6話
よろしくお願いします
ゴーレムはその勢いを弱めることなく店内を我が物顔で暴れ回る。被害がないとはいえ、目の前で起きる一方的な暴力に店内はすでに混乱の渦に陥っていた
「どうやら、魔法少女は恐れをなしたようね」
一向に現れない魔法少女にナイトラヴァーは痺れを切らす。このままここにいても意味がない。MG5による結界を解く方法は二つある。一つは結界が張られる前に行動を起こす事だが、MG5の反応はまるでこちらの行動を読んでいるかのように早い。もう一つは魔法少女を倒すことだ
以前に一度だけ、西日本方面の仲間が魔法少女を打ち破った事があった。それと同時に結界が解けたという事例があるのだ。どういう原理かはわからないが、恐らくMG5は魔法少女を起点として結界を張っている可能性があるのだ
「仕方ないわね。今日は退くとしましょう」
「そこまでよ!!!」
店内に凛と響く可憐な声
「誰!?」
ナイトラヴァーは声のする方を振り返った
「これ以上の狼藉は許さない!! 私が相手よ!!」
そこに居たのは赤を基調にした服を纏う魔法少女だった。赤色の乙女と言ったところか
「やっと現れたわね」
見慣れない魔法少女に一瞬、焦るがナイトラヴァーは不敵に笑うと手を陽奈へと向ける
それを合図にどこからともなく土塊の人形が身を起こした
「さあ、ドール達! あの者を打ち倒しなさい!!」
ナイトラヴァーの掛け声と共にドール達が一斉に陽奈に襲い掛かる
「きゃ!?」
一斉に襲いかかられた陽奈は驚きながらも間一髪のところでそれを避ける
「ちょ……危ない!?」
その姿はお世辞にも華麗とは言い難い行動だった。迫り来る敵の攻撃を陽奈は必死に避けていた
——ッガリ!!
『なにをやっているにゃ』
マチがドールに襲いかかり、顔を引っ掻くと振り返る。そして呆れた顔で陽奈を見つめた
「見ればわかるでしょ!」
必死に避けているのに、なにをやっているのかとはとんだ言い草だ。陽奈はムッとして顔をむくれさせる
『魔法少女は身体能力も向上しているにゃ。赤色の乙女にかかればこんな奴ら目でもないにゃ』
「そ、そうなの?」
『さっさと片付けるにゃ!』
マチの言葉に半信半疑ながらも陽奈はドールに視線を移した。ドールはまるでどこかのゾンビのようにこちらへとにじり寄る。その動きは鈍いが、間合いに入った瞬間に一気に速度を上げてこちらへと襲いかかってくる
その動きは想像以上に俊敏なのだ。とはいえ、それでも敵の動きは見えていた
「でも……」
その前に間合いに入って倒せば……
陽奈は腰を落とし、ぐっと足に力を入れると地面を踏み抜いた
「やあああ!!」
右手に宿った炎がまるで蛇のように残像を残し、そしてドールへと襲い掛かると瞬く間に炎の蛇に飲み込まれた
『その調子にゃ』
「すごい、これが私の力……」
振り返り、崩れたドール達を見下ろしながら陽奈は自分の力を確信した
「いい気にならないで!」
『上にゃ!』
自分の力に酔いしれていると影が陽奈を包み込んだ
——ッドン!!
陽奈の頭上からゴーレムの腕が振り下ろされた
『っ!?』
「っち! 逃げられたっ!!?」
ナイトラヴァーは悔しそうに右を見る。そこには間一髪のところで避けた陽奈がいた
「あっぶないっ!?」
「ドール達では相手にならないようね。ならばっ!!」
ドール達よりも巨大なゴーレムが陽奈へと襲い掛かる
「燃えちゃえ!!!」
先ほどと同じように、陽奈は足に力を入れその間合いを一気に詰める
——ッドン!!
