魔導書の行方
朝に目覚めると、見知らぬ天井が見えた。
「やっぱり転生したんだなぁ…。」
私は支度をするとすぐに一階の職場へと向かった。
「あっ、シリアお姉さん!!」
ユーナは私に抱き着いて来た。
初めての歳の近い仕事仲間だったから嬉しかったのだろう。
「今日も一緒にお仕事出来ますね!」
お仕事が楽しいらしい。
少なくとも前の世界ではそんな人は誰一人いなかった。
残業が多い事や給料が少ない事ばかりに目が行って誰も仕事を楽しむ事が出来ない世界だった。
「そうだね。」
それに比べれば、この世界は自由があるのだろうか。
「何をぼーっとしてるんですか!!」
ユーナは私の背中を押しながらレジの前まで来た。
「さて、今日からシリアお姉さんもレジ打ちにチャレンジしてもらいますから!!」
レジ打ちだと、難しい数字だらけで前の世界も無理だった呪いのアイテム…。
「電卓とかないかな…。」
「電卓?ああ…電脳卓上計算機コンピュータの事ですか?」
「──────何それ!?」
「世界に三つしかない世界最高の人工知能を搭載したコンピュータですよ。」
それじゃなく、電子式卓上計算機の略なんだけどね。
「お姉さん、あの関係者なんですか?じゃなかったらあんな略し方しませんよね?」
どうやら勘違いをされてしまったようだ。
ここで誤解を解かねば何とやらである。
そんなことわざであったっけ?
「考えるな、感じろ!」
「……?」
「実は私は異世界から来たんだ。」
「…そうだったですか。」
え?
あっさり信じて貰えた!?
「え?信じちゃうの?」
「嘘だったんですか?」
「いやいや、嘘じゃないよ。どうして簡単に信じてくれるのかな?って。」
「実は異世界から来る人は珍しくないんですよ。」
とんでもない事実だ…。
そんな世界に私は蹴落としやがって。
だから人工知能とか存在してたのか。
「ただ、異世界から来た方はほとんどの人が死んでいます。」
いきなり怖い事を聞いちゃった。
まだ異世界来てから二日目なのに死亡フラグ立てないで!?
建築関係者さんストップストップ!!
「実家に帰らせて頂きます。死ぬかもしれないなんて思いませんでした。」
「ちょっとシリアお姉さん待って!!」
そもそも前の世界で死んでたから実家にも帰れないや。
「冗談だよ。冗談。」
私の言葉に安心するユーナ。
「すいません、魔導書が欲しいんですけど…。」
どうやらお客さんのようだった。
「あっ、魔導書は奥から二番目の棚にあります。」
「シリアお姉さん、何で知ってるんですか?」
「いや、昨日ね。寝れないから魔法の一つ二つは覚えようかなと…。」
「勉強してたんですね。けど、お姉さんの魔力じゃ一回も使えないんですけどね。」
泣いても良いかな。
「あっ心配しないで下さい!魔法が例え使えなくても魔力操作を覚えれば問題ないですよ。」
気になる単語が出て来た。
魔力操作。
「魔力操作って何?」
「昨日も言いませんでしたっけ?魔力操作は私の家宝である魔導書の項目第一章の一つです。」
「家宝?」
「魔力操作は魔力をコントロールを主に行う事です。魔法を強化したり妨害したり自由が効く品物です。」
「もし魔術師が使えるようになればこの世の終わりですね。誰も妨害なんて魔法そのものでしか出来ないんですから…。」
「す、凄いね。」
正直、脚が震えていた。
「魔導書持って来るので待ってて下さいね。」
急いでユーナは家に行ってしまった。
私に仕事を全て押し付けて。
「あの…凄い話でしたね。僕も読んで見たいんですけど駄目そうなので帰りますね。」
少し言動が怪しかった。
「少し眠い。」
眠い目を擦りながら私はレジに立ってユーナが帰って来るのを待っていたが、
しばらくしてもユーナは帰って来なかった。
「おかしいな…。」
あれから一時間以上は経っているはず。
「シリアお姉さん…。」
「ユーナちゃんどうしたの?」
「魔導書が…。」
魔導書?
「魔導書が盗まれたんです。」
盗まれたっ!?
