19.いざ、出発
「…しまった…」
どうしてこうなった。
いや、原因はわかっているけれども。
私がうっかり喜んだことは、今更後悔してもどうしようもないことであり、やり直すことなど出来ないことも良く分かっている。
でも、良く分かっているけれども、何度も思い返してはあの瞬間を悔いている私がいるのも事実であり、つまり…
「全部ルーが悪いのよ!」
丸投げしたくなっても仕方がない!!と思うのです。
「どうかしたのですか、お嬢様?」
「そうですよー。早くしないと、王太子殿下がいらっしゃいますよー?」
「ううう…」
「ほらほら、動かないでください。折角留めたのに、外れてしまいます。」
「…ごめんなさい…」
「ほらほら、謝らなくて良いですから、じっとしていてくださいな。
まだまだ準備の途中なのですからね。」
「そうですよー、お嬢様。王太子殿下をびっくりさせて差し上げましょう!!」
マリーとレイラに両側から挟まれた状態で、マリーには髪を、レイラにはドレスの準備をしてもらっている真っ最中。
それもこれも、先日のことが発端です。
桜で指輪を作ってもらって、うっかり喜んでしまった数日前。そのせいで、次の日から毎日のようにアルフバルド侯爵家にルーがやってくるようになってしまいました。
一応、王太子殿下としての勉強があるはずなのですが、そのことについて触れてみても、
「今日の課題は全て終わらせたので、リーザが心配することはありませんよ。」
とか、
「今日は、先生の都合で授業がお休みになったので、リーザに会いたくなって。」
とか…。本当ですか?と思わず聞いてしまいそうになる回答ばかり。
ゲームの進行上、婚約しちゃったので、後は嫌われるだけなのですが、全然上手くいかないのは気のせいでしょうか…?
やはり、贈り物を返却したのがいけなかったのでしょうか。
嫌われるにしても、浪費か我儘くらいしか思いつかないのに、どちらの選択肢もすでに選べない状態になっているような気がしてなりません。
今更、「返却したものを返してください」と言うわけにもいかないですし…。
やはりあの場面では
「こんなものなのですか!!貴方の私に対する気持ちというのは!!
もっと素敵なものを用意してくださらないと、私とても残念ですわ!!」
とか言うべきだったのでしょうか…。無理だわー。
「さあ、お嬢様!完成致しましたわ。」
「素敵ですー!」
マリーとレイラの声で、私は先日の後悔から戻って来ました。
8月になり、外は太陽が燦々と輝いています。
日本とは違って、クーラーが無いと生活出来ない!!というほどではなく、過ごしやすいです。
ヨーロッパのカラッとした空気のよう…と言ったら良いのでしょうか?
まあ、行ったことがないので、わからないのですが!!
鏡の中には、薄い白のワンピースを着た私が映っています。髪は、高い位置でツインテールにしてもらい、いくつかの束にした髪をそれぞれ三つ編みにして、くるっと円を描くようにまとめてくれたようです。首回りがすっきりした髪型なので、暑さをあまり感じないのが良いですね。
左右のツインテールには、ワンピースと同じ白のリボンが1つずつアクセントにつけてあります。
鏡を確認していると、ルーが迎えに来たとルドルフが呼びに来てくれました。
「お嬢様、これを持って行ってください。」
そう言ってマリーが手渡してくれたのは、白いレースで出来た日傘でした。
うーん、外を移動するのは、馬車に乗る前の数分だけなのだけれど、女の子は大変ですねーなんて未だに思ってしまいます。
若いうちから気をつけないと、シミやソバカスが!!なんて、熱く語られてしまったら、持って行くしかありません。
「リーザ。迎えに来ましたよ。」
玄関まで、ルーが迎えに来てくれていました。
「お待たせ致しましたわ。」
小走りで駆け寄ると、ルーは
「少しでも早く貴女に会いたくて、ここまで来てしまいました。
今日の格好もとても可愛らしいですね。」
なんて、歯の浮くようなセリフをサラッと言ってくれちゃいました。
「まあ、ありがとうございます。お上手ですね。
…それでは行ってきます。」
社交辞令だってもう大分慣れましたからね!
これくらい、今の私なら大丈夫ですよ!!
玄関で見送ってくれるルドルフに伝えて、私は日傘を差してルーと一緒に馬車に向かいます。
御者が扉を開けてくれて、最初に乗り込んだルーに支えてもらって、馬車に乗り込みます。
ここからしばらくルーと2人っきりです。頑張らねば!!
カタカタ…と馬車が動き始め、目的地に向かって進みます。
目指すは、馬車で30分くらいの図書館です!
いつもは1人で調べ物をしに行くのですが、最近は婚約したのだから、と、良くルーも付いてきます。1人の方が捗るのですけれどもねー。
それに、ルーは、王宮の蔵書があるのだから、図書館になんて付いて来なくても良いと思うのですよ。
「リーザ。先日の、王宮でのことなのですが…。」
「ええ。不法侵入者の話ですね?」
「不法…。…ええと、不審者ですが、王宮魔導士が調べた結果、適合する人間はいなかったようです。そして、近衛が調べた結果も、何も出なかったと…。」
「…そうですか…。よほど凄い人なのでしょうね。」
「さて、どうでしょう。王宮に登録されていないだけ…かもしれませんしね。」
「登録されていない…ということは、5歳のときにこの国に居なかった…ということでしょうか?」
「それもまだわかりません。引き続き調べてもらうように頼んでおきました。
また、何かわかれば連絡します。」
「…わかりましたわ。」
結構あっさり教えてくれましたが、これって国家機密ですよね?
いくら馬車の中だからって、大丈夫なのでしょうか…?
「ところで、リーザは何について調べるのですか?」
「…ふえ…?」
し、しまった!!変な声出た!
「あ、あの、魔法に関する専門書ですわ。」
「そうなのですか…。リーザは魔法が好きなのですね。」
クスクス笑いながら、ルーが話してくれるけれど、恥ずかしいので、笑ってくれた方が…。
それに、好きだから調べているわけではないですし、ね。
私が死んだと見せかけて、どこか別の場所へ行ける魔法を探さないと!!
王都の図書館も結構蔵書が多いけれど、ここになければ、王宮の蔵書を見せてもらわなければならない日も来るかもしれない。
「ええ。いつか、王宮の蔵書を見せていただくこともあるかもしれませんわ。
そのときは、よろしくお願い致しますね、ルー。」
「そうですね。ぜひいらしてください。」
一応、口約束だけれど約束は取り付けましたよ、ルー。




