Episode 1
哲学者的なヒトが曰く、『ヒトの出自に貴賎は無い』。
また、『ヒトが他の生物より高等たる所以は、残虐な本能をその理性の鎖で縛る事が出来ること』らしく、『善悪を知りて尚、その中から善を取れるからこそ、高等な生き物』だと。
私はそれを片田舎の集落で風の噂で聞いたが、思わず鼻で笑ってしまった。
だって、今現在の立場がまさにソレが夢物語だと語っているからだ。
「ふ、ん…。オマエがあの噂―――僻地の芋っ娘か」
「教師連中が『逸材を掘り当てた』なんて抜かすからどんな名家の御令嬢と思いきや、これはまた……」
「『我が校の誇り』ねぇ……。ホコリはホコリでも『埃』の間違いじゃないの?」
行き成りの挨拶代わりの偏見差別等々、諸々の歓迎しない言葉の出迎えは私が想定出来得る範疇だった。
全くハズレの無い展開には、正直失笑モノだ。
生まれながらに恵まれた者が持つ驕り―――つまりは、選民的な意識から到来する根拠の乏しい、虚しさ満点の矜持。
己が持ち得る手札の中で最も頼るべきではない底辺の札に頼らざるを得ないその愚かさには、何ともまあ、格好が悪過ぎる。
―――――くだらない。
勿論、私は無視を決め込む。
彼等に興味が有ろうが私に何も興味は無い、至極単純明快な理由だ。
「……何、コイツ。何、お高く留まってんの?」
「僻地の田舎出は碌に文字の読み書きも出来ないらしいからな、碌に言葉も喋れないんだろ?」
勝手に挑発、勝手に憤慨、勝手に完結。
違いない、と品の欠片も感じない嘲笑が重なって木霊している辺り、賛同者は多数だ。
大した民主主義だ。
呆れてモノも言えない――――言う気も元々ないが。
これの何処が良家の子息子女の集まりなのだろうか、と少しだけ辟易する。
所詮出自が良質だろうが、俗物は俗物。ヒトはヒトに変わりは無いと言う事か。
だが、罵声雑言を受けようとも、私は特に反応する事は無かった。
正直な話、一々対応していたらメンドクサイ。彼等は如何にして此方の意識を向けようと躍起になっていたが、興味が無いモノは興味が無いのだ。
そして彼等は次の手段を講じた。
言葉がダメならば、行動で――――つまり、単なる物理的な嫌がらせ。
気の多い、暇な連中だ。
世に根付く“魔法万能論”はあまり好きに成れないが、実際問題として“魔法”又は“魔導”と呼称される手段はその便利さが脚光を浴びている事は紛れも無い事実だった。
身の周りだけでも、回復・浄化・強化等々――――己が器の容量が多ければ多い程、造詣が深ければ深い程、そのチカラは増大する。
即ち、それ等が意味をするモノは思慮が深くなくても、直ぐに判断が付くだろう。
故に、彼等の茶番は大した効果を表す事は無かった。
教材や制服等を置き場の施錠には常に物的な鍵と魔的な鍵の二重掛け、物品の保管時には一時的な強化を施し、万が一にも壊れても復元すれば良い。もし、相手が痺れを切らして直接的な手段として暴力に及んだとしても、自身に身体強化を施せば腕っ節の差位は幾らでも補う事が出来る。
また、相手が必要以上に魔法行使の度が過ぎれば、その残滓から術者の特定が出来る。
私は特に行動を起こす程の事態にはならなかったが、もしそれを教師陣に訴えて深刻な状況と判断されれば探知用の魔具が供与され、犯人など直ぐに検挙可能な態勢だった。
だからこそ、彼等も一線を越えて迂闊な行動には出る事はない。
誰だって我が身が一番可愛いモノだ。
家柄と言う自分自身で勝ち取ったモノでは無い底辺の手札等、余程の家柄―――例えば、王位継承権の上位である王族でも無い限りは学院に通用する事はない。下手な行動は己が身を滅ぼす事はよく解っている。
そして、時が経てば、段々と彼等も飽きていった。
企ては全て失敗。何を起こそうとも、無反応。
これ程、ツマラナイものは無い。
何より、田舎出は私だけでは無かった。
仮に辺境の出身者が居なくとも、同じ様な良家出身者内―――向こうから見れば多分差異は大いに有ると主張しそうだが―――――でも、上下の意識は当然存在する。茶番好きな彼等も獲物には早々困る事はないだろう。
全く愚かな事だと思う。
その浪費を自己研鑽に励めば、余程有意義だと言うのに。