第6話 説教なんて聞きたくねー!
今から話すことはつまらない話だろう。
俺の母親は話の流れからわかるだろうが、赤獅子という別名のついた正義の味方だった。
母は夫、俺の父が病で死んだことにより少しずつ変わっていった。
いいや、違うな……狂っていった。
母は時に、おかしな行動を取るようになっていったんだ。
その行動はいつもちぐはぐで突然思いついたかのように一貫性が無くまるで全てに対して行動を起こしているような錯覚を覚えるほどに苛烈だった。
そう、あの時も思いついたかのように突然に動き出した……
ガニアン帝国
大陸を支配する三大列強帝国のひとつ広大な領土を武器に莫大な力を持つガニアン帝国。
長い年月の間 栄華を誇ってきた帝国の周囲には様々な敵対国家があり、最南のドレット地方も例外ではなく険しい山々の向こう側に魔族の王率いる魔王国があった。
この王国とも長い年月の間、帝国と幾度となく矛を交え一進一退を繰り返していた。
しかし、ドレット地方は隣接する国境とはいっても険しい山々が天然の防壁の役目を果たしており、魔王国の進出を防いでいた。
それは事件の1ヶ月前のこと、魔王国が険しい山々を越え侵攻するための拠点を築いているという情報が伝わった。
真っ先に慌てたのは国境付近の村々だ。
もし魔王国が侵攻してきた場合真っ先に戦場になる可能性があるからだ。
人々は恐怖した、もし拠点ができてしまえば平和に生活することすらできなくなると。
何よりも魔族の王がこの地にやってくるかもしれないという不安は人々を動かした。
その地を捨て逃げる人々、その地に残ることを決意する人々の二つにわかれた。
その地に残ることを決心した人々は考えた、どうすれば魔族の侵攻を押さえられるか悩みに悩んだが結論は出ることはなかった。
当然だ、何一つ抗う力が無いからだ。
しかし彼らに自覚はなくとも力はあったのだ……
今回の件に自覚はないだろうが。
次に慌てたのはその地を守る領主たちだ。
彼らは自分の守る領地を魔族に奪われるんじゃないかと不安だったのだろう。
まず彼らは持てる限りの軍隊を派遣した。
山を登る頼もしい姿の軍団をみて村人たちは歓声をあげた。
これで助かると期待した。
しかし結果は惨敗。
平和が続き緩んだ軍団は、険しい山々での戦闘ということもあり見事に惨敗した。
敗残兵達が近隣の村々を痛々しい姿で降りてくる様をみて村人たちは思ったのだろう、ああもう駄目だと。
軍が惨敗し希望はないという村人達から発生した噂は地方全体を駆け巡り、領主たちが軍隊を再編する計画に支障をきたすほどとなっていた。
いいや、噂によりどこの領主も軍隊を再編すること自体が士気の面でできなくなったのだ。
どの兵も魔王国へ抗うことを諦めていたからだ。
再編された軍隊の中には逃亡を企てるものが多数。
もはや組織だって行動することすらできないほどになっていた。
現状に嘆いた、領主たちは再び集まり、考えた。
軍を再編し終えるまでの期間の間、少しでも手を打てないかと。
やがて結論に達したのか自由騎士を集め、魔族の拠点を強行偵察をするという無茶な作戦を取ることが決まった。
自由騎士、それは騎士であって騎士ではない。
ではなぜ騎士とつくかだが、騎士とは主従に絶対を誓い弱きを守るものである。
では、自由騎士とは何なのか?
それは主従関係が無く、力によって糧を稼ぐ傭兵のようなものだ。
唯一、傭兵と違う点は正義の味方と名乗り行動する彼らを民衆が大手を振って受け入れている点だ。
そんな正義の味方を自称する彼らだが、今回の件に限っては誰一人召集に答えるものは無かった。
当然だ、行えば死ぬことがほぼ決まっている作戦、いや作戦と呼ぶことすらおこがましい あれは自殺だ。
しかし募集の最終日に、狂った彼女は現れた。
赤い鎧を背負って、一人の幼い少年と一緒に。
それだけでも母が伝記として残る資格は十分にあるだろう。
たった一人で偵察すら成功できるわけはないと誰もが考え作戦を行う前から失敗を覚悟したが作戦は強行された。
しかし無謀な作戦を行う上で母は周囲の予想を裏切り強行偵察を行う以上の戦果を叩き上げたのだ。
それは、魔族の拠点建設の阻止だ、どのような方法でそれを行ったか本人が作戦中死亡したため不明だが、確かに彼女の戦果であるという記録は存在する。
なぜならその記録は俺が持って帰ったからだ。
なぜ俺がその場……危険な場にいたかというと、全ては極度の戦力不足の為だった。
自由騎士、いや正義の味方が他に集まらなかった時点で他の兵隊が一人も集まることはなかったのだ。
誰も彼もが拒否をした。
中には魔族に殺されるくらいならと自殺を図るものさえいたくらいだ。
……噂の力とは凄いものだな、改めて関心するよ。
