12話
朝起きるとロシャスが食事の準備をしていた。
少女たちはまだ起きていないようだ。
「おはよう、ロシャス」
「おはようございます。食事にしましょう」
ロシャスと食事をとっていると犬の獣人の少女が起きてきた。
「お、起きた?体の調子はどう?」
「あの……私は……生きているのですか?」
「うん、生きてるね。痛いところとかない?」
「体は……なんともありません。少し怠い程度です。本当になんともありません。なぜ……病は……一体どうやって……」
悲しいような辛いような安堵したかのような複雑な表情になり、目にはうっすら涙も浮かんでいる。
「病は完治していると思う。体力は戻っていないから無理はしないようにね。あとの2人も病は治っているから安心して」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
猫の獣人の2人の方を見て無事を確認して何度も頭を下げている。
「そんなに気にしなくていい。俺がやりたくてやっただけだから。それに君たちの意思を確認せずに勝手にやってしまったことだ。勝手なことをしてすまなかった」
「いえ、謝罪などいりません。こうして生きていることに感謝しております。もう死ぬだけだったのです。どれだけ感謝しようとも足りません」
顔をいっこうに上げずにひたすらお礼を述べてくる。素直でとてもいい子だと思う。これなら助けてよかったと思える。
「さあ、食事を用意してあるからこっちに来て食べて。ロシャス、彼女に食べさせてあげて」
「かしこまりました」
え、なんかロシャスとすごい貴族みたいなやりとりしちゃってない? 俺の喋り方ってこんな感じだっけ? 自分で混乱してしまう。
「食事まで……」
ありがとうございますとつぶやきながらこっちへきて素直に食事を受け取ったが少し離れた地面に座り込み食事を取ろうとする。
「おいおい、こっちの敷物の上に座りなよ」
「いえ、奴隷の身分である私が貴族様のお側で食事するなど……それに私はとても汚れています」
クリーアップの魔法をかけてもう一度手招きする。
「ほら、これでとりあえずは綺麗になったでしょ。大丈夫だからこっちで一緒に食べよう。それに俺貴族じゃないから」
「えっ?貴族様ではないのですか……執事様も連れていらっしゃるので、どこかの御子息かと……」
はぁ、やっぱり貴族っぽい? 喋り方とかも偉そうに聞こえるのかなあ。いや、ロシャスのせいだ。執事服のせいだ。つまりその服着せた俺のせいですね、はい。
彼女は困惑していたが、なんとか敷物の上に座って食事を始めてくれた。
「俺はタロー。貴族ではないよ。一応見習い商人。こっちはロシャス。食事を作ってくれたのも彼だよ。念のため言うけどその食事は残飯じゃなくて衰弱した君たちの体に優しいものを作ってもらったから安心してくれ。君の名前はなんて言うんだい?」
残飯じゃないと聞いて驚いた表情を浮かべた。奴隷はやっぱり残飯を食べるなどそういった待遇が普通なのだろうか。それともロシャスの作ったミルク粥のようなものが残飯じゃないことに驚いたのか。そんなこと言ったらロシャスが怒りそうだから口が裂けても言わないが。
「私はリーシャと言います。王都に住むガウン男爵の屋敷で働いていた奴隷です」
「そうか、やっぱり貴族のところで働いていたんだね」
そのあとここにいる経緯を聞くと、想像していた通り、病が発覚して、それが所謂不治の病と呼ばれるものとわかると部屋に隔離される。しかし使えない奴隷を屋敷に置いておくのが無駄だと、新しい奴隷を買ってきて、部屋をあけるためにここに連れてこられたというものだった。
もともと奴隷の扱いは酷かったそうだが、とくに獣人の奴隷への扱いは酷く、まともな食事も与えられず、隔離されたあとはほとんど飲まず食わずと酷い扱いだったらしい。
まだ起きていない2人の猫の獣人も同じ時期に病が発覚して同じように隔離されていたようだ。これだけ衰弱している理由もよくわかるってもんだな。それに体力も落ちれば病の進行も早まるのだろう。
「そうか。辛かったな」
「いえ、辛かったですが、こうして今生きて食事をさせてもらえただけ幸せです。」
「今の3人は逃亡奴隷と同じ扱いになるのだろ?」
「はい、そうなるかと思います。見つかり次第殺されることになります。こうして最後に美味しい食事もいただけましたし、奴隷紋は焼かれていますので、奴隷とバレなければなんとか生きていけるかと思い……あれ?火傷がない……紋様が戻ってしまっている。これでは……」
そう、やはり焼くだけでは奴隷の解放にはならないようなのだ。治癒魔法をかけて火傷も治ったのだが、治ったおかげで手の甲にあった紋様も元に戻っている。
青ざめた表情のリーシャを見る限り逃亡奴隷というのはかなり絶望的な状況なのだろう。自分で肌を焼いて奴隷とバレないように生きていくにもステータスを確認されれば奴隷とわかってしまうし、そうなると身分証も作れず街に入ることもできないわけだ。
「そこで俺から提案というか、考えが2つある。1つ目は病がいつのまにか治ったことにしてガウン男爵のところに戻る。また受け入れてくれるのかどうかはわからないし、奴隷として売られるだけかもしれないが」
