8.婚約話の裏側で
「よく来たな、ルーファス。」
「はい、父上。」
「しばらく2人きりにしてくれ。」
そう、父上が側近に言いつけているのを聞いた。
どうやら、これは国王と王太子の話ではなく、父親と息子の話らしい。
「なあ、ルー。お前、アルフバルドのトコの娘のこと好きか?」
「リーザは私の友達ですが?」
「そういうのじゃなくて、恋愛としてって意味だよ。わかってんだろ?」
「父上、私はまだ5歳なのですが…?」
「関係ないだろうが、そんなこと。散々他の家の娘たちと会ってきてるんだ。
その中で、お前が友達になりたいなんて言い出したのはあいつの娘ぐらいじゃねーか。」
何か違うと感じたんじゃないのか?
そう言う父の目は、一瞬国王の目になっていた。俺の心の中まで覗き込もうとするような、真剣な瞳に思わず息を呑む。
確かに、リーザは他の娘とは違った。
この国では、5歳になったら国王に謁見しなければならないという決まりがある。
どうやら、5歳になると人間としての核が出来るらしい。その核は、5歳で決まってから死ぬまで変わらないと言われている。
そのため、5歳になると国王に挨拶に来るという名目で、この王宮に張り巡らされている結界を通り、その際、個人情報として核が登録される、というわけだ。
俺には核は見えないけれど、王宮の魔導士たちが核は一人一人違う色や形をしている…そう言っていた。
リーザとは2回会っている。
1回目は誕生日に、2回目はそれからしばらく経って。
「初めてお目に掛かります。リーゼロッテ・アルフバルドと申します。
王太子様におかれましては、ご機嫌麗しく」
ドレスのスカート部分をチョンと摘んで、軽く会釈する目の前の娘。
それが、リーザとの初対面だった。
言い切って顔を上げたリーザは、やり切った笑顔でにこにこしていた。
「ルーファス・ライアンベールです。どうぞよろしく」
ふーん。アルフバルド侯爵が言う天使はこんな顔なのか。そう思った。
なんせ、アルフバルド侯爵と話すと、耳にタコが出来るくらいリーザの話を聞かされるからだ。お陰で、今日初めて本名がリーゼロッテということを知ったぞ。
俺は、王太子の仮面を貼り付けて、目の前の娘に挨拶を返した。
最近はこの仮面も板についてきたと思う。毎日のようにどこぞの令嬢と顔合わせなんてさせられてるから、普段の顔よりもこの仮面の方が長くなっている気がする。
普段の俺を見せるのは、リスクが高すぎる。だから、王太子というみんなが喜ぶ仮面をつけて乗り切ることにしていた。その方が面倒がなくて楽だからな。
そのうち、表情筋が固まるんじゃないか少し不安だ。
だが、俺にとって良かったのは、記憶力が人一倍良いということだ。今まで色々会ってきたが、名前と顔を1度見て聞くだけで記憶に残る。
もう一度聞き返したり、覚えこむ苦労はしなくて良いということだ。
ただでさえ人に会うのは面倒なのだから、あまり会う必要がないこの能力があって助かっている。
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」
そうお行儀良く(どうせ親にそう言えといわれたのだろうが)言ったあと、リーザは俺の顔を見て動きを止めた。
何だ?俺の顔にでも見とれたか…?
そういう娘は結構居た。どうやら俺は美人な母に似た、整った顔をしているせいか、よく顔を見て頬を染める娘が多い。
こいつもそうなのか…?だったら厄介だな。
無言で見つめ合う俺たちだったが、ふと、俺はリーザが俺を見ていないことに気付いた。
俺の方を見ているが、俺と視線が合わない。どこか遠くを見つめているように、その深い海のような碧い目で、俺を通して誰かを見ている。
しばらく無言が続いたが、ぱっとリーザの両手が口を押さえた。
目は零れ落ちそうなくらい大きく見開かれている。
…大丈夫か、コイツ?
そう思った瞬間、リーザの目が閉じ、そのまま体が傾いだ。
倒れる!!慌てて手を出そうとしたが、アルフバルド侯爵の方が早かった。
リーザを抱え上げて、リーザの意識がないことを確認した後、俺に向かって退出の挨拶をして去って行った。
何だったんだ?
その後、しばらくリーザは体調を崩したらしく、屋敷で療養しているとのことだった。お見舞いに花でも贈ろうかと思ったが、アルフバルド侯爵に辞退されてしまって無理だった。
そして、数日後。再びリーザが父上を訪ねてくるという話を聞き、俺は同席させてもらうことにした。
特に理由はない。ただ、目の前で倒れられたから、ちょっと気になっただけだ。
一体、俺を通して誰を見ていたのかも気になるしな。
「先日は、大変申し訳ありませんでしたわ。せっかくお時間を割いていただいておりましたのに…」
と、殊勝な顔で父上に挨拶している。
そのまま、父上がリーザに謝ったせいで、リーザが可哀相なくらいオロオロし始めた。
「父上、アルフバルド侯爵令嬢が困っておられますよ」
見ていられなくて、ついつい声を出してしまった。
その後、しばらく話をしてアルフバルド侯爵の退出の挨拶で、リーザが部屋を出て行こうとする。俺は、そのままリーザの後を追った。
「アルフバルド侯爵令嬢!」
部屋を出たところで、リーザを呼び止める。
リーザは振り返り、不思議そうな顔をした後、謝ってきた。
別に気にしてないのに。気になるといえば、倒れたことじゃないしな。
リーザは俺の顔を見て、ちょっとびっくりしたようだった。
笑顔のつもりだったのだが、どこか失敗したかな?