結果集まったのは農民100名、それも途中で半数は逃げ出し半数は死んだがな……
だからこそ当時7歳だった俺も戦闘要員として数えられ、赤獅子が死んだ際 魔族の軍の規模、仮拠点の位置、侵攻状況などの情報を持ち帰る任務を受けた。
なぜ7歳なのに重要度の高い任務を請け負う事を了承されたのか?戦力が無かったという点はもちろんある。
だがその理由は狂った母に俺が『幻影魔法』を嫌というほど仕込まれたからだ。
『幻影魔法』それは偵察兵の中でもトップレベルのものしか持つことができないといわれるほど難易度の高い魔法である。
「ガニアン大百科事典」にてその魔法、逃げる上で追跡できるもの無しと謳われるほどである。
実際に俺は幻影魔法のおかげで生き残り任務を達成した。
しかしその手柄は全て奪われる……母の残した栄誉、、、いや、ユウナ・シャーロットの栄誉以外。
簡単に言うと母は母ではなくなったのだ。
何故か?子持ちの正義の味方など風聞はよくないからだ。
真っ先に俺の存在は消された。
次に、父のフォード家の名の削除。
英雄に家族がいるといろいろな意味で迷惑なんだと……。
本に載っている奴の姿は穢れを知らない乙女であるらしい、ハハハ笑っちゃうよな。
ああ、本当に猫を被ることだけはうまい奴だったよ、狂った後も名前を売ることに全てをかけるような人だった、俺の前では鬼のような教官だったけどな。
死ぬ最後の瞬間まで、いいや死んだ後も猫を被らされるとは思ってもみなかっただろうけど、アハハハハ、笑いがとまんないぜ!
今では奴はドレッド地方の大英雄 赤獅子様だ。
たぶん本になった理由の一つは考えられるだけでもいっぱいあるが著作権フリーなのと、村の観光に繋がるからと、少しでも金になるからといった俗な理由だろう。
そんなのはどうでもいい、親という存在を社会的に消された俺は……奴隷へと身を落とした。
ああ、今でもあるさ腹部に大きく青い瘢痕が……。
俺を売ったのはその助けられた村人達さ、今でも殺したいほど憎い。
ああ、憎い憎い憎い憎い!
あの時の考え足らずなガキも憎い。
結局俺は……何もできず奴隷商に引き取られガニアン帝国首都ライオネットまで引きつられることになった。
途中のブレッシュ地方の山奥にて隙をみて脱出、大都市ベニムに流れ……って。
あれ?なんでこんな話してるんだっけ?
頭がこんがらがってきた。
気がつくと言葉として溢れだした憎しみの感情は止まらなかった。
途中で本を選んで持ってきたローナは本屋のジジイにユミアは後から帰るからと無理やり帰らされた。
こんな情けない姿を見せずに済んでよかった……よかった?
「おい、ジジイ……ローナを一人で帰らしたな?何かあったらどうするんだ?」
「ふん、そんなのお前に言われるまでもないわ、ホレ」
現在のローナの姿が水晶越しから見える。
なるほどジジイの『シキガミ』かこいつなら安心だな。
シキガミとは、紙に魔術回路を仕込み魔力を流し込むことによって動かす戦闘用の魔道具のことだ。
術者の込めるプログラムと魔力量によって能力と力の強さが変わる。
今ジジイが使役しているシキガミはリアルタイムで観察できるシキガミだろう。
これなら何かあってもすぐに駆けつけられる、その時間くらいは稼げるだろう。
そんなシキガミの特徴は意外にも力が強く紙で出来てる為 空を飛べること、素材コストが低いため大量生産可能なところだ。
そんななかなかに使い勝手のよいシキガミだが幾つか弱点がある。
まず第一に紙で出来ているため火系統と水系統の魔法に極端に弱いことだ、大粒の火の粉が掛かった呆気なく燃えてしまい、雨が降れば遠慮なく地面に落ちる。
次に与えた魔力を消費させ使用するため稼働時間が短いことだ、だいたい1時間も動ければ長い方だろう。
最後に扱うためのプラグラムを用意する、これは高名な術者に代わって書き込んでもらうことができるがそれ相応の魔力が必要となる。
その為シキガミを大量に使役する魔術師が現れる可能性はほぼ無いだろう。
「はぁ」
いろいろ愚痴ってしまった為少しだけ恥ずかしく今日は帰ることにしよう。
「じゃ、そういうわけだから帰るわ」
本の代金を置いて踵を返そうとした。
「ユミア、少し待て」
ジジイに肩をつかまれ呼び止められる。
「なんだよ、話すことは話しただろ?同情とかお説教とかそういうのはいらないからな」
「別にそんな事言うつもりもない、ワシ自身も上から話せるほど人間できておらんからな」
ジジイは少し寂しそうにそういった。
あんたも大変だったんだな。
愚痴を聞いてもらった為、少しだけなら聞いてもいいかなと思った。
「まあ長い話じゃないから聞け、ワシが今から話すことはおぬしがワシの本屋に来た頃、感じたことじゃ」