リーシャがとても悲痛な面持ちになってしまった。
「2つ目は、今ここで俺の奴隷となってこれから俺の奴隷として生活していく」
その提案をすると、リーシャはハッとした驚きの表情でこちらを見上げた。
ロシャスは「えっ、またかこの人」みたいな顔をしてこちらを見ている。
「あ、そういえば奴隷の契約って闇魔法だけど、闇魔法使える人は誰でもできちゃうじゃないか。やばくないか?」
「タロー様、そもそも闇魔法を使える人は本当に希少なのです。使える人はほとんどが奴隷商人をしています。遺伝的に闇魔法が使える子供が生まれることが多いので奴隷商人の子供が代々奴隷商を継いでいくのが通例です。希少な上にスキルレベルもLv.5で契約、Lv.7で解放と相応の実力も必要です。それに加え奴隷商人でない者の奴隷契約奴隷解放は重罪とされているはずです」
なるほど。希少なのか。そういえば王女様の一件の時ドムルさんもそんなこと言ってた気がする。あまり闇魔法の多用はしない方が良さそうだな。
「それはそうか。ロシャスが物知りで助かりました」
「奴隷商人以外の闇魔法の使い手はほぼいませんし、使えたとしても使えるだけで奴隷関係の問題が起きた時に疑われてしまうので隠す傾向にあると思います。もしくは闇魔法を発現した者は先に届け出を出しておく……という方法を取っている国もあると聞きます。
たしかに、奴隷で問題が起きたときに真っ先に疑われてもしかたないよな。隠しておけばステータスの確認されなければバレないし、使わずに生きていけばステータス確認されても闇魔法のレベルが低くて問題ないとされるわけだ。
闇魔法隠蔽しといてよかった。
てか、隠蔽で思い出したけど、鑑定使えばこの少女たち3人の名前やステータスも病のことも細かく見れたではないか!
でもやっぱそこはね、乙女の秘密を覗き見るのはね、ダメですよ旦那。そういうことにしときましょ。
ただ忘れてただけである。
「よくわかりました、ロシャス先生。では、どうするか聞きましょう。どうしますかリーシャさん」
「でも、奴隷の契約が……」
「はぁ、タロー様。今ご自分で闇魔法を使えることを暴露してしまっていることにお気付きですか?それと解放までできるのですからかなりのレベルも相応に高いとバラしているようなものです。リーシャがタロー様の奴隷にならない選択をした場合、どこかにタロー様が闇魔法の使い手であると漏れるかもしれないのですよ?」
な、なんてこったー! だ、大丈夫だろ。リーシャはそんなことする子じゃありません。断じてありません! 信じてます!
「タロー様、口が開いてます」
おっと。驚きのあまり口が開いていたようだ。
「で、どうしようか、リーシャ。どちらを選択してくれてもいいよ。むしろ3択目として解放して他の街で生きていくってのもありだね。でも、俺のことは内密にお願いします」
とりあえず土下座してお願いしとく。
「頭を上げてください。命の恩人を売るような真似は決してしません。それにもしできることなら、タロー様の元で働かせていただきたいと思います」
「なんていい子なんだ。ロシャス聞いたか? こんないい子を疑うようなこと言っちゃって!」
ロシャスが呆れたような顔をした。
「本当にいいのかい? また奴隷生活になってしまうが。」
「はい、タロー様の、命の恩人のために一生懸命働かせていただきたいと思います」
念のためにもう一度確認すると、こんな嬉しいことを言ってくれる。なんていい子なんだろう、リーシャは。たぶん年上なんだけど。
「あ、タロー様は王都に向かっているのでしょうか?」
「ん、そうだね一応」
「王都で生活するとなると、私の存在がガウン男爵にバレたときには問題になる可能性が……」
「んー、たしかにそうだなあ。でもなんとかなるしょ。問題なったらなったでそのとき考えよう」
笑ってリーシャを安心させてやる。
そんな会話をしていたら、猫の獣人の2人も起きてきたようだ。
「……リーシャお姉ちゃん」
起き上がって不安そうにリーシャに近づいて来る。
「あら、2人とも起きたの?体はどこも痛くない?」
「うん、どこも痛くない!」
「2人ともタロー様にお礼を言って? 私たちを治してくれた方ですよ」
「「……ありがとうございました」」
かわいい。白猫さんと黒猫さんがかわいい。ぺこっと頭を下げた2人は素直でとてもいい子のようだ。
「うんうん、2人ともこっちにきてご飯を食べな」
「「はい!」」
クリーンアップをかけて2人を手招きする。リーシャが座っているからか、2人ともちゃんと敷物の上に来てリーシャの両脇に座って食事を受け取り、食べ始めた。
「おいしいね」
「うん、おいしいね」
「おいしいってよ、ロシャス」
ロシャスも慈しむような表情で微笑ましい光景を見ていた。
「2人の名前はなんて言うんだい?」
「私はシロ!」
「私はクロ!」
なんと見た色のままの名前だった。似合ってるからいいけども。
「2人はこれからどうしたい?」
「「リーシャお姉ちゃんについていきます!」」
くぅーっ!可愛すぎるぜ猫娘!
