5.そういえばチートでした
今日は、初めて我が家に、私の魔法の家庭教師の先生が来られる日です。
おうた………ルーには、この前遊びに行ったときに今日の予定を伝えてあります。
待っていることはないでしょう。
お兄様の魔法の先生は男性で、私もその先生に教えてもらうのではないかと思っていたのですが、どうやら女性の先生を探してくれたらしいです…ええ、おうた………ルーが。
お父様とお母様も、お兄様の先生のつもりだったらしいのですが、その話を聞いたおうた………ルーによる、鶴の一声で決定したそうです。
曰く、そんな若い男とリーザを一緒の部屋に入れるとは何事か!とのことですが、お兄様もいらっしゃるし二人きりというわけでもないのですけれど。
でも、あのおうた………ルーは気に入らなかったようです。
初めての友達に独占欲でも出ましたかね?
子供っぽくて安心したのは内緒です。
「では、この魔法具に手を当ててください」
イエソン先生は、優しそうな銀色の瞳で私におっしゃいました。首を傾けたときに、月の光のような美しい銀の髪がサラッと肩を滑ります。
美しすぎて、屋敷の応接室で初めてお会いしたときに、月の精かと思いました。
儚げで、たおやかで…言葉に出来ないほど素敵で、心の中で狂喜乱舞しました。
こんな素敵な先生と二人っきり…はあはあ、おかしな扉が開きそうです。
おっと!うっかり先ほどの出会いを思い出してしまいました。
声も美しくて、思わずうっとりしてしまいますが、将来のためにしっかり勉強しなければ!
魔法具は、前世の占い師が持っている水晶の玉とそっくりで、思わず未来とか見通せないかとガン見してしまいましたよ。もちろん何も見えませんでした。残念。
この魔法具に手を当てると、その人の持っている属性がわかるということで、その属性について勉強していくとのこと。
持たない属性はいくらやろうとしても無理だそうです。
言われた通り、そっと、手を目の前の魔法具に当てます。
すると、さっきまで澄明だった水晶の中に黒い靄が出始めました。
まるで黒の絵具を付けた筆を水で洗ったときのような感じです。
しばらくもやもやしている内に、中心から明るい光が漏れてきました。
太陽を直視したらこんな感じですかね!?眩しいんですけど。
思わず目を逸らせると、手のひらが熱くなってきました。
驚いて水晶を見ると、炎のようなものが水晶の中でゆらゆらしています。
そして、液体が水晶内の炎を一瞬で消し、液体からパリパリと放電したかと思うと、一瞬で水晶が茶色に染まりました。
見ていると、そこから緑の双葉が…。あれよあれよという間に大きな木が育っていきました。
その間、10秒もあったでしょうか?
あっけにとられている私を後目に、イエソン先生が慌てて部屋を出ていきました。
…え?先生、手を離しても良いのでしょうか?
結局、先生が戻って来るまで、私は手を離しませんでした。
怖くて離せなかっただけですけれどね。。。
先生と一緒に、お父様とお母様とお兄様とお兄様の魔法の先生が、私の部屋にやってきました。
イエソン先生は、興奮しているのか先ほどの儚げな様子から一遍して、熱く何かを語っています。
集まった家族+先生たちは、私が手を離せない水晶を見ています。
その水晶内には、先ほどの一連の流れが繰り返されています。
「………………………信じられない!」
「でも、現実ですわ。ご覧ください!これは素晴らしい才能ですわ!!」
「僕も今まで生きてきた中で、実際に見るのは初めてだ!」
「ユーディスト様も才能があるお子様ですが、リーゼロッテ様は別格です!」
「これは、国王様にお伝えしなければならないことです。今すぐ馬車の用意を!」
大人たちの興奮っぷりに、どうしたら良いのかわからず視線を彷徨わせると、お兄様が水晶から私の手を離して握ってくれました。
お兄様の温かい手の温度に、私の指先が冷えていたのだとわかりました。
「可哀相に。こんなに指先が冷えて…。大丈夫だよ、私のリーザ。何も心配することはないからね。」
お兄様の言葉に、私は堪えきれず涙を零してしまいました。
精神的には30歳を超えていても、この世界では5年です。
特に、魔法など初めてのものなので、どうしたら良いのかわからず、周りの反応に恐怖を覚えてしまったのも仕方ないことだと思ってください。
とにかく、何が何やらわからないまま、パニックになりかけていた私を、お兄様の手の温かさと言葉が落ち着かせてくれたのです。
「うわあああああああああああああああああああああああんっ」
声を出して泣き始めた娘に、お父様とお母様は、はじかれたように私を見て、慌てて駆け寄ってきてくれました。
お兄様に抱き付いて泣いていた私は、全く気付かなかったのですけれどね。
お兄様は、服が私の涙で濡れるのも構わず、背中をトントン叩いてくれました。
うう・・・。お兄様、あやし上手!
そうそう、心臓の鼓動に合わせて、一定に叩くのがコツですよ。
前世で私もよく泣きつかれてたなあ…と懐かしく思い出してしまいましたよ。
「ご、ごめんね。リーザ。お父様たちがびっくりさせてしまったね?」
「そうね。リーザは何もわからないのに、お母様たちが悪かったわ」
お兄様の腕の中にいる私に、お父様とお母様が謝ってくれています。
物心ついてから、声を出して泣いたことなどあったでしょうか?
