5話
よろしくお願いします
「おい、お前ら」
中間試験を来週に控えた金曜日は午前で授業が終わり、皆、試験勉強の為に早々と帰宅していた。実際に試験勉強に当てる生徒がどれぐらい居るのかは定かではないが、一人は今日で一気に暗記してしまおうと考え、試験の為の授業短縮を悪い意味で有効活用しようとしていた
その一人とは、もちろん陽奈である。陽奈は授業が終わると同時に絵里に話しかけ、個別教師を捕まえる事に成功したのである
「なによ。私達、忙しんだから、用があるなら手短にね」
残された時間は少ない。一秒でも無駄にはできないのだ
「どうせ、松田に試験勉強教わるつもりだろ?」
「な、なによ。悪い?」
図星を衝かれた陽奈は申し訳なさそうに健太を見る
「いや。実は俺もやばい……」
「混ぜて欲しいの?」
「んー、というか、前回、お前がバックれたせいでオジャンになった勉強会を開催し直そうかと思ってさ」
「バックれてなんかいないわよ!」
「じゃあ、どこ行ってたんだよ」
「それは……」
西本市のスーパーで襲われた後、MG5で魔法少女になりました——などとは、口が裂けても言えない。結局、陽奈が勉強が嫌で逃げた……という事になっているのだ
「もう! それで!? 前回がどうしたって!?」
陽奈は半ば逆ギレ状態で返答する
「いや……だからさ、今日、陽平捕まえてるから、俺ん家で勉強会しようぜ」
「いく!!」
間髪入れずに陽奈が同意する。中間試験は土日を挟んで来週行われる。今日を逃せばあとは一人で勉強するしかない。もちろん陽奈は土日も勉強しようとは思っていたが、うまく行くとは限らないのだ。家には誘惑が多すぎる
「お、おう。随分、やる気だな。なら、行こうぜ」
陽奈達は手早く荷物を纏めると、陽平が待つ校門へと急いだ
西本市の大型スーパーは前回訪れた時と同じように、人はまばらで、閑散としていた。例の如く、陽奈達は勉強を前に飲み物やちょっとしたお菓子を買いにやってきたのだ
「なんかデジャブだよな」
飲み物を手に取った健太がポツリと呟く
「前回は大変だったからね」
頷きながら陽平が同意した
「そんな事を言ってたら、また警報が鳴ったりして」
からかうように絵里が笑う
—ゥウウウウウウウゥゥゥ……!!
けたたましく鳴り響くサイレンの音に全員がビクリと体を硬直させる
「うそだろ……」
前回と違い健太は青褪めた顔をしている。まるで再放送の番組を見ているかのように同じ状況が目の前で起こっていた
『緊急警報発令。西本市全域にて緊急待機警報が発動されました。屋外にいる方は至急最寄りの屋内へと避難してください。繰り返します……』
感情の篭っていないアナウンスがひどく冷たく感じる
「奥に避難しよう。前みたいに何かあったらまずい」
陽平が冷静に提案する
——ッドーン!
