第8話 秘密がバレた!
怪しい行動を取るローナを追って今俺は穴を抜けようとしている最中だ。
「我が力、魔力を原動に我が身を取り囲む日の光に命ずる、光よ屈折せよ 『インビジブル』」」
穴を抜けたときばれない様に念の為、全身を透明化する幻影魔法を小声で詠唱した。
インビジブル、この魔法は魔力の消耗が激しく長い時間発動することは今の俺には難しい。
なので穴を潜り抜けるギリギリで使用する必要があり、抜けたら抜けたで今度は隠れる場所を探す必要がある。
よし、後は勇気だけだ。
唾を飲み込みこそこそと壁を抜けた。
辺りには見渡す限り広がる大きく伸びた草が生い茂る草原と少し遠くにある森が見える。
そんな中急いでローナを探す。
「あれ?」
いけね、間の抜けた声を出してしまった。
なぜなら想像以上に平和な光景を見てしまったからだ。
そこには大切なものを扱うように優しく何かを抱きしめているローナがいた。
アレは……狐か?
どうやらローナの腕の中にいるのは足と腹部に包帯を巻かれた一匹の小さな狐のようだ。
どうやら二人は顔見知りらしい。
狐の方は無警戒に、尻尾を振りながらローナの頬へと自分の頬をこすりつけている。
……なるほど、な。
全てわかった気がした。
ローナが穴を隠しているわけも、なぜここに怪我をした狐がいるのかも。
もうわかっているだろうが言わせてくれ。
俺の予想だがローナは狐の治療するため穴の存在を隠しているのだろう。
そんな簡単な答えに勿体つける必要も無いか……
ローナと狐は話し合うことに夢中なのかお互いが顔を見合わせ続け透明化を解いた俺の気配を感じ取る素振りもしなかった。
話し合うね~、話し合う?
獣人の中には同じ系統の動物と会話する能力を持つものがいると聞いたことがある。
ローナもそうなのだろうか?
再びローナと狐を見つめなおす。
狐に偉そうにヒーロの心得を語るローナに狐は真剣にうんうんとうなずいているように見える。
うん、どうやら話せるみたいだな。
ばれないように隠れながら草むらに寝っ転がった。
今日も青空は澄んでいる、とても気分がいい。
最近は冬の寒さが消えかけ、少しづつだが暖かくなり始めていた。
今まで抱えていた緊張を空気として吐き出す。
頭が冴えてきた気がする。
さて、これからどうするかな……
確かに特定の動物と喋れるというのは珍しい能力だが、重宝されることもないだろう。
これは放置しても大丈夫だ。
壁の件に関しては、教育として一言、言っておく必要があるだろうか?
まあ、注意するには注意するがあの程度のブラフで隠せるほど外壁警備の連中は甘くは無いだろう。
近いうちに壁の穴も見つかり修正されるだろうからその点に関して俺からのキツイお小言は必要ない。
問題は……
「狐……だな」
生き物の手当てをすることに関しては俺も大賛成だ。
そういう優しさをもったまま大人になってほしいと思っている。
だが手当てする以上、責任……つまり飼うことが着いてくるという事を教えなければいけない。
しかし相手は狐だ、手当てしたのが犬ならばベニムでも飼っている連中が多くよく見かけるので問題はないだろう。
「狐ね~」
飼えないことも無いだろうが、実際飼うとしたらいろいろと好奇の目は耐えないだろう。
ん~、どうしたものか。
考え込んでいる俺をよそにローナは狐を地面に下ろし立ち上がった。
ブツブツ何かを呟いている。
あれは……?
