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101話


いつもお読みいただきありがとうございます。


更新遅くなって申し訳ございません。


前回のあらすじ


魔王討伐と勇者の帰還とパレード。そして勇者たちは魔王討伐の正式な報告を済ませる。

一方、タローに保護されたアメリは、自分がスミスカンパニーと共に過ごすことを許される。











 魔王の討伐が各国に広められセレブロ周辺国家はお祝いムード一色であった。


 その間、魔王討伐に大した興味を示していなかったスミスカンパニーでも様々なことが進められていた。


 1つはベントレにあるアテーゼ教会の新設。結局、ロドル村の棟梁に建設を依頼し、購入した土地にこじんまりとした教会と孤児院、それと砂糖を作る工場と、寮のような人の住める建物を建てた。作業は棟梁とスミスカンパニーのメンバーで手の空いた者が行い、棟梁のロドル村とベントレの行き来はロドル村の新米冒険者と手伝いのスミスカンパニーのメンバーで護衛練習を兼ねて護衛依頼という形を取った。

建築も既にほぼ終了していて、ナイヤたちの準備さえ整えばいつでも引っ越すことはできる。スミスカンパニーの手伝いがあり、魔法で作業の効率化ができたとはいえ、かなり速い建設スピードだろう。まだ何も知らされていないナイヤに、建設が進んでいることを教え、実際にほぼ完成している建物を見たらさぞ驚くはずだ。


 2つ目は森の喫茶店と薬屋の開店である。森の喫茶店兼薬屋は店名を「安らぎの森」とし、営業を開始した。喫茶店の方はタッカムとマクリがメインで調理を行い、スイーツと軽食を提供している。今のところ客はカレンやペギー、宿屋のおかみさんなどを中心としたロドル村の住人だけで、忙しくはなく、ゆったりとした時間の流れるいい雰囲気の喫茶店となっていた。薬屋の方は、エリーをこの店の薬師ということにして営業している。ポーションなどよりも、おじいさんおばあさんをはじめとした村人たちには、風邪薬や痛み止め、傷薬などの方がよく売れている。売られている物の効果が高いことが分かると、安らぎの森の薬とエリーは、彼女のその社交性と愛嬌のある人柄と容姿も相まって、この村で信頼と人気を得ていった。


 3つ目は、学園都市ガベサへの出店。ネキを始めとした新しい仲間たちの戦闘能力も一定の水準を満たしたので、いずれは商売をしたいと言っていたヤクダムと鼠人族の兄妹ヒネリとヒナミに店をやってもらうことにした。ヤクダムが店長、ヒネリとヒナミは2人とも副店長だ。店の規模としては今までスミスカンパニーが持った商店の中で一番の大きさで、ゆとりのある空間を作り、治癒院も兼ねている。取り扱うものはポーションや解毒薬など冒険者向けの薬に一般家庭でも使える薬、そして石鹸、それと少しの魔道具だ。学園では冒険者のようにダンジョンに潜る授業や、森などでの実習もあり、アルバイトのような感覚で冒険者をする者も多いと聞いたため、水の出るリングや火種のリングなどの駆け出し冒険者の助けとなるような魔道具を中心に取り扱う予定である。また、従業員も学園都市で募集し雇うつもりで、建物の建設はほぼ済んだ現在、ヤクダムたちが従業員の募集と開店準備を学園都市で行なっている。その従業員の生活する寮も建設し、そこの最上階はスミスカンパニー専用のフロアとなっていて、そこの一室がゲートで地下の森へと繋がっている。タローはそこを経由して学園に通うつもりであり、年2回行われる編入試験が近々行われるということなので、マリア様から推薦状を受け取ったら受験する予定となっていた。



「マスター、適当に食べ物お願いします。飲み物はネクトルで4人前」


「はいよ」


 ベントレに教会の様子を見に来ていたタローは、「宵闇亭」に昼食を取りに来ていた。タローは、ミルビと出会ったこのバーのような店をベントレに来た時は度々訪れるほど気に入っていた。

