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初恋のハーフタイムー8ー

「付き合い始めて、俺は少しずつ君のことを相談されるようになった。友達と遊ぶ暇もないほど管理されていること、厳しい祖父の下で息苦しい生活を強いられていること。助けてやりたくても父親に話も聞いてもらえず悩んでいると」


窓を打つ音は、ぱち、ぱちと弾けるようなそれから、タタ、タタとぶつかり続けるようなそれへと変化している。


雨は次第に強くなりつつある。


一馬さんはじっと僕を見つめて、話を続ける。


「俺はそれを聞いてまず君に会ってみることにした。どんな顔をしているのか、自分の目で確認したくなったんだな。…いやあ難しかったな。話に聞いていた通り、君は本心から物を言わない。笑ったり、すねたりしてたのも全てどこか、よくできた作り物のような感じがした。多分、他の大人はそこまで気にしていないからわからないだろうが、事実を知った上でよく観察していれば…わりと見破れるものなんだ」


やはり見透かされていた。

僕が常に計算して立ち振る舞っていたこと…それも、最初から。


一馬さんが色々な面を見せてくれたのもひょっとしたら僕の反応を引き出す為だったのかもしれない。

いや、僕ですら気づいていない本心の部分すらこの人は…もしかしたら見通しているのかも。


「その様子をみて華さんの話が事実だと確信出来た。大人の為に自分を押し殺す…まあある程度は誰でもやるが、君の場合は余りにも熟れ過ぎていたから…ずっと顔色を伺っていることがはっきり現れていたんだからな」


直接こうして言うのもどうかと思ったが君なら受け入れることが出来るだろうし、

また、何より俺は曖昧な物言いは好きじゃなくてな。

付け加えるように一馬さんはこぼした。


僕もその方がいいです。

ありがとうございますと僕も返す。


全てバレていると告げられていると、なぜか安心して素直な言葉でお礼が言えた。


一馬さんは頷いて、半分に減ったコーヒーに更に角砂糖を足す。


…それは甘すぎではと突っ込みたくなったが、ひとまず我慢した。


「それから俺達は辰彦さんに二人掛かりで君を引き取らせてほしいと何度もお願いしたんだが、頑として譲ってもらえることはなかった。あの人は本気で君に会社を継いでもらうことを望み、絶対に自分の手で育てると言って、いつしか俺達は君と会わせてもらうことも許されなくなった」


確かに結婚式が行われると決まってから、僕は二人に会うことが出来なくなっていた。

祖父により、家庭教師との勉強、稽古事を増やされ、そんな暇もなくされていた。


極め付けに祖父から、両親と一緒に暮らすことはないと断言された。


そうした一連の流れにはそんな裏事情があったのかと、僕は…驚いていた。


一馬さんは僕に笑いかける。


「俺は、実は気に食わないことがあると必ずブチのめすタイプなんだな。特に、弱いものイジメなんてものは心から気に食わない。ただそれでも、君が辰彦さんといることを望むなら、それはそれで仕方がないこととだ。だけど君の歳で、その本心を誰にも伝えず押し殺して生きていくことは間違っていると思う」


そして一馬さんは、僕に最後の問いかけをした。


「だから全てを知った上で…希望を聞かせて欲しい。これから誰と暮らしたいのかを、教えてくれ」


それは、僕は、それは、そんなの、決まっている。


母さんと一馬さんと…暮らしたい。


もしも友達と自由に遊べる日々があるなら、自分でやりたいことを決められるなら

それほど僕にとって…嬉しいことはない。


ただそう考えたところでジワリと心のどこかがまた冷たい不安のようなものを感じ始めていた。


その選択は、祖父への裏切りに、他ならない。


その事実を認識した瞬間。


閉じ込められた時の恐怖が、冷たい眼で支配され続けた苦しみが

圧倒的な力の中に閉じ込められ続けた記憶が頭の中に蘇る。


逆らってはいけない者が、この世にはあるということ。


それがルールであると、それが理屈であると

何度も骨の髄まで叩き込まれた事実が僕を再び支配する。


ココハヒトマズ、カンシャスルフリヲシテ、ゴマカソウ。


そして裏切ることなく祖父の元に帰ろう。


自動人形が立ち上がり、勝手に喋ろうとしている。


視界は白黒になり、音が聞こえくなる。


ダメだ。

逆らえない。

祖父に逆らうことは、僕にとって絶対に認められないルールなんだ。


ここで母さんと一馬さんを選んだところで、

圧倒的な力を持つ祖父にその生活は潰されて

僕はまたあの家に戻される。


その時、裏切りを働いた僕を祖父はどうするだろう。


考えるだけで体が震えて、止まらなくなっていた。


ダメだ。ダメ、ダメだ。


絶望していた。助かることだけを考えていた。

どう考えても僕は、支配から逃れられないと結論付けようとしていた。


祖父とまた、暮らすと告げようとした、その時。


「…一つ。言っておこう」


その時。


「もしも、君がお祖父さんの影に怯えて、そのせいで迷っているなら。それは心配しなくていい」


一馬さんがそっと僕の手を握り、そして、僕を車に乗せた時のような

とてもとてもとても、この上なく悪い顔をした。


「その為にわざわざ君を”誘拐”したんだよ。ここでもし結論を出さなくても、それならそれでいい。俺たちは君を誘拐し続けてやる。何のしがらみもない人質としての生活を提供してやろう」


人質として存在すること。

それは確かに理屈の上では…祖父への裏切りは成立しない。


それでいて…二人と暮らすことが出来る?


「俺は誘拐犯として君の祖父と交渉し続けてやろう。生活のことまで気をまわしているなら大丈夫だ。とっくに辰彦さんに潰されなくて済むだけの仕込みがある。君を守れるだけの力くらいはもう用意してある」


そう語って、一馬さんは僕の答えを待った。


震えはもう止まっていた。


視界が再び、クリアになっていく。


世界が色づいていく。


母さんが僕の見えないところで戦い続けてくれたこと、

一馬さんが一緒に暮らすことを望んでいてくれたこと、


仕立て上げられた僕ではない

自動人形なんかじゃない僕が必要とされていたことを知って。


気づけば僕は今日二度目の涙を流していた。


それは一度目の支配され続ける未来を見た絶望によるものではない、

ただ一緒に居てほしいと本気で望まれたことへの、歓びの涙だった。



そうして僕は、人質として、母さんと一馬さんとの生活を始めることになった。





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