2話
よろしくお願いします
「楽しそうな所、申し訳ないが君達に協力してもらおうかな?」
ゴレームの肩から現れた白衣の人物が声を上げた。なぜそんなところに人がいるのかと驚くが、誰の返事も待たずにゴーレムは陽平をいとも容易く掴み持ち上げる
「うわああぁぁ!!」
「小鳥遊君!!」
「陽平!」
突然の出来事に陽奈と健太が叫び手を伸ばす。なぜ陽平が捕まっているのか、奴らはこちらに干渉できないはずなのに——
「ダメだよ? 自分たちだけは安全だと思っていたかい?」
白衣の男は陽奈達をからかうように大ぶりのジェスチャーで額に手を当てる。その顔は仮面で見えないが、明らかにこちらを挑発していた
「その手を離しなさい!」
もう一方のゴーレムと戦っていた黄色の乙女——魔法少女が声を上げた
「おや、やはりあの程度のゴーレムでは太刀打ちできなかったか。さすがは黄色の乙女。素晴らしいね」
「その人を離しなさい! あなたの相手は私です!」
「僕は天の邪鬼でね……離せと言われると余計に離すのが嫌になるんだよ」
「ぐあああぁぁぁ!!!」
ゴーレムの握力に潰されそうになり、陽平が絶叫した
「——ッ!! 卑怯者……!」
「ははは、まあ、なんとでも言ってくれ。さてと……人質ができたのだから、次はこちらの要求を伝えなければ。僕もそこまで鬼じゃないからね。要求が通れば人質は解放するよ」
「……なにが望みなの?」
黄色の乙女は悔しそうに応える
「そうだな……うん、よし。君達はその存在を秘密裏にしているそうじゃないか。あれかな? バレると活動に支障を来すからかな? ……ならば、今、ここでその正体を明かしてもらおうか」
「——っな!?」
「おや? できないのかい? か弱い一般市民よりも自己保身の方が重要かい?」
「——っ!!??」
魔法少女はその正体を公にしていない。その理由として、プライバシーの保護が基本だが、それ以上に正体がバレることで注目を浴びては活動に支障を来す。それが敵にバレれば、直接狙われる可能性もあるのだ。その為、魔法少女に選ばれた者は国の管理下に置かれ、そのプライバシーは厳重に守られるのだ
「わかったわ……」
だが、目の前で苦しむ市民を犠牲にしてまで守る物ではない。黄色の乙女と呼ばれた少女は地面に降り立ち力を解除する決意をした
「あぶないっ!!」
少女の叫び声と同時に黄色の乙女を大きな影が包み込む
——ッドスン!!
いつの間にか背後に回っていたもう一体のゴーレムが黄色の乙女を押しつぶす
「ははは! 驚かせちゃったかな? 人質がいる以上、君の力を弱めなくても僕の勝ちなんだよ!!」
——ズズズ……
ゴーレムの大きな掌が地面からゆっくりと持ち上がっていく
「おや? 無事だったのかい? そうこなくっちゃ」
ゴーレムの掌を押し上げ、黄色の乙女が姿を現す
「く……っ! 卑怯者!」
「死人に口無し。その意味を君は理解するだろう。いや、理解する前に死ぬからそれは無理か」
——ッダ!
ゴーレムの掌を押しのけた黄色の乙女が白衣の男に飛びかかる——と、同時に白衣の男はゴーレムの腕を前に差し出した。今にも握りつぶされそうな陽平を盾にする
「……っく!?」
黄色の乙女は咄嗟に動きを止めた
「物忘れの激しい子だね? 人質がいるんだよ?」
白衣の男がパチリと指を鳴らすと、黄色の乙女を囲むように数体のゴーレムが地面から生えてきた
「楽しいショーの始まりだ!」
人質を取られ、手も足も出すことを許されない少女を血の通わないゴーレムが何度も殴打する
「卑怯だぞ!!」
それを見かねた健太が大声で叫ぶ。「そんなことしなきゃ勝てないのかよ! この野郎!」
「健太……」
そんな状況を見ている事しか出来なかった陽奈は健太を見る
「やめなさい!」
だが、それを制止したのは他でもない黄色の乙女だった
「で、でも……っ!」
「あなた達は早くここから避難しなさい!」
干渉できないはずの一般市民になぜ干渉できたのか? その理由はわからないが、これ以上の人質を取られるわけにはいかない
「陽奈ちゃん! 神崎君!」
絵里が健太と陽奈の腕を引っ張りその場から離そうと必死に呼びかける
自分たちがここに居た所で何かができるわけでもない。せめてできる事といえば黄色の乙女の邪魔にならないようにこの場から離れる事だけだった
それはわかっている。だが、目の前でクラスメートが苦しんでいるのに、何もできず人任せにするしか出来ない。何もできない自分が陽奈は許せなかった
悔しさのあまり、目の前を歩く絵里と健太が涙で滲む——私に力があれば。大切な人を助けたい!——
『助けられるにゃ』
その場に似つかわしくない、その声はとても穏やかで、だが、はっきりと陽奈の耳に届いた
——え?
