42.
真っ白な世界の中、私は立ち尽くしていた。
上も下も右も左もわからない。ただただ白い空間が広がっている。
私はあの気持ち悪い男の前に居たと思うのだけれど・・・?
目を下に向けると私の体が見えた。しかし、足元は何もない。
空に浮いているように見える。いつか落ちたりしないだろうか・・・?
そんなことを考えていると、ふと空気が動いた気がした。
今までは聞こえなかった声が聞こえてくる。そして、真っ白だった世界のカーテンが一枚ずつ無くなっていくかのように、ぼんやりしていたモノが姿を現す。
?
私は首を傾げた。
まさかあれは・・・
「女性・・・?」
口から出た言葉がソレの耳に届いたのか、ソレがこちらを向いた。
いや、向いたはずだ。こちらを向いていた背中が見えなくなっているのだから。
そう、こちらを向いているのだ。例えソレの顔が見えなかったとしても。
ソレは、生成りの服を着ているようだった。ワンピースと言うよりポンチョのような、首のところに穴が空いていて、頭からスポっと被れるタイプのものだ。
腕は服に隠れているが、足は膝から下が服から出ている。細い。そして、身長も私と同じくらいだろうか?髪は黒のストレート。きちんと梳かせばきっと綺麗な艶が出るだろうに、梳いていないのか所々縺れている。
そして、私が顔が見えないと言ったのは、ソレの前も後ろも髪しか見えないからだった。
頭のてっぺんから重力に従って、前も後ろもなく髪が垂れている。
「やあ!はじめましてだね。リーゼロッテ・アルフバルド侯爵令嬢」
ぼんやり観察していた私に、ソレは話しかけてきた。うん、髪のせいで口の動きもわからなければ、声も籠っているようだ。
「あの、はじめまして。貴方は?」
とりあえず、言葉が通じるのは有難い。そして、私の名前も知っているようだ。
状況を説明してくれるともっと有難いのだけれど。
「おお!通じた!私の記憶もやるじゃないか!しばらく使ってなかったが、すごいぞ、私の脳みそ!!おっと、失礼した。私の名前は相沢すずな。私の名前はここじゃあ発音し辛いらしくてな。アイーザと呼んでくれ。」
「・・・相沢、すずな・・・?」
「おお!すごいな、お前。私の名前をスラスラ発音出来る人間なんて、この世界では初めてだぞ!」
感激した!今の人間はそこまで進歩したのだな!そう話し続けている彼女を呆然と見ていた。
「相沢すずな」それは、どう考えても日本人の名前ではないだろうか?
「アイーザ」とは、私が意識を失う前にあの気持ち悪い男が私に向かって発した名前ではなかったか?
そして、日本語であのタペストリーが書かれていたことと何か関係があるのではないだろうか?
頭の中が混乱している私に、彼女は話続けていたようで、反応しない私に焦れたのか近寄って来ていたようだ。
肩を揺さぶられて意識を彼女に戻す。
「あ、ごめんなさい。何か?」
「いや、反応がなかったのでな!私の言葉が通じないのかと思ったが、そういうわけでもないようだな!」
「ええ、大丈夫です。素晴らしい発音ですわ」
「ははっ。褒めても何も出んぞ!」
カッカッカと老獪な爺さんのように笑う彼女を見ていたが、ふと纏う雰囲気を変えた彼女は私に向かって話し出した。
「君は今、大変な状況に陥っている。そしてそれは、恐らく私のせいでもある。すまない。」
「ええと・・・?」
「わからないのも無理はない。君は先ほど目覚めたばかりだ。まあ、私も先ほど目覚めたばかりなんだがな!」
「・・・ええ」
この話がどこに向かっているのか分からない私は、彼女の話にとりあえず頷いておいた。
そして、彼女が話してくれたこと。それは私が思うよりも大変な状況だった。
内容を要約するとこういうことらしい。
彼女は「相沢すずな」であり、私の思った通り日本人らしい。なぜかこの世界に飛ばされて異世界人としてこの世界に関わり初め、自分が全属性を持っていることがわかり、地位を確立したらしい。それが今からおよそ100年ほど前だとか。そして、当時、彼女は幼い少年と知り合いになった。
彼女を庇護したのが、教会だったからだそうだ。彼は神官見習いだった。教会は神を信仰していた。神は全知全能であると教えを受けていた彼は、全属性持ちである彼女に執着し始めた。
自分こそが彼女にふさわしい、と。彼女には自分しかいない、と。彼女が勘違いだ気のせいだと言い続けても、一向に聞き入れなかったらしい。
挙句の果てに、彼女が死ぬ間際に自分も一緒に死ぬとか言い出したそうだ。
彼女は彼の行動と言動に疲れていた。だから、こう言ったらしい。「先日タペストリーを作った。そこに私が知った世界を刻んだ。このタペストリーが読めた時は、お前のものになってやろう」と・・・。
「あれには出鱈目を書いたんだ。読めたとしても意味はない。さっさと諦めると思ったんだが、思った以上に面倒くさい奴だったらしい。」
100年経っても諦めないとは恐れ入る・・・。