3話
よろしくお願いします
目がさめるとむき出しの蛍光灯が煌々と光り、背中から痛みが伝わってきた。状況を確認するように陽奈は首だけを動かし周りを確認する
「私の……部屋じゃないよね」
見慣れない天井を見た時点でわかっていた事だが、辺りを見回す事で確信を得る。殺風景な部屋はこれといった家具もなく、病院の一室のような雰囲気だった
「どこだろう……ここ」
先ほどまで、西本市のスーパーにいたはずだった。それなのに気がつくと見知らぬ部屋で寝ていた
「みんなで買い物に行って……そしたら警報がなって……っ!?」
徐々に思い出されるあの時の事。何が起きたのかを陽奈は覚えていた
「皆のところに戻らないとっ!」
慌ててベッドから降りようとする
——ッガチャ
「あら、気がついたのね」
扉を開けて入ってきたのは一人の高校生だった。というのも制服をきていたので、すぐに高校生だとわかったのだ。陽奈は見覚えのある制服を見ながら、どこの制服だったろうかと考え込む
「大丈夫? 無理はしないでね? 横になってていいのよ」
陽奈の体を心配してくれるその少女は、同性の陽奈から見ても見惚れてしまうほどの美少女だった
「あ……沖女の……」
思い出したように陽奈が呟く。低沖女子高等学校。県内トップの進学校だ
「初めまして。低沖女子高等学校三年の柊葵よ」
にっこりと微笑みながら葵が自己紹介をする
「あ……は、初めまして! 県立聖コスモス高校の朝比奈陽奈です!」
陽奈は立ち上がり頭を下げる
「ふふふ、そんなに堅くならなくてもいいのよ?」
「あ、あの! ここは……? 私、友達が……!」
聞きたい事が多すぎて自分でも要点を得ていない事がわかる
「大丈夫。落ち着いて」
そんな様子を見た葵は陽奈に近づくと優しい声で宥め、ベッドに腰掛けるように促す。陽奈が座るのを見ると、葵は近くの丸椅子に腰掛けた
「混乱しているのはわかるわ。でも……すぐには帰れないの」
「っ!? なんでですか!?」
「あなたは魔法少女になったのよ」
突然の言葉に陽奈は言葉を失った。魔法少女? 魔法少女ってあの魔法少女のことだろうか?
「覚えてない? あなたが私を助けてくれたのよ?」
助けたという言葉に陽奈は陽平の事を思い出す
「小鳥遊君っ!?」
思わず立ち上がりそうになったのを葵に制止される
「大丈夫って言ったでしょ? おそらく、ゴーレムに捕まっていた子の事よね? 彼なら大丈夫。あの後、事後処理班が来てちゃんと対応してくれたから」
陽平が無事という言葉に陽奈はひとまず胸を撫で下ろした
「魔法少女って……?」
思い出したかのように陽奈は葵に聞き返す
「その事だけど、今からちゃんとあなたに説明するわ。ついてきてくれる?」
葵は席を立ち上がると扉へと手をかけ、陽奈の方を振り返る。特に拒否する理由もない陽奈は無言で頷くと葵の後をついていった
案内されたのはどこかの会議室のようだった。丸テーブルとそれを囲うように複数の椅子があり、数人の男女が既に座っていた
「よく来てくれたね。さあ、座ってくれたまえ」
正面に座る白髪の男がにこやかに告げる。それを受けた葵が手前の椅子を引くと、目で陽奈に合図をするので、促されるままに陽奈は椅子へと着席した
「さて、色々と混乱していると思うが、最初から説明するので落ち着いて聞いてほしい。わからない事があればなんでも聞いてほしい」
白髪の男性の言葉に陽奈は頷く
「まずは・・・我々だが、MG5とよばれている団体だ。知っているかね?」
MG5は魔法少女の組織の通称だ。国の直営で、かつてはかなりの数の魔法少女を要しており、その中でもめまぐるしい活躍をした五人の魔法少女を指してMG5と呼んだ。それがそのまま組織名として定着したのだ。だが、現在では数名の魔法少女のみが属して活動をしている
というのも、いつからか魔法少女をアイドルと勘違いした輩が増え、品性の欠ける行動が目立った時期があった。その為、国では素質のある者の管理のみを行い、新たな魔法少女育成を取りやめたのだ
現在では数名の魔法少女が活動を行い、新たな魔法少女への着任は厳正な審査を経てのみなれるといった状況だった
既に社会において周知されている事実であり、陽奈もその組織については知っていた
「現在ではそこの柊君と他の八名が魔法少女として活動をしている。関東近辺では柊君と他二名のみだ」
男は、はははと苦笑する。「自己紹介がまだだったね」
「私はMG5の代表をやっている佐々木茂と言う。代表といってもただのお飾りみたいなものだがね。実質の決定権はこちらの中村がやっている」
「中村徹です。宜しくお願いします」
