43.
「お話はわかりました。あの気落ち悪いのがその少年なんですね?」
私は彼女に悪いと思いながらも、そう評した。
「ああ。あいつは姿を変えて100年を生きている。立派な大神官になっていたはずなのに、今ではあの通りだ」
深いため息をつく彼女は、一気に年を取ったようだった。
「そして、君は今あいつに呪われているわけだが・・・」
「は!?」
話をぶった切るとかレディとして有り得ないけれど、それ以上に有り得ない言葉が聞こえた気がする。
「今、何て・・・?」
「君は今あいつに呪われているわけだが」
しっかりはっきり言い直してくれました。どうやら聞き間違いということには出来ないようです。
「聞いてないんですけれど!!」
「今話しているだろう?」
不思議そうな顔しないでくださいよ!私、今まで生きて来て、呪われるなんて経験ないんですから!!
「・・・っ、何で、そんなっ!」
「君の手首に痣が出来ているだろう?」
パッと視線を手首に向けると、片方の手首に痣が浮き上がっていた。植物のツルのような文様が、手首を一周している。
「それは、死者と生者を繋ぐもの。私と君を繋いでいる文様ということになる。あいつは、君の体に私を入れようとしているということだね」
「そんな・・・。では、私は」
死という単語が頭を掠める。真っ青になった私に気付いたのか、彼女は言葉を続ける。
「まあ、大丈夫だろう。」
あっけらかんと言い放った。
「へ?」
あまりにもな言葉に、ついつい間抜けな声が出てしまった。
「リーゼロッテ嬢。私はね、既に死んだ身だ。ここにあるのは意識の残滓。つまり魔力など全くない精神のみということだ。魔力のない人間だったモノが、全属性を扱える君の中に入ったとして、体もなく、力も劣っている私が君の精神を追い出して君に成り代わるなんて出来るわけがない。そして、あいつが解読したと思い込んでいるタペストリーは、君も見た通り嘘っぱちだ。私に世界の理なんぞ、わかるわけがない!」
自信満々に言い切る彼女に、私はぽかんとした表情を見せるしかなかった。
「君は全属性が使えるのだろう?そこだけだ。私と君の共通点は。他は全く違う。なんせ、別の人間だからな!あいつはそれがわからなくなっているんだ。
私が君の体に入って例えば生き返った状態になったとして、どうなると言うのか。思いを受け入れてもらえるのではないかと淡い期待にすがっているだけだ。あんな七面倒くさい奴と関わるなんて、もうこりごりだ!」
彼女は、そう言いながら私の手首を触って、それでも懐かしそうに微笑んでいた。
「これはね。私があいつに教えたものなんだ・・・。家族のいないあいつには、私しか頼れる人間が居なかった。世界に一人残される恐怖、それがあいつをこんな風にしてしまったわけだが、あいつは馬鹿だ。
死んだ人間は生き返らない。それは大神官であるあいつが一番分かっていたはずなのにな・・・」
私の手首にあった痣は、彼女が手を離した時には残っていなかった。元の白い肌があるだけだ。
「今、あいつは君の存在を消すことに躍起になっている。君の知り合いから君に関わる記憶を一つ残らず消す。不都合が無いように改変している真っ最中ってわけだね。まずは最近知り合った奴らから・・・。その間、邪魔されないように私たちをここに閉じ込めているんだろう。
・・・でも甘い。私にはもう力も時間もないが、君は大きな力と、これからのたくさんの時間がある。耳を澄ませて世界を聞いてごらん。私には見えなかった世界も、君になら見えるかもしれない。君の周りは愛に溢れている!信じて進み給え!!」
最早死んでいる人にしては、あまりにあっけらかんとした物言いに、私は何と言って良いのかわからなかった。彼女は精神。しかも残滓であるという。この世界に未練などない。死んだ人間は生き返らない。この世界は生きている人間のものなのだと・・・。
そんな彼女に聞いてみたかった。この世界には未練はなくても、日本には未練があるんじゃないかと。残してきた世界に大事な人がいたのではないかと。もう、二度と会うこともない人の最後の願いを叶えてあげたかった。
「ないよ」
私の気持ちを読んだように、彼女は一言そう言った。
「私は満足している。こちらにもあちらにも未練などない。だが、そうだな。一つ伝えてくれないか?」
彼女は太陽のような笑顔で私にこう言った。
あの馬鹿に伝えてくれ。私に会いたいんだったら、人様に迷惑をかけてないで、さっさとこっちに来いって!
その笑顔を残して、彼女は私の目の前から消えた。
そして、私も真っ白な空に吸い込まれるように落ちて行った。