44.
「やあ、起きたようだね。気分はどう?」
「・・・」
再び意識を取り戻して一番最初に見たのが爬虫類男だなんて、最悪すぎる。声も出さず視線を逸らした私に、気分を害した風もなく、男はしゃべり続ける。
「今、この世界から君を消している途中なんだ。君が消えたらそこにアイーザが入る!やっとアイーザに会えるんだ!長かった。100年もかかってしまったよ。君が産まれて来てくれて感謝しているんだ。アイーザにはやっぱり昔のまま会いたいからね!僕も昔の姿に戻って、二人で今度こそ幸せになるんだ!
・・・だから、アイーザのために死んで」
にこやかに話していたかと思えば、一転して暗い声を出す爬虫類男に、私は相沢さんの言葉を伝える。
「アイーザがそんなことを・・・?私に会いたいんだったら、人様に迷惑をかけてないで、さっさとこっちに来いって?君はアイーザの言葉だって嘘をついてまで生きたいの?
・・・というか、アイーザはそんなこと言わないよ。彼女が待っててくれてるなんて嘘だ。そうやって君はただ逃げるために嘘をついているんだね。まあいいや。彼女を生き返らせて、彼女から聞けば良いことさ!」
手を伸ばしてくる爬虫類男に向かい、私は息を吸った。
「相沢さんは言ってた。あんなタペストリーは嘘っぱちだから、解読なんてできるわけなくて、貴方は解読できないまま寿命を迎えて、さっさと自分を追いかけてくると思っていたのに、って!あんな寂しい場所で一人、100年も待っててくれた相沢さんを信じられないなんて、ふざけないで!この世界は生きている人間のものだって、未練なんて一つもないって太陽みたいな笑顔で笑うあの人の言葉を嘘だって決めつけないで!馬鹿カルツォ!!」
「・・・なんで、アイーザの名前・・・?」
「煩いわね!!私には『相沢さん』の方が言いやすいのよ!それに、彼女も名前を呼ばれて嬉しそうだったし、別に良いでしょ!」
「彼女と・・・話を・・・した、の・・・?」
「ええ、したわ!話だけじゃなくて、貴方の呪いも解いてくれた!これは私が教えたものだって懐かしそうに笑ってたわ」
「そう。そうだ。彼女が最初に教えてくれたんだ。私は神官だったから・・・死んだ人を送るのが仕事だったから・・・。向こうの世界で幸せになって、って送るのが仕事だったのに、彼女を送ってあげられなかった。死んだことを認められなかった・・・」
彼女は向こうの世界に行けてない?
涙を流しながら私を見る男に、私は彼女が待っていると伝えた。相沢さんの話をしているうちに、爬虫類男から狂気が段々薄れていって、今は恐らく神官だったころの彼の精神状態に戻っているのだろう。
「私は人の理を外れてしまった。彼女に会いたくて、彼女を失ったことを認められなくて、もう一度彼女に会いたくて・・・。でも、こんな私でも彼女が待っていてくれているのなら、私は彼女に謝りたい」
「馬鹿だな!相変わらず!」
彼の言葉を遮って、ここに居ないはずの人の声が聞こえた。
「アイーザ!」
「相沢さん!」
どうやら私だけではなく、彼にも聞こえたらしい。
「いつまでも待たせるからな!迎えに来てやったぞ!感謝しろ!」
「アイーザ・・・。私を・・・許してくれるの・・・?」
「ったく、お前には呆れたよ。わざわざ寿命を延ばしてまであのタペストリーの解読をしようなんて!人様に迷惑をかけるなって何回言えば覚えるんだ!まったく。こんな年端もいかないお嬢さんを連れ去って監禁なんて、馬鹿じゃないのか!」
「ごめん、アイーザ。本当にごめんなさい。君を一人で待たせていたなんて、私は本当に愚かだった」
「全くだ。あんなタペストリーは嘘っぱちなんだから、さっさと燃やしてしまえ!このお嬢さんをちゃんと邸まで送ってやったら許してやるから、きちんと謝って来るんだぞ!怪我でもさせたら許さないからな!」
「わかってるよ、アイーザ。きちんと謝って彼女を邸まで送り届けるから!そしたら、君の元に行ってもいいよね?」
「ったく、仕方ないな。私は面倒事は嫌いなんだよ!」
そう言いながらも嬉しそうに笑う彼女を私は見た気がした。
「さて、では君を邸まで送らなければね。アイーザに怒られてしまう。」
相沢さんが許してくれると思えたことと、待っていてくれるということを信じられたからか、彼からは狂気が感じられなくなっていた。そこに居たのは穏やかな顔をした老年の男性。それが彼の本当の姿なのだろう。
穏やかな時間が流れていたその時、突然、階下が騒がしくなった。