タローの頼んだネクトルとは、桃のような香りと味のする果物を使った果実水である。


「ささ、ここに座ろう」


 店に入るなり慣れた様子で注文をしたタローは、カウンターのようになっている席へと腰掛ける。


「ほら、ネキもナキも座って」


「……はい」


 タローとロシャスが座ったにも関わらず、なかなか座ろうとしないネキとナキに声をかけ、ネキは返事をしつつ、ナキは無言でロシャスの隣へと腰を下ろした。


 ネキもナキも洞窟から屋敷へ来た日以降、ライエが言った通り、みんなが何不自由なく生活していて、自分たちも生活できていることに驚き、そして戸惑いながら過ごしてきた。ちなみに他の4人はタローがドマルにお願いして奴隷契約を済ませている。


 ネキは救ってもらった上に、奴隷を一時的とは言え解放されていることがどうしても納得いかず、見た目上だけでも奴隷という立場を取りたいとタローに頼み込んだ。タローも奴隷ということが周囲に分かる方が街を歩く上でも変なトラブルに巻き込まれずに済むと考え、その願いを了承し、奴隷契約のない紋様だけを手の甲に入れている。


しかし、紋様を記したにも関わらず、未だに鱗族である自分たちのことを気にして、彼等はあまり街へと繰り出すことはなかった。


今日は、そんな2人を見兼ねたタローがベントレの街へと連れ出したのだった。


「生活には慣れた?」


 運ばれた食事を楽しみながら、タローはネキへと尋ねる。


「はい、もうだいぶ慣れました。しかし、奴隷とは思えない生活で少し戸惑ってもいます。私のような者がこんな生活してて本当にいいんでしょうか……」


 鱗族という引け目を常に感じて生きてきたネキからすると、今の不自由ない生活が、まるで悪いことをしているかのように思えてしまっていた。


「今の生活が嫌なのか?」


「い、いえ、決してそういうわけでは……」


「なら、もっと蔑まれ、痛めつけられ、傷つけられていないと自分の存在価値がわからないのか?」


 そんなネキの言葉を受けたタローは口に運ぼうとした肉を下ろし、真剣な顔でネキへと尋ねる。


「……」


 尋ねられたネキは口をつぐみ下を向いてしまう。


「鱗族は誇り高い種族だと思い込んでいたけど……違うのか?」


「……鱗族は誇り高き種族だ!」


 タローは鱗族が誇り高き種族だと勝手にイメージしていた。それはあながち間違いではなく、元々の鱗族という種族は生真面目で誇り高き種族であった。それを疑問視するような、否定するような言葉を口にすると、両手でバンっと机を叩きながら椅子から立ち上がり反応したのはネキの弟、ナキであった。


「おいおい、なんでこんなところに鱗族がいるんだよ」


 ナキの叫びを聞き、そんな声を上げながら近づいて来たのは冒険者風の大柄な男であった。その容姿を見たタローは、彼の顔をどこかで見たことがある気がしていた。


「お前らが来る様な店じゃないんだよなぁ〜…ん? なんだ、こいつら奴隷か? 奴隷が偉そうに人様の座る椅子に座るんじゃねぇ!!」


 近寄って、2人の手の甲に紋様があることを見つけた男は脅す様にカウンターを蹴り抜き、大きな音をあげ注目を集める。


「お前が主人か? ……ん? 確かお前はこの前の……」


 男がタローの顔を見て、何かを思い出す様な仕草をしていた時、店の奥に行っていたマスターがカウンターに戻って来た。


「おい、なんの騒ぎだ」


 カウンターに顔を出すなり様子を伺いながら、トラブルの中心となっている場所へと目を向ける。


「またお前か、ガイル」


「俺はなんもしてねぇ。こいつらがここにいるのが悪りぃんだろ」


 ネキとナキを一瞥してマスターへ向き直るガイルと呼ばれた男。


「こいつらも客だ。次、揉め事を起こしたら出入り禁止にすると言ったはずだろ」


 マスターはタローがいつも誰を連れてこようとも嫌がる素振りをしたことはない。それが奴隷とわかろうと、その態度を変えることはなかった。


「……ちっ。まあいい。今日は帰る」


 マスターとしばらく睨み合ったガイルは、マスターの真剣な目に耐えられなくなったのか、彼の視線から逃れる様に店を出て行った。


「すまんな、タロー」


「構いませんよ。マスターの様子からすると、彼のこと何かと目をかけてるんでしょ?」


「……よくわかったな」


 驚いた表情をし、そして苦笑いを浮かべたマスターは降参するようにそう述べた。


マスターの言動を見ていれば、彼を突き放すような言葉をかけていながらも、突き放せていないのがよくわかる。それにマスターとガイルの間には、ただの客と店主という間柄を越えた関係があるように思えた。