炎の蛇がゴーレムに襲いかかるが、その感触は先ほどのそれとは明らかに違う感触だった
「くっ!? 硬い!」
ドールとは違い、傷一つ付いていないゴーレムに陽奈は顔を歪める
「今度はこちらの番よ!!」
気がつけば数体のゴーレムに囲まれていた。陽奈は一転して回避に回る。その姿からは想像もつかないほどの速さで振り下ろされるゴーレムの腕を必死で避ける
「ふふふ、モグラ叩きね。いつまで逃げられるかしら?」
ナイトラヴァーは不敵に笑い皮肉を言うが、その声は陽奈には届かない。避けるのに必死だったのだ
——このままじゃ……
『特技にゃ!』
マチの声に陽奈はハッとする。野口から聞いた特技ならばこの状況が打開できる
「オープン!!」
視界にリストが表示される
「えっと、特技を使うときは……」
野口に教わった事を必死に思い出す
「まずは一覧を開かないと……アクセス!!」
リストの項目が入れ替わり、見慣れない文字とその横に数字が表示されている
「四つある……ええっと……え!? うそ……」
リストを見た陽奈は愕然とする。いくつかある特技はそのいずれもが必要とするニャーゴが十以上なのだ
特技を使用するにはニャーゴがいる。陽奈が現在持っているニャーゴは九だった。変身ですでに一ニャーゴ使用している
「どうしよう……」
『なにしてるにゃ!』
「使えないんだってば!!」
急かすように叫ぶマチに苛立ち、陽奈は負けじと叫ぶ
「余所見とは余裕じゃない」
「っ!?」
——ドスッ!!
死角からゴーレムの腕が襲いかかり、陽奈の脇腹に命中する。思っていたほど痛くはないが、吹き飛ばされた衝撃で陽奈の戦意が削がれる
(どうすれば……)
「ここまでのようね。覚悟しなさい!」
振り被られたゴーレムの腕は、陽奈を目掛けて一気に振り下ろされる
——ッグシャ!!
物言わぬ巨人の腕は鈍い音と共に全てを押し潰す
「やったわ。さあ、これで……っ?」
結界が解除されるはず——
だが、一向にゴレームの体が周りに影響を与えることはない
「あれ……? どうして? 魔法少女を倒せば……」
ナイトラヴァーは顎に手を当て考え込む。他になにか条件があるのだろうか?
「誰を倒したって?」
「誰!?」
背後から聞こえた声に思わず振り返る。そこには、先ほど倒したはずの魔法少女と、新たな二人の魔法少女が立っていた
「間一髪ってところね。大丈夫?」
黄色を基調とした魔法少女——葵が陽奈に手を差し伸べる
「あ……ありがとう……」
「こんなのが魔法少女だなんて、世も末ね」
陽奈に対し冷たい言葉を投げかけるのは緑を基調とした魔法少女だった
「あ、あの、ありがとうございます。えっと……?」
初めて見る魔法少女に陽奈は戸惑う
「足手まといだから隅っこに隠れてなさい」
「あとは私達に任せて」
そう言うと陽奈を置いて二人の魔法少女はナイトラヴァーへと近づく
「ふん、増援ってわけね。いいわ。まとめて倒してあげる」
新たな魔法少女の出現にナイトラヴァーは不敵な笑みを浮かべ、手を前に伸ばす。すでに一人の魔法少女を追い込んだのだ。今更増えたところで自分の敵ではない——そう思っていた
「甘いわね」
緑の魔法少女が動く
「刀耕火種!!」
無数の種がショットガンの様にゴーレムを襲う
「きゃっ!」
種はナイトラヴァーにもヒットした。その反動でゴーレムから滑り落ちる
「アースシャベリン!!」
それに追い打ちをかける様に葵が土の槍を飛ばした
「くっ!!」
落ちながらもナイトラヴァーはゴーレムを操り、土の槍をゴーレムの腕で防御する
「とどめよ! 疾風勁草!!」
