どうか、夢であって。
拷問・百合・脱衣を含みます。
苦手な方はご注意を。
よその子お借りしてます。
夢かうつつか。
ふわふわと漂う意識。
何処かで誰かが、
私の名を呼んでいた様な気がしました。
薄暗い豆電灯がひとつだけ灯った、冷たいコンクリートで出来た狭い部屋の真ん中に、私は居たのです。
麻縄に、鞭、トゲトゲしたものが付いた椅子、何に使うのか想像したくもない器具たちと、開きそうにもない大きな扉、心許ない光源以外には何も無い部屋でした。
肌に纏わり付くのは重たい空気と、錆びた鉄の臭いで、誰もがここを薄気味悪いところだと思うに違いありません。
どうして、こんなところにいるんだろう、私。
それにしても、手錠に足枷なんて
一体誰がこんな手の凝った悪戯を仕掛けてきたの?
全く身動きが取れない上に、拘束の仕方が、背中のラインを強調させるようなもので、ちょっと恥ずかしい。
「誰か、誰か居ませんか。」
どうやらこの部屋は音が良く響くらしくて、自分の発した声が反響して聞こえる。何だか気持ち悪い。嫌だなぁ。
誰も居ない、居心地の悪い部屋で、身動一つ取れず呆然としていると、不意に目の前の重厚感のある鉄扉が開いた。コツコツと靴音を鳴らし、部屋に入ってきたのは
私の大好きな人だった。
「おはよう、元気にしてた?槐ちゃん。」
何時もの様にどこか大人びた笑みを向けてくれる。
こんな状況だけれど、うん、可愛い。
私も何時もの通りで居ようと、明らかに"作り物"である甘い声を出した。
「……メリー、さぁん。今度は何の遊びですかぁ?これ、外してくださいよぅ。」
刹那、彼女の顔が変わった。
彼女は激昂して、全く文章になっていない言葉を、単語の羅列を、私へ、雪崩の様な勢いでぶつけてきた。
普段の彼女では絶対に有り得ない事だった。
私はひどく驚いて、目を見開いた。
何を言っているのかは分からないけれど、きっと苛立っているのだろうな。
…私が受け止めなきゃ。
「ねぇ…?槐ちゃんは、
メリーと…遊んでくれるよね。」
彼女の瞳は、光も入っていなければ焦点も合っていない。
それでも、不思議と恐怖はあまり感じなかった。
どんな彼女でも、受け入れてやろうじゃないか。
私は、精一杯作った笑顔で頷いた。
私の返答を合図に、彼女は、整った髪とフリルを揺らし、少し歩いた所でしゃがみ込んで、何かを手にして、それを重たそうに運んできた。
どうやらそれは金属で綺麗に細工された木箱の様だ。アンティーク調のそれは、いかにも高級品である。
そして、彼女の両手を離れ、床に乱暴に投げ捨てられたそれは
ゴトン、という重さを感じさせる音と何か金属製のものがぶつかった様な鈍い音を立てた。
随分と高い位置から落とされたが、
箱には鍵がかかっているのか、開きはしなかった。
「賢いハッカーさんの槐ちゃんなら分かるよね。この中には魔女の錐が入ってるの。何に使うものか、分かるよね?」
目がちっとも笑っていないメリーさんがじりじりと距離を詰め、私に質問をしたが、そんな難しい問題、私には答えられる気がしない。だって、魔女の錐…なんて見た事も聞いた事も無い。だが、この部屋の空気、私に施された拘束、癇癪を起こしている彼女の様子からみると、恐らく何らかの凶器であろう。
彼女は、今から私に危害を加えるつもりなのだろうか。魔女の錐が、小学校の図工の時間に見た錐と同じ形状をしていない事を祈る。
流石に、鋭利な金属で刺されるのは嫌かなぁ。
「錐って、あの、穴を開ける道具ですかぁ?それなら、小学生の頃、使った気がします。」
それしか知らないんだね、大した事ないなぁ。詰まらない。とメリーさんは深いため息を吐いた。
「中世の末期、ヨーロッパで魔女裁判があったよねぇ。魔女狩りって知ってる?理不尽に、人を、殺していくの。
大抵、顔か金かで恨みを買った女の人を、隣人が『あの女は魔女だ』と密告する。そしたらその密告された女の人は酷い拷問を受けるんだ。自分が魔女だ、と認めるまでね。
認めたら、今度は仲間の名を吐かされる。自分が死を免れたいが為にね、罪も無い人を巻き込むの、皆、自分が大好きなんだよ。」
一息ついて、彼女は心底嬉しそうにして、無邪気な少女の様に、笑い、こう言った。
「でもね、結局最後には殺されちゃうんだよ。だって、彼女は『魔女』なんだからね。」
なるほど、今の話からすると、箱の中身は魔女狩りの時に使われた拷問器具なのか。って…拷問器具?ま、まさか、使うんじゃないよね?何かの脅しの為に持って来たんだよね?