佐々木の隣に座る初老の男性は座ったまま頭を下げた。優しそうな印象をしており、女子高生の自分にも頭を下げる辺り、きっと良い人なんだろうと陽奈は考えていた
「こちらは井上君だ。主に対外的な事をやってもらっている」
佐々木は反対に座る女性に手を向けた。こちらも中村と歳が近いようだった
「広報の井上由美です。よろしくね。朝比奈さん」
にっこりと笑って挨拶をする井上も優しそうな印象だった
「最後に野口君だ」
中村の隣、一番端に座る女性を見ながら佐々木が言う
「野口裕子です。主に皆さんの体調管理や待遇面を見ています」
野口は一番若いであろうと容易に想像できたが、陽奈からすれば十分年上の印象だった。髪を頭の上でまとめており、キャリアウーマンという言葉がしっくり来る
「朝比奈陽奈です。よろしくお願いします」
何を宜しくするのだろうかと内心思いながらも陽奈も頭を下げた
「さて、我々の組織の説明をしたから薄々感づいているかもしれないが……君がここにいる理由はそういう事だ。君も魔法少女になったのだよ」
「あの……いきなりそう言われても……」
「困惑するのも当然だ。というか、我々も困惑しているのだよ」
そう言いながら佐々木は腕組みをする
「先ほども言ったように、魔法少女の素質がある子は少なくない。だが、実際に魔法少女になるには厳正な審査を経てなれるのだ」
そんな審査をいつ受けたのだろうかと陽奈は首を傾げる
「もちろん、君は審査を受けていない」
それはそうだと陽奈は頷く
「だが、既に君は魔法少女だ。……これはどういう事なのかな?」
佐々木はそう言うと葵へ目配せした
「私にもわかりません……あの時、既に朝比奈さんの傍には使い魔がいました」
「ううむ……その使い魔に聞いて見るしかないか。今、どこにいるのかね?」
「使い魔……?」
なんの事だろうかと陽奈は葵を見る
「私達にはそれぞれ使い魔と呼ばれる猫が付いているの。その子達が色々とサポートしてくれる。ね? ラグ?」
『そうね』
いつの間にか葵の膝の上には毛並みの美しい猫が乗っていた
「え? しゃ、喋った……」
言っていて今更感はあるが思わず陽奈は言葉にする
「彼女の使い魔がどこにいるか知ってる?」
葵は膝に乗っている猫の背中を撫でながら問いかける
『そこにいるわよ?』
不意に足に重みを感じた陽奈は目線を自分の膝へと向ける、気づけば一匹の猫が陽奈の膝の上に乗っていた
「え!? あ!? あの時の!」
その姿を見た陽奈は思わず叫ぶ。誰がどう見ても短い手足、それが妙に可愛らしい猫だった
『大声出すにゃ』
まるで我が物顔で膝に乗り、顔の掃除を始めるその猫はどこか太々(ふてぶて)しい
「え……? あ、うん、ごめん」
『次からは気をつけるにゃ』
なんで私が怒られるんだろうと、陽奈は首を傾げた
「うぉほん!」
佐々木が咳払いをする。「ちょうど良い。君に聞きたい事があってね。君の名前は?」
『マチでいいにゃ。名前なんてどうでもいいにゃ』
「ふむ」
陽奈はそのやりとりを見て、おや? と疑問を感じた。このマチという猫は使い魔なのだから、MG5で世話をしているのではないのだろうか?
「君は使い魔のようだが……?」
『そうにゃ』
「だが、我々の管理下にない使い魔はいないはずだが……」
『そっちの管理ミスにゃだけにゃ』
どうしたものかと佐々木は隣に座る中村を見る
「ラグさんもその……マチさん? の存在はご存知ないのでしょうか?」
中村が葵の膝の上に乗るラグに水を向けた
『知らないわね。さっき初めて会ったし』
ラグは葵の膝の上からマチを見据えている
『細かい事はいいにゃ。それより、陽奈が魔法少女になった理由が知りたいんにゃないのかにゃ?』
その言葉に全員がマチに視線を送り、言葉を待つ
『陽奈が魔法少女になった理由は一つにゃ』
マチは体制を整えるとまっすぐ前を見据える
『マチに認められたからにゃ!』
胸を抜き出すように踏ん反り返りながらマチは言った。だが、誰一人として納得した様子はなかった
「ここで好きな物を選んで平気だからね」
葵に連れてこられた場所は、休憩スペースのような所だった。数人の職員が何かを飲みながら仕事の疲れを癒している。スペースというにはかなり広いく、壁際には結構な数の自動販売機が並び、ジュースやお菓子などが販売されている
「このカードをかざせばいいんですよね?」
そう言うと陽奈は先ほど受け取ったカードを見せる
「ええ、それで買えるわ」
「なんでも飲み放題ですね……すごい」
「ふふふ、食べ過ぎてお腹壊さないようにね?」
「えへへ」
「それじゃあ、私は報告があるから。また後で呼びに来るわ」
「はい、わかりました」
葵が去っていくのを見送った後、陽奈は足早に自販機の前へと向かった