突如、スーパーの中央付近で大きな音が鳴り響いた
「地球を貪り食らう地球人共! 今日こそはこのナイトラヴァーが粛清してくれるわ!」
前回の悪夢が再び蘇る。巨大なゴーレムが現れ近くにいた市民が悲鳴を上げる
「……ちっ! MG5の仕業ね。結界が張ってある!」
ゴーレムの肩に乗っていた少女が舌打ちをしながら言う
「お、おい! あれ……」
その少女に気づいた健太が少女を指差す。少女は黒く輝く長い髪をたなびかせ、白い仮面で顔を隠していた。黒のロングコートを羽織り、その下には体のラインがわかるほどフィットしたスーツのようなものを着ていた。胸元が大きく開いており、黒で統一された風貌で、唯一見えるその透き通る肌に自然と目が胸元へと行ってしまう
「秘密結社の女幹部か? 結構、可愛いんじゃね?」
「はぁ!? ちょっと健太! 何言ってるの!?」
陽奈と絵里が驚いた顔で健太を凝視する。この状況でこの男は何を言っているのだろうか
「え? いや、でもよ……」
「はあ……これだから男子は……」
陽奈は呆れたように首を振る
「し、仕方ないだろ!!」
『朝比奈さん! 聞こえる!?』
「え!? はい!?」
突然、聞こえた自分を呼ぶ声に陽奈は驚く。それを見ていた健太達までもが驚いたように陽奈を見つめていた
「ど、どうしたの? 陽奈ちゃん」
怪訝な様子で絵里が陽奈に聞いてきた
「え? 声?」
陽奈の言葉に三人は一層、怪訝な表情を見せた
『朝比奈さん。落ち着いて、これはあなたにしか聞こえていないわ』
その声はどこか聞き覚えのある声だった。以前にも聞いた大人の女性の声……声の持ち主は野口だった
「あ、あはは、ごめん。空耳だった」
状況を理解した陽奈は誤魔化すように三人に苦笑する
「おいおい。大丈夫かよ」
「うるさいわね!」
『今、そこに敵がいると思うのだけれど・・葵はまだ駆けつけられそうもないの! だから……』
その次の言葉がわかった陽奈はごくりと唾を飲み込んだ
『あなたが戦って!』
——遂に来た
陽奈はぎゅっと拳を握り締める。皆の為に私が戦うんだ。私にはそれができる!!
「ご、ごめん!」
「お、おい! どこいくんだよ!」
突如、立ち去ろうとする陽奈を健太が呼び止める
「え? あ、その……あの……」
今から魔法少女に変身してあいつを倒すなどとは言えずに陽奈はしどろもどろになる
「あっ……なるほど、わ、悪かったよ」
そんな陽奈を察して健太が一人納得する
「え、な、なによ?」
まさかバレたのだろうか……そんなはずがないと陽奈は思いつつ、だが、健太は時折、鋭い指摘をすることも知っていた
—もし他人がその事実を知り得た場合、最悪、魔法少女としての権利を全て剥奪されるわ
野口の言葉が脳裏に過る
「我慢してないでさっさと行けよ。漏らされても困るし」
「はあああぁ!?」
——ッドーン!!!!
「出てきなさい! MG5の手先め! 正々堂々勝負しなさい!」
ナイトラヴァーと名乗った少女がゴーレムを使い、辺り構わず暴れている。もちろんそれによる被害はない。だが、時間の問題の可能性もある。事実、前回安全なはずの陽平が人質に囚われたのだ
この際、トイレでもいいやと陽奈は再び走り始めた
トイレの奥の個室へと入ると陽奈は呼吸を整える。あれからこの魔法具を一度も使っていないのだ
『落ち着くにゃ』
突然、話しかけられた陽奈は心臓が飛び出そうなほどびっくりして跳ね上がる
『なにを驚いてるにゃ』
目線を落とすと、便座のフタの上にはマチがいた
「ど、どこから出てきたのよ。家にいたんじゃないの?」
『細かいことはいいにゃ。それより、早く変身するにゃ。陽奈の初陣にゃ』
「う、うん」
一層高鳴る鼓動を抑えるように陽奈は胸に手を当て、大きく深呼吸する
「オープン」
陽奈の視界にリストが映し出される
『キーワードは覚えているかにゃ?』
マチの言葉に陽奈は力強く頷く
『なら、変身にゃ!』
「メイクアップ!!」
陽奈の体からまばゆい光が迸る。暖かい光はその体を優しく持ち上げた。陽奈はその光に身を委ね体の力を抜いた
光は陽奈の体に纏わりつき、次第にその姿を現した
『成功にゃ』
その一部始終をみていたマチが満足げに言った
「これが魔法少女……」
赤を基調とした服装を身に纏った陽奈は自分の姿を確かめるように身を捩る
『そうにゃ、赤色の乙女にゃ!』
気がつけばマチの顔にも赤色の仮面がついていた
「赤色の乙女……」
『さあ! いくにゃ!』
「うん!!」