伯爵家子息の独白
サブタイどおり今回はレイナード視点です。
加筆、修正しました。
俺はハミルトン伯爵家子息のレイナード・ハミルトンだ。俺は次男で五つ年上の兄と二つ年下の妹がいる。ハミルトン家は伯爵位で貴族としては良くも悪くも中堅だ。中央の政治に関わるほど権力はないが、資金繰りに苦労しない程度には経済の余裕がある。
そんな平凡なハミルトン伯爵家だが唯一自慢できるのは祖父の弟にあたるアレクシード大叔父様が騎士団長を務めたことだ。もっとも大叔父様が騎士団長に昇進した時には既に名門キルシュバウム公爵家に婿養子入りしていた。なんでも大叔父様が公爵家入りできたのは、大伯父様の副騎士団長時代の上司だった当時のキルシュバウム公爵に見初められたのがきっかけらしい。詳しいことは聞いていないが当時としては珍しい相思相愛だったようだ。
そんな存在を大叔父としてもった俺は幼い頃から大伯父様に憧れていた。自分と同じ次男で継承権がなかったのに騎士として出世した大叔父様は自分の中では伝承に出てくる英雄よりも英雄として君臨していた。温かい家族に囲まれて、将来自分も立派な騎士になると誓い努力する。こんな日常が続くと信じていた。この時までは。
転機は自分が五歳の頃に起きた。妹のティアナが大病にかかったのだ。その時は事なきを得たが、一時は生死の危機に襲われた。この出来事以降、家族はティアナに過保護になっていった。何をするにもティアナが優先。自分のことなんて見向きもしてくれないし、少しでもいいから家族と一緒に過ごしたいという我儘もティアナの前では無力だった。やがて一人で食事をすることも増えて、以前のような家族団欒な光景は見られなくなった。自分は寂しさを埋めるように必死に剣を振るった。自分の剣の実力を上げれば、また家族に構ってもらえると思い続けて。
そんな日常を過ごしていたある日、前任の家庭教師が病気にかかったので新しい人物が自分の家庭教師になった。新しい家庭教師は眼鏡がよく似合う、いかにも学者であるような若い男性だった。彼は名前を教えることはなかったが俺は不思議と警戒しなかった。彼はなんと自分とは初対面のはずなのに、家族が構ってくれないという自分の悩みを見抜いたのだ。その時、彼が自分の耳元に優しくこう囁いた。
『あなたは家族に構ってもらえないことに寂しさを覚えていますね。そして、家族に愛される妹に嫉妬しています。けどその一方で大切な妹にそんな醜い感情を向ける自分に嫌悪感を抱いているというところでしょうか』
全てが図星だった。ティアナに嫉妬したこともあるが、その一方でそんな自分が許せなかった。
『気に病むことはありません。その感情は正しい。あなたは冷遇される人間ではないのだから』
家庭教師という理解者ができてから、俺は徐々に彼に傾倒していった。そして彼の言うことを鵜呑みにしていった。前任の家庭教師と言っていることが違ったが彼が言っているのだから、彼は正しいのたからと全く疑問に思わなかった。
彼は女性が社会に出るのはおかしいと言った。女性は家のために身を捧げるべきだと、政略結婚こそ女性の幸せだと主張した。
長い間その主張を聞いてきた俺もそういう男尊女卑思想に少しずつ染まっていき、やがて家族の溺愛されるティアナへの嫉妬は憎悪に変わっていた。その頃から妹は周囲を誑かす悪女、両親や兄はそんな悪女に騙させている道化と自分の家族に対する印象が変わりつつあった。そのせいか年々同じ屋敷にいるはずなのに家族とも疎遠になり、家庭教師に依存していった。
俺は家庭教師を心酔しているが、彼はいつもいるわけではない。そのため彼がいない時は騎士になるため、いずれ大叔父様の弟子入りができるように剣術を研鑽していた。この時自分は何故騎士を志したのか、すっかり忘れていた。
そして十歳を迎えた頃、一人の少女が自分の前に現れた。名はカサンドラ・キルシュバウム。大叔父様の孫にあたる女だ。しかもあろうことか大叔父様は自分の弟子入りを断ったのに、あの女には指導するとおっしゃった。女のくせに生意気な。そんな一心で俺は決闘を申し込んだ。
結果は敗北。散々見下していた女に手も足も出なかった。そして大叔父様の冷めた目を見てようやく自分が何をしてたのか理解した。俺は、一体何をしたかったんだ?俺はただ昔のような平凡な日常を取り戻したかっただけなのに。誰かに自分の努力を認めてほしかっただけなのに。いつから道を間違えたのだろう。俺は一番欲しかったものを自ら捨ててしまった。