「昔は真面目で優しいやつだったんだがな……」


過去を懐かしむような、けれど悲しそうな顔をするマスター。


「そんな昔から知ってるんですか?」


「あぁ、俺が冒険者をしていた頃、弟子のように可愛がってたやつなんだ」


「えぇ!? 冒険者? マスターって冒険者してたんですか?」


「なんだ、見えないか? これでもAランクまで登りつめたんだがな」


 カラカラと笑いながらそう語るマスターは、40才を超えたくらいの細身の体をしたナイスガイである。


「たしかに、引き締まったいい体をしていますなぁ。それによく見れば体の動かし方は熟達の剣士のそれとお見受けします」


「おぉ、只者じゃないとは思っていたが、執事のあなたにはわかってしまいますか」


 ロシャスの言葉に笑みをこぼすマスター。


「へぇ、俺は全然気付かなかった」


 と、本気で驚いているタロー。


 そこから語り始めたマスターとガイルの過去。風のように駆け抜け、素早い足捌きと剣捌きで名の売れていたマスターに憧れたガイルが金魚フンのようにしつこく付き纏い、いつしか根負けしたマスターが色々と教えたり、世話を焼いていたらしい。


「俺が引退してこの店を開くことが決まったくらいだったかな、ガイルのやつもCランクに手が届くってところまで成長してたんだ」


その話をし出したマスターの顔は、今までの楽しい思い出話をしていた時から一転、太陽に雲がかかったように暗くなる。


「ガイルがつるんでいた仲間2人とパーティーを組んで、ブルーオーガの討伐に向かったらしいんだ」


 1体でDランクパーティー相当の強さと言われるブルーオーガ。マスターの話によればガイルの実力はCランクに届くところまで来ていた。そのことを考慮にいれればブルーオーガ1体の討伐は妥当なレベルと考えられる。


「当時のあいつらならブルーオーガ1体なんてことなかっただろう。だが、運が悪かったのか、リサーチ不足だったのか……情報通りブルーオーガ1体と思って調子に乗っていたのかもしれない」


 悲痛な面持ちのマスターは思い出したくない過去を語るように続ける。


「あいつらがブルーオーガに遭遇した時、そこには5体のブルーオーガ、そしてレッドオーガが1体いたらしい。ガイルは当時のことを多くかは語らないから正確な情報かどうかはわからないがな……」



▽▽▽▽▽



「……お、おい。はやく引こう。俺たちには無理だ」


「あぁ、そうだな……静かに、周りに注意して少しずつ下がるぞ」


 ガイルの指示で、彼のパーティーメンバーであるライトとメープはブルーオーガから目を離さないように少しずつ後退する。


ライトもメープもガイルの幼馴染。いつも一緒にいた仲間だった。そしてガイルもライトも年頃となり女気の出てきたメープに仄かな想いを寄せていた。顔も体も成長していく幼馴染をいつしか女と意識してしまっていたのだ。


「……ッ!! 後ろだ!」


 目の前のブルーオーガにばかり気を取られ、後ろへの注意を怠っていた3人に棍棒の一振りが襲いかかる。


 その棍棒の一撃をまともに受けたライトは吹き飛ばされ、腕と肋を強く打ち、意識はあるがまともに動くことができない状態へと落ちいる。


「……グゥアァァアァア!!」


 そしてそのレッドオーガの咆哮を聞きつけたブルーオーガが彼らの元へと集まってきた。


「メープ、ライトを連れて逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」


「わ、わかった!」


 ガイルは3人の中で一番腕が立つ。メープは時間を稼いで逃げてきてくれるガイルを信じ、逃げることを選択した。


ライトに肩を貸して森の浅い方へと向かっていくメープを視界の端で見送り、ガイルは剣を構える。


そして棍棒を振り回す巨体のレッドオーガの注意を引き、棍棒を避け、受け、切り込み、ギリギリの攻防を続け足止めに成功する。


 ガイルはそんな自分を殺そうとブルーオーガたちも集まってくると考えていた。師匠と崇め、先日引退したAランク冒険者ハルクに叩き込まれた足捌きで、なんとか6体を翻弄し、隙を見て自分も逃げ出すつもりでいたのだった。


