10.攻略対象とライバル
長くなりました。どこかで切ろうかとも思いましたが、微妙だったのでこのまま。
コツコツコツ…。
王宮の回廊に私の靴の音が響く。
私は回廊をカツカツ音を立てて歩きたいのだが、礼儀的にはいけないことなので、なるべく音を立てないように歩くのだが、それでもコツコツ音がしてしまう。
鳴らさないのがマナーだとイエソン先生に習ったのだが、だったら、こんなに音の出やすいヒールを作らなければ良いと思うのですよ!マジで!!
今日は、朝一番でルーから呼び出しをくらったので、急いで王宮に来ました。
まさか、朝一に「すぐ来て」と言われるとは思いませんでしたよ。
私は一度寝るとなかなか起きないので、寝ている私を起こしてくれたマリーとレイラに感謝ですね。
目の前には、ルーの場所まで案内してくれる騎士様がいます。
一人はきっちりとした真面目タイプで、もう一人は…チャラ男ですね。
真面目さんに話かけているのに、全く相手にされていませんが、このチャラ男大丈夫なのでしょうか?
「ねえねえ、お嬢さん」
うわ、こっちに来た!
「無視して結構です。」
わわ!今まで無言だった真面目さんまで!
「ちょ、おい。無視して…って酷くね?」
「煩い。黙れ。」
「ねえ、どう思う?こいつの態度?」
うわ、だからこっちに振るなって!
どうしたら良いのだろうか…?散々こっちが悩んでいるというのに、意見は特に聞いてなかったようで、別の話に変わっていく。
…疲れる。
「でもさー、王太子様も、こーんな可愛い子がいるならあの話断れるんじゃね?」
「お前が判断することではないし、お嬢様に聞かせる話でもない!」
断る…?いったい何の話でしょうかね?
私の婚約話の方を断って欲しいのですがね!!
そんなことを思っていると、扉の前に着いた。
真面目さんがノックをすると、中からルーの声がして、入室が許可されたため、チャラ男さんが扉を開けてくれた。
「どうぞー。ごゆっくりー。」
ごゆっくり…?
不思議に思いながら部屋に入ると、ルーが居た。
そして、ルーの他に見たことのない男女がいた。
男の子と、見たことのない格好をした女の子である。
女の子の方が、ルーに向かって手を伸ばしているのを、男の子の方がガードしている。
何だ、これ?
ま さ か 修 羅 場 ! ?
呆然としていると、ルーは私に話しかけてきた。
「リーザ、良く来てくれましたね。」
いつも通りのにっこりスマイルですね。眼福です。
「ルー。これはいったい…」
「貴女、ルーファス様の何!?」
何と聞く前に、女の子に遮られてしまいましたよ!お前こそ、何だ!!
女の子とルーの間で頑張っていた男の子が、私に向き直って挨拶してくれました。
「ようこそ、おいでくださいました。リーゼロッテ様。私は、将来、王太子の騎士を務めますシーガル・ストークスです。こちらは、隣国シシリアーナ王国の王女、ユーリア・アーナ・シシリアーヌ様です。」
「はじめまして、私はリーゼロッテ・アルフバルドと申しますわ。ストークス様、よろしくお願い致しますね。」
シーガル・ストークス。
王太子の騎士であり、攻略対象の一人。
代々、王家の騎士として仕える一族であり、シーガルが王太子の騎士となったのは、近い年代で一番才能があったから、らしい。
使える属性は雷。
金色の髪は短くツンツンとしており、紫色の瞳をしているイケメン。
ルーファスと同じ年だから、現在5歳。
ノートに書き込んだ内容を思い出す。小さいころから一緒にいるって言っていたけれど、この年からもう一緒にいたのね。とりあえず、礼儀として挨拶は返しましょう。
ユーリアとか言う娘は挨拶も出来ないらしく、思いっきり睨み付けて来ます。これは私から何か言わないといけないのか…?仕方なく口を開く。
「…それで、王女様。先ほどの何というのは…」
「理解力のない女ね!私は、ルーファス様の婚約者になるのよ!!
そのためにここに居るの!お前はなぜここにいるのっ?」
言い切る前に、悲鳴のように叫ぶ王女に、私はルーとの違いをまざまざと思い知った。
やはり、ルーは普通の5歳ではないようだ。こんな叫ぶ女を目の前にして、平常心を続けられるとは…。
「何度言っても、聞き入れてくれませんでしたので、貴女を呼んだのですよ。
お手数おかけしましたね、リーザ。」
まだ、貴方は寝ている時間でしょう?
そう耳元で(でもユーリアとシーガルには聞こえるように)ルーが言う。
・・・・・・・・・・・・・・なぜお前が知っている!
あれ?私、ルーに起きる時間の話ってしたことありましたっけ?
今日を入れて、会うのは3回目ですよね?
「ええ。でもルー、なぜ知っているの?」
怖いけれど、聞いておかないと後がもっと怖い!!
そう思って聞いた私に、ルーはいつもの笑顔で
「私に貴女のことで知らないことなんてありませんよ。」
と、のたまってくれやがりましたよ、この王子様は!!
恐ろしくて震えているというのに、恋に目が眩んだ王女様には、それがどうやら違う風に見えたらしく、
「何なのよ!!お前!私のルーファス様に近寄らないで!」
と、来ましたよ。
えーっと、私はこの聞く耳持たない王女様に何て言ったら良いのですかね?