よく考えたら、ここで俺の奴隷にしたら思わぬところでケモ耳が3人も手に入ることになる。なんて幸運なんだ。しかも、3人とも素直で可愛いときた。
「よし、じゃあ食事が終わったら早速やることやって、終わり次第出発しよう」
食事の片付けや諸々をロシャスに任せて、俺は3人の奴隷解放と奴隷契約を済ませる。
「よし、これで今から3人とも俺の奴隷だ。よろしくね」
「よろしくお願いします、ご主人様」
「「よろしくお願いします」」
……くっ! なんてことだ。夢にまで見た可愛い子からのご主人様が……こりゃたまらん。
「王都までは歩かないといけないから一応これ飲んでおいて。まずいのはごめん」
一応効果あるかわからないが体力回復のポーションを渡す。味見してみたがこれが素晴らしくまずいのだ。味の改良すれば売れると思う。
リーシャはまずいのを我慢している表情だが、シロとクロはすごい不味そうな顔をしている。見ていて面白い。
「ロシャス、こっちは準備オッケーだけど、そっちは?」
「はい、こちらもいつでも行けます」
「よし、では行こうか。3人とも無理はしないようにね。病み上がりで悪いけど王都まで少し我慢してくれ。なるべくゆっくり行くけど疲れたら言って」
リーシャが「あれ?荷物が……」とつぶやいているが気にせず進み始める。
3人とも弱音を吐かずに歩き続けてくれたおかげで5人で歩き始めて2日目の日が沈む少し前には王都の入り口に着くことができた。
検問所は奴隷として契約されてる3人も問題なく通過できた。
「ふぅ。やっと着いたなぁ。とりあえず宿を探そうか」
「それならばこちらに評判のいい宿があります」
そういってリーシャが案内してくれた。
「そうか、3人とも王都にいたんだもんな」
さすが、生活していただけあってこの街の情報を多少は知っているようだ。
「はい。ほとんど屋敷の外に出ていないのであまり詳しくはありませんが」
案内された宿は小綺麗な建物で人の行き来も多いのでたしかに評判が良さそうである。
「とりあえず部屋が空いてるか聞いてみるか」
「私が行って参ります」
ロシャスがなんか執事っぽい。
あ、見た目も執事だしもともと側近的な仕事してたんだった。
さすがです、ロシャスさん。
そんなバカなことを考えていたらロシャスが戻ってきた。
「2人部屋が2つなら空いているそうですがどうしますか?」
「2つ空いてるならそれで大丈夫だろう。リーシャ達3人と、俺とロシャスで分ければいいしな」
「え、私たちにも部屋を与えていただけるのですか?」
「当たり前だろ?てか、宿的にも奴隷にもちゃんと部屋使わせてくれるんだよね?」
「はい、それも確認しました
「なら大丈夫。疲れてるだろうからちゃんと睡眠も取らないとだからね」
「……ありがとうございます」
3人が一緒になって頭を下げてきた。しかもリーシャなんて若干涙声のような気がする。
「3人はちゃんとした生活してもらうからこれが普通だと思って慣れていってもらうよ。体は大切にしないと」
3人に声をかけて宿へ入る。一部屋一泊大銅貨6枚だった。ボカの街の倍だ。流石は王都。まあ部屋の大きさも違うから単純な比較にはならないが。今夜は来る途中の屋台で買った食事を部屋で食べて早めに休むことにした。3人も疲れているだろうし2階に上がり食事を分け与えて、しっかり休むように言って、2部屋に分かれる。
「ふぅ。無事に王都についてよかった」
「そうですね。これからはどうする予定ですか?あの3人を連れてすぐダンジョンへ向かうわけにはいかなくなりましたね」
「そうだな、少し予定変更して王都に拠点を設けて、小さめの商売でもしてみようかな、商人らしく」
3人のことを考えると少しちゃんと休めて過ごせる場所があった方がいいだろう。それにポーションなどが作れることがわかった今、それを売って商人として生計を立てたいという気持ちもある。王都ってのが少しネックではあるが……
「それもいいかもしれませんね」
うん、とりあえず金はあるからどっかに屋敷買っちゃおうかなあ。風呂も入りたいって目的もあるし。
そんなことをロシャスと話しながら考えていたらいつの間にか眠ってしまった。
2018.9.30 編集