第2話 一品多く贈呈します!
年季の入った木製のドアをバタンと勢いよく開き、少し焦りながら家の中を確認する。
今朝、ローナに注意した言葉がまさか自分に返ってくるとは思わなかったが、そんなこと言ってる場合ではない。
「ローナいるか!父さんは無事か?」
部屋の中の光を発する魔道具がいつものように薄暗い光を放っていた。
部屋の中は出て行く前と特に変わりが無いように見える。
……よかった、特に何も異常は起きてないようだな。
俺がいない間に何か起こった様子はなさそうだ、その証拠にローナが尻尾を振りながら笑顔で両手を上に向け、食材を催促している。
「お帰りさい~特に何も起きてないよ?それより早く豪華な食材頂戴!今夜はおいしいご飯いっぱい作るからね!」
「うっ、」
期待させた手前買ってこれませんでしたとは言えなかった。
……まずい、どうしよ
内心焦りながら、いろいろといい訳を考えるがうまいいい訳が出ることは無かった。
「驚かせようとかそういうのはいいから、はやくはやく♪」
「あのな、ローナ……わりぃ、買って来れなかった」
「え!?」
ええい、こういう時は変にいい訳をつくろうより素直に謝るのが大人の対応だ。
頬を掻きながら謝るべき相手に目線をあわせられず、わりぃと言うだけで謝ったつもりになる大人など どこにいるのだろうか?いや、ここにいる!
そんな態度をみてかローナは信じられない、といった顔で口をぽかんと開けこちらを見上げている。
「今晩の夕食は昨日の残り物を温めなおして食べような、そうだ!なんだったら俺のおかず一品贈呈しよう」
「……」
食べ物で釣るのが大人の対応なのか?
まあ、俺だって苦しいんだ、すまないがこれで許してくれ。
「な……」
「な?」
「なんでえええええええ!」
「声でけぇ」
家の中で絶叫がこだまする、それほどまでに楽しみにしていたのだろう。
「なんで?なんでなの?『豪華な食材いっぱい買ってくるからな、楽しみに待ってろよ!』ってカッコつけながら意気込んでたじゃん!さいてー!」
「カッコつけてねーよ!」
「信じられない!もういい」
ローナは尻尾の毛を逆立てながら自分の部屋に引きこもってしまった。
場面は変わり
俺は今、誰もいない居間で一人考え事をしている。
今に居間……ぷっ、駄洒落かよ。
「はあ……」
自然と深いため息が出た。
そんな事を考えても少しも楽しい気分にならない。
それどころか焦りは増すばかりだ。
少し落ち着かなきゃ、な
「ふぅ」
深呼吸をしなおし再び考え直すことにした。
さて、現在の問題はローナ……のことではなく先ほどの存在をチラつかせるだけチラつかせて何も仕掛けてこなかった相手のことだ。
今になって考えれば俺の勘違いという線もある。
「ここ数年は武術の鍛錬怠けてたからな~」
そう、ここ2年間は帝国文武両官採用試験を成績上位で合格するために武術磨く時間を取ることができず自分のもてる時間全てを座学に費やしてきたので感知の精度が鈍っていてもおかしくは無い。
いる、いないは感知能力が鈍っているため判断はつかない、それならいると仮定しよう。
「リード家に来てから今まで誰かに恨まれるようなことは……一切していない、それは断言できる」
リード家の居候となって6年がたった、その間ちょっかいを出してきた相手はいたにはいたがここ数年ではないといえる。
……だめだ情報が少なすぎる、ここまでだな。
情報が足りない現状ではいくら想像をしても想像の枠をでない、それなら考えること自体をやめたほうがいい。
変に勘違いしたまま結論をだして足をひっぱられるのはごめんだ。
と考えてる最中だった。
グゥ~~~、腹の虫がなった。
あえて言っておくが俺じゃない、居間のドアからこちらを覗き込んでるはらぺこ犬の音だ。
「ユア、お腹すいた~ご飯たべよーよ」
廊下からか細い声と共にローナが入ってきた。
お腹が減ったから戻って来たのだろう、まだ怒っているのかそれはわからない。
「さっきのおかず一品貰うって案で許して上げる!」
泣いた鬼がもう笑っていた。
あんな状況で覚えてたのか……食い意地とはすばらしいものだな。
「俺も悪かったよ、わるいな期待させて」
「ノーノーノー、俺{も}じゃない俺{が}でしょ?」
人差し指を左右に振りながら不敵に笑うローナ、実に腹立たしい。
誰だよ、そういう言い回しを教えた奴は……どこぞの正義の味方か?
