愚者と弱者のミックスアップー1ー
東雲一馬は妻と息子が寝付いていることを確認してから書斎に入った。
バランタインをレモン果汁入り炭酸水で割り、空気清浄機の電源を入れてから
ロングピースに火を灯し、一息つく。
肺の奥までゆっくりと煙を入れ、濃い目に作ったハイボールを味わう。
アルコールとニコチン、二つの化学物質の覚醒作用で頭の中がクリアになる。
そうして1日のトピックスとなる出来事を振り返るのが彼の習慣だった。
普段なら仕事のこと、または妻や息子、あるいは社会情勢などなどを考えるのが常だったが、
今日ばかりは一つの名前だけがその意識を支配していた。
西条彩人。
竜之介の実の父親であり、前衛芸術家の在原ゴウトとして覆面作家として活躍する人物。
初めて顔を合わせたが、実に不思議な男だった。
褐色の肌に、ブロンドの長髪、切れ長で鋭く青い瞳。
外国人だとは聞いていたが、竜之介が日本人然とした黒髪黒目だったことから
アジア系かと勝手に判断していたのでその北欧系というギャップに驚かされた。
加えて初対面の人間にも遠慮が無い口の悪さ、子供相手にもカッとなる短気な性格。
芸術家という人種は繊細であり、物静かだという思い込みも覆された。
また一方で(他にどうしようもなかったとはいえ)ひとまずは介抱してくれるだけの良心はあったことから根っからの悪人という訳でもないとは思う。
2本目のピースに火をつける。
紫煙はタワータイプの清浄機に吸い込まれていく。
何よりは、あの無茶苦茶な創作活動だ。
口の開いたチューブをキャンバスに貼り付け、手で、足で殴る蹴るを繰り返し中身を噴出させていく。
それも大人の背ほどあるキャンパスに、幾つも幾つもそれを行っていた。
表現しようとしていたのは恐らく怒り、あるいは暴力そのもの。
彼の作品をネットで検索すると名前が売れ出した初めの頃などは人物画も描いていた。
専門家の評判を見ると極端なコントラストを主体とした色使い、一気呵成に描いているような勢いのある主筆が強いエネルギーを生み出しているとあり、褒められていた。
芸術に疎い一馬にはそんなものかという感想しか湧かなかったが、要は普通の絵というものも描ける筈ということだ。
暴力や怒りを表現する人物を描く、あるいはそれを想起させる物や描写を行う。
そうした普通の方法を彼は取らず、まさしく直接、その思いをキャンバスへと比喩ではなくぶつけていた。
だからアレは彼自身が感じている怒りそのものだったのだろう。
何かに代弁させてしまうことでその湧き上がるような強烈な怒りの純度を少しでも落とすことを嫌がったのではないか。
ただ、それならば。
俺の心を奪い去るほどの純然たる怒りの発露。
その源泉となるエネルギーの正体とは何なのだろう。
夜は更けていく。




