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憂鬱なるラインズパーソン

忌々しい…ですネェ。

そうとしか考えられなかった。

一向に降り止まない土砂降りも、これから行かなくてはならない訪問先である西条彩人のことも。



学生の頃から純粋に絵画の美しさに憧れて美術商にはなったが、スレスレで入った会社が不味かったのか少しばかり性質の悪い社長から要求される仕事は美が持つ崇高さとは真逆にあるような肉欲にまみれた水商売と大差のない詐術めいたものであり、それでも時に僅かではあるが本物に触れる機会があることに魅せられ、辞めることも選べずにだらだらと生き続ける。

玖珠間千次とはそういう男であった。


本当忌々しいもの、ですよ。


重ねてもう一度雨雲を睨みつけてやる。自らの眼光に天も怯え、からりとその態度を改めるのではあるまいかという浅はかな妄想、もとい思いつきは至極当然なんらの意味を持つことはなかった。

訪問先の主は車はなんかガスとか匂いが嫌だということで駐車することを許さない為、近くのパーキングに停めてそこから歩いて向かうのがいつものやり方である。ただ今日に限って傘を忘れてしまったことに停めてから気付いてしまったので今更コンビニに向かうことも出来ない。もう一度動かして止めて経費を二重に申請すれば在職何十年という置物めいた経理にこの短時間で停めたり動かしたりと何をしているんですかとネチネチと言われてしまうのが目に見えているからだ。

結論として小走りで向かわなくてはならないが、この土砂降りでは瞬く間にずぶ濡れになるだろう。下ろし立てのスーツだというのに全くついていないものだ。

加えてこれから扱いづらいことこの上ない作家こと西条の元に訪問することを思うとさてどうしたものかとため息の一つも吐きたくなる。


彼の作品自体は嫌いではないのだが。


人間性はともかくとして彼の描く絵は担当している作家たちの中でも僅かな一握りの本物だと玖珠間なりに確信しているからだ。

時代ごとの感受性に合わせて売れていく作品なんかじゃない、あらゆる世界、あらゆる人間の中に一度はあるであろう虐げられることに対する正当かつ純粋で真っ直ぐな、祈りにも似た美しい怒りが迸っている作品なのだ。不平等な世の中であっても、それを受け入れて大人しくする必要はなく、理不尽な仕打ちには怒りを表明するべきなのだと強く魂を揺さぶる作品なのだ。どこか納得のいかない環境にある自分の感情を代弁してくれるような彼の作品に打たれていた。


まあですから…最近の作品にはちょっとばかし、違うものを感じるんですがネェ…。


前衛芸術などと言えば聞こえは良いが、もとより共感を得難いものではある。

人物画、風景画などは何が書かれているのかはっきりしているのだからテーマまで汲み取れなくともその筆使いや色彩バランスなど技巧的な部分に感銘を受けることは易しいし、満足感も得られることだろう。しかし西条が描くような水風船に絵の具を入れてキャンバスに叩きつけたかのような突飛な原色と衝撃と暴力をぶつけたような作品ではどこに魅力を感じれば良いのか分からない人間がいて当然だ。

そこでメディアを使って神格化させる手法が必要になる、つまり社長による美術界の人脈を巧みに駆使したマーケティングがなければ未だに売れることはなかっただろう。

食い詰めて筆を折る人間の方が多い美術界は得てして不思議なもので一度認められるとそうそう零落することもないシステムになっている。持ち上げてしまったメディアも、鑑賞する側の一般人も前衛芸術など最初からよく分からないものの変化に気付けるほど聡くはない。似たような味わいであれば気づかれることはないのだ。

しかし玖珠間のような業界人にしてほぼ最初から彼の作品を見ていた者からすれば本質の微妙な変化を見逃すことはない。


違うのだ。


クオリティ自体は落ちてはいない。ただ売り出し中の路線、覆面作家による異端の憤怒というコンセプトから少しズレた感情が入り込み始めているような気がするのである。その変化の原因を突き止めなくてはいずれ致命的な変化を起こすかもしれない。それこそ一般人でも気づいてしまうような。それでターゲット層とのズレから売り上げが落ちようものなら部下をいびり倒すことしか興味のない社長に何をされるか分かったものではない。


新作の催促と同時に、何が起きているのかの身辺調査。

それが西条が契約している美術商社ことスケラ所属のプロモーターにして彼のマネージャーたる玖珠間の今回の訪問の目的だった。



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