1話
「んっー……んん?」
目を開けたらそこは雪国だった。
と思ったが、寒くないし、真っ白な空間か? 地面に横になってる感覚もない……浮遊感ってやつだ。
「えぇ……なにこれどうしたこれ」
とりあえず体を起こし、周囲を確認するが自分の置かれてる状況がいまいち理解できなく、唖然とする。
その時、突然後ろになにかの気配を感じ振り向くと、そこにはじいちゃんが立っていた。
「ふぉっふぉっふぉっ。久しいのぉ、太郎。覚えておるかの?じいちゃんだぞ」
人のいい朗らかな笑みを浮かべたじいちゃんが声をかけてきた。
「じいちゃん!? なんでじいちゃんがいるの? じいちゃんは俺が小学校に入学する前に死んじゃったんじゃ……ってことは、あれ? まさかここ天国か!?」
死んだはずのじいちゃんが目の前にいることで軽くパニックに陥る。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ太郎。ここは天国ではないぞ。なんと言ったらいいかのぉ……天国一歩手前ってとこかのぉ」
「え? ってことは俺は死にかけ? それとも死んじゃった?」
「まぁまぁ、慌てるでない。落ち着きなさい」
パニックから立ち直りつつも混乱している太郎に、2度も落ち着けと声をかけ、じいちゃんは今の状況を説明してくれた。
「太郎は少し前に自分がなにをしていたか覚えているかい?」
「ん?学校終わって、帰る途中にコンビニに寄って……あっ。そうだ、隣の家のさっちゃんが道を渡ってるとこにすげー勢いで走ってくる車が見えて、これはやばいと、とっさに飛び出してさっちゃん突き飛ばして……もしかして俺ひかれた?」
「そうじゃ。さっちゃんを助けようとして代わりに突っ込んできた車にひかれてしもうたんじゃ。おかげでさっちゃんは擦り傷だけで無事じゃったぞ」
そう言ってじいちゃんは優しく微笑んだ。
「そっか、さっちゃんが助かったならよかった。でも俺がここにいるってことは、俺は助からなかったんだな」
「うむ。そうなのじゃ。太郎は即死でな、助かる余地がなかった」
「まあ、天国へ行くか地獄へ行くかわからないけど、ここで最後にじいちゃんに会えて話せてよかったよ」
悲しい顔をしたじいちゃんを見て俺は胸が苦しくなったが、ここでじいちゃんに会えたことが嬉しく、笑顔でそう言った。
「しかしのぉ、まだ15歳じゃぞ? 早すぎる。早すぎるのじゃ。」
じいちゃんは心底悲しそう呟いていた。
「まあ、最後に人を助けることができたし、みんないつかは死んでしまうんだから仕方ないさ」
自分の置かれた状況を理解できたし、変わることのない事実を受け入れることで冷静になれた。
「そこでじゃ、太郎。お主異世界へ行かぬか?」
「……へっ!?」
唐突すぎる提案にまたしても思考を停止せざるを得ない。
「実はのぉ……じいちゃん神様なんじゃ」
「……はい!?」
さらなる驚きの発言にもはやどんな反応をしていいのかすらわからない。
「おーい。おーい、太郎さんや。大丈夫か?」
「えっと……俺が転生して、じいちゃんが神様で、俺は死んじゃったから……」
「ふぉっふぉっふぉ。面白いほど狼狽しておるのぉ。順を追って話すからよく聞きなさい太郎」
そう言われて、無言でコクコクと頷く。
「以前、じいちゃんは人の姿で地球の日本に遊び行っておった。その時、ばあさんに惚れてしもうてなあ。それでお付き合いするようになって、太郎の父親である隆ができてしもうたもんじゃからしばらくは地球で生活することにしたんじゃ。」
なんとも信じがたい驚きの事実をニヨニヨしながら話すじいちゃんを、俺は無言で見つめることしかできなかった。
「それでまあ、普通の人として生活して、隆も結婚して太郎が生まれたんじゃ。初孫の太郎が儂は可愛くて可愛くて食べてしまいたいくらいだったぞ。目に入れても痛くないとはまさにこのこと!」
「えぇー!俺神様の孫だったの?」
衝撃的な事実である。
「まあ、神の孫じゃが、地球で生活していた頃の儂は普通の人として存在していたから、その辺は周りの人間となんも変わらんがのぉ」
「神様の孫でもなんの孫でもじいちゃんの孫に変わりはないってことか」
そう納得してしまえばとくに深く考えることない。じいちゃんの孫に変わりはないのだ。
「うむ、そうじゃ。でも儂も神としての仕事をサボってる時間が長すぎてのぉ……太郎が小学校に入学する直前に神の住まう領域に呼び戻されてしもうたんじゃ。儂の上司怖いんじゃ。とほほじゃ。」
「じいちゃん、仕事サボって地球に来てたのかよ!」
「たまには息抜きも必要じゃぞ、太郎。」
息抜き長っ!
うんうんと、したり顔のじいちゃんはなかなかファンキーなようだ。
「それでじいちゃんは死んだことになってこっちに帰って来たってわけか」
「そうじゃ。それでこっちでブラブラしていたら、太郎の魂がこちらに向かってくる気配がしてのぉ……何事かと思って様子を見てみたら事故にあって死んでいるじゃないか」
……サボってばかりの神様だ。
「そこで、魂が完全に登ってしまう前にここに留めて今に至るというわけじゃ」
「そうだったのか。俺久々にじいちゃんに会えて嬉しいよ」
じいちゃん子だった俺にとって、ここでじいちゃんに会えたことは本当に嬉しいことであった。
「それでじゃ、儂の可愛い可愛い孫が、生まれて15年で死んでしまうなんて儂は耐えられん! 耐えられんのじゃ! だから、異世界行ってみぬか?」
「それでさっきの提案になるわけか……異世界ってどんなところなの?」
「地球とはなかなか異なる世界じゃな。わかりやすく言えば、科学などはほとんど発達してはおらぬし、文化も今の日本とはかなり異なる。科学の代わりには魔法がある。あとは人間以外にも亜人と言われる種族や、魔物が多く存在しておる」
「……行かないという選択肢は俺の中になさそうだよ、じいちゃん」
即答である。
ファンタジーを夢見る男にとって、まさに夢のような世界。剣と魔法の世界だ。
「そうかそうか、行ってくれるか。では向こうの世界についてもう少し話して転移してもらおうかの」
終始軽いノリのじいちゃんはそう言って嬉しそうに微笑んだ。
――
2018.9.23 編集