どこからともなく一陣の風が巻き起こる。次第に風は敵を取り囲む。すると、風は徐々に緑に色づき始めた。無数の葉がまるで刃の様に敵を切り刻んだ
「くっ!! 次はこうはいかないわ!」
小さな竜巻の中から、負け惜しみにも似た声が響く。風は次第にその力を弱めていくと、風が止んだあとには土の塊だけが残されていた
「ふん……こんなもんね」
緑の魔法少女はそう吐き捨てると、ジロリと陽奈を見つめる
「すごい……」
その実力を目の当たりにした陽奈は感嘆のため息を漏らす
「ふん……」
緑の魔法少女はプイッと顔を背けるとその場を去って行ってしまった
「あ……」
「大丈夫?」
葵が陽奈に話しかける
「あ、はい。助かりました。あの、今の人は?」
「緑の乙女よ。少し人見知りする子だから、いずれちゃんと紹介するわ」
「離れてください!」
男性の叫ぶ声が聞こえ振り向くと、ゴーレムが倒された場所には数人の軍隊の様な格好をした人が立っていた
「回収班がきたのね」
「回収班?」
「前にも言ったと思うけど、私達はニャーゴを作ることはできないの。だからああやって倒した敵からニャーゴを回収するのよ」
「へー」
その様子を見ていると、その奥でニャーゴ回収を興味津々に見ている健太達の姿があった
「あっ!! いけない! 私、友達と来てて……」
「早く戻った方がいいわね」
葵はにこりと笑う
「あの、本当にありがとうございました」
陽奈は慌てながら頭を下げその場を後にした
「いやー、いいもんみれたなー」
健太は興奮冷めやらぬと言った様子で呟く。先ほど起きた戦いでは目の前で戦う魔法少女が見れたのだ。それも三人も同時というのは見たことも聞いたこともない
「やっぱ黄色の乙女は可愛いよなぁ。緑の乙女はちょっと、取っ付きにくい感じがするけど」
「赤い魔法少女もいたな」
そんな健太に陽平が話しかける
「あー、いたな。初めて見るけど、ちょっと頼りない感じだったな」
「そうか?」
「だって、ゴーレムに襲われた瞬間にグダグダになってたじゃん。あそこはこう華麗に避けてズバッと必殺技決めてくれないとなぁ」
——ッバシ!!
「いって!!」
健太が振り返るとそこには手を振り抜いた陽奈が立っていた
「なにすんだよ!」
「ごっめーん! 思わず……」
そう言い、陽奈は顔の前で手をあわせる。三人の声が聞こえ、近くに寄ってみれば自分の悪口をいっている健太がいたので、思わず手を出してしまった
「ったく、随分でかいのが出たのか? 遅かったじゃねぇか」
「っんな!!! バカじゃないの!!!」
そう言いもう一度健太の頭をひっぱたく
「いってぇ!!」
「まあまあ、そんなことより、早く帰らないと勉強する時間がなくなるよ?」
そんな二人を宥める様に陽平が言う
「お、そうだった! こうしちゃいられねえ! 今度こそ赤点回避しないと!」
「あ、ちょっと健太!」
駐輪場へと走る健太を三人は慌てて追いかけていった
「ひとまず、第一関門は突破といったところかな?」
男は壁にもたれ掛かりながら、呟く
「ええ、上出来ね。後はアイツが上手くやってくれるでしょう」
角の向こうにいる女が応える
「お前の方は大丈夫か?」
「こちらはまだ様子見よ。あまり急いで失敗したら目も当てられないわ」
「そうだな。失敗は許されない。だが、あまりゆっくりもしていられないぞ?」
「わかってる。ちゃんと間に合わせるわ」
「上への報告はこちらでしておく。なにかあればすぐに連絡しろ」
「ええ、わかったわ」
女はそう言うとその場を離れていった
「さて、彼女は我らのお姫様になるかどうか……なってもらわないと困るんだがな」
男は暗闇に溶けるように消えていった