詠唱魔法だろう。
詠唱魔法とは術が発現するために、詠唱することが必要な魔法だ。
一般人もこの魔法を使えるため、発現する術の効果により難易度は変わるが全体的に簡単と言えるだろう。
草むらから身を起こし、遠目から確認する。
そういえばローナの魔法って俺は見たことないんだよな。
6年間一緒に居てローナが魔法を使うところは見たことが無い。
どの程度ローナが扱えるのか興味がある。
よく耳を澄ませローナの呪文を聞いてみる。
「我が力、魔力を原動に生み出されし炎に命ずる、火よ出現せよ 『ファイア』」
初級の魔法だ、これなら失敗せずに発現するだろう。
遠くで見守る俺をよそに呪文を唱え終わるとローナの目の前に炎が現れた。
ま、この程度は出来て当然だな。
出来ない可能性もあるか?と少しだけ不安に感じていたが杞憂に終わった
初級の魔法とは、魔力を扱える人なら誰にでもできる程度の魔法だ。
この魔法すらできない人も大勢いる、そういう人達は世間から『無能力者』の烙印を押され迫害を受けている。
もしもローナが無能力者だとしたら入学そうそう退学扱いされるだろう。
魔道具が一般へ普及しだした今なおこの手の差別が横行している。
ふう、よかったー。
心の底からそう思った。
「我が力、魔力を原動に生み出されし炎に命ずる、火球よ焼き払え 『ファイアボール』」
……「我が力、魔力を原動に生み出されし炎に命ずる、火弾よ焼き捨て突き抜けろ 『ファイアバレット』」
安心している俺をよそにローナは次々魔法の難易度を上げていった。
ローナの前方に大きな火の玉が出現し草を焼き払うと同時にローナの後方から無数の小さな火の弾が出現し草原の一部を焼き払った。
ほう……中級下位魔法のファイアボールに、中級上位魔法のファイアバレットね~続けて詠唱とはコンボか。
続けて詠唱することをコンボという。
コンボは二つの魔法を同時に出せるが扱いが難しい、なぜなら長い詠唱になるのと、その分多くの多く魔力を消費するからだ。
随分と練習を繰り返してきたのだろう、コンボまでできるとは思っても見なかったので驚いた。
しかし見ていると随分と火系魔法の数が多い、得意属性なのだろう。
魔法の得意属性というものはある、使用する際の消費量が得意なものだと少なく苦手なものだと多くなる。
ちなみに俺の得意属性は水、いや正確には氷だ。
なるほどね~ベニム街内じゃ危なくて練習できないからこうやって場所を見つけては随分と練習してきていたんだな。
ローナが知らないところで成長を遂げていて俺は素直に感心した。
これを扱えるのならヒーロー校へ行っても問題は無いだろう、むしろ最上位レベルだろうな。
思っていた以上に難易度が高い技を悠々とこなすローナを見て俺は安心した。
しばらく詠唱が続き、ローナの顔が青くなりだした。
魔力切れの兆候だろう。
魔力は残量が少なくなると、顔が青くなったり気分を害したりする。
その際無理をし続けると最悪死に至るらしい。
随分長い間魔法を使い続けることができたので魔力の残量は多いほうなのだろう。
まあ、俺よりは少ないが。
別に張り合ってるわけじゃない……本当だ!
そんな事を考えながら頭を起こし直しローナを確認する。
ローナは詠唱を辞め次に草むらから太い木刀を持ち出した。
随分と長い間使っていたのだろう、人工的に形を整えられた木刀はいたるところに泥の汚れが乾いていた。
木刀を取り出すと勢いよく振り出した。
「えいえい、やー!」
勢いよく前へ振り回した木刀はある一定の場所を下がると急に減速した。
……おh。
魔法の扱いが凄かった分だけ剣の腕もあるのかと期待したが、どうやらそっちは無かったようだ。
なにあれ?剣を振るのと同時に前足を出してやがる……
剣を振る瞬間に前足を出すと両方の運動が相反して威力が減ってしまうのだ。
剣を少しでも知っている人ならあんな動きはしない。
それに、あのヘッピリ腰……。
剣を前に構えすぎて腰がヘッピリ腰になっている。
あれじゃあ剣に力が入らないだろう。
尻尾も剣に合わせて振れば威力や旋回速度も上がるはずなのに、何もせずに硬直している。
これは酷い……酷すぎる。
俺は額に手を当て見るのをやめた。
いや、うん何も見なかったよ。
魔法の方は本屋でいくらでも学べるだろうが、剣に限っては町人のローナに師匠なんて居るはずも無く今回のように隠れて独学で鍛えた結果ああなったのだろう。
そう結論を出し自然と納得した。
「ん~何でだろ?いつやっても剣闘魔法だけできないな~」
しばらく木刀を振り回した後ローナはそんな事を呟いた。
当たり前だ!
俺は心の中で怒鳴ってしまった。
勿論ローナが悪いんじゃない、いや悪くは無いんだが。
何というか、その程度の訓練で『剣闘魔法』を発現できる程あの魔法は生易しいものじゃない。
剣闘魔法とは武器を持っている武人にしか発動しない魔法だ。
何故難しいかというと、他の魔法に必須の詠唱がいらないからだ。
詠唱なしに武器を振りつつ魔法を発言させるためには難易度相応の訓練が必須となる。
その為、剣闘魔法を発現できる連中自体が希少であり、使えることが優秀さを証明している。
人々は総じて『魔剣士』と呼ぶ程だ。
かくいう俺も簡単な剣闘魔法を二つに高難易度の魔法を一つしか覚えてない程に習得難易度は難しい。
まして剣をあの程度しか扱えていないローナに剣闘魔法が発現するはずが無い。
「はぁ~何でだろ?」
尻尾と耳をだらりと下げ落ち込むローナに狐が「元気だせ」と訴えるように寄り添ってる。
さて俺は俺の役目を果たすか……
動物の手当て、いや物事に結果を起こした限りどんなものにでも責任が付きまとうことを教えなきゃならない。
そう思って草むらから立ち上がった。
<視点切り替え ローナ>
今、あたしの前にはユミアがいる。
子狐の『ステラ』ちゃんはユミアを見て驚いたのだろうすぐに逃げ出した。
うん、驚いたよね、あたしも驚いた。
秘密の特訓ばれっちゃったな~。
いつかは特訓の成果を見せるためあたしからバラすつもりだったからまあいいや。
それよりあたしの特訓を見ていてどう思ったんだろう?