くそ、俺は大人だ、だからこそ大人の対応してやろうじゃねーか。
「ああ、ごめんな、後日この埋め合わせは必ずするから」
「埋め合わせ!?」
目を輝かせながら埋め合わせに反射的に食いつく、小さくても女は女か……
「ああ、埋め合わせだ、できる範囲ならなんでもいいぞ」
「それじゃ~」
何を企んでるのかニンマリと笑う。
くそ腹立たしい!だから誰だよ!誰がこう育てたんだよ!…………って俺か。
「姿絵!一緒に姿絵撮りに行きたい!」
「姿絵?そんなんでいいのか?」
予想外の返答に思わずアホ面を晒してしまった。
姿絵とはわかりやすく言えば肖像画のようなモノだ、肖像画と違う点は有名な絵描きになる前の修行生が格安で書いてくれる為、俺達のような庶民でも手を出しやすいという点だろう。
「それでいいよ!いや、それがいい!」
「わかった、わかったよ」
テンションが上がりっぱなしのローナの意見に流されるように決まり、食事を暖め直し夕食準備が始まった。
「ユア、お父さんに運んどいて~」
「おう、任せろ」
いつものように食器を部屋に運び入れる。
義父さんはまだ寝ているようだ……そっとしておこう。
「食べたいときに食べてくださいね」
小さく呟き音を立てないように部屋を出た。
「我が力、魔力を原動に蝋燭に宿りし灯火に命ずる、火の光よ増加し拡散せよ『シャインアップ』」
部屋の中にある光源用の魔道具だけじゃ暗いため蝋燭を部屋に一つ灯し、魔法によって光を増加、拡散させる魔法を使い部屋の中を一層明るくした。
「いつも思うけど、ユアの魔法って便利だよね」
「父さんが作ったこの魔道具ほど便利じゃないさ」
天井につるされた魔道具へと指を差す。
そうリード家には数は少ないが夜になると自動で光源を発する魔道具がある。
それは錬金術師として働いていた頃の義父自ら開発したものだ。
まだ試作段階である為発する光は弱いが、それでも部屋を常時照らせるという点において、今使った『魔法』より汎用性があるといえる。
しかしこれを使って夜道を照らすことや夜に商売ができるほどか?と言われたらお世辞ではもできるとはいえない。
完成品を売り出すことができたら家計簿と睨みっこする日々から開放されるのだが、残念ながら完成する前に義父が酔いつぶれてしまい日の目を浴びることができなかった。
未完成でも家に置いてある理由はいろいろあるが、今は義父の意思がアバウトなため安全策の一つとして家の中に放ってある。
「ヒーロ校の資料なんだけど家にあるだけ持ってきてもらっていいか?」
「いいよ、食事中に話すの?」
光源用の魔道具とは別にわざわざ蝋燭を用意した理由は、お互いの顔をはっきりと見た上で決めなければならない重要な話し合いを行うからだ。
それは今後のこと、話しあう内容は大したことではないが、この会話で少しだけお互いの人生が変わってしまう可能性があるので話し合う場を整える必要があった。
「はい、これ……」ゴクリ
「ほうほう……」
入学までに準備する物品から今後かかる学費までざっと資料に食事を一旦停止し目を通した。
入学したいといいだした時に調べ上げた情報と変更点は特になく、このままなら予定通りいけそうだ。
俺自身、正義の味方をあまりよく思ってはいないがこの際それは関係ない。
素直に問題がないことを伝えよう。
「これなら問題なく入学できるな、指定されてる物品もこの町でだいたいは揃うだろうし」
「よ、よかった~」
ローナは緊張していたのか俺の受け答えを聞き安心したように笑顔を見せ始めた。