「えっ!?誰に!?」
「男の方です。」
男と言えば、さっきのお客さんに魔導書を読みたいみたい事を言ってた人がいた。
「犯人らしき人物の目星は付いている!!」
「本当ですか?」
今にも泣きそうな涙目で私を見る。
恐らく泣く事を我慢しているのだ。
女の子を泣かした罪は重い!!
「まだそんなに離れていないはずだよ。とにかく探そう!」
私達は二人で町を分かれて探す事にした。
「奴は必ず私の手で仕留めて見せる。」
「家宝をお願いします…。」
ユーナの顔は真っ赤だった。
大粒の涙とともに小さな嗚咽。
それだけ大切にして来たのだろう。
「女の子はさ、明るい顔してた方が可愛いんだよ。」
私はかつて自分を励ましてくれた人の言葉を紡いでいく。
「だから泣かないで。別に泣く事は悪い事じゃない。」
「必ず取り戻すから、また元気な顔で一緒にお仕事しよう。ね?」
私の足は少しずつ前に進んでいく。
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木々に囲まれた小屋。
窓の隙間から魔導書らしき物が見える。
そして、それを読む人物の影。
「いた…!!」
私は必死に目で追った。
「ふぅ…。試して見るか。」
男はふと立ち上がると外に出た。
「そこまでだよ。悪党。」
私は言い換える。
「いや、闇魔術師!!」
「上手く言ったつもりか?」
「もう遅い。この力があれば…!!」
男の周りに風が強く吹いている。
これが魔力なの?
「お前も魔導書を読みたいんだろ?」
「部下になったら読ませてやっても良い。断れば…言うまでもないよな?」
答えは既に決まっていた。
「生憎、私は本屋のアルバイトって立場を気に入ってるから無理だね。」
「アルバイト?何だそれは?」
「私の世界では助け合いが出来る人達に与えられる称号だよ!」
私は睨み付ける。
男は残念そうに杖を構え直した。
「なら、死んでくれないか?」
魔力を感じる事が出来なくても分かる。
あの男の周りには魔力が大量漂っているんだ。
「魔力が増えたから何?魔法が使えない人達を馬鹿にする魔術なんて私がこの世から消し去ってやる。」
「魔法剣士シリア!初陣行きます!」
私は木の枝を折る。
「剣士?俺は木の枝で十分だと言いたいのかよっ!?」
「そうだよ。」
何の技術もない私が出来る事なんて、たかが知れてる。
「なっ!?何で魔力操作をお前が使える…!?」
男は驚いた。
それは仕方が無い事だ。
なぜなら私があらかじめ魔導書の中身を見たからだ。
男が魔導書を開いている時に。
「近くに張った探知式の魔法陣に反応は無かったぞ?」
男は首を傾げる。
「私は目が良いんだよ。だから1kmぐらい余裕。」
「なんだと…!?」
完全に目が良い域を超えていた。
自分でも分かってる。
見る事に集中したら何故か見えてしまったのだ。
「だから、木の棒だけで十分なんだ。」
それに相手は魔術師だ。
魔法対決ならまだしも、ただの対決なら問題はない。
あくまでも魔法に特化した人間だ。
つまり肉弾戦においてはほぼ無力だ。
「じゃあ、殺し合いを始めよっか。」
私は体内の魔力を腕に集めた。
そして木の枝にも集中してやる。
「肉体と武器の強化。」
部分強化とでも名付けておこう。
「たかが素人がいきがってんじゃねぇ!!」
ついに男は感情を爆発させた。
怒って当たり前だと思う。
でも同情だけは出来ない。
あの少女を泣かせてしまった、それだけで私が戦う理由には十分だった。
「見た目で判断するのは危険だよ。」
私が男の身体に木の枝を刺すと、
肉が弾ける音が響いた。
「嘘だろ…。」
男は口から言葉を洩らす。
「憲兵さん呼んだから、そろそろ着く頃合いだね。」
そう殺しはしない。
それだけは異世界に来たとしても破ってはいけない。
「お前一体何者なんだ?」
男は憲兵に取り押さえられ、馬車に乗せられる最中にそんな事を呟いていた。
憲兵の中にそんな呟きを拾う者はいない。
だからせめて私が答える。
「ただの魔法剣士だよ。」
ただ魔法は一度も使ってない。
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一応、一週間ぐらいを目安に書いて行こうかなと思っています。
仕事などで若干日にちがズレたりズレなかったり……。