私、何か怒らせる様な事、したかなぁ…?
冷や汗が頬を伝い、真っ直ぐな線を描き、鎖骨までゆっくりと辿っていく。
…冷たい。寒い。
「悪魔と契約を結ぶと、契約者は身体の何処かに印を付けられるの。その部分は刺しても血なんか出ないし、痛くも痒くもないんだって。その印を刺して確かめるのが魔女の錐、ってわけ。
でもね、メリーは、もう一つ知ってるよ。今話した悪魔との契約法は、性行為。ねぇ、槐ちゃんは、そんな穢らわしい事、メリーに隠れて…してないよね?」
メリーさんから、そんな言葉が聞けるとは思ってもいなかった。嗚呼、何だかドキドキしてきたかも。頬が緩む。
…ん?待てよ、つまり不貞を働いていないか、今から錐で刺して確かめる、って事?
メリーさんから与えられる愛ならば、例えそれがどんな形のものでも、耐えられるとは思うけれど…
ちょっと、刺されるのは、あの、本当に、嫌なんだけど。
高揚していた気分が一気にどん底へと落ちる。震えが止まらない。怖い。嫌だ。痛いのは嫌。出来ることなら逃げたい、でも、逃げられない。
…好きな人に、こんな事をされるなんて、思ってもいなかった。
彼女の懐から、上部がハート型になっているピンクゴールドの可愛らしい鍵が取り出される。それを、差し、回して開けた箱の中身は、確かに錐そのものだった。
魔女の錐を太腿のガーターリングに挟むと、メリーさんは、私の拘束を外し、衣服をゆっくりと脱がし始める。
先ずはチュニックと、かぼちゃパンツ。そして真っ白なレースがふんだんに使われたすみれ色のキャミソール。その、柔らかなレースが素肌に触れ、指でなぞる様に肩紐が腕から抜かれたら、この状況下でも顔が紅く染まってしまう。
少し背伸びして買った、黒地に紫の薔薇の刺しゅうが入っている下着だけは、残されたままだった。
今の状況を整理しよう。
背中のラインを強調させたポーズのまま、あられもない下着姿を、美少女に見詰められている。
…しかし、待ち受けているのは拷問の苦痛。混乱し過ぎて何も喋れない私に、
「良い眺めだね。」
と、一言。彼女が呟いた様な気がした。
彼女は無言で錐を握り、背中のホクロへ近付ける。私は息も絶え絶えで、過呼吸寸前だったのかも知れない。
鋭い、鉄が、私の皮膚に突き刺さる…
かと思いきや、何の痛みも無かった。
よく玩具屋で見かける、身体に当てると刃が内部に引っ込む、それと同じ仕掛けだ。
初めから、傷付ける気など無かったのだろう。
メリーさんは、魔女の錐を放り投げて、こう問い詰めてきた。…理不尽にも程がある。
「血、出なかったね…槐ちゃん、誰としたの?男の人、女の人?ねぇ、善かったの?
散々、メリーに好きだって言ってた癖に、夜は他所で遊んでたの?
…どうせ本気なんかじゃないんでしょ、私を弄べて楽しかった?折角、メリーが生かしておいてあげたのに。」
これは、私からの救済で、罰だよ。
その言葉だけが頭から離れなかった。
メリーさんの手から離れた錐は、硬いコンクリートの床にぶつかり、衝突時の衝撃による力で、そのまま部屋の隅まで転がっていき、冷たい壁に寄り添った。コツン、と無機質な音がした。
"救済であり、罰である"
その言葉の意味を問う前に、
メリーさんは、私の頸に手をかけると、頸動脈を思い切り締めた。彼女の細い腕の何処にこんな力があるのだろうという程の、強い力で、私の頸を締めた。
息が出来なくて、苦しかったけれど、嬉しかった。好きな人の手で死ねるんだ。車に轢かれるよりずっと良い。
ただ一つだけ、残念な事がある。
意識が途切れる直前だったかな。
頸を締める力を一層強めたメリーさんは、何故か、泣いていたんだ。
最期に見た貴女は、ぼろぼろと涙を零して泣いていた。せめて、身体が自由に動くのなら、この手を伸ばして、力いっぱい抱き締めてやりたかった。そんな事もしてやれなかった。
紫の様な、桃色の様な、綺麗な瞳から零れる涙の内のひとしずくが、私の頬に落ちた。
彼女の涙は、とても温かかった。
その温もりを感じながら、私はゆっくりと意識を手放した。
真っ白なレースのカーテン、そよぐ夏風。確か、ひらひらと舞うカーテンと同化した兄を、シロクマと見間違えた事があったっけ。恐らくここは自分の部屋だ。今、私は、生きているか、死んでいるのかも分からない。あれは悪い夢だったのだろうか。
夢か、うつつか。
私には、いくら考えても、
考えても、分かりませんでした。
ただ、私の手を強く握り締めて離さない、ひんやりとした手の感触だけは、確かに現実のものの様な気がしたのです。