第1話 受かった、受かった わ~いわ~い!
ずいぶんと嫌な夢を見てた気がする。
いつの間にか家の中の振り子時計は午後4時を回っていた。
どうやら本を読んだ後、昼寝していたみたいだ。
「ん~」
軽いあくびを一つして気分を治す。
うん、よし元気でてきた。
俺、ユミア・フォードは14歳、成人前のピチピチなお兄さんだ。
いろいろと事情があって今は血縁関係の全く無いリード家に居候として生活している。
居候してるといっても、何もしていないわけじゃ……、わけじゃ……あれ?少し不安になってきたぞ。
普段は酔いつぶれた義父の介護に、洗濯、掃除、台所の水汲みとほぼ家事全般を請け負っている、しかし俺より小さい子供ですら働いてる世間においての俺のたち位置はニートといって過言ではないだろう。
最近、いや、ここ数年はご近所さんからの視線が厳しい気がする……
しかーし!そんな後ろ指刺される生活も今日で終わりだ!
なぜなら『窓際職』へ入職できることが決まったからだ。
窓際職という職業とは閑職の事だ。
簡単にいうと仕事が遅く使い物にならない人間を辞めさせる為、わざと何も仕事を与えないず自責の念を抱かせて自分から辞めさせるという、いわゆるイジメであり本来ならば『追い出され職』という認識が正しい。
……のだが、ここガニアン帝国では窓際職の人数をどれだけ多く維持できるかが豊かさとしての権威であり、一般民衆に権威を見せ付けるためにあえて公募することすら行っている。
そんなやりがいの無い職業なのだが仕事内容が座ってるだけで他職種より高給料、何より危険の無い安全な職と一般常識では考えられない程の厚遇である為、非常に競争率が高い職業として認識されている。
そんな職業を目指し始めたのが今からたった2年前のことだ、成ろうとした理由は安全で高給な職業だからだ。
他の職業に安全で高給という職業が無いわけではないが、ほとんどが貴族やコネ採用の為 平民でなる事は不可能である。
安全な仕事か、高給料か、どちらか片方を諦められるのならすぐにでも達成できるだろう。
そう、片方を諦められるなら諦めればいい話だ。
「それじゃ駄目なんだよな~」
思わず独り言をこぼしてしまった。
……そう、それでは駄目なんだ。
俺は剣術と魔法に関しては他人を圧倒している自信はある。
だからこそ難易度が高いと言われる『帝国文武両官採用試験』の成績上位者として合格ができたのだが、いくら強い人でも油断すれば不意を付かれてあっさりと死ぬことを俺は知っている。
俺はまだ死にたくない、だからこそ安全な職を諦めるわけにはいかなかった。
次になぜ高給取りになる必要があるかだが、これは……
バタン!と年季の入った木製のドアが勢いよく開かれ、背の低い少女が飛び込むように玄関へと飛び込んできた。
セミロングの跳ね返りがついた赤毛に健康そうな褐色の肌、顔の中央にあるそばかす、犬の獣人特有のピンッと伸びた黒い犬の耳と尻尾が特徴の少女は大きな目を輝かせながら宣言した。
「ヒーロー校……ヒーロー校に受かった!やった、やったよー、父さん、ユア、あたしやったよ!」
そそっかしい少女の名前はローナ・リード10歳、リード家の一人娘だ。
「ローナ、もう少しお淑やかに開け閉めしろ」
「ユア、そんなことよりあたしヒーロー校に受かったよ!」
ローナは千切れるんじゃないかって不安になるほど激しく尻尾を左右に動かし、ぴょんぴょんと飛び跳ね喜びを全身でアピールする、彼女の事情が先ほど話し途中だった高給取りになる必要がある理由の一つだったりする。
そう、ローナが受かったといっているヒーロー校とは正式にはブレッシュ地方第一自由騎士科平等学校といい、名前からわかる通り自由騎士、いや違うか今では名称が正義の味方へと変わったんだっけ?