ユミアは軽く笑顔を作ると言った。
「今まで一人で鍛えていたのか?」
「うん、そうだよ」
「へー、そいつは凄いな、魔法に関してはコンボまで出来るとは……文句のつけようがないな」
「えへへ、凄いでしょ!いっぱい頑張ったんだよ!」
あたしは嬉しくなって胸を張って言い返した。
自分でも尻尾が揺れているのがわかる。
そんな態度を見てかユミアはあたしの軽く頭を撫でた後、表情を少し引き締めながら言った。
「剣の練習は学校で習うだろうからいいとして、問題は壁の穴を黙っていたことと動物の手当てをしていたことだな」
「……あ、あれは!」
壁が壊れていたのを報告しなかったことは確かに悪いことだとは思う。
でも、報告しちゃったらステラちゃんに会いに行けなくなっちゃう。
せっかくできた友達と会えなくなるのが嫌であたしは報告しなかった。
それにステラちゃんは怪我をしてて、包帯の取替えもしなきゃいけないし……
頭の中がぐるぐる回っていくのがわかる。
少し時間が経ち結論は出た。
むぅ、ユミアは意地悪だ。
「壁の件はともかく、今回あの狐を手当てして助けたことは良いことだったと俺は思ってる……」
「え?じゃあ、」
「ローナ、話を最後まで聞こうな」
「う、うん」
え?怒られないの?
悪いことをしたらユミアは怒る。
でも今回はどうやら違うみたい。
少し疑問を感じた。
「あの狐にローナは餌をあげていただろ?」
「うん、あげたよ。でもそれの何がわるいの?」
今日は練習前にソーセージをあげた。
でもそれの何が悪いのかさっぱりわからない。
「ローナ、あの狐はまだ子狐だよな?」
「うん、そうだよ」
「ならまだ狩りのやり方を覚えていないんだろう?そんな中で餌をあげて本当にそれはあの狐にとって良いことなのか?」
「え?」
子供と餌をあげることがどう繋がるのかわからない。
それでもユミアは続けた。
「狩りの仕方を覚えずに人に餌を与えられて育った動物は人の手を離れても自然で暮らしていけると思うか?」
「そ、それは……」
人から餌をもらえることを覚えたら狩りを覚える必要はない……
でもあたしは怪我が治ったらステラちゃんを野山に逃がすつもりだった。
でも、それって……もしかしてそうしたら、ステラちゃん いつか、死んじゃうのかな?
「本当にそれがあの狐にとって良いことだったのか?」
「……!、じゃ、じゃあどうすればよかったの?怪我だって手当てしなきゃ死んじゃってたかもしれなかったんだよ!」
ステラちゃんが大怪我を負って死にそうだったのは本当だ。
それなのに、見捨てるなんてできないよ!
あたしの怒りが伝わったのかユミアは顔をしかめながら言った。
「まあ、まて他にもあるんだ。……そうだな、狩りを覚えていない狐がそれでも運よく狩を覚えたとしよう、でも人間のご飯を忘れられずにいつか人を襲うようになるかもしれない……と、こういう風にいろいろ可能性がある」
「それは……」
「考えていなかっただろ?」
あたしはそこまで考えてなかった。
助けた後の責任まで。
ふと思った。
物語の正義の味方達は助けた後どうやっていたのだろう?
「一旦初めに戻ろう、そうだな……あの狐は怪我していたんだろ?俺なら手当てせずにそのまま放置だ……けどローナは助けたいと思ったんだろ?」
「うん、そうだよ」
あたしの選択で他人を傷つけたかもしれない。
そんな事を考えると胸が痛い。
あたしはそんなあたしを許せない。
浅はかなあたしが恥ずかしい……ユミアと視線を合わせてられず俯いた。
「ローナ、そう思えることは実は凄いことなんだ、誰にもできないお前だけの優しさだ。そこは誇って良い」
え?
でも、
言葉にならない何かを伝えたくてあたしは顔を上げた。
「ただ覚えて欲しいのはこれだけだ、何か行動を起こせばどんなものにでも責任が付きまとうこと、それだけは覚えておいて欲しい」
うん……わかった。
「それじゃあ、あの狐どうすればいいか、わかるな?」
ユミアはいつもの笑顔に戻るとそう聞いてきた。
アタシはステラちゃんに対してどうすればいいのかわからない……
けど、行動を起こした責任は取るつもりだ。
「あたしはステラちゃんが野生に戻れるように少しずつ訓練する!」
一瞬ユミアは驚いた表情をしたが、またいつもの表情へと戻った。
「ああ、とても良い選択だと思うぞ。今の話忘れるなよ」
やったあ!
凄く嬉しい!
その後、壁の事を少しだけ怒られ話は終わった。