「グガァー!!」


 レッドオーガは近くまで集まってきたブルーオーガに向かって吼えると、ブルーオーガはガイルを無視して背を向け逃げて行ったメープとライトに向かっていく。


「……!! おい! そっちじゃねぇだろ! お前らの相手は俺だ!!」


 ガイルはレッドオーガを相手取りながら大声で叫ぶが、その声はブルーオーガの進行を止めることはできず、複数の青い影はガイルを無視してどんどん彼の後ろへと流れていく。


「ちっ! くそ!」


 ガイルは悪態をつくと、レッドオーガの一瞬の隙をつき、その土手っ腹に蹴りを入れ距離を取る。レッドオーガとの間に、ほんの少しの距離ができた瞬間、後ろを向き、ブルーオーガの後を追う。


「きゃー!!」


 メープの悲鳴を聞き、焦燥感にかられつつ、その足をひたすら動かして前へ前へと突き進む。


 そして青い巨体が見えた時、その腕には、よく知る男が足を掴まれ逆さにされているのが目に入る。腕は千切られ、ブルーオーガの1匹はなにかを咀嚼していた。まだ、意識があるらしい男は、足をバタつかせ、近くガイルを見つける。


「逃げろガイルーー!」


 その叫びが最後、彼は逆さ吊りのまま頭をブルーオーガの口へと運ばれ、首と胴が離れた瞬間、ブルーオーガが赤く染まるほどの真っ赤な血を吹き出した。


「……あぁ!!!!!」


 訳が分からなかった。


なにが起きたのか理解ができなかった。ガイルは目の前で起きた事に頭がついていかず、立ち止まりそうになる。


「ガイル逃げて! 私はいいから逃げて!」


ライトに守られていたのか、ガイルから見えるメープは地面に倒れているが、手を突き、上半身だけ起こしたその体には大きな傷が見えなかった。


立ち止まりそうになった足を再び動かし、メープへ向かって全速力で向かうガイル。


しかし、その時後ろからレッドオーガに投げつけられた棍棒に背中を打たれ、衝撃で前へと倒れこむ。


それでも止まることはできない、メープだけでも助けなければ……それだけを考え、ガイルは体を起こそうと手を突きメープの方へと視線を向ける。

だが、体が思うように動かない。背中から受けた衝撃は、予想以上にガイルの体に影響を与えていた。

痛む体に鞭を打ち、立ち上がろうとするガイルの目に、メープの顔が映る。そのメープへ手を伸ばすブルーオーガ。間に合わない……そう思ったガイルはがむしゃらに手に持っていた剣を投げつけるが、ブルーオーガに届くことはなかった。

そしてそのブルーオーガに頭を掴まれ、持ち上げられたメープ。


そのメープの体からは下半身が失われていた。大量の血をドボドボと落としながら持ち上げられた上半身だけとなっていたメープ。ブルーオーガの手の隙間から見える顔には泥にまみれて涙が流れていた。それでもガイルをまっすぐと見つめ、逃げて、逃げてガイルと叫び続けている。


「……あぁ……」


 ガイルは声も出なかった。


ただ、目の前でブルーオーガに引き千切られ、貪られるメープを見ることしかできなかった。


 目の前でなにが起きているのか……彼の目には時間がスローモーションになったと錯覚するかのごとく、ゆっくりと咀嚼されるメープと思われる肉片とブルーオーガの姿が写り込んでいた。


走馬灯のように流れる記憶。


メープの笑顔。


ライトと殴り合いをするほど喧嘩した日々。


いつも一緒いた2人が目の前で魔物の腹へと吸い込まれていく。


「……あぁぁ!!!!」


立ち上がれない自分の不甲斐なさが、オーガに遅れを取った未熟な自分が……声を上げて、とめどなく流れる涙が視界を霞めるが、2人を食べ終わったブルーの影が自らに近寄ることを認知する。


後ろから近づく振動と咆哮、そして足音がレッドオーガの接近を、そして自分の命の灯火が消えようとしていることを理解させる。


体を起こすことを諦めたガイルは、その体を地面に預け、守り切れなかった2人に謝罪し、楽しかった日々に思いを馳せる。



 そして、ガイルは意識を失った。











お読みいただきありがとうございます。



申し訳ございませんが、次回更新も未定です。



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