『私はルーの婚約者なの!貴女に私たちの間に入る隙間なんて髪の毛ほども無いのよ!』
『ごめんなさいね。ルーはもう私のものなの』
『貴女、なかなか骨があるわね。私とルーを賭けて勝負しましょうか?』
一応、婚約者としては対抗した方が良いとは思うのですが、どれも答えとしては違う気がします。
それに相手はこれでも王女様。私は一介の侯爵令嬢ですしね。
相手の方が身分は高いですし、私の婚約話はまだ内々の話ですから、ここはなかったことにして王女様に譲るべきか…。
でも、そうすると話が変わってしまう…。
「王女さま、彼女はアルフバルド侯爵家のご令嬢でして…」
そう、王女様に私のことを説明しようとしていたシーガルに
「うるさいわね!お前になんて聞いていないわ!身分も高くないくせに、私に話しかけないで頂戴!」
バシッと良い音がして、シーガルの頬が赤くなっていた。
叩かれたのだ。
「ちょっ、大丈夫ですか!!ストークス様!」
慌てて、私はシーガルに駆け寄る。シーガルの頬は赤くなって、爪が当たったのか、蚯蚓腫れのようになっている。
慌てて、私はシーガルの頬に手を当てた。
すぐに冷やさなければ!その一心で手のひらに水の属性を集める。
しばらく手を当てて離すと、頬の赤みは引いて蚯蚓腫れも目立たなくなっていた。
「これで、ほぼ大丈夫だと思います。口の中は切っていませんか?」
「だい…じょうぶ…です、けど…今何を?」
「ああ、水の属性を集めて頬を冷やしました。応急処置ですので、後できちんとお医者様に見せてくださいね。」
「言霊もなく魔法を…?」
え…?変ですか?言霊とか聞いたことない…いや?イエソン先生が言ってた…ような?
その属性の力を最大限使用するためには、それぞれに適した言霊があるらしい。
言霊は、補助の役目だから、ある程度能力が高くなれば心の中で唱えても効果があると言っていたはず!
なんだ、無くても大丈夫ってことよね。安心した。
失敗したかと思って焦ったじゃないか!!
「そろそろ出てきたらどうですか?」
私とシーガルの話がひと段落したところで、ルーが壁に向かってそう言った。
どうした?まさか、精神的に参って、見えないものでも見えてしまったのか…?と訝しんでいると、カーテンの裏から国王様と、国王様と同じ年齢くらいに見えるおじ様と男の子が出てきた。
もしかして、カーテンの後ろにずっと隠れていたの!?
確かに、カーテンはビロード風で、大人3、4人なら隠れていてもわからないだろうけれど、まさかそんなところにいるなんて思わないよ!!…というか、完璧覗きじゃないのですかね?
「お父様、リカルド!!」
王女様がおじ様と男の子に向かって、そう叫ぶ。
…ということは、この2人は、シシリアーナ王国国王と、攻略対象の1人であるリカルド・ユース・シシリアーヌか!
リカルド・ユース・シシリアーヌ
隣国、シシリアーナ王国の次男。魔法を使える人が少ない隣国において、なぜか魔法が使えちゃった王子。
そのため、魔法を学ぶということで、アッシュフォン学園に留学生としてやってくる。
錆色のアシンメトリーの髪に、黒い瞳を持つイケメン。
使える属性は闇火水の3属性という、なぜか他の属性よりも圧倒的に人数が少ない闇属性保持者。
将来は、自分の兄である王太子の手助けをしたいという希望に満ち溢れていたよねー。
「申し訳なかったな、アレックス。我が娘ながら教育方法を間違えたようだ。」
私がリカルドのことについて思い返していると、シシリアーナ王国の国王様がそう言い出した。
「まさか、隣国の国民に手を上げるとは…。ルーファス王太子と婚約したいと言うからには、将来自国民になるかもしれないというのに、そういうところにまで考えが行かない愚か者だ。」
「私が間違っているというのですか!?」
いきなりのダメ出しに王女様が食って掛かる。
「お前は、私の前で先ほどの態度を見せたことはなかったな?お前は、自分より強い者には媚を売り、弱い立場の者には先ほどのように傍若無人に振舞う。王族とは、国民を第一に考えなければならない、そうお前に教えたつもりだったのだがな。」
「私はだって、王族で…第一王女で…」
「それがどうした。王族は、国を代表する者だ。お前の態度はシシリアーナ王国の信用を失うには十分だ」
「まあまあ、国王様。ここは隣国ですよ。皆様のご迷惑になりますから、帰ってからになさった方が…。」
言い争いになりそうな雰囲気を、リカルドが止めた。
「そうだな。アレックス、改めて謝罪を申し上げる。本当は、このような場でお願いすることではないと思っているのだが、リカルドのことをよろしく頼む。そして、ルーファス王太子の婚約者である、アルフバルド侯爵令嬢…」
「!?」
「先ほどの話は全て聞かせてもらっていた。我が国の王女が申し訳なかった。そして、貴女の他人を思いやる気持ちは素晴らしかった。あそこで、けがをした彼を第一に考えた判断を称賛するよ。ルーファス王太子は良い婚約者をお持ちだ。」
「あの女がルーファス様の婚約者ですって!!」
せっかく話がまとまりかけていたのに、この娘と来たら…!!そう思ったのはみんなも同じだったようで、
「ええ、そうですよ!この度正式に彼女は私の婚約者となりました!!」
言いながら、私を抱きしめるルーと、それを見て青ざめる隣国の王女。そんな王女に疲れた視線を送る隣国の王様と、申し訳なさそうな隣国の王子。そして、ルーの言葉に大きくうなずく国王様と、嬉しそうなシーガル。
「ごめんなさいね。」
私には、ルーに抱き付かれたまま、思いっきり嬉しそうな笑顔を王女に見せつけるという選択しかありませんでした。合掌。