まぼろしのかげ
子供の頃、よくこんな夢を見ていた。
夜空に満天の星が輝いていて、そこは、そよ風の通り道。
大草原の真ん中を、星の数を数えながら歩いている。
ふと、後ろを振り返ると、遥か地平の彼方に、かすかな光が見えた。
その光は、ゆっくりと、だけど確実に近づいてきている。
思い切って側に寄り、それが何かを確かめた。
・・・女の子だ。
といっても、女の子が光っているわけではなく、着ている服が光っていたのだ。
女の子は、微笑みを浮かべ、手を伸ばせば触れられるくらいの場所にたたずんでいる。
そして突然、消えた。
ここで、いつも目が覚めた。
今日もまた、同じシーンで。
あの夢は、決して悪夢なんかじゃなかった。
目が覚めるのは決まって朝方で、寝覚めも気持ちよかった。
ただ、あの少女が誰なのか気になっていることも確かだ。
夢の中の出来事と笑われるかも知れない。
しかし、見覚えがあったのだ、あの少女の顔に。
十数年ぶりに見た夢が、予感を確信に変えた
一度は忘れ去ったはずの興味と好奇心が湧きあがってきた。
そう、子供の頃と同じような。
そして、ついに見つけた。
少女は、アルバムの中にいた。
そこには、大草原も、満天の星空もなかった。
あるのは、たなびく術のない鯉のぼりと、母親の微笑みだった。
あの少女は私だった。
そういえば、子供の頃は女の子みたいだと言われ、よく女装させられていた。
あの頃は、そんな自分の容姿が嫌いで、鏡なんか見たくもなかった。写真も大嫌いだった。
ただ、一枚だけ、今でも大切にしているあの頃の写真が、これだった。
これは、見てわかるように、子供の日に撮った写真だ。
母さんと一緒に写った写真はこれしかない。
この写真を撮った日からまもなくして、母さんは他界してしまった。
もともと体の弱い人で、余り外にも出なかった。
ただ、無限の優しさと愛に満ちた人だったことは、今でも覚えている。
母さんを亡くしてから、あの夢を見なくなった。
たぶん、容姿に対するコンプレックスよりも、母さんを亡くした悲しみの方が大きかったからだろう。
再びあの夢を見たのは、きっと、昔の自分を忘れないため。
もう、見ることは出来ないだろう。
でも、もしもう一度だけ見ることが出来たなら、少女にこう伝えよう。
「恐がらないで。未来は、ほら、目の前に広がってるよ」
<終幕>