。俺やロシャス、ほか3人も含めてだが、すでに持ってるスキルならオーブを使えば複製が可能だということに。
スキルオペレーターならばレベルにかかわらず熟練度換算でスキルを奪えることがわかっている。つまり、Lv10のスキルからLv10丸々奪うことも与えることできるし、Lv5の分だけ奪ったりあげたりすこともできる。
それを考えると、レベル1の分でスキルのオーブを作って、自分に貯めてある熟練度ポイントを使ってまたLv10まで上げればいいのだ。
珍しいスキルもひとつあれば俺がいる間は増やすことができる。
くそう。今更気付くとは。
スライムの泉やコウモリを見つける苦労はなんだったのか……。
「なんかガックリしてますが、大丈夫ですか? 私になにか問題ありましたか?」
ロシャスが俺の様子を見て尋ねてきた。
「いや、むしろロシャスのおかげで気づけたって感じだな。とりあえずロシャスは自分のステータス確認してみて」
ロシャスは自分のステータスを確認して目を見開いて驚いている。
「こ、これはいったい……」
「これでロシャスはこの世界で限りなく最強に近くなったんじゃないか?」
ニヤリとしながらロシャスへと声をかける。あ、ついでに獲得経験値増加もつけとくか。あと鑑定も。これからもロシャスには色々お世話になりそうだしな。
「今何を?」
ロシャスに獲得経験値増加、鑑定のスキルを与えたことでステータスを見ていたロシャスは急に現れたスキルにさらに驚きの顔をしていた。
「今日見つけたスライムが持っていたスキル。それあったらさらに強くなれるだろう?」
完全に悪巧みをする少年の気分だ。
「タロー様はスキルをいじれるのですか?」
「うん、そういうこと。細かい制約とかもあるけど、簡単に考えると人や魔物からスキルを奪ったり与えたり」
「そんなことが……あなた様には逆らわない方がよさそうですね」
「え!? 逆らう気だったの?下克上!?」
「いえいえ。ゲコクジョウ? はわかりかねますが、そんなつもりは全くありませんよ」
怖いよー、ロシャスがこわいよー。やっぱ獲得経験値増加を没収しとこうかしら。
「なにか、他にも欲しいスキルがあれば言ってくれればなんとかなるやつならなんとかするよ」
「いえ、現状はこれくらいで十分です」
「そうか。ならリーシャたちも終わらせてしまおう」
スキルを複製する方法を思いついたので、魔法はそれぞれ好きな物を選んでもらい、体術や全耐性、鑑定、無詠唱、生活魔法、索敵は全員に付与した。あと、石鹸や薬作りの手伝いもしてもらおうと、4人とも薬師スキルもつけておいた。この4人だけは超絶ハイスペックになってしまいそうだ。
熟練度ポイントもかなり減ってきたので、また明日からコツコツと貯めていかなければならないな。
これからスキルにつきひとつオーブに保存しておけばいいわけだし、売るなら別だが、今のところそこまでは考えていないのでスキルを気楽にいじれる。
売るとしても均衡を崩さない程度に少量で、あまり珍しくないものくらいにしよう。
「3人とも自分のステータスを確認してちゃんとスキル覚えていること見ておいてね。あとスキルレベルが高いけど、身体的ステータスはまだ低いから無理な魔法を使ったり、技を使ったりしないように。自分の現状のステータスでできることをするようにしてください」
ちゃんと無理をしないように伝えておく。3人とも自分のステータスを確認して固まってしまっているのでちゃんと聞いているかわからないが。
そのあとしばらく固まっていた3人だったが風呂へ行くように促し、3人とも放心状態のまま風呂へ入った。
シロとクロは初風呂が放心状態と、かわいそうな気もするが、まあいいだろう。
そのあとは各自の部屋に戻りゆっくりと休んだ。
明日からの訓練が楽しみだ。
2018.9.30 編集