始動
人気がない裏庭で幼女と十代半ばの獣人の少女が対峙する。
「じゃあ、この銅貨が地面に落ちたらスタートよ」
幼女もといカサンドラがピンッと指で銅貨を上へ弾く。銅貨は高く上がり、ゆっくりと地面に落ちると同時に二人の姿が消える。いや常人では見えない速度で移動したのだ。
「ハッッ‼︎」
先手を取ったのは私。素早く繰り出された右手がレーニャの喉元を襲う。レーニャはそれを防ぐのではなく身体を僅かに傾けて受け流すことでダメージを逃す。身体を傾けた遠心力を利用して私の頭部目掛けて強烈な回し蹴りをするが、私はそれを読んでしゃがみ込むことで回避し、逆に足払いをかける。
「キャ‼︎」
足払いされバランスを崩したレーニャの腹部に正拳突きを浴びせるが、レーニャは後方に飛ばされることでダメージを軽減させた。けど私は飛んだレーニャを八極拳の技である活歩で追撃する。一瞬で距離を詰めた私は無防備のレーニャに腰に構え、体を横に向けながら放つ威力重視の突き技である冲捶を放とうとするー
「はい終了」
寸前で動きを止める。私の手はレーニャの喉元に添えられていた。この間、僅か五秒。
「また秒殺ですか〜。なかなか上手くいきませんね」
「私の五割相手によくもった方だわ。それに反撃できるようになってきているからかなり成長してる。普通の人だったら最初の一撃で瞬殺よ」
実際、レーニャクラスの実力者なんてそうそういないと思う。今回勝てたのも相性の問題もあったりする。私は圧倒的な身体能力と戦闘技術を武器にする近接万能型で、レーニャは技術とスピードに特化してるがパワー不足で体力と防御の強度が低い。そのため私との模擬戦では短期決戦でなくては勝機が無いし、一撃を喰らうとダメージが残りやすい面があった。もちろんそれは私限定で、普通の人相手なら何の問題も無い。
「それでも私はお嬢様のメイドですよ。お嬢様を守るくらい強くなりたいんです!」
なにこの娘、マジ天使なんですが。お持ち帰りしないと(錯乱)
「貴女みたいなメイドが専属だなんて本当に私は恵まれているわ」
「えへへ、私もお嬢様に仕えることができて幸せです」
しばらく二人の間には穏やかな時間が流れた。
「ついに来月でお嬢様も十歳ですね。魔力測定もありますが本当にあの計画を実行なさるのですか?」
そう、私は来月で十歳を迎える。そして十歳は私の人生の中で重要な意味を示している。まずは冒険者の登録が可能になること。将来冒険者として生きることを決めていた私には必要不可欠な条件だ。そして十歳の誕生日に魔力測定が行われ、原作通りだとその後に第二王子と婚約することになる。
私は両親の道具として生きるつもりはないし、貴族や婚約も興味無い。それに私には魔力測定は必要ない。何故なら私には魔力が無いからだ。このことに気づいたのは三歳の時に『ゴブリンでもできる魔法入門』を読んだからだ。実はこの本の中に魔力測定の機材が付いていて、使ってみると反応が無かった。自分でも魔力を感じることができなかったので、私は特典の抑止力が働いた影響だと考えた。それに魔法が使えなくても特典があるから特に問題は無い。
そしてレーニャが言っていたあの計画とは父の不正の証拠を王城に提出することだ。実は冒険者になると決めた七年前から少しずつ父の不正の証拠を集めていたのだ。『ゴブリンでもできる忍の心得』のおかげで難なく機密文書を手にすることができた。まあ出てくるわ出てくるわで集まった不正の証拠はとんでもない数に増えていた。内容は不当な増税に、国に納めるべき税金の着服、横領、さらに若い女性の誘拐やこの国で禁止されている奴隷の売買など多岐にわたる。中でも酷かったのは隣国と共謀して国王暗殺を目論んでいたことだ。これは流石にまずいということで十歳以前のうちにこれらを提出しなければならない。
普通なら外出すら難しいが、忍の心得を覚えた私には造作も無い。夜にレーニャを連れて簡単に脱出できた。
実は公爵家の屋敷は王城下にあり、すぐに王城に行けたのは驚いた。なんでも公爵領は辺境にあり、王都ほど物が揃っていないため贅沢好きな二人には領地にいるより王都にいた方がよかったらしい。いかにも贅肉を纏った父と宝石好きな母らしい理由だ。
そして私達は王城の近くにいた。
「さてここまで来たけど、どうやって証拠をだそうかしら。流石に正面から行くのは愚策ね」
公爵家令嬢といってもアポイント無しでは王城には行けない。そんなことしたらあっという間に捕まるわ。
そう考えると、とれる手段はひとつしかない。
王城にある執務室。室内には国王が宰相と密談していた。
「宰相よ、まだ奴らの尻尾は掴めないのか?」
「申し訳ございません、どうやら貴族の中にも奴らの息がかかってる者が多く情報が錯綜しているようです。それに反国王派の動きもあり中々人手が足りない状態です」
国王と宰相が頭を悩ましているのは国内で暗躍している奴隷の売買組織だ。そもそも国では奴隷制度を禁止しており、破った者は貴族でも厳罰に処している。それでも奴隷が売買が行われているのはその組織が反国王派の大貴族や隣国と繋がっているからだ。本来なら組織を貴族ごと潰したいところだが、上手く隠れているため現状手を出せない。
「その悩み、私が解決させていただきます」
「っ⁉︎誰だ‼︎」
部屋のどこからか子供の声が聞こえた。護衛は部屋の外におり、部屋には国王と宰相しかいない。
天井裏から現れたのは十歳程度の幼女と十代後半の獣人の少女。
「お初にお目にかかります陛下、キルシュバウム公爵家が長子カサンドラでごさいます」
見事な所作を魅せた可憐な幼女に二人は思わず息をのむ。
「その公爵家令嬢が何故天井裏から現れたのでしょう、裏に潜んでいた者がいたはずですが」
我に返った宰相は笑顔のままカサンドラを凄む。
「そうですね、彼らには少し眠ってもらいました。あの程度の者でしたら誰にも気づかれずに意識を奪うことなど造作もありません」
天井裏にいたのは王を守る影の者で一流の腕の持ち主であった。彼らの実力をよく知っている宰相と国王はその彼らを難なく無力化した幼女に冷や汗が流した。
「そ、それでわざわざ王城に忍び込んでまで何が望みかね?」
(影の者を無力化だと⁉︎あんな小さい体にどれだけの実力を隠してやがる。それこそ最低でも高ランク冒険者レベルの実力はあるってことだろうが。それが公爵令嬢だなんて信じられるか‼︎)
王は笑顔で応えるが内心動揺で一杯一杯だった。
そんな国王の様子など知る由もないカサンドラはソレを口にする。
「私が望むのは我が父、キルシュバウム公爵家当主の不正及び非合法の奴隷売買組織や反国王派として隣国共謀して陛下の暗殺を企てた国家反逆罪での処罰でございます。証拠もすべてこちらで準備させてもらいました。レーニャ、証拠の資料を」
どこに隠していたのか、ドサドサドサと資料の束が山のように積み上げられていく。
「「な、なんだってー⁉︎」」
国王と宰相の絶叫が執務室に響いた。