初恋のハーフタイムー6ー
バナナミルクで作られたソフトクリームにはモルトパフがたっぷり振りかけられたチョコレートソースがかかっており、視点を下げていくと僅かな曇りもない綺麗なグラスの中にこれでもかと詰められたメロン、パイナップルにイチゴなどのフルーツが見え、底の方にはそれらの水分を吸収する為のコーンフレークが見える。
「どうした。食べないのか?」
パフェ越しに一馬さんが声をかけてくる。
僕のものよりもひと回りは大きいそれへと匙を差し込んで、山盛りに掬い上げた生クリームを口一杯においしそうに味わっている。
「うん、旨い。実に美味い…。バナナミルクのソフトクリームなんてどこも同じだろうと思っていたがここのものは流石にご当地品と言うだけあるな。…ほう、どうやらこの近くの牧場から搾りたてのミルクを使っているそうだ。その新鮮さのおかげで甘すぎず、後味に雑味のない上品な味に仕上がっている訳だな。この分であればこの中盤以降に埋め込まれたプリンにも非常に期待が持てる。な、もし、よければ後でそのフルーツと一口分ずつ交換を…」
そこまで話したところで僕の無言の抗議に気づいたらしい。
一切手をつけずに睨みつけていた甲斐があった。
「…ダメか。わかった。確かにメロンは貴重だもんな」
「そっちじゃないですよ!」
ダメだ。通じてなかった!思わず大声を上げてしまう。
「そうじゃなくて説明は?こんなとこまで連れ出されたことへの説明を僕は求めているんですよ!」
すっかり能天気な雰囲気に戻った一馬さん。
いや、今やこれまで会っていた時よりもずっと明るく、能天気な一馬さんに僕は全力で突っ込んでいた。
「ああ、いや分かっているが一日中かしこまってお互い疲れたろ?そして疲れた時は甘い物だろ?ちなみに俺は実は大の甘党なんだな。これが」
そう言ってまた一口、一口と美味しそうにパフェを進めていく。
そして僕も食べろと促すように視線を送ってくる。
とても食べる気になれなかったが、どうやら食べないと話が進まないらしいので
少しずつ手をつけていく。
…確かにパフェそのものはとても美味しく、少し気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
トイレから帰ってきた一馬さんはそのまま僕をサービスエリアにあるレストランへと
引っ張っていき、何も説明せずに二人分のパフェを頼んでいたのである。
そして全て食べ終わると一馬さんはコーヒーとオレンジジュースを頼んでから
ようやく話を切り出してくれた。
「さて、では本題に入るとするか。最初に話しておくと、今日いきなり連れ出したのは思いつきによるものではなくて、華さんと俺の計画によるものだ」
いきなり不意を突かれた。
二人で僕を連れ去る。それはつまり。
「そうだ。俺たちは君の祖父にして、社長でもある白木辰彦さんへのある種の裏切りを働いた」
信じられなかった。
「母が、祖父を裏切った…?」
少し神妙な顔つきになって一馬さんは答える。
「そうだ。君もあの人をが怒らせればどれだけのことになるか分かっているよな」
忘れる筈もなかった。
蔵の中で過ごした僅かな三日間で、僕は壊された。
「華さんもまた、昔、あることをしでかしてそれは恐ろしい目にあったらしい。
普段から厳しい人だったが、とりわけ裏切り行為に対してはとことん容赦しなかったという。
今でも取締役…もとい、辰彦さんと話す時、彼女は必死で滲み出てくるような苦しみを抑えていると聞いたことがある」
「そんな…」
知らなかった。祖父に苦しめられていたのは僕だけじゃなかったとは。
一度もそんな話を聞いたことがないし、祖父の言いなりになっているとは
思っていたけどそんなに苦しんでいたなんて。
それもまるで僕のように。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、一馬さんは淡々と話し続ける。
「それでも彼女は君の為に戦う覚悟を決めた」
「…思い出させたら申し訳ないんだが、君が蔵に閉じ込められ、失神するまで放って置かれたことがあっただろう。彼女は当時出張で家を空けていた。後からその事件を聞いてすぐに助けられなかったことを悔やみ、これから二度とそんなことを起こさせないことを誓ったそうだ」
ちょうど一年前のこと。
あの時から僕は母すら信じられなくなって、内心で見下すようになっていたのに。
そんな覚悟を抱いていたなんて。
「母さんが…」
呼び捨てにせずに口にしたのは何時以来だったろうか。
ぽつりと、窓際の席に座る僕めがけて、水滴がガラスへとぶつかり出す。
雨が降りだそうとしていた。