初恋のハーフタイムー5ー
うっすらとした微笑みはいつしか不気味さを感じさせるものに変化していた。
先ほどまでのホッとさせるような雰囲気はいつの間にか消えている。
僕は呑まれていた。
二人だけのお別れの時間?
そんな能天気なことを考えていた自分がうらめしくなる。
もうここは何かが違う。
そんな緩やかな空間ではない。
「だから一つ考えついたことがある」
冷たい瞳で見つめながら一馬さんは僕の頬へと手を伸ばす。
右の頬に添えられた手はとても冷たくてぞくりとする。
そのまま一馬さんの左手は僕の髪をさらりと梳いていく。
一馬さんの目はより昏く底知れないものへと変貌していく。
それを覗きこんだ僕の心もまた吸い込まれていくようで
何も考えられなくなっていく。
目の前にある薄く横に広がりきった微笑みが、僕を丸呑みするように大きく開いた。
「君をここで俺は誘拐してやろうって、ね」
それは一変するような悪戯っぽい笑顔で、あっけにとられた僕はそのまま抱え込まれてしまった。
突然すぎる展開に、声もあげられなくて、混乱したまま僕は彼の車へと押し込まれる。
シートベルトを締められて、そのまま発進。
一馬さんは運転しながらどこかへと電話をかけ始める。
動き出した車はすぐに高速へと入り、どういうつもりなのかと尋ねようにも電話中の
一馬さんは手振りで待っててとやるばかりで何もできない。
外から見える風景は海と空だけのものから次第に家、ビル群へと姿を変えていく。
僕はなすがままとなっていた。
「…ええそうです。このまま…はい。…それでは」
そうして押し込まれてから一時間は経った頃、一馬さんは電話を終えた。
その頃には車を運転しながら電話をかけるのは確か交通違反ではなかったか。
そう口にはできないまでも、考えられるまでには余裕が出てきていた。
「ふう。やれやれやっと終わった。さて、急に連れ出して悪かった」
スマホを切り、前を見ながら一馬さんは呟くように僕に話しかける。
「なんで連れ出したのか聞きたいってことはわかる。だがその前に一つだけ、お願いがある」
一時間も連れまわしておいてお願いなんて、と言いそうになるも
あるものが目に入り、僕はその言葉を引っ込めた。
ハンドルを握る一馬さんの手が震えている。いや、汗ばんですらいた。
何かに緊張しているのか。
常にどこか抜けた雰囲気だらけの、あの一馬さんが?
気がつけば顔つきも気迫を感じるほど真剣そのものになっていた。
…それほどの覚悟をもって、僕に何をお願いするというのだろう。
「な、何でしょうか」
ただならぬ様子に思わずこちらも緊張して返してしまう。
ほんの数瞬の逡巡があり、一馬さんは口を開いた。
「…トイレに、行っていいだろうか」
「…早くしてくださいね」
一発殴りたくなるような気持ちを抱えた僕を乗せて車はサービスエリアへと向かっていった。