「すごーい。本当になんでもある」
喉が渇いていた陽奈は選り取り見取りの品物を前に喉を鳴らす。ここに来てから何も飲んでいないのだ
『さっさと選んであっち行くにゃ』
そんな陽奈を急かすように足元でマチが鳴く
「え〜……選ばせてよ……」
『さっさとするにゃ! 重要な話があるにゃ!』
マチに急かされた陽奈は渋々と目に止まった紅茶のボタンを押す。カコンと出てきたカップに紅茶が注がれる。それを持つと奥のスペースへと向かった
「あ! これ美味しそう……」
『早くしろにゃ!!!』
「はいはい、わかりましたよ」
奥のカウンター席に座る。目の前はガラス張りで中庭のような場所が見えた。カップをカウンターに置くと、そのすぐ横にマチがひらりと飛び乗った
『よく聞くにゃ、陽奈を魔法少女に選んだのは理由があるにゃ』
陽奈は先ほどの出来事を思い出し冷たい視線をマチに注ぐ。肩透かしを受けた会議はこうして一度お開きになった。佐々木が用事があるという事と、この後の説明は野口裕子だけで良いという判断になったからでもある
葵が活動の報告をする必要があった為、一度休憩を挟むという流れになった
「はいはい、アンタが選んでくれたのよね」
陽奈はそう言いながら紅茶を口に運ぶ
『思ったより頭が悪いにゃね……いいかにゃ? あれはあいつらを欺く為の言葉にゃ』
声を潜めマチが言う
「欺くって……っ!?」
『しっ! 声が大きいにゃ!!』
「ど、どういう事よ」
陽奈はマチに顔を近づける
『魔法少女……MG5は衰退の一途を辿っているにゃ。このままでは来る戦いに勝てないにゃ』
「来る戦い?」
『そうにゃ。MG5はまだ知らないようだけど、敵はとてつもない者を蘇らせようとしているにゃ』
陽奈はゴクリと唾を飲み込む
『今のMG5では太刀打ちできにゃいのは目に見えているにゃ……だからこそ、素質のある陽奈を魔法少女にしたにゃ』
「私ならそいつらを倒せるの?」
『いまはまだ無理にゃ。もっと力をつけにゃいと……』
「どうすればいいの? 修行でもするの?」
『魔法少女はNyagoを使用するにゃ』
「にゃーご?」
『細かい話は後であいつらから聞けばいいにゃ』
説明する気はないらしい
『そのニャーゴをうまく使えるようにすれば……自ずと強くなれるにゃ』
「その為には?」
『ニャーゴは精神エネルギーの一種にゃ。その力は使用者の精神に左右されるにゃ』
「つまり?」
『青春を謳歌するにゃ!』
陽奈はずるりと肘を滑らせる
「あ、あのねぇ……」
『陽奈は頭が悪いにゃ……』
「バカで悪かったわね!」
『青春を謳歌しろと言われて、謳歌できるのかにゃ?』
「う……」
『恋に勉強、そして友達との思い出……そういうのをたくさんこなして幸せエネルギーを溜め込むのにゃ!』
恋と言う言葉を聞いた陽奈の脳裏に小鳥遊陽平の顔が思い浮かぶ
「恋って……っ!?」
陽奈は顔を赤くし首を振る
『何を照れてるにゃ? これは真面目な話にゃ』
マチは呆れたように陽奈を見る
「だ、だって……」
『別に相手とどうこうする必要はないにゃ。大切なのは恋をしている感情にゃ。ニャーゴは感情でよくも悪くもなるにゃ』
「え、なにそれ……」
陽奈は思わぬ肩透かしに肩を落とす
『なんにゃ? どうにかなりたい異性でもいるのかにゃ?』
「べ、別に! そんなのいないわよ!」
顔を真っ赤にしながら陽奈は否定する
『陽奈は嘘が下手くそにゃね・・・』
マチは呆れて陽奈を見つめた
「朝比奈さん」
呼び掛けられて陽奈は声のする方を見ると、葵が立っていた。報告が終わり、迎えに来てくれたようだ
「あ、柊さん」
「お待たせしてごめんなさい。そろそろ野口さんとの約束の時間だけど、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
「なら、良かった。行きましょう」
葵は先導するように休憩スペースから出て行こうとするので、陽奈もそれについて行こうと立ち上がる
『陽奈。さっきの話は誰にもするなにゃ』
陽奈にだけ聞こえるようにマチが言う
「え……?」
思わず陽奈は振り返った
『敵も馬鹿じゃないにゃ。どこにスパイがいるかもわからにゃい。誰が味方かをしっかりと見極める必要があるにゃ』
先ほどとは違い真剣な眼差しのマチを見た陽奈は、事の重大さを感じ取る
「……わかった」
『心配しなくてもちゃんとサポートしてやるにゃ。陽奈はおっちょこちょいだからにゃ』
「——っな!? 大きなお世話よ!」
『ほら、さっさと行くにゃ。待ってるにゃ』
マチの目線の先には出入り口でこちらを待っている葵の姿があった。陽奈は慌てて出口へと走った