決闘の翌日、俺はは両親に呼び出された。大方昨日の件についてだろう。ドアを叩き、両親の待つ大広間に入る
「レイナードです。只今参りました」
大広間には両親だけではなく、大叔父様、そしてあの女がいた。はじめに口を開いたのは厳しい顔つきをした父だった。
「レイナードよ、何故呼び出されたのかわかっているか?」
思い当たる節はたったひとつしかない。
「ええ、昨日の決闘の件でしょう。あれは全面的に自分の非であると自覚しています。謝罪が必要ならこの場で謝罪します。後は煮るなり焼くなり伯爵のお好きなようにしてください」
昨日とは全く違う俺の態度に大叔父様とあの女は驚いていた。
正直自分の愚かさに気づいた今ではふっきれたというか、自分のこともどうでもよくなった。あの人以外に心配してくれる人がいるわけではないし。父も伯爵家に泥を塗ったといって、ここで厳罰を言い渡すつもりだろう。だが父は厳しい顔つきから一転して哀しげな表情になる。
「たしかにその話は叔父上から聞いている。お前に非があるのは間違いない。だがその前に謝らせてくれ。今までお前に寂しい思いをさせてきてすまなかった」
突然父が頭を下げた。一体どういうことだ。
「私もごめんなさい。ティアナに構い過ぎてレイナードにつらい思いをさせるなんて母親失格ね」
父に続き母まで自分に謝ってきた。訳がわからない。何が起きている?
「レイナードが困惑するのも無理はない。最近、親らしいことを何もしてやれなかったからな。昨日カサンドラ嬢に言われたんだ。『レイナードの思考があまりに不自然すぎる。あそこまで歪んでいるのは何か原因があるのではないか』と。そこで初めてレイナードが極度な男尊女卑主義だったことを知ったよ。最近レイナードが私達を見る目が変わっていたことは薄々感じてたけど男尊女卑とは思わなかった。いいかいレイナード、実感がないかもしれないが今の時勢男尊女卑を掲げる者は滅多にいないんだ。古いタイプの人間なら言うこともあると思うが、そんな人はウチではいない。正直に言ってくれ。一体誰から教わったんだい?」
「か、家庭教師に……」
よくわからないが素直に答える。すると両親は驚いた表情をした。
「信じられん。マグネス氏がそんなことを言っていたのか?」
「違います。新しい方の家庭教師です。名前は教えてくれませんでしたが」
マグネス氏とは自分の前任の家庭教師だ。だが両親は新しい方というと怪訝な表情をする。
「新しい家庭教師?何を言っているんだ?レイナードの家庭教師はマグネス氏だろう」
何を言っているんだろうこの人は。話がまったく合わない。
「そっちこそ何を言っているのですか?マグネス氏は四年前に病気ということで辞めましたではありませんか。それに新しいといっても四年前から私の家庭教師ですよ。何で二人は知らないのですか?」
おかしい。いくら二人が俺に無関心だったとしてもここまで話が拗れるのは不自然だ。
「いや私達はレイナードに新しい家庭教師をつけた覚えはないぞ」
……は?
「それは、一体どういうことでしょうか」
「だから私達は新しい家庭教師など雇っていない。私達は今までマグネス氏に家庭教師を頼んでいるぞ」
「それはおかしいです。新しい家庭教師が来てからマグネス氏はまったく来なくなりましたよ」
「何だと⁉︎私達は屋敷で何度もマグネス氏を見た。これは一体どういうことだ」
それはこっちのセリフだ。今まで家庭教師だと思っていた男は家庭教師ですらなかったのだから。足下が崩れるような感覚が俺を襲った。
「レイナード、その家庭教師の特徴は覚えているか?」
俺は正直に答えた。もう何が正しいのか判断つかなくなってきた。特徴を挙げると父は唸るように声を絞る。
「そんな男がいたなんて私は全く知らなかったぞ。マリアはどうだ」
「私も知らないわ。貴方達は何か知ってるかしら?」
母は後ろに控えていた使用人達に聞くが、誰もそんな男は知らないという。ならどうやって四年間も俺に会うことが出来たんだ?
混乱を極める大広間にノックの音が響く。入ってきたのはあの獣人のメイドだ。
「失礼いたします。カサンドラお嬢様から依頼された調査が完了しましたので報告に参りました」
この時、この報告がさらに伯爵家を混乱に陥れることになるとはまだ誰も知らなかった。
次回はカサンドラ視点に戻ります。決闘後に何を話したのか、そして家庭教師(仮)は何者なのかが明らかになります。




