27.
少し長くなってしまいましたが、お付き合いいただけますと幸いです。
「あの日、図書館の隣のカフェで出会ってから、私は何度かチェブリアンヌ公爵令嬢たちと話をする機会がありました。
…というか、私が毎日のように図書館に通っていることをどこで知ったのか、彼女たちも毎日図書館に来るようになり、そのままカフェで話をする流れが出来てしまったのです。
一応私が調べ物をしている身だということは理解してくれているようで、図書館内では話しかけてくることはないものの、カフェで会うと話かけてきます。
まあ、私もこの世界でお友達というお友達がいなかったので、新しいお友達にはワクワクしてしまいますが。
しかし、今日は図書館ではありません。
昨日もいつものように図書館に行き、カフェに入ったのですが、珍しいことに、チェブリアンヌ公爵令嬢がマスターに向かって話しかけていました。
不思議に思って、入り口で様子を伺っていると、こちらに気付いたサザンヌボーア伯爵令嬢が話かけてきました。
「ごきげんよう、リーゼロッテ様。」
「ごきげんよう、エリーヌ様。これはどうしたことですか?」
「うふふ。いきなりだと驚かれますわねえ。ライラ様は邸でカフェオレが飲みたいそうなのですわ。ですので、マスターに作り方を聞いておられるのですが…。」
そこで言葉を切ったサザンヌボーア伯爵令嬢を見ると、令嬢は残念そうに教えてくれました。
「門外不出で教えてくださらないそうです。」
「門外不出!?」
思わず大きな声を上げてしまいましたよ!!
ぶっちゃけカフェオレなんて、コーヒーに牛乳を入れただけではないですか!
「アルフバルド様!」
「リーゼロッテ様!」
私の大声に、マスターとチェブリアンヌ公爵令嬢がこちらに気付いたようです。
「ごきげんよう、ライラ様。マスター。カフェオレのレシピでもめていらっしゃると伺ったのですけれど。」
「ええ、リーゼロッテ様。マスターが教えてくださらないのですわ。」
「アルフバルド様。カフェオレを飲みに、このカフェにいらっしゃるお客様がおりますので、皆様が邸で作られますと…。」
コーヒーの美味しさを知ってもらいたいとカフェオレを始めたけれど、ここでレシピを安売りしてしまうとお店にお客が来ず、売り上げが下がるというところでしょうか?
やはり、マスターも商人ですわね。
「マスター。貴方は、コーヒーの魅力を知っていただきたいとカフェオレを始めたのでしょう?だったら、カフェオレが広まれば、コーヒーの魅力に気付く方もいらっしゃるのではなくて?」
「そうですが…。」
「それに、マスターのコーヒーはサイフォンで丹念に愛情込めて入れられておりますもの。きっと、他のお店がコーヒーを始めたとしても、マスターのコーヒーには敵いませんわ!」
「確かに、コーヒーには自信を持っておりますが…。」
「今日から、このお店は『元祖』とすれば良いのではないですか?他のお店との差別化も図れますし…。」
「元祖…。」
「私たちが証人になりましょう。例え他のお店で『元祖』を名乗ったとしても、私たちが否定いたしますわ。」
「そうですわ。」
「ええ、もちろんですとも!」
「私も邸でカフェオレが飲みたいのです。」
「お願い致しますわ、マスター。」
私の言葉に皆様賛同してくれました。
一応、私たちは名家の生まれですから、発言力には自信があります。
マスターも了承してくれました。
「私としたことが、お客様のためにお出ししていたのに、いつの間にか私のためになっておりました。やはり美味しいものは、皆で食べればもっとおいしいと言いますし。」
「ありがとうございます。」
そう言って早速マスターに作り方を聞き始めるご令嬢たち。す、素早い!!