記憶を思い返しても、そんなことはなかったはずです。
それは、びっくりしますよね。
でも、私の気持ちも察してください!!
お兄様の腕から、ちらっと顔を覗かせると、お父様とお母様が見えました。
少し離れて先生たちがいらっしゃいます。
落ち着くと、泣いたことが恥ずかしくなって、どうしたら良いかわからなくなりました。
私の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろうし、お兄様の服をこれ以上汚すわけにはいきません。ドレスのポケットからハンカチを取り出して、とりあえず顔を拭きます。
恥ずかしいけれど、この顔を上げなければ、大人たちも気にしてしまうでしょうからね!!
でも、やっぱり恥ずかしいので、目から下はハンカチで隠しておきましょう。
もぞもぞとお兄様の腕の中から出ようとしたのですが、お兄様の腕が緩んでくれません。
仕方なく場所を移動して顔を両親と先生の方へ向けました。
「すみません。お恥ずかしいところをお見せしましたわ。」
ペコンと頭を下げましたが、お兄様の腕にぶつかり断念。
お兄様は、私の髪を撫でてくれていますが、背中に回った腕は緩みません。
もう大丈夫なのに…。お兄様の優しさに甘えていると、
「驚かせてしまいまして、申し訳ありませんでしたわ。リーゼロッテ様。私、興奮してしまいまして、何もお伝えせずに…教師失格ですわ。」
申し訳ありません。
そう先生は謝ってくれましたが、何が先生をそこまで興奮させたのでしょうか?
「先生…。私…何かしてしまったのでしょうか?」
恐る恐る聞いてみると
「リーゼロッテ様は、この世界に存在するすべての属性が使えるのですわ!」
と、イエソン先生からの返答が。
「この世界で、魔力を持つ人は多いけれど、全ての属性を持っている人はいないのですよ」
と、お兄様の家庭教師であるマーカス先生が続けてくれた。
なるほど。私はそう言えばチートでしたね。
でも、他には居ないっていうのは知らなかったなー。
それは、急いで国王様に報告を!!ってなりますよね。
お父様、泣いて引き止めてしまって申し訳なかったです。反省。
「全部使えるのがわかると、どうなってしまうのですか?」
まさか、国のために研究施設とかに入れられたりしないよね…?
ついでに聞いてみる。だって、今現在、その事実を知っているのは、私を含めて6人だけ。
国王様にも伝えるってことは、最低7人は知っている。
大っぴらにバラしてもいいのか、こっそりバラさないのかによって、私の処遇は変わってくるのではないだろうか?
「それは、国王様が判断されることだよ。」
お父様が答えてくれます。
「国王様のことだから、悪いようにはなさらないわ。もし、何かリーザに酷いことをなさるようなら、私たちは国を捨てるわ」
お母様も決意を教えてくれるけれど、先生たちの前でそんなこと言って良いのでしょうか?国家反逆罪とかになるのでは…?
「あなたたちも、国王様と王太子様に変なことは伝えないで頂戴ね」
お母様、先生たちにそんなこと言うってことは、先生たちは王宮に雇われているってことですよね?
そんなの、お母様の言葉より国王様の命令を聞くのでは…?
…と、2人の言葉をドキドキしながら待っていると、
「リーゼロッテ様にそんなことさせませんわ!」
「何かしようとしたら、僕たちは王宮と手を切ります。こんな才能を無駄に出来ない!」
「そうよ!そんなことあってはならないわ!!」
…
……
………えーっと。そんな力説して良いのでしょうかね?
2人の返事を聞いたお父様は、王宮に報告に行くために馬車の用意をさせに行き、先生たちは、お母様に連れられて部屋を出て行った。今後の対応を協議するらしい。
お兄様は、まだ私を抱えていてくれるけれど、呼び鈴を鳴らしてマリーとレイラを呼んでくれた。
「リーザを休ませるから、着替えさせてやって。じゃあ、リーザ。お昼は…もう過ぎてしまったから、何か摘んで、夕食までゆっくりお休み」
泣くのにも体力が必要だからね。
そう言って、ウインクして去っていくお兄様。いやいやいや、だから本当に10歳なのですか、お兄様!
リーゼロッテは、お兄様の将来が心配になってきましたよ!
「お嬢様、何か摘まれますか?」
「簡単にサンドイッチにしてみました。」
目の前には、おいしそうなサンドイッチがお皿に盛られていた。
「うん。食べる。」
「では、寝間着に着替えてからにしましょう。」
「いいの…?」
行儀に口うるさいマリーがそんなことを言ってくる。
「今日は特別ですよ?」
茶目っ気たっぷりに答えてくれるマリーに、私はにっこり笑った。
「ふふふ、特別ね。」
「食べたら、目元も冷やしましょうね」
レイラも濡れたタオルを準備してくれている。
甘やかされてるなーと、くすぐったい気持ちになりながら、サンドイッチで栄養と紅茶で水分を補給し、目元を冷やしながらベッドに横になる。
思ったより体力を消耗していたらしく、すぐに睡魔が襲ってくる。
これからどうなるのか不安はあるけれど、皆に迷惑かけないようにしなくちゃ。
優しい皆に被害が及ばないようにしないとね。国外追放か処刑されるのは、私だけで十分だもの!
そう、改めて気合を入れたところで、睡魔に負けた。ぐう。