初恋のハーフタイムー3ー
草木芽吹き、花咲き誇る美しい春の日、一馬さんと母さんは雲ひとつない空の下で結婚した。
海に面した教会に多くの人が駆けつけ、二人を祝福する。
花嫁姿の母はどうでも良かったが、
タキシードの一馬さんはとても格好良く、何故かドキドキした。
二人とも華やかで、誰もが笑顔で、幸せというものに満ちていたように思う。
ただ一人、僕を除いて。
「この度は新郎新婦の親戚の皆様方、並びにご友人の皆様、またその他の関係者の方々にわざわざお越し頂きましたこと今一度深く御礼申し上げます…」
祖父が新郎方代表として挨拶を行っている。
僕はそれを会場の隅にあるテーブルに座り、一使用人の子供という立場で見守っていた。
結婚式の前日に、祖父は僕にこう言った。
恥知らずの塊のようなお前をわざわざ人前に晒すこともないだろう。
そう考えていたが、お前の母親がお前を式に呼ばなければ
死ぬことすら厭わないとしつこく言い張る故に、他人の子供として参列させてやることにした。
ボロが出ないよう誰とも口をきかず、隅で大人しくしていろ。
そう念押しされて、僕はここに居る。
疎ましかった。
命がけで僕を参加させたという母の行動も理解出来なかった。
今更?
今も生活の全てを縛られている僕を助けようともしない。
蔵に閉じ込められた時に何もしなかったくせに?
嘲笑いたくもなる。
欺瞞にあふれた母を見る。
目が合い、ぎこちない笑顔で小さく手を振られて、
僕はそっと顔を伏せ、拳を握りしめた。
二人の生活はどこかで行われ、そこに僕はいないと聞いている。
祖父という鬼から母だけが逃げだした。
見捨てておいて、何を思ってそこまでして僕をこの場に呼んだ?
母親としての情が湧いたとでもいうのか。
自分がただ見せつけているだけということを理解しているのか?
この先も鬼の下で暮らさなくてはいけないこの僕に、
一馬さんと仲睦まじく暮らしていける、その幸せを。
憎い。
また。
ああ、また。
心が沈んでいく。
今日を限りに、一馬さんと会えることもないのだろう。
その事実を再認識した瞬間、自分がどこかに消えていき、
適切な行動パターンを繰り返す自動人形が現れるのを感じていた。
僕には憎しみも悲しみも宿すことは許されない。
大人を不愉快にさせる存在であってはならない。
大人の先に居る祖父を怒らせることだけは常にあってはならない。
「それではケーキ入刀です…」
挨拶が終わり、式は進んでいく。
会場の照明は落とされて、スポットライトを当てられた一馬さんと母が中央に現れる。
二人は手を取り合って大人の背丈ほどの巨大なケーキを切り分けていく。
その光景を見つめながら、周りに合わせて拍手をする。
笑顔を作りだす一方で、暗闇の中、僕は泣いていた。
誰にも気づかれないようにその涙を拭った。