「それにしてもアルフバルド様にはご教授いただいてばかりですな。」
マスターがしみじみ言った単語に、ご令嬢たちが食いつきました。
「ご教授とは、どのようなことですの?」
「いただいてばかりということは、他にも何か?」
「ええ。実はカフェオレを考案されたのは…」
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ど、どうなさいましたの、リーゼロッテ様…?」
「あ、あら私ったら。何でもありませんわ。」
「ところで、マスター。カフェオレを考案したのはマスターではありませんの?」
「ええ。アルフバルド…」
「わああああああああああああああああああああああああ!!」
「ちょっと、リーゼロッテ様!マスターのお話が聞こえませんわ!!」
「いいえ!!聞かなくて良いところですわ、皆様!!マスターもレシピだけ教えれば良いのです!!」
「まあ、そんな言い方されなくても。」
「そうですわ、リーゼロッテ様。マスターのお話を遮るなんて、何かリーゼロッテ様の不利益なことについておっしゃるとでも?」
不利益中の不利益ですけれど、何か!?
そう言ってしまいたいのに、それを言うと余計に突っ込まれそうな気がします。
マスターもそんなところで仏心を出さないでいただきたいのだけれど!!
「いいえ、不利益など滅相もない。ただ、カフェオレを考案したのは、そちらにおられるアルフバルド様だと申し上げたいだけです。」
の、のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「あら?」
「まあ!」
「そうなのですか!?」
「何ですって!」
ああ、せっかくお友達が出来たというのに…。マスターの馬鹿…。
私が遠い場所を見て放心していると、ガシッと両手を掴まれました!!
「素晴らしいですわ!!リーゼロッテ様!」
「なんて発想力でしょう!」
「あんなに苦いコーヒーから、よくこのカフェオレを作ってくださいましたわ!!」
「本当に素晴らしいですわ。そうならそうと、早くおっしゃってくださいな!」
あ、あれ?もしかして、怒って…ない?
それどころか、目がキラキラしている気がします。美少女たちのキラキラは眩しすぎますね!!
「あ、あの。アルフバルド様。私の邸にいらしていただけませんか?
教えていただいたカフェオレをつくりますので、飲んでいただきたいのです。」
「ええ、それは良いですけれど。」
「本当ですか!ありがとうございます。皆様もいらしてくださる?」
「ええ、是非お邪魔させていただきたいわ。」
「誘ってくださってありがとうございます。ご迷惑でなければ、是非。」
「わ、私も楽しみにしておりますわ。」
サザンボーア伯爵令嬢、オースフェン子爵令嬢、サランドール子爵令嬢と返事が続きます。
「それでは、明日。午後にお待ちしておりますわ。」
そんな話をしたのが昨日。
そして、夕食の時間に、お父様とお母様とお兄様にお友達の家にお呼ばれすることを伝えました。
「まあまあ!リーザったら!!ルドルフ。」
そう言って、お母様はルドルフに、メイサンのショコラを用意するよう言いました。
「リーザ、お呼ばれするのは初めてだろう?」
「楽しんでおいで。私の可愛いリーザ。」
「王太子殿下にも邪魔しないようにきつく言っておくからね!」
お父様…目がマジです。
そして、今朝。用意されたショコラの中から、お呼ばれに良さそうなものを選んでいる最中です。
「これなんてどうかしら?」
「そうですわね。一口サイズですし、見た目も可愛らしくて良いと思いますわ、お嬢様。」
「でもでも、こちらの方が華やかではないですか?」
「そうねえ。でも、あまり甘すぎない方が良いかしら?」
「それだったら、こちらのビスキュイはいかがですか?」
「うーん。ビスキュイも美味しいけれど、やはり見た目が…。」
「こちらのキャンディーは見た目にも凝っていますわ。」
「そうねえ。」
私とマリーとレイラで、あーでもないこーでもないと迷っているうちに、出発する時間になってしまいました。
結局、決まらなかったので、最初に決めたショコラを持っていくことにしました。
まあ、でも有名店ですからね。まずいってことはないでしょう!うん。
自分を鼓舞しているうちに、チェブリアンヌ公爵邸に到着しました。
王都にある大きなお屋敷です。
門が開くと長いスロープが続いていて、スロープの両側には色とりどりの花が咲いて、目を楽しませてくれます。
玄関で馬車から降り、玄関で待ってくれていた執事さんに、お持たせを渡して、ご挨拶をしている間に、馬車は馬車止めに案内されて行きました。
執事さんは、そのまま私を応接間に案内してくれますが、私は邸の内部に驚愕してしまいました。
私の邸も、王宮もそれなりに豪華なのですが、チェブリアンヌ公爵邸はセンスが光ると言いますか、華美なものはないのですが、シックな色合いで統一されています。
日本人的には、こういう邸の方が落ち着きます。
私が足を止めたことに気付いた執事さんは、声を掛けるでもなく待ってくださっていました。
こういうところにも、レベルの高さを感じます!