とりあえず正義の味方の養成学校だ。
そんなヒーロー校は公立の学校ではなくどこかの正義の味方が同輩の退職先にと建てられた私立の学校である。
その為、学費はもちろんの事、独自開発の指定教科書に訓練用の指定武具、絞れるところは全て絞り取ろうという魂胆がみえみえな物品などなど、とんでもない金額が卒業までに掛かることになっている。
リード家の金銭管理をしている俺から言わせてもらえば過去に錬金術師として名をはせた義父は今ではただの酔っ払いで、現在は全く収入がない現状のためとてもじゃないがローナをヒーロー校に行かす余裕が無い。
ついでに言うと俺も正義の味方に思い入れがない、それどころか軽蔑さえしている。
……まあ、それはともかく。
居候の身であり家計の事情に強く言えないのもあるが、俺を育ててくれた義母の、ローナの母親の遺言の為に、家計の事情という理由では夢を諦めさせるわけにはいかない。
だから働くことを自ら選んだのだが……
「ねえユア、ちゃんと聞いてるの?あたし受かったんだよ!」
……いけね、考え込んでいた。
不機嫌そうにむくれた顔を見て気を取り直す。
「わるい、少し考え事してた……凄いなおめでとう」
「えへへへ~、ありがとう! んっ、ハッハッハ、正義は必ず勝つ!」
思うところが多くあり、素直に喜ぶことはできなかったがローナはそんな様子に気がついていないようだ。
正義の味方の真似をして喜ぶ姿に……
金さえ払えば誰でも受かるような試験によくあそこまで喜べるな~と思うのだった。
「父さん、ねぇ父さん、聞いて」
「……ん、ん?」
ローナが酔っ払って寝ている義父を優しく揺らしながら話しかけている。
だが義父は昏睡状態なのかいっこうに起きる様子を見せない。
「ねぇったら、ねぇ、あたしヒーロー校受かったんだよ、これで正義の味方になれるんだよ 少しでいいから聞いてよ!」
話を聞いてくれない義父にイラダチを募らせだんだんと声が大きくなっていく。
またか……
この後の会話は何百回と繰り返してきたことだろうとだいたい予想がつく。
「ねえ、ユア。家にあるお酒全部捨てない?お酒さえなくなれば全部うまくいくよ!」
「ローナ、いつも言ってるだろ……父さんにとってお酒はこの世界で唯一の救いなんだ、酒を断つのは本人の意思じゃないと長くは続かない、それに強引に止めたらお互いが不幸になるだけだと思うぞ」
予想は当たった。
しかしローナは義父の酒の件をまだ諦めていないようだ。
その証拠に何も言い返さずにブ―たれている。
そんなローナを横目に俺もこの後の言葉をかけられなくなった。
医学の知識がない俺はどうすればいいのかわからない、しかし酒を飲む前の姿より現在の泥酔している方が幸せそうに見える。
……それに医者もこのままの方がいいって言ってるんだよな。
このような泥酔状態が以前何日間も続いたので医者を呼んだことがある。
医者はこのままの方がいいと言ったので信じることにしたのだ、嘘かもしれないが医者を呼ぶだけでもかなりお金が掛かるので2人目は呼んでいない……もっと金があればな~
つくづく金が欲しいと思う。
いかんいかん、重い空気を換えよう。
「よし、ローナと俺のお祝いを兼ねて今日は奮発して豪華な食材買ってくるぞ~!と、調理頼んだ」
「え?ユアも何か良いことあったの?」
「あ、そういえば言ってなかったな、窓際職、、、受かりました~!」
「え――!嘘、嘘だ、ユアじゃ無理、絶対無理、無理だよー!」
「失敬な、こう見えて毎日勉強してきたんだぞ、むしろ今ではお前より頭いい!」
「な!?あたしより頭いいってどういうこと?いつだったか忘れたけど文字の読み方、書き方も知らないで泣きついてきたのはどこの誰?というより本当に受かったの?」
ぐぬぬ……訂正させてくれ、確かに読めなくて尋ねたことはあったが泣きついてなどない。
「ああ、受かったさ、その証拠にこれ」
合格書を片手にわざとヒラヒラして見せる。
「うわあ、本物だぁ…………」
合格所の印鑑を見て判断したのだろう、ローナは固まってしまった。
「ふははは、どうだ、いつまでも俺がヒキニートのままだと思うなよ!」
とそんなアホな事を喚いている俺を無視してローナは両手をあげて飛び跳ねながら喜んだ。
「ユア、合格おめでとう!いっぱい頑張ってたもんね!うん、えらいえらい!」
「ちょ、こら飛び跳ねながら頭触るな」
身長が足りないのにわざわざ飛び跳ねてまで頭を撫でてくる、というか叩いている。
それほど喜んでくれるなら まあ、悪い気はしないな。
髪がくしゃくしゃになりながらもそう思った。
「えへへ~、今日はお祝いだね!凄くおいしいもの作るからいっぱい食材買ってきてね!」
「ああ、任せろ。豪華な食材いっぱい買ってくるからな、楽しみに待ってろよ!」