陽奈は思わず振り向く。視界に入ってくるのは、先ほどと変わらない黄色の乙女の窮地だった
『君が望むにゃらね』
それでも聞こえてくる優しい声
『君にはその素質があるにゃ』
ふと視線を落とすと、そこには一匹の猫がいた。茶色の毛並みとクリッとした瞳。何よりも明らかに短い足がなんとも愛くるしい猫——マンチカンだ
「……あなたが話しかけているの?」
まさかという気持ちで陽奈は猫に話しかける
『そうだよ。助けたいんでしょ?』
なぜ猫が話しかけてくるのか? いや、それ以前に猫が喋るなんてありえないのではないのだろうか? そんな疑問が陽奈の頭をぐるぐると回る。だが、それ以上に、決意にも近い強い想いが溢れ出し、陽奈の口からこぼれ落ちる
「——うん」
まるでその決意を受け取ったかのように、突如として陽奈を暖かい光が包み込む
「え!? え!?」
『なら決まりにゃ。君はその力を持つ資格があるにゃ。君は今から……赤色の乙女にゃ!』
ありえない現象に黄色の乙女は戸惑っていた。本来であれば、別次元で戦っている自分達が現実世界に影響を与えるはずがない。今までそういった事はなかったし、これからもそういうものだと思っていた
だが、敵は触れられないはずの一般市民の男子生徒を人質に取った
こういった状況に陥った事のない少女は混乱し、焦るが敵は待ってはくれなかった。一方的に襲いかかる敵の猛勢に必死に耐えるしかなかった
どうすればこの状況を打破できるのか
せめて誰かが来てくれればと願うが、それは無理だとわかっていた。黄色の乙女が所属するMG5は昔こそ、多くの魔法少女が活動していた。その中でもトップクラスの実力を持つ魔法少女を称してMG5と呼んだのだが、所詮は過去の話だった
魔法少女になったからといって、その活動が強制されるわけではない。また、魔法少女をアイドルか何かと勘違いする輩も少なくなかった。そういった人間は国により淘汰され、現在では積極的に活動する魔法少女は黄色の乙女を含めた数人しかいない
更にこの近くでとなると、二人だ
残りの二人は別の現場で戦っているはずだった。思えば今回の出動は不可解な事が多い。同時に起きた敵の襲撃。そして今までありえなかった一般市民への干渉——そして、初めてと言ってもいい窮地
仲間が駆けつけてくれるはずはないとわかっていた。だが、自分の力ではこの状況を打破できないと理解した黄色の乙女はすでに心が折れかけていた
「さて、そろそろ飽きてきたし、止めを刺してあげよう」
ゴーレムの肩に乗り、興味がなさそうに顔を背けていた白衣の男が黄色の乙女を見て言う
「ゴーレムども、そいつを潰してやれ」
白衣の男がパチリと指を鳴らすと、ゴーレム達が一斉にその手を振り上げた
考えなかった事実。考えようとしなかった現実が今、少女の目前へと迫る
——死
その未来に黄色の乙女は足が震え、自分に襲い来る痛みから目をそらすように硬く目を瞑る
——ッドスン!!!
ゴーレムの手は大きな音を立てて振り下ろされた
大きな音と共に感じるはずの痛みはなく、代わりに浮遊感を感じていた。何が起きたのかと黄色の乙女は硬く瞑った目を開ける
そこにはいるはずのない、仲間がいた——魔法少女。だが、目の前にいる魔法少女に見覚えはなかった
「あなたは……?」
黄色の乙女の疑問に応える事なく、目の前の魔法少女は自分をゆっくりとその場に下ろす
「後は任せて」
赤い衣装と仮面に身を包んだ魔法少女は力強く言った
「おや? お仲間が駆けつけたのかな? まあ、無駄なんだけどね。この少年が見えるだろう? わかったら大人しくしているんだね」
白衣の男は勝ち誇ったように言い放つ。どれだけの魔法少女が居ようとも自分の優位に変わりはない
「何の罪もない人を巻き込んで……許せない!」
少女の言葉は決意となり、そしてその決意は具現化する。少女の周りを纏うように炎が巻き起こる
「……逆らっても無駄だよ。逆らえばこの人質は……」
「燃え上がれ……栄光の焔!!」
——ッゴウ!!