「問題はいつ買いに行くかだけだな、そういえば入学する前に用事とかってあるのか?」
「特に無いよ、でもできるだけ早く買いに行きたい!」
「そうだな~指定の教科書は本屋の爺に取り寄せるよう言っておかないとといけないから、明日にでも買いに行くか」
「あしたいくの!?やったあ!」
「ちょ、食いながら喋るな!」
ローナはパンを齧りながら喜ぶのでぽろぽろと口からパンカスが飛び散った……きちゃない。
そうこう話している間に食卓の上は空きがでてきた。
……そろそろ話すか。
今日話す中で一番重要な話をしたいと思う。
「前々から言っていたけど、窓際職に就いたらたぶんこの町を出て行くことになると思う、まだ勤務地がはっきりと決まっているわけじゃないけどその時は父さんの事よろしく頼みたい。」
そう、窓際職はガニアン帝国の公務員だ。
そこで働く以上、上司から遠く離れた場所にいけと言われたら行きたい行きたくないの気持ちに関わらず行かなければならない。
その為、家からヒーロー校にかようローナに酔いつぶれた義父の世話をできる範囲で頼まなくてはいけなくなるだろう。
もちろん家政婦、メイドを雇ってもいいが家の中の希少な魔道具の存在を知り盗まれる可能性が少しでもある以上その選択肢はとれない、だからこそローナに頭を下げてでも頼むことにしたんだ。
「ユア、顔あげてよ」
普段頭を下げることをしない俺を知っている為か、少し困惑したような笑顔でローナが俺を見ている。
いかんいかん、少し心配をかけてしまったようだ。
「おう、金のことなら心配するな、月々家に送りこむようにするか……」
「ちがうよ!」
ローナに大きな声をだされ会話をさえぎられてしまう。
ローナは言おうか言わないか悩んでいるのか少し時間を空けた後に小さな声で喋りだした。
「あたしのせいで……お金稼ぐ為に家、出て行っちゃうんでしょ」
「え?……」
突然何をいいだすんだ?この子は……
茶化すような俺の気持ちをよそにローナは真剣な顔つきで俺を見上げていた。
「ちょっとまて、突然 何言ってんの?」
俺は慌てて反射的に言い返した。
「だからあたしがヒーロー校に行きたいって言ったから家のお金足りなくなって……それを知っていてもあたしは……」
「はい?いやこのまま家にいても世間体があってだな……」
まてまてまて、どうしてこうなった?
「もしかして、ずっと気にしていたのか?」
「……」
何も言わずにコクリとローナはうなずいた。
なるほど、ヒーロー校に行きたいと言い出してから勉強し始めた俺をみて感じるところが少しでもあったのだろう、随分と優しい子に育ってくれたものだ。
そう思ってくれていたことに対して嬉しく少しだけ誇らしくさえ思う。
だからこそ少し辛い言葉を言おう、俺の努力を知った今でも正義の味方になりたいという意思が変わらない為に。
「自惚れるなよ、俺はやりたいからやるんだ、別にお前の為だとかそんなんじゃねーよ!もし仮にそうだとしたら お前は夢を、正義の味方になるっていう夢を諦めるのか?」
「!……」
俺の怒気を含んだ声に圧倒されたのか尻尾と耳がピクリと動いた。
「……めない」
小さな声は確かに聞こえた。
「何か言ったか?聞こえないね」
だがあえて聞きなおす。
「あたしは絶対に諦めない!」
大きな声をだして宣言した後、こちらを睨み付けるローナをみて思わず笑みがこぼれてしまった。
そうだ、それでいい
「ま、頑張れよ」
……ああ、その意気だ 応援してるぜ
その後、何故かオカズを一品多く贈呈するハメになったのは蛇足か。