「少し歩きませんか?」
そう言って、リーザの手を握る。
手を握った時に、リーザから甘い匂いがした。人工的ではない、花のような…。
そして、ふと思い浮かんだまま、つい言ってしまった。
「王宮の庭はとても素敵なのですよ。案内させてください」
言いながら、逃がさないように引っ張っていく。
父親を気にしているようだったので、先手を打っておく。
「あ、帰りはこちらから馬車を出します。アルフバルド侯爵は、お仕事に戻られて大丈夫ですよ」
「それでは王太子様。娘をよろしくお願い致しますね。娘は病み上がりですから、気を付けてください」
アルフバルド侯爵も言い返してきた。これは、さっさと返さないとどうなるかわかってるよな?ということか…?
俺が5歳児だってこと、わかってるよな?コイツ。
アルフバルド侯爵を見ないように、リーザの手を引っ張って庭に向かう。
リーザの手は小さくて、温かかった。後ろからてくてく付いてくるのが可愛い。
「さあ、ここです」
しばらく歩いて庭にたどり着いた。
もう、手を離さないといけないことが少し残念な気がする。
リーザは、庭を見た瞬間、目を輝かせた。
「綺麗!」
その笑顔に俺は見とれた。
…この娘はこんな顔をして笑うのか?
花を背景にして、一幅の絵のように美しい光景だった。
「これをどうぞ。」
そう言って、俺は花をリーザの髪に挿した。
金の髪はサラサラと指の間を通り抜けていく。何の花か、名前は覚えていないが、ピンクの花は、今日のリーザのドレスと同じ色で、良く似合っている。
「似合いますね。花の精のようですよ。」
うっかり、口を滑らせた。
「そんな…花の精に申し訳ありませんわ」
そう言って、リーザはてくてくと噴水まで歩いて、水に姿を映していた。
じっとしていられない感じと、くるくる変わる表情に思わず顔に笑みが浮かぶ。
噴水をじーっと見ているリーザに近寄っていくと、リーザも気付いたようで、こちらを見てくれる。
…今度はちゃんと視線が合った。それだけで、この前からのモヤモヤが吹き飛んだようだ。
「可愛いですね。」
「ええ、素敵な花をありがとうございます。」
「違いますよ。」
貴女が…ですよ。
可愛いリーザについつい構いたくなる。
「…あ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ。」
そう言って、信じていないようなリーザだけれど、これは本気。
少しずつ外堀を埋めて行ってあげようね、リーザ。
まずは呼び方から…。
「ねえ、リーザ。」
「は、はい、王太子様」
「私のことは、ルーと呼んで欲しいな?」
リーザに要望を伝えてみる。
「…えぇと…でも…」
渋っているリーザの両手を握って、リーザを見つめる。
「………………………ルー」
根負けしたのか、ぼそっとリーザが言ってくれた。
父上や母上にも呼ばれているけれど、リーザが呼ぶと全然違う!
俺の心と体を温めてくれるような、優しい声音だ。
もう、この呼び方はリーザ専用にしてしまおうか…?
「ねぇ、リーザ。また、王宮に遊びに来てくださいね。もし、来てくれなかったら、私が貴女のお屋敷にお邪魔しますよ!」
「ええ!!恐れ多いですわ!!」
どさくさに紛れて次の約束を取り付ける。
リーザが迷ってグルグルしているのがわかる。そんなリーザも可愛いな。
ちらっと俺を見るけれど、
「今だけ言って逃げるとか許しませんよ、リーザ。」
先に言っておきます。
まあ、逃がさないけれどね。
意思が固まったのか、リーザは俺をはっきり見る。
…これからが楽しみだ。
「…い。おーい!ルー?どうした?」
気付いたら父上が俺の目の前で手を振っていた。
「あの…?」
「いや、だから、アルフバルド侯爵家の娘と婚約するかどうかって…」
「ああ、します!」
「食い気味!
…じゃあ、あいつにも伝えておくから。それと、ここからが本題だ。
ルー、あの娘、絶対逃がすなよ?」
「…ええ、もちろん。逃げようとしても、逃がしませんよ」
そう心からの笑顔で父上に宣言したのに、父上は一瞬困ったような顔をして…。
「すまん、シュナウザー」
そう呟いていた。何故だ?
こんな5歳児いるわけがない。いたら怖い。
なぜかヤンデレチックになっているルーファス。何故?
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