転生公爵の外出。
「今日は、ばぁばがフェリちゃんの面倒を見ます」
滞在二日目の朝。
仁王立ちした母様は、唐突にそんなことを言いだした。
「えぇ……?」
「う?」
戸惑う私と、不思議そうな顔をしたフェリクスは、揃って首を傾げる。
「ほら。私とフェリちゃん、凄く仲良くなったじゃない?」
「ええ、まぁ」
初対面の時の警戒が嘘のように、打ち解けたのは確かだ。
抱っこされても泣かないし、懐いていると言っても過言ではない。
私が控えめに肯定すると、母様は誇らしそうに胸を張る。
『そうでしょう、そうでしょう』と言いたげに笑顔で頷く様は、見ていて微笑ましい。我が母ながら、可愛らしい人だ。
「だから、フェリちゃんは私に任せて、貴方は出かけてらっしゃいな」
「え?」
「貴方、ここ一年くらい、ほぼ家から出てないそうじゃない」
「そんなことは、ない……ような?」
咄嗟に反論しかけたものの、記憶を辿るうちに自信がなくなってきた。
フェリクスが産まれてからはもちろんのこと、妊娠後期も、ほぼ家にいた記憶しかない。たまに庭園を散策していたので、あまり引き籠っていたという自覚はなかったけれど。
自覚によって言葉に詰まる私を見て、母様は溜息を吐く。
呆れと慈愛が混ざったような笑みを浮かべた。
「貴方は本当に真面目な子よね。何に対しても真っ直ぐで、いつも全力。それは間違いなく、貴方の美点よ」
一瞬、私を『イノシシ娘』と呼ぶ父様の呆れ顔が頭を過る。
母様のソレもたぶん誉め言葉ではない。いや、誉めてくれてもいるんだろうけど、話の本筋はそこではないんだろう。
私の予想を肯定するように、母様は『でも』と続けた。
「でもね、ずっとその調子では、いつか潰れてしまうわ。ずっと付きっ切りでなくともいいの。たまには別の人を頼って、預けてもいいのよ。この家には、貴方達夫婦が選んだ信頼出来る人がたくさんいるんだから、そんなに気を張らなくていいの」
「母様……」
柔らかな眼差しを向けられながら、私は内心で怯んでいた。
どうしよう。
引き籠りが苦ではない、なんて言える雰囲気ではない。
私は前世からお家大好きな、根っからのインドア派。今世では『世界の危機』という、のっぴきならない理由で他国にも出向いたけれど、根本的な性質は変わっていない。
ショッピングも観劇もお茶会も嫌いではないが、しなくても生きていける。なんなら人混みは疲れて消耗してしまうので、ちょっと苦手とも言えるかもしれない。
とはいえ、母様の気遣いが、ごく真っ当なものであることも理解している。
世のお母様がたにとって、とても有難い申し出であることも。
一般的な高位貴族の女性なら、一年間も家に籠りっきりだったら精神を病みかねない。社交も娯楽も禁止なんて苦行に等しかろう。
問題は、私がその『一般的な高位貴族の女性』の枠から外れていることだけ。
「だから今日くらいは、フェリちゃんのことは私や乳母に任せて。貴方はゆっくり、羽を伸ばしてくるといいわ」
「……」
「昨夜、レオンハルトにも予定を聞いたら、急ぎの仕事はないそうよ。なんだったら、夫婦でデートでもしていらっしゃいな」
いくら私が変わり者でも、空気は読める。
善意100%の母の思い遣りを足蹴にするような真似は、してはならない。
「……じゃあ、少しだけお願い出来ますか?」
「任せて!」
母様は満面の笑みで胸を叩く。
キョトンと目を丸くするフェリクスは、何が起こっているのか分かっていないのだろう。長時間離れるのは初めてだけれど、大丈夫だろうか。
一抹の不安が過るが、私は外出を決行することにした。
「心配だわ」
窓の外の景色を眺めながら、ポツリと呟く。
隣に座るレオンハルト様にも届いたのか、彼は頷いた。
「眠っている間はいいけど、起きたら貴方を探しそうだな」
フェリクスは現在、お昼寝中だ。
一度眠ったら中々起きない子なので、一~二時間は平穏だろう。問題はその後。私が家にいないと気付いた時のフェリクスが、どんな反応をするのか予想出来ない。
泣くのか、怒るのか。
もしくは気付かずに、母様と遊んでいてくれる可能性もある。寂しがり屋ではあるけれど、意外と逞しい部分もあるので、そうであってほしい。
「心配だわ……」
同じ言葉を繰り返す私に、レオンハルト様は苦笑する。
「でも、良い機会ではあると思う」
「……そうね。今後、こういうことも増えるでしょうし」
遠くない未来、私も本格的に仕事に復帰する。
領主としてやるべきことも多く、フェリクスに付きっ切りではいられない。私の不在に慣れるという意味では、今回の短時間の外出は予行練習として丁度良い。
そう。丁度いい……はず……。
「慣れてほしくないなぁ……」
「ローゼ……」
「駄目な母親よね」
私のいない時間を、当たり前にしてほしくないなんて。
親の都合で強いているのに、身勝手にもほどがある。
「貴方は良い母親だよ。きっとフェリクスだって、そう思っている」
「そうかしら? いつまでも子離れ出来なくて、思春期になったら鬱陶しがられていそうな気がするわ」
「ローゼを煙たがるフェリクスの方が、オレは想像出来ないけれど」
慰めてくれているのかと思いきや、見上げたレオンハルト様は真顔だった。
どうやら私への配慮ではなく、本気で言っているらしい。
「思春期でも?」
「思春期でも」
深く頷くレオンハルト様に、私は破顔した。
「じゃあもし思春期に避けられたら、レオンに八つ当たりしに行くわ。あの時、ああ言ってたのにーって」
「全然構わないけど、真逆の心配をした方がいい気がするな」
「真逆の心配?」
「親離れ……というか、母親離れ出来るかどうか」
「ええ?」
「まぁ、あんまりベッタリなようなら、オレが邪魔するからいいか」
レオンハルト様は、本気とも冗談ともつかない顔で笑う。
そんな会話をしている間にも、馬車は街へ向かい走り続けていた。