「こちらでございます。」
そう言って、コンコンとノックした大きな扉の向こうから、
「どうぞ。」
と声がかかりました。
やはり開いた部屋の中も、大人な感じにまとめられています。
「よくいらしてくださいました、リーゼロッテ様。」
「ごきげんよう、ライラ様。本日は誘ってくださってありがとうございます。」
「お嬢様。こちらをアルフバルド様からいただきました。」
「まあ、メイサンのショコラですか!私、大好きですの!」
「まあ、良かったですわ。」
本当に良かった。これで一安心ですね。
「あら、私早く来すぎてしまいましたか?」
そう言えば、他のご令嬢たちがいません。
「いいえ。リーゼロッテ様は時間ぴったりですわ。他の皆様も、もう来られるでしょう。ささ、こちらにお座りになって!」
そう言って、チェブリアンヌ公爵令嬢は自分の隣を進めて来ました。
どうみても、上座なのですけれど…?子供の時からこれが普通なのでしょうか?
礼を言って席に着いた時、扉がノックされました。
他のご令嬢が来たのかと思ったのですが、扉を開けた人は…?
「お父様!!」
あ、そうです。チェブリアンヌ公爵じゃないですか!仕事はどうした!
「アルフバルド様。本日は、我が邸にいらしてくださいましてありがとうございます。大したおもてなしもできませんが、ゆっくりしていってください。」
「ありがとうございます。チェブリアンヌ公爵様。」
「お父様、お仕事は終わられたの?」
「ライラ。お前がアルフバルド様をお呼びすると聞いて、戻ってきてしまったよ。」
「まあ!お父様もリーゼロッテ様のファンですものね!」
ファン…?なにそれ、聞いてない。
混乱しているうちに、再び扉がノックされました。
今度こそ!と思って期待を込めて伺うと、いつもの3人のご令嬢の姿が。
助かった…と安堵したのもつかの間。ご令嬢たちの後ろから大人が3人も…。
「まあ、皆様。どうなさったの?」
「ごきげんよう、リーゼロッテ様、ライラ様。ごめんなさい。お父様が一緒に来たいと…。」
「私も、ライラ様の邸にお呼ばれすると伝えたら、一緒に付いてきてしまいましたわ。」
「私も父が…。」
「皆様のお父様方もリーゼロッテ様のファンですからね。仕方ありませんわ。」
ここでもファン!?
それにしても、大の大人が小娘一人のために来るとは…。
「こんにちわ。アルフバルド様。エリーヌがいつもおせわになっております。サザンヌボーア伯爵と申します。」
「私はネリアの父のオースフェン子爵です。」
「私はアストリアの父のサランドール子爵です。」
「皆様、ごきげんよう。リーゼロッテ・アルフバルドですわ。こちらこそ、お嬢様方にはいつもお世話になっております。」
「もったいないお言葉です。」
「皆様、お仕事はよろしいの?」
「今日は護衛の仕事です。」
「私もです。」
「私も。」
護衛?貴族が?
「あの、誰の護衛ですか?」
そう聞いた私の耳に
「私ですよ、リーザ。」
そう言って、私の前に進み出てきたのは、いつからいたのか気付かなかったけれど、ルーでした。
「リーザがお呼ばれすると聞いて、どの邸かと思いまして。リーザのことだから大丈夫だと思いましたが、まさか私以外の男が居ても困りますしね。」
いつもの怖い笑顔全開です。お父様、きつく言ってくれるんじゃなかったんですか!!