初恋のハーフタイムー7ー
くるり、くるりとマドラーが回る。
3つの角砂糖とポーションミルクが淹れたてのブラックコーヒーへと溶け込み大きく変質させていく。
傷一つない白磁のカップに注がれたチリ一つ浮かばない黒の液体は蕩けるような飴色の液体へと変わる。
一馬さんは一息つくように、それを口にして話を続けた。
「華さんは家から君を連れ出すことも考えた。だけど下手なことをすれば、最悪、法的な手段を用いて親権を剥奪される…と、その、つまり君のお祖父さんがお巡りさん達の力を使って君と華さんを引き離すかもしれなかったから、それは諦めるしかなかった」
新聞か何かで読んだことがある。
離婚する夫婦のどちらに子供が育てられるのかは経済力も含めて決められるって。
僕の場合は少し違うけど…多分、そういうことだろう。
祖父は社長で、母さんはその会社の従業員だ。
もし僕を引き取ろうものなら、きっと母さんは辞めさせられる。
そうしてでも取り戻そうとする…だろう。あの祖父なら。
法律とかで決められたことが守られる訳ではなく
単純に強い人が物事を決めるのだと、僕は祖父を近くで見続けて思うようになっていた。
「でも、それでも華さんは諦めようとはしなかったんだ」
そう言われて、一つのアイデアが浮かぶ。
そうか。
お金とか、母さん一人とか、そういうものとかが問題だとするのなら。
「もしかして…それで、一馬さんを頼ったんですか?」
目の前の、この、いい歳してさっきまで割と幸せそうにパフェを頬張っていたこの人はこれでも一応、祖父の会社ではエリートとして活躍しているらしい。
ただの従業員なら、多分退職に追い込むことは容易い。
だけど優秀な社員が反抗したからと言ってすぐに辞めさせるのは
恐らく…会社にとっては良くないことというか、いくら祖父でも難しいのではないか。
母さんはそれを見越して一馬さんに近づいたのだろうか。
経済力と、祖父に対抗出来る資質を持った優秀な人と結婚することで
僕を奪い返せるだけの力を用意した…?
「…その質問が出るってことは、子供にしてはやっぱり考えが回るすぎるな。君は。
だけど良かった。そう簡単に判断してしまうほどにはまだ、子供で居てくれて」
一馬さんはニヤリとして続けた。
「事実だけを並べるとそう考えることは出来る。だけど大人は、そう単純じゃない。
君のお母さんはそんなに器用じゃない。
あまり話すわけにもいかないが…俺に近づいたのも打算だけじゃない」
そこまで言うと一馬さんは少し黙って、これは恥ずかしいから内緒にしてくれと言付けてから。
「ただ人より強かった。少なくとも息子の為に、何があっても諦めずに足掻き続けるほどには。
…母は強しだな」
そう話してくれた。