突き出されたゴーレムの腕が突如、燃え上がると、いとも容易く腕が崩れ落ちる
「なんだとっ!?」
握りつぶされそうに成っていた少年はその圧力から解放され、地面へと落ちた。その状況を予知していたように赤い魔法少女は少年の落下地点へと駆け抜け、受け止める
「これでもうあなたの好き勝手はできないわ」
気がつけば赤い魔法少女は黄色の乙女の近くへと移動していた
「貴様……人質がいなくなった程度で図に乗るなよ!」
激昂した白衣の男がパチリと指を鳴らすとゴーレムが少女達を取り囲む
「くくく、人質なんかいなくても僕の勝利は揺るがない!」
『くるにゃ!』
気がつけば黄色の乙女の近くに一匹の猫がいた。マンチカン——そう呼ばれる種類の猫は赤い魔法少女に話しかける
「わかってる!」
赤い魔法少女は力強く応えると、両手を空へと伸ばす
「炎よ……力を貸して……」
少女の言葉と共に、目の前が緋く染まる。まるで太陽が目の前にあるような——凄まじい炎と風に思わず黄色の乙女は顔を逸らす
「この力は……」
自分の力を凌駕する力に黄色の乙女は驚愕する
「く……っ これほどまでとは……次はこうは行かないぞ!!」
白衣の男の声だけが辺りに響く。炎の勢いが凄まじく、その姿までは捕らえられなかった
恐らく、ゴーレムは全て焼き払われ、あの白衣の男もこの場から去って行ったはずだろう。恐らくというのも、視界を阻む業火はその勢いを緩める事なく燃え盛っているのだ
「ちょ……っ これ止まるのよ……ね?」
さすがにこれはまずいのではないかと黄色の乙女が慌て始める
『わからにゃい』
そう返したのは、黄色の乙女の使い魔である猫だった
白い毛並みと薄青い色をした瞳を持つ猫はラグドールと呼ばれる猫である。魔法少女には必ず一匹の猫が使い魔としてつき、その活動をサポートするのだ
「わからないって……なんとかならないの?」
『おい、にゃんとかしろよ』
ラグドールの猫が赤い魔法少女の近くに座るもう一匹の猫に言った。
『仕方ないにゃあ……』
マンチカンの猫が勢いをつけ、赤い魔法少女の肩に飛び乗ると、止む事のなかった炎の壁が徐々に勢いを弱めた。完全に火が消え去ると同時に——少女は崩れ落ちた
「ちょっとっ!?」
慌てて、黄色の乙女が少女の体を支える
『慣れない力を使って気を失ってるだけにゃ。そのまま運んで欲しいにゃ』
少女が崩れ落ちると同時に避難したマンチカンがさも当然のように黄色の乙女に告げた。一体どういう事かと自身の使い魔であるラグドールに目を向けるが、自分にはまるで興味がなさそうに毛づくろいをしているラグドールがそこにいた
「もうっ…… あとでちゃんと説明してよね」
黄色の乙女はため息と同時に肩を落とし、少女の肩を抱き、その場を離れていった
「うまくいったわね」
「とりあえずはな」
男は壁にもたれ掛かり腕組みをしながら、曲がり角のすぐ先にいる人物に向かって言う
「ったく……白衣が燃えちまった。一張羅だったのに……」
体の埃を振り払いながら男はボヤく
「まだ成功とは言えないんだから、気を引き締めないと」
そんな男の様子を気にも留めずに女が呟く
「こっからはお前次第だ。うまくやれよ?」
「わかってるわ。でも準備が必要よ」
「必要なものがあるか?」
「特には。要素は揃ってる。あとはうまく調整するだけ」
「そうか。なにかあれば言え。今回ばかりは個人の点数稼ぎとは違うんだ。絶対に成功させる必要がある。今回ので膨大なニャーゴを使ってるんだ」
「わかってるわよ。こっちから連絡しない限り連絡はしないで」
「ああ、あとは今まで通り動くさ」
男の言葉に返事が返ってくることはなかった
「もう行ったか・・・」
そう言うと、男は来た道を引き返した