「2年前?それが今なんか関係あるのか?」
「それを今話すんじゃ」
俺は思い出す。
二年前、アンナ・リード、ローナの母親が病気で死んだ。
その時、アンナはローナにやりたいことを真っ直ぐやれるように守ってやってくれと俺と義父に頼んだ。
しかしアンナの死にショックを受けた義父は逃避の為酒を飲みあさり、ほぼ廃人になってしまった。
唯一頼れる大人が崩れ落ちた時、俺は非常に焦った。
このままではアンナの願いも、ローナの夢すら叶えてやることができないと……
たぶんあの時だろう、俺は子供でいることを辞めたのだ。
それからだ窓際職へ就職しようと努力し始めたのは。
しかし勉強する上で家には錬金術の専門書か一般教養の本しかなく本格的な参考書で勉強するにはお金が足りなく本屋で立ち読みし勉強するしかなかったのだ。
「お前さんがワシの本屋に初めてきたとき、ワシは万引きされるんじゃないかと不安で目をつけていたのじゃ」
それは知っている。
突然勉強をやり始めた俺は右も左もわからずに難解な専門書を手にとっていたからな。
怪しまれて当然だ。
「来た当初のお前さんは仮面をかけたように無表情、無感情を貫いておってな、どうやったらこんな冷たい子供が育つのか不思議とよく考えていたものじゃ」
そういえばあの頃は他人を信頼できずに表情や感情を見せること事態が隙に繋がると考えていったっけ?
過去の自分を思い出すが、ぼんやりとした想像しかつかない。
まいったな。
「しかしじゃ、いつの日だったか忘れたが、参考書を見ながら笑っていた時があったんじゃ」
俺だって人間だ、笑うことくらいあるだろう。
いやまて、2年前の俺は使命感に押しつぶされ何より必死だったはずだ、そんな時に笑う余裕なんかあるわけない。
「ジジイ見間違えじゃないか?」
「いいや、見間違えじゃない。なら、おぬしはいつから笑うようになった?」
いつからか……
俺は思い出す。
本屋に来て、試験に合格できるか不安で不安で逃げ出したい毎日を味わっていたとき。
いや違う……いつからだろう?勉強することが苦じゃなくなったのは?
そうか、思い出した。
今までさっぱり理解すらできなかった問題、いやそれ以前に用語を初めて理解したときだ。
俺にも理解できるようになれるんだ、変わる事ができたんだと嬉しくなった日。
たしかにそんな時期があったと思う。
「その時ワシは思ったんじゃ、どんな人でも変われるんだと」
「はあ……」
ジジイの話がいまいち理解できなかった。
変われるからどうなんだ?
「何が言いたいかというと人は誰しも変わっていくものじゃ、おぬしもそしてローナちゃんも良い風にも悪い風にも変わる」
確かにそうかもしれない。
しかし話の本筋が見えない。
「……結局何がいいたいんだ?」
「そうじゃな……」
ジジイは黙り込んでしまった
やがて話がまとまったのか喋りだした。
「まだローナちゃんにはおぬしが必要かもしれんが、いずれ一人で立って歩けるようになるじゃろ、その時におぬし自身もまた変わらなければいけないんじゃ」
「それはっ!、……そうだな」
ローナが俺を必要としなくなった時、俺は俺の人生を始めなければいけなくなる。
その時、俺は生き方自体を変えなければいけなくなるだろう。
たしかに変わる必要はあるな。
「今すぐの話ではない、時間はまだある。その間におぬし自身がしっかり悩み、考え、きちんと気持ちの整理をして『大人』になるんじゃ、それは誰もが通った道じゃ」
「……」
「おぬしはまだ若い、まだ十分に変われる。だからこそ過去の経験だけで物事を決めつけちゃいかんぞ……」
……結局、大人になれ、考えを改めろ、気持ちの整理をつけろという説教じゃないか。
くそ、説教はしないと信じたのが馬鹿らしい!
血液の流れがだんだん早くなっていくのがわかる。
「ジジイ、悪いけどこの生き方ばっかりは変えられないね」
「ユミア!?」
ジジイあんたが何を見て何を感じて生きてきたかは知らない。
……あんたの生き方が俺の生き方に似ていての忠告だろうが、知ったこっちゃ無い。
それで後悔するのならそん時はそん時に……受け入れよう。
「……あんたの後悔に俺を巻き込むな!」
「っ!」
怒鳴りつけると逃げるように本屋を後にした。
アンタの言いたい事はわかってる、いつまでも人を恨んで生きていけないってことも。
それに人間いつか……俺自身も、変わる、変わらなきゃいけない時が来るのだろう。
その時の為に成長しやすいように自分自身がつけたレッテルという名の枷をはずす為に今から素直になっておけという説教もわかってる。
でもな……
「それはアンタの役目じゃない、俺自身の役割だ!それに俺は……俺はもう大人だ!」
今まで自分のことは自分で決めてきた、今日までもこれからも。