「わ~い!」
そう言うと俺は急いで家を飛び出した。
「あ、やべ食材買いに行く時間が……もう閉まってるかな?」
急いで家を飛び出し辺りを見渡すと冬の為、まだ5時過ぎくらいのはずだが暗くなりはじめていた。
「今から急いで向かっても閉店してるだろうし、どうするかな」
ここベニムでは夜になれば大通りに街灯が着くほどの大規模な町だが、普通の食料取り扱い店などは経費削減、というより蝋燭や油皿の燃料費が高い為、夜になると自然に店が閉まってしまう。
まずったな~今晩くらい豪華な食材買ってやるつもりだったのに……仕方無いか、少し高くなるけど上流階層付近の店に行ってみるかー
自分達平民が住む中流階層とは少し違い、上流階層に住む貴族様たちお抱えの商人達は明かりをケチらずに夜でも商売を行っているところが多い。
まあ、その分料金は増されるが今回ばかりは仕方ないでしょ……
余計にかさむであろう経費のことを考え、少しだけ気持ちがブルーになるが何度も必要経費だと心に念を押し落ち着かせた。
木造建築が並ぶ住宅街を抜け石造作りの建物が並ぶ方へと早足で向かう。
「明るいなー」
やがて大通りに出たのか石で整備された道は街灯により明るく照らされている。
日が落ちても多くの人々が往来していた。
そんな中、人にぶつかりながらも逃げるように動く少年たちの姿が見えた。
「スリか……」
少年たちの姿は中流階層の人たちの格好から少しだけ浮いている。
わかりにくいだろうが周囲と比べてほんの少しだけ格好が貧相だ。
十中八九スリだろう。
ベニムは豊かな街だ、しかしそれらは日の当たる面だけでしかない。
影では……いや、影って言っちゃ彼らに失礼か。
たぶん下流階層、いやスラムの人間だろう。
こうして街中で犯罪を起こしながら生活しているのだ。
「ローナがいなくてよかった」
ローナがいたらたぶん捕まえようと強く訴えていただろう。
それには俺自身反対だ、捕まえたとしてもメリットが何一つないからだ。
捕まえて報奨金がでるのなら有無を言わずに飛びつくのにな~
そういう制度が無いことに残念でならない
彼らを見てみぬフリしつつ足を早めた。
上流階層と中流階層を分ける大きな門が見えはじめたときだった。
「ん?」
なんだ?
何か違和感を感じる。
見られているのか?
背後からピリピリとした視線を感じ、すぐさま振り返るが相変わらず街行く人々が忙しなく歩いている。
気のせい……なのか?
すぐに向きを戻し、雑踏を歩き始める。
門を潜る手前まで来た時にもう一度さきほどと同じ視線を感じた。
またか!
どうやらつけられてるようだ。
捕まえてやろう。
明るい街並みから裏路地へと向かい暗くなった道沿いを土地勘なくあるく。
自分に手に負えない相手だったらどうしよう?という不安を抱くが、それ以上に今後もつきまとわれたら厄介なので早めに正体を明らかにさせようという思いのが勝った。
しばらく暗い道をクネりながら進みやがて行き止まりに差し掛かった。
よし、ここらで勝負をかけよう。
俺にはどんな状況下でも逃げられる『幻影魔法』がある。
だからこそ捕まえやすいようにわざわざ逃走しにくい経路を探していた。
しかし捕まえるのが目的だとしても俺より相手が強いのなら迷わず逃げ出すつもりだ。
「こんな所で死ぬわけにはいかないからな」
誰に言うわけでもなく自然と呟いた。
俺は暗闇に目を慣れさせるため壁を背後に一瞬だけ目をつぶる。
ほんの一瞬の静寂が体を支配する。
再び目を開けると全身の感覚が澄んでいくのがわかった。
よし!
暗闇に目を凝らし辺りをくまなく探すが見当たらない……がまだいるのだろう。
その存在の証明として時折、存在感をくれる。
「デートの誘いかい?それなら恥ずかしがってないで出てきたらどうだ」
戦闘体制を整えながら言うのも変な話だがこういうフザケタ事をする輩にはそれ相応の対応を常に心がけている。
わざわざ冷たい空気を吸い込んでまで大きな声をだしたのだが返事がない……
当然だ、尾行なら対象に気がつかれた時点で終了、アホなら名乗り出たかも知れないがこの気配はなんだ?遊んでる?いや、こっちを試しているのか?
「……随分とシャイな性格みたいだな、あんたには悪いが遊んでる暇はないんでね、そろそろ終わりにしてほしいんだが」
やはり返事は返ってこない、仕方ないこのままの体勢を維持するか……
しばらくの間、暗闇と向きあっていたが相手が出てくることは無くやがて気配は消えた。
……なんだったんだ?ずいぶんと嫌な予感がするが考えるのは後まわしだ、今は急いで帰ることにしよう。
大通りに着くまで何度か立ち止まったり、回り道をして尾行されてないか試したが結局のところ